第8話 推理① 当時の状況と、意外な事実

 中校舎も回ったが何も起きず、れい氷月ひづきあかり月菜つきな香美奈かみなの五人は、三階の渡り廊下から北校舎に向かっていた。一階が三年、二階が二年、三階が一年生の教室になっている。


 歩きながら、明が、当時の状況を黎から詳しく聞いていた。


「俺が食い終って、南校舎二階の教室から晃陽こうようがいる三階に行ったんだ。で、給食がなくなってるって話を聞いた。そう言えばあいつ、今日は校長室で飯食わされてるんだっけって思い出して、行ったら―――ってところだ」


 その手間があって、給食の時間がほかのクラスよりも遅れていたのだという。


「そうですか。なんで東雲しののめくんは校長室にいたんですか」


「それは、俺が説明した方がいいだろうね」と、氷月が、罰に至ったしょうもない顛末てんまつを語る。


「ほんとに碌なことしてませんね、あの人」


「でも、彼が騒いだおかげで、女子の間で無理なダイエットブームが来ていることが教師たちにも知れ渡ったんだよ」


「うーん」


 いまいち好評価をしたくない風な明に、月菜が付け加える。


「ホントにやばかったんだぞっ。お昼も食べずに部活して、貧血でバタバタ倒れてたから」


「何でそこまでのことになったの?」


「電脳潜行だよ」


 明の問いに答えたのは香美奈だった。


「ああ、情報海オーシャンダイエット」


 合点がいったらしい明に、苦笑して見せる香美奈。


電脳潜行ダイブしてる先で、食事系のイベントに参加すれば、空腹が紛れるからね。警告アラートが鳴るギリギリまで粘って、何も食べずに午後の授業に出るの」


「バカみたいだよなっ。動けば痩せるのに」


「「それはない」」


「え?」


 インドア派な女子二人から同時に否定され、月菜が間の抜けた声を上げた。


「まぁ、全没入型VRの問題点でもあるね」


 氷月が、少し眉根を寄せて語る。


「体調不良時に警告が鳴るといっても、無視しようと思えばできてしまう。事実、電脳潜行症候群ダイブシンドロームの患者は、年々増えている」


「そういえば、情報海オーシャンに行くときにアナウンスが出るようになりましたよね―――って、あれ?」


 何かに思い当たった明が、首を傾げる。


「東雲くんは、情報海オーシャンダイエットのこと、知らなかったんですか。あんなに噂好きそうなのに」


「知らない、だろうな」


 その疑問には、黎が答えた。奥歯にものが挟まっているような物言いだった。


「先輩?」


「あいつは、色んな意味で変わってて―――」


 その言葉が終わらないうちに、五人が辿り着いた校舎三階の教室から「~~ソワカ!」という例の意味不明な呪文が轟き、直後、女子のものと思わしき悲鳴が上がって、会話は中断された。


「確かに、変わってますね」


 明の氷点下のような冷淡な口調に、流石の黎も「ははは」と、渇いた笑い声を出すのみであった。


※※


「え? みんな来ちゃったの!?」


 香美奈の素っ頓狂な声が教室に響き、五人の女子生徒がバツの悪そうな顔で笑う。


 どうやら、コッソリ忍び込み、晃陽と鉢合わせしたらしい。


「なんだかんだで、みんな気になってるんだね」


 氷月が面白そうに言う。


「まぁ、黎と氷月先生が目的らしいがな」


「ちょ、東雲くん、それは言わないで」


「別に約束はしていないし、良いじゃないか。俺はその理由は好きだと言っただろう」


「恥ずかしいじゃない」


「心のままに生きて、恥ずかしがるようなことは何もない」


「そうだね東雲くん。今もそうやって小暮先輩に腕関節を決められながら床に這いつくばっているあなたよりは恥ずかしくはないよね」


「まったく、この馬鹿は行く先々で変なことばっかりしやがって」


 明の冷静な罵倒と、黎の実力行使込みの悪罵あくばを受けて、晃陽は「すまない」と、とりあえず同級生の女子たちに謝る。


 聞くと、彼女たちは当時の配膳当番だったらしい。


 せっかくなので、当時の状況を改めて訊くことにする。


 南校舎一階の配膳室から、まずは二階の校長室に向かったのだという。


「なんで東雲くんの一食分だけじゃなくて、わざわざ全部持って行ったの?」と、明が訊く。


「一年生の教室は北校舎の三階だから。南校舎を上って、渡り廊下を通って行っても手間は一緒なんだ」


 校長室で晃陽用の給食を用意して、そのまま三階まで上がり、自分たちの教室に向かった。


「その間になくなった、と」

「そう考えるのが妥当だろうね」

 氷月が、明の推理に同意する。


「おかずがないって、気付かなかったの?」


 明の質問に五人がそれぞれ答える。


「なかったね」

「ね」

「階段を上ったら、あとは全部、台車に載せて運べるし」

「いつもより軽いなとは思った」

「そう? 気付かなかったなぁ」


 明は、彼女らのCTを取り出してメモして、さらにもう一つ訊く。


「じゃあ、東雲くんの様子はどうだった?」


 すると、五人が一様に首を傾げる。


「え? 東雲くん?」

「どうだったもなにも」

「いなかったよね」

「ね」

「うん」


 明が、眠そうにしていた目を見開く。


「え? どういうこと」

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