第3話 怪奇、妖怪アジフライ隠し
時計の針は、三月下旬の
「ごちそうさまでした」
「随分とリラックスしているが、ここで給食を食べているのは、何かの罰じゃあなかったかな」
低音だが、柔らかな声が届く。晃陽は真正面に座っている教師にこう言った。
「昼休みに小説を書けないのは嫌だな」
「そのふてぶてしさ、俺は好きだよ、晃陽」
そう言う百八十センチを超える
細身のスーツを着こなし、
とはいえ、自分のしでかしたことで迷惑をかけているのは違いない。晃陽は、腰を少しだけ持ち上げ、謝罪する。
「申し訳ないな、
「構わないよ。元々、俺は君のためにこの学校に赴任したからね」
歴史の教師であると同時に、臨床心理士の資格を持つスクールカウンセラーである氷月はそう言って、懐から箱を取り出した。
「中学校は禁煙だぞ」
「大丈夫、これはトッポだ」
「トッポ」
「友人の好物でね。晃陽も、一本やるかい?」
お菓子の持ち込みも禁止ではなかったか。そう思いながらしかし、幽霊を見つけるために大量の祈祷グッズを持ち込み、
無論、こうして校長室で給食を食わされているのも、それが理由だ。
「それにしても、幽霊とはね」
「学校の女子生徒が次々と保健室に運ばれて行っていたんだ。悪霊の仕業だとおもうだろう」
「うん。その理屈はおかしい」
「そうか……」
最後までチョコたっぷりな棒をポリポリとしながら、少し落ち込んだ声を出す。
「大昔にいじめ自殺した女子生徒が、女子の生気だけを吸い取る悪霊になってしまったところまで想像したのだが、
「だが、給食の残飯が異常に多いという事実に行き当たったのだろう」
氷月の声に、晃陽の目が星のように輝く。
「そうだ。だから、この学校の瘴気に当てられて、人が
「何故君はいちいちそうトリッキーな方向にいこうとするんだい」
何のことはない。ただの『昼食抜きダイエット』が流行っていたというだけだ。
「氷月先生、女子は何をそんなに痩せたいのかな」
「分からないね」
共にどんなに食べても太らない体質の嫌味な二人が喋っていると、校長室のドアが開き、長身の生徒が入ってきた。
「……あるわけないよな」
「黎? どうしたんだ」
晃陽の所属する文芸部の先輩であり、親友でもある
「お前のクラスの給食のおかずが、丸ごとなくなったって大騒ぎだぜ」
「そういえば、今日はいつもより人の声が聞こえるね」
氷月が、思い出したように言う。
2019年からここ十年の間、学校・会社を問わず世界中の昼休憩は、全没入型VR空間、通称“
そして、謎解きに飢える晃陽にとっては恰好の探索時間となるわけで、動物園の檻よろしくこうして軟禁状態にされたのである。
が、こうして謎の方からやってきてしまったのでは、仕方ない。晃陽は、勝手に盛り上がっていた。
「なくなったおかずは」
「アジフライ」
「なんで」
「俺に訊くな」
年齢的には一年の開きがあるが、晃陽と黎の間に敬語は交わされない。「ううむ……」と唸る晃陽を、黎は切れ長の目をめんどくさそうに細めながら、それでいてしっかりと付き合う。氷月は我関せずでトッポをポリポリとやっている。
「やはり、異界への門か」
「その話は前にも聞いた」
「まぁ、聞けよ黎。神隠しというものがあってだな」
そう言いながら晃陽は、トロフィーや額縁が飾ってある棚へと向かった。
「たとえば、こういう古い戸棚の先に、ワームホールが開いていたり―――」
「ないみたいだな」
「……たとえば、この掃除道具入れに―――」
「急にスケールが小さくなったじゃねぇか」
黎が笑う。氷月も頬を持ち上げ、微笑。「むぅ」と、晃陽は渋い顔で、それでもロッカーを勢いよく開けて見せた。
「……え?」
流石に無いか、と晃陽でさえ思っていた。
しかし、黎の呆けた顔を見て、慌ててロッカーの中に目をやった。
最初に、強い油の臭い。
続いて、異様な光景が目に映った。
大量の魚の揚げ物が、占めて三十一個分。
鉄製のロッカーに、ぐちゃぐちゃな状態で詰め込まれていた。
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