第9話 推理② 空白の時間と、晃陽の秘密

「本当?」


 明が、再度確認する。


「うん。東雲どころか、誰もいなかった」

「だから、一人分準備して、台車に載せて―――あ、そうそう」


 一人の女子が、思い出したように言う。


「そのときアラートが鳴ったんだ」

「そうだったね」

 ほかの四人も同意する。


「アラート?」

「CTの、情報海オーシャンのやつ。ヤバいと思って、急いで職員室にいた先生に見せにいったんだよね」

「全員で?」

「全員のが鳴っちゃったから」


 理由はどうあれ、アラートが出たときはそうするように指導されていた。


「私の学校もそうだったけど、何をやっちゃったの?」という明の問いに、五人はあっけらかんとこう答えた。


「何にも」

「ただのエラーだって」

「でもビビったよね」

「まぁ、いろいろやってないわけではないし」

「ね」


 未成年の電脳潜行ダイブには様々な禁則次項があるが、抜け穴も多い。それも、明はよく承知していた。おまけに二色南では情報海オーシャンダイエットの流行もあった。意識過敏になっていたのだろう。


「彼女たちに対応したのは俺だから、間違いないよ。さて、時間に空白が生まれたね」

「はい」


 氷月の声に、いつの間にか“探偵役”となっていた明が大きく頷く。


『配膳係が校長室に持って行く(氷月も晃陽も不在)→晃陽分の給食を準備する→五人のCTが一斉に警告を発する→職員室の氷月のもとへ(校長室に給食だけが残される)→五人が戻り、自分たちの教室へ→アジフライがなくなっていることが発覚』


「五人が職員室に行っている間に、誰かがロッカーに放り込んだ」


「可能ではある。俺も急用で、校長室に入ったのは晃陽が半分程度食べ進めたところだった」


 氷月の言葉を受けた明は、晃陽にも水を向ける。


「東雲くんは?」

「小説だ」

 ようやく黎の関節技から解放された晃陽が、ぶっきらぼうに言った。


「三階の、お前がいた文芸部の部室で、執筆をしていたんだ」

「探偵役をとられてご機嫌斜めか? 晃陽」

「うるさいぞ、黎」


 ふぅん。と、言ったきり明はしばし黙って思案深げに顔を伏せた。数秒後、やおらおもてを上げ、意を決したように、こう言った。


「東雲くんは、図書準備室で、情報海オーシャンにアクセスしてたんじゃないの」


 先ほどまで一切話に参加していなかった月菜が「え!?」と、驚く。他の女子も同様だ。氷月と黎は、少し顔をしかめた。


「……あなただけ、動きが妙なの。突拍子もないっていうのとは違う、なんていうか、怪しい」


 晃陽の表情はというと、少し目を細めている以外は、特に変化はない。


「校長室に行ったきっかけだってそう。お昼休みなんて、みんなCTで情報海オーシャン電脳潜行ダイブしてるのに、なんで東雲くんだけ、学校の中をウロウロしてるの。今日もその話題が出た途端に態度が変わったし。何か隠してるんじゃないの」


 明は、一息に喋って疲れたのか、一つ呼吸を整えてから言った。


「アラートはあなたが出したんじゃないの? そういう悪戯用のアプリ、あるでしょう。その間に、給食に細工をした」

「確かに、その手のものは俺もよく取り締まってるね」


 氷月が同意した。


「だが、それを晃陽が使うことはあり得ないよ」


 そして、すかさず否定した。


「なんでですか。さっきみたいに、そんな人じゃないってことですか」


 少し苛立ったような口調の明に、今度は黎が言った。


「いや、そういうことじゃない。が、これは言っていいことなのかな」


「別に構わないぞ、黎。いや、俺が言うべきか―――は、


 一瞬、誰もが意味を掴みかねたような沈黙があった。


「聞いたことがあります」と、呟いたのは香美奈だった。


「晃陽は、生まれつき電脳潜行ができない。そういう体質なんだ」


 氷月が頷く。


「そういうことだ。だから、さっきからアラートだのアプリだの、何の話をしているのかさっぱりだった。CTで情報海オーシャンに行けることも、初めて知ったぞ」


 言って、相好を崩す晃陽。その肩を氷月が抱く。


「確かに、暁井さんの言う通り、傍から見れば晃陽は2030年代の中学生らしからぬ怪しさを持っているかもしれないね。で、この学校でその事実を知っていたのは、生徒では黎だけだよ」


 黎が視線を集める。


「まぁ、晃陽の世話係その一として、一応聞かされてはいるってところだな」


 苦笑交じりで言った黎に、氷月が続く。


「そして、世話係その二が、俺だ。社会科教諭兼、潜行障害者専門のカウンセラーとして、この学校に昨年から赴任している」

「主治医って、そういう意味だったんですね」


 軽く息を吐きながら、明が納得する声を出す。


「冗談だと思ったかい?」

「いえ、中二病が、病気として正式に認められたのかと」

「おい」


 黙って聞いていた晃陽が上げた抗議の声には意を介さず「じゃあ誰が……」と、明が呟く。


「それなら、さっき分かったぜ」


 言ったのは、黎だった。

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