第10話 解決、小暮黎の推理

 疑いの晴れた晃陽こうよう

 推理が不発に終わったあかり

 話についていけていない月菜つきなと、ほかの女子五人組。

 氷月ひづき香美奈かみなが、れいの言葉を待った。


「探偵役交代ってやつだな。悪いな、晃陽」

「いいから聞かせろ。この中にいるのか」

「ああ。犯人は、あんただ。浅井香美奈」


 窓際に立っていた香美奈を指差す黎。

 雨は、さきほどより小降りになっていた。


「……なんで、私なんですか」


 香美奈は言い返すが、声色に普段の明朗さはない。


「当時配膳係だった五人が来るのは分かる。だが、何でお前があの五人の代わりを買って出る必要があるんだ」

「氷月先生と、黎が目当てだと言っていたぞ」


 という晃陽の指摘に、しかし、黎は首を横に振る。


「それはねぇよ。なぁ、晃陽、俺は今日、浅井と初めて会って話をしているんだぜ。軽く挨拶をしたり、すれ違ったりはしただろうが、それだけの接点で春休み真っ最中の上、雨も降ってる学校に、わざわざ来るか?」


「でも、東雲と話してるときは、ホントっぽい雰囲気だったぞ?」


 そういう月菜の疑問にも首を振って、こう断言した。


「こいつはそんなに鋭くない。晃陽はその場の雰囲気で適当なこと言って、それでいてシリアスっぽい雰囲気にする謎の能力がある。たまに当たるときもあるが、打率は低い。基本的に信じるな」


「適当とはなんだ」


「あー、確かにそういうトコあるな東雲は」


「納得するんじゃあない」


「とにかく、浅井には、ここにいる動機が弱いんだよな。配膳係はこっちの五人で全部。偶然ついてきた暁井……明って呼んでもいい?」


「構いません」


「明は端から除外。藤岡は、晃陽に会いに来たんだろうし」


「そんなわけないだろっ。部活だっ!」


 真っ赤になって否定する月菜を無視し、黎はなおも香美奈に語り掛ける。


「浅井が何故来たのか、俺はずっと考えてた。で、ついさっき分かった」


「ク、クラス委員長だから! です!」


 いつもの落ち着いた、柔らかな声ではない。甲高く、多分に焦りを含んだ口調で言った香美奈の弁を、黎は聞き入れない。


「浅井、お前は最初、晃陽に罪を被せるつもりだったんだろ」


 晃陽はそこで気付く。先ほどから黎が、明らかに怒っていることに。


「状況を見れば、さっき明が言ったような疑いを持つのは自然だ。なのに、事件直後でも“問題児”の晃陽はまったく疑われていない。その上で今回の学校探索だ。不安になったんだろ?

 晃陽が潜行障害だと知ったときの表情を見て、はっきりと分かった。でも、CTのアラートを使ったのは迂闊うかつだったな、女子の“一軍”さん」


 最後の言葉に、香美奈がビクリと反応する。


「黎、それは何のことだ」


「お前は知らなくていい。情報海オーシャンにある、二色南の生徒しか入れない下らねえサークルのことだよ」


 黎が吐き捨てる。


「時代とガジェットは変わっても、やっていることは『学校裏サイト』の頃から何も変わっていないんだね。中学生というのは」


 いつの間にか香美奈の背後に立った氷月が、皮肉っぽく言う。


「浅井香美奈さん。CTを調べさせてもらえるかな。不正なアプリを入れるのは簡単だが、痕跡を消すのは難しい」


 香美奈は顔面蒼白になりながら、それでも反論の口を開く。


「わ、私じゃなくても、そんなことはできるじゃないですか! なんで、私だって分かるんですか!!」


「―――腹、減ったな」


 やおら黎が気の抜けた調子で言った。


「浅井、昼飯、ちゃんと食べてるか?」


 気が付けば、もう昼も大分過ぎてしまっている。


「あ、そうか」


 黎の、幾分か優しい問いかけを聞き、事の真相に至った明が言った。


「まだ続いてたんだ。情報海オーシャンダイエット。浅井さんが属してるグループが、その元締めみたいなものなんですね」


「そうだ。ちょっと危険だが、『みんなで痩せれば怖くない』ってな。でも、晃陽が騒いだおかげで、監視が厳しくなった。特に残飯の減りをよく見られるようになった。

 想像だが、浅井の役目は、残飯の数がはっきり分かる献立だけ、コッソリ捨てることだったんだろう。一年生。一番の下っ端らしい雑用。で、性格は誰にでも優しい八方美人のクラス委員長。一応、表向きは、な」


 黎の物言いは変わらず、辛辣しんらつだ。


「証拠なんてないし、別にしらばっくれようが知ったことじゃねぇ」


 だけどな、と、黎も表向きのクールさを剥ぎ取った声で言う。


親友こうようを嵌めるのはダメだ。吐いてもらうぞ、浅井香美奈」


 月菜と女子五人組がハラハラした表情で二人のやり取りを見つめていたが、ややあって、香美奈がぼそりと言った。


「……うん、話し、ます」


 真相は、こうだった。


 春休み前最後の給食の日だけという約束で、香美奈は各クラスから情報海オーシャンダイエット参加者の同級生と先輩たちからアジフライを貰い、処分する役目を仰せつかった。どこに捨てようか悩んだ結果、事件を起こすことを思い付いた。食缶に備え付けられていたトングでグチャグチャにしてしまえば、数も誤魔化せる。


「思いついたっていうより、もう本当に、どうかしてたんだと思います。やらなきゃいけない。やらなきゃいけないってだけで、細かいことなんて、考えてなかった」


「その割に、人のせいにする知恵は回ってたな」


「……そうですね。ちょっと、東雲くんにもムカついてたし。問題ばっかり起こす癖に、何だか先生や先輩たちからは妙に可愛がられてるし。グループの中でも「アリじゃないけど、面白い子」って言われてるし。私は、こんなにいろいろ、我慢してやってきてるのにって」


 いつもの明るく澄んだ声はすっかり鳴りを潜め、低い、泥のような怨嗟の言葉が連なった。


「浅井さん、ちょっと職員室まで行こうか」

「……はい」


 氷月に言われ、香美奈が歩き出そうとしたとき「待て!」と、大声が上がった。


「先生、黎、みんなも、すまないが、ここからは俺の領分のようだ」

「あなたの領分がどこにあるというの?中二病の?」


 明の冷水のような声にもめげず、晃陽はずんずんと香美奈のほうに近づいていった。その過程で、明にだけ聞こえる音量で、こう言った。


「まぁ、そんなところだ」

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