第7話 冷静辛口少女、暁井明

 いつの間にやら当初の三人から倍に膨れ上がった怪奇探偵たちは、中校舎に来ていた。また学校の妖怪さんに油揚げならぬスーパーの総菜を奉納する作業が始まる。


「新しく入った者もいるので、事件の概要をもう一度説明する」


 墨汁で真っ黒になった腕で、ボロボロの割り箸細工を持っている変な男が、大きな目をキッと結んで仕切り出す。


「お前のその強靭なメンタルだけは羨ましいよ」と、れいが言い、「あたしにすら腕相撲で負けるゴミみたいな体力の癖してなっ」と、月菜つきなが継ぐ。香美奈かみながクスクスと笑い、あかりは冷ややかな目を向けていた。


「それにしても、給食の時間に、いつの間にか、食缶から中身がすべて消えていた。不思議だね」


 と、氷月ひづきが話を元に戻す。


「それが全部グッチャグチャになってロッカーに詰め込まれてたんだろ……?」

「藤岡さん、怖いの?」

 明が問う。月菜はぶんぶんと首を振る。


「こ、怖くないぞっ」

「私は、ちょっと怖いかな。悪戯にしたって、いつ、どこでって話だよね。当番の人が持っている間は重みがあったわけでしょう」


 母親に連絡したところ「良い機会だから学校を案内してもらいなさい」と言われたらしい明が、少し声のトーンを落とす。


「だから、この学校には異界へと開くワームホールがあると言っているだろう」

「アジフライが好きな妖怪じゃないのかよ」

「うるさいぞ、黎。仮説というのはいくつも用意しておくものだ」


 口だけは回る―――達者なわけではない―――晃陽こうようは、熱弁を続ける。


「それに気を付けろ、みんな。妖というのは人の心の闇を住処にする。ひょっとしたらこの中に憑りつかれた者がいるかもしれないんだぞ」

「じゃあお前が格好の餌だろ。いつも闇だの魔界だの言いながらCTの黒歴史ノート埋めてるし」

「それは……ぐぬぬ」


 自分が依代よりしろになるのは納得できないらしい晃陽を黎がからかっていると、明からも声が上がった。


「ねぇ、東雲くん」

 眠たそうな一重まぶたが、晃陽を捉える。


「なんだ」

「そういう無根拠なオカルト話を垂れ流して、関係ない人を傷つけるかもってことは考えないの?」

「う……」


 不意打ちのような指摘に、晃陽がうめく。


「あなたは楽しいのかもしれないけど、私はこういうの、嫌い。はっきり言って、浅はか」


 おとなしそうに見えて、きっぱりとした物言い。


 黎が「お~」と、感心した声を発し、氷月が軽い口笛を吹いた。残りの女子二人はまた少し不安気だ。


 先ほどまでの凛々しい表情がすっかり引っ込んでしまった晃陽に、クールな辛口少女は、口撃の手を緩めない。


「これは、ちょっとやり過ぎの悪戯。幽霊とか妖怪とか、そういうものは関係ない。そんなものはいない」

「いや、それはだな―――」

「関係ないの」

 狼狽ろうばいし切った反論の声もぴしゃりと封じて、明はこう言い切る。


「そういう探偵ごっこがしたいのなら、わざわざ現実世界リアルでやる必要なんてないじゃない。情報海オーシャンのSCPサークルでも行けばいいじゃない。仮想世界あっちなら、そういうゲームだってあるんだし」


 瞬間、晃陽の顔から表情が消えた。外の雨足が、少し強まった。


「……こんな人数だ。効率化のために、俺は先に北校舎に行っているぞ」


 昨年一年ですっかり低くなった声で、静かに言う。


「気を付けてな。いや、その腕の呪文があれば、平気か」

「―――ああ」


 黎の軽口に、晃陽が自分の腕を見る。まるで、さっきそのことに気付いたような仕草だった。


「月菜、こんな有り様だが、まだ多少なりとも験力げんりきは残っているはずだ。持っていろ」

「いらないぞ」

「いいから」


 有無を言わさぬ口調で無理やり割り箸細工を持たせると、足早に北校舎へと駆けていった。


 晃陽の足音が遠ざかる。沈黙。雨音。ややあって、氷月が穏やかに口を開く。


「暁井明さん。一つだけ、良いかな」

「なんですか」

「彼のでもあるから言わせて貰うんだが、晃陽は、ちゃんと物事を深く考えられる人間だよ」

 氷月の後を受けるように、黎も言う。


「別にフォローするわけじゃないけど、あいつはバカだけど、悪い奴じゃないよ。しょっちゅう失敗するだけ。それがなんだ」

「……よくわかんないです」

 でも、と、明は続ける。


「判断は、ちょっとだけ保留にしてあげます」

 それは結構。と、ばかりに、学校の女子人気を二分する教師と生徒は共に顔を見合わせ、頷いた。

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