第2話 東雲家の朝②
妙な夢を見たことなどすっかり忘れている
「こうちゃんは今日も早起きね」
そういう晃陽の母もまた、夜勤明けの父に朝食を作るために明け方に起きていた。
明け方―――
「あ、そうそう、
「……何言ってるの?」
晃陽の発言は確かに何の脈絡もなかったが、それ以上にのんびり屋で天然気味な母は、受け答えに時間がかかることがある。その辺りのことは心得ている。
「日が昇ることをそう呼ぶらしい。良い響きだと思わないか、母さん」
「…………」
「…………」
「……」
「無視か」
地球の裏側と交信するような時間が過ぎてから、晃陽が言った。
「……ん?あら、ごめんなさいね。目玉焼きが上手に焼けそうで」
「人の話が聞こえなくなるほど集中して作る目玉焼きとは」
「今日はお父さん遅いわね」
「会話しろ」
母はそんな息子の言葉も無視して「あなたも食べちゃいなさい」と、彼をテーブルに着かせた。
だが、そこに乗っていた白い楕円の皿には何も乗っていなかった。噂に聞く、
「……母さんよ、食べるものがないようだが」
「あら?ごめんなさい。私が食べちゃったみたい」
「嘘だろ」
いくらなんでも天然の度を超えていると思ったが、やはりテーブルの上には食パンがあったと思しき残骸しか残されていない。
「嘘だろ?」
繰り返した。
「おい、どうやったら息子に用意した飯を―――」
「そうそう、暁って言えばね。そんな名前の方が引っ越してきたらしいの」
「だから会話しろ。というか、暁って……アンタの中では今その話題なのか。ようやくか。月との交信か」
地球の裏側という認識は甘かったようだ。
「もういい。朝くらい自分で準備する」
宇宙的な天然では諦めもつくというもの。
「あらいやだ、もうパンがないわね」
つかなかった。
「嘘だろ」
十数秒ぶり本日三度目となったセリフを吐き、驚愕を露わにする晃陽。
「こうちゃんの分を焼いてる時に『ああ、これでなくなっちゃうんだな』って思ってたら、食べちゃった♪みたいな」
「こっちが見たいのはアンタの頭の中身だ」
年齢よりずっと若く見える母ではあるが、空腹も手伝っていよいよ晃陽には苛立ちが募っていた。
「うん、目玉焼き、上手に焼けたわ」
「……!」
だから、その満足気な母の声に、怒りが爆発したのだった。
※※
「と、いう次第だ。父さん、どう始末をつける」
朝のニュースを観ながら息子の話を聞き終わった
「うん、まぁ、よくあることだね」
「あってたまるか」
しかし、その通りなのだ。残念ながら。
「これだけは言うまいと思っていたが、申し上げる。あなたの妻はおかしい」
妙に
言われた妻・
ボケに対するのはツッコミだが、天然ボケに対抗できるのは柔らかな微笑みだけだと知ったのが、彼女と結婚して得た処世術だった。
「口が過ぎてすまないが、人に用意したはずの食事を自分で食べるのはあまりに度が過ぎている」
「ははは。そうだね」
「―――父さん、ひょっとして、眠くてどうでもよくなっているんじゃないか」
「……そんなことはないよ」
息子の鋭い洞察を褒めるべきかとも思ったが、否定しておく。正直、朝ご飯もあまり食べる気が無いほど疲れている。
「晃陽は、お父さんの分を食べればいい。今日も、
「遊びじゃない。“調停員”たる者に課せられた調査だ。俺たちの学校に、邪悪な者の魔の手が迫っている」
「あらあら、また始まったのね」
息子が発した突拍子もない発言に、妻が顔を上げ、そう一言呟く。
「どういう意味だ」
「あまり黎君たちにご迷惑をかけてはいけないわよ」
「妖怪
「まぁまぁ」
再燃しそうな喧嘩(一方通行)を
「学校に行くのかい。春休みだというのに大変だね」
「俺が第一発見者だからな。……恐ろしいものを見た」
「何を見たんだい?」
適当に聞き流してとっとと寝よう。晃陽には申し訳ないが、そう考えていた。
「それがな、父さん。現れたんだよ。“妖怪アジフライ隠し”が」
「詳しく聞かせてくれ」
なかなかのストロングワードが飛び出し、輝の眠気も吹き飛んだようだ。
エキセントリックな言動に、好奇心旺盛な性格。
晃陽は、まさしく、輝とその妻の子供であった。
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