閑話

勇者ロボの休日

 この世界の一週間は十日だが、明確に休日と定められた曜日はないという。

食っていくので精一杯の人々は決まった休みをとる暇なんてないし、休める人は自分の都合で休む日を決める。


 アデル曰く、領軍は交代で週一の休暇が与えられ、リーゼロッテ女史曰く、冒険者ギルドは年中無休だが、ギルド職員は申告すれば月に二回程度は休めるのだとか。

無論、冒険者自身は仕事次第で働き通しだったり、休みっぱなしだったりだ。


 まあ、休日ってものについて、この世界の人々がどう考えているのかはこのくらいにして、幸いにして好き勝手に生きても不都合が生じない俺としては、半週に一日の休日を設けようと思う。


「というわけで、今日は緊急事態を除き、通信も来客もキャンセルだ」


『了解だ。何かあれば、こちらでやっておこう。ヨウタはゆっくり休んでくれ』


 ランダーの寝室でベッドに寝転がったまま、ガイに伝えたのが午前六時、早起きの癖は抜けないので一度は目を覚ましてしまうが、二度寝ができないほど勤勉な体質もしていない。

ガイの快諾を得た後は、再び眠くなるまでしばらく寝転がっていようとサイドボードのタブレットを手にして寝返りを打った。

気を利かせたガイが、ランダーのオーディオを操作して適当なピアノジャズを絶妙に快適な音量で流してくれる。


「くぉうん?」


 タブレットを支える両手の間から、ルビーフォックス(ルビーのように鮮やかに煌めく赤毛の狐なので、いつの間にかそう呼んでいる)のマウラが顔を出す。

俺のベッドに潜り込んで勝手に寝起きしているんだが、いつもの時間に起きて朝食の支度を始めないのを気にしてか、ちょっかいをかけてきたようだ。

姿は狐だが、大きさは虎並のマウラに首を突っ込まれたらもう、タブレットを見るどころか、視界はマウラの頭で埋まってしまう。


「おうマウラ、今日はお休みの日だ。俺はまだごろごろしてるから、朝飯が食いたかったら勝手に行ってて良いぞ」


 最初の内は、元獣人種ということで人扱いしたものかどうか迷ったマウラだが、本人(本狐?)がすっかり狐なので、そのように扱った方がお互い楽だと気付いた。

そう思えば、人語をある程度理解できるくらい賢い分、手が掛からなくて助かる。


 この世界の住人であるアデルやリーゼロッテ女史は、まだマウラの人格が人と獣のどちらなのか決めかねているようで、俺の周りで自由気儘に振舞うマウラに複雑な視線を向けることもあるが、概ね擬人化した動物として仲良くやっているようだ。


「くぉん」


 今も、俺の休日を察して付き合うつもりか、一声鳴くと腕の中から頭を抜き、改めて俺の横に寝そべって目を閉じる。

片手で滑らかな毛皮に覆われた首筋を撫でてやると、特別に許してやるとでも言うかの如く、大儀そうに鼻を鳴らして寝相を変えるが、撫でるのを止めると尻尾で俺の足を叩いて続きを催促をしてくるのが可笑しい。


 片手はマウラの相手で埋まってしまったので、視線操作でタブレットをいじるが、実は何か目的があって手に取ったわけではない。

休日の朝、寝起きに何となくスマホを手に取ってしまうなんてことは、誰にでもあることなんじゃないだろうか。


「あ、ガイ、他の皆も急ぎの用がなければ今日は休むように言っておいてくれ。ディフェンダーズは、明日ヴァルキリーズと交代して休みをとるように」


『ああ、了解した』


 こうして、俺は昼頃までうたた寝をしたり、マウラを構ったり、思いついたことをタブレットにメモったりして過ごした。


* * * * *


『ああ、了解した』


 ヨウタにそう答えてから、私ことガイアースは少し待ってヨウタがグランドランダーを出る様子がないことを確認する。

それから、この休暇を利用して懸案だった問題に着手することにした。


 ヨウタが、戦利品倉庫と呼んでいる部屋に寄って、この世界でバルレーと呼ばれている人型兵器の中から、人間に体格の近い一体を選んで持ち出すと、やはりヨウタが研究開発室と呼んでいる部屋に向かう。

この部屋は、私とヨウタがこの世界のテクノロジーを解析し、私達が扱える技術へと落とし込む研究を行うための部屋だ。

つい先日も、ヨウタは私が手にしているのと同型のバルレーを研究し、その駆動制御に革新的な変化をもたらしている。


 身長7mの私でも不便なく作業できるよう、大きく作られた作業台の上に、持ち込んだバルレーを寝かせた。

重心の問題があるのか、今まで私が目にしたバルレーは全てずんぐりした胴体に短い足、長めの腕というパーツ構成のものばかりだ。

これはこれで愛嬌のあるデザインだと思うが、私の目的にはやはり、私のパーツ構成比に近い方がスムーズに目的を達せられるだろう。


 私は、「ある物で間に合う限りはある物で間に合わせるが、無ければどうにかして新しく作る」というヨウタの姿勢に倣い、新しい機体を製作し、内部は既存のバルレーを流用することにした。


 そのため思考を三つに分割すると、一つはロボットアームと自身の機体を駆使しての機体作製、一つは魔動核への制御式書込み、一つはヨウタの様子に応じてグランドランダーの機能を使用するため待機状態に入った。


 私が造ろうとしているのは、私の判断力と運動力を受け継ぎ、相互に情報共有が可能な自律稼動型のバルレーだ。

先日の古代遺跡調査のときのように、体の大きさが問題で私がヨウタに着いて行けない場合など、通信の届く範囲では私の分身体として、通信が途絶えた場所では私の代りとしてヨウタを守る機体があれば、と考えていたのだ。


 ヨウタは誤解しているようだが、十五年前と違い我々にとってヨウタは、代りのいない大切な存在であり、全力を挙げてその命令に従うべき主である。

ヨウタさえ健在であれば、我らは例え一時その身を失うことがあっても、甦ることが可能であるばかりか、新しい機体あるいは新しい守護者を造り出すことさえ可能だ。

しかし、ヨウタが失われれば、我らはマザー・アースかこの惑星の生命存在の下に還り、新しい守護者に全てを託して眠りに就くしかない。


 だが、ヨウタ自身は人としては機敏な方であり、私の用意したバリアシステムを信頼してくれていることもあって、危険に身を晒すことを厭わない。

私にその行動を掣肘する権限はないが、すぐに助けに行けない場所でそういうことをされると、我らはとても歯痒い思いをすることになるのだ。


 そういった問題を軽減してくれることを願い、私は護衛用バルレーの魔動核に動作プログラムを構築し、魔獣の外殻を人型に加工し、ヨウタのサイドボードにピザとコーヒー、ついでにベッド下の皿にマウラのフードと水を用意する。


 ……ヨウタは今日一日、グランドランダーから出ないつもりだろうか?


* * * * *


『アデルですか? サクラです。ヨウタが今日は休日にするから、一日自由に過ごして良いと言っています。貴女もヨウタの担当になってからずっと休んでいないのですし、今日はゆっくり休むと良いでしょう』


 私、アデラインがその通信を受けたのは、日課にしている早朝鍛練を済ませ、シャワーを浴びているときでした。


「え? お休み、ですか……?」


『ええ、ヨウタが元いた世界では、一週間は七日で、そのうち二日は休日というのが一般的とされていましたから、こちらでも週に二日は休日にするつもりのようです』


 つまり今日は、ヨータ様の傍に控えなくても良いのですか……


 そう考えて初めて、自分がこの一月の間、一日も欠かすことなくヨータ様と一緒にいたのだと気付きました。

それが急に来なくて良いと言われると、どうして良いか分からなくなり、バスローブのままベッドに座り込んでしまいます。


 そういえば、このベッドもヨータ様がハヤテ様の車体から取り外して、この部屋に移設して下さったものでした。

やさしく体を支えるマットも枕も毛布も、今まで経験したことがないほど温かく快適で、毎朝抜け出すのが大変なんです。


 ヨータ様付きの役を仰せつかってから私の生活、いえ、私の世界は一変しました。

快適なベッドでゆっくり休み、爽快な気持ちで朝を迎え、ヨータ様の鍛練にお伴した後は、温かいお湯が出るシャワーで汗を流し、食べたこともないような美味しいパンとベーコン、卵焼きの朝食を摂る。


 私達と魔獣の関係も変わりました。

頼りない城壁と地形に拠って、追い返すのが精一杯だった魔獣を、ヨータ様は麾下のガイアース様達に指示して討伐するだけでなく、その素材や身体機能から新しい兵器を造り出し、傘下の冒険者に与えて私達諸人族が魔獣と戦う力を養う手掛かりとさえしてくださいました。


 最近では、ロビンスの領軍が持つ武装や兵員に梃子入れをして、街の防衛と冒険者を切り離すことまで計画しているようです。

特に、この件についてはロビンスの従騎士である私も、ヨータ様の相談役としてお役に立てることも多く、お話しできる時間も長くてとても張切っていたのです。


 それなのに、急にお休みだなんて……


「あ、あれ? ヨータ様のお仕事がないと、何をしていたら良いか分からないですね…… ギルドを新設中のリーゼさんも、今日はお休みなのでしょうか……?」


 主館二階にある自室の窓から、通りの向こうに建てられたギルド庁舎を見てみましたが、いつものように慌ただしく出入りしている人達の姿もありません。

この主館の窓も、妖精種の貴族館でしか見たことのないガラスが使われていて、光は入るのに外気は入ってこない贅沢な造りになっています。

これもヨータ様麾下のビルダーズ様が、数時間ほどで建ててしまわれました。


「はぁ……っ だめですね。お会いできないとなると、ますますヨータ様のことばかり考えてしまいます……」


 そうだ、お休みならまたハヤテ様達のところで、ヨータ様の世界のお料理を教えていただきましょう。

いつか、朝食のような簡単なものでなく、私が作ったお料理をヨータ様に食べていただけたら嬉しいですからね。

それに、ヨータ様の世界のお話を聞かせていただくのも楽しいです。


* * * * *


 結局、昼下がりまでベッドで過ごしてしまった。

何となく、皆はどんな休日を過ごしているのか気になって、マウラの散歩に付き合いがてら、外に出掛けてみる。


 サナダマルの城門に、阿吽二体の仁王像が飾られていた。

リキが、アタッチメントのチェーンソーで森の魔樹から削り出して造ったらしい。

リキにチェーンソーアートの趣味があったなんて知らなかったな。


 タツとテツは、サナダマルの工事が休みだと聞いて、森の避難所の改築や増築をしに行ったそうだ。

材木は、こないだの捜索時にかなりの量を伐り倒していたので、それを使うとか。

おそらく、感覚的には趣味でログハウスを造るようなものなのだろう。


 冒険者ギルド組の皆は、ギルドの整理を休んで、支給された宿舎を自分好みにカスタマイズすることにしたらしい。

家財の運搬や家具の移動を頼まれたジルド達が、休日返上で引越し業者をやってた。

まあ、自分達の宿舎も整備しなきゃならなかったんだし、丁度良かっただろう。


『ヨウタ、見てくれ。君の護衛を務める自律型バルレーを造った』


 開発室を覗き込むと、ガイとヴァルキリーズがせっせと何かやっていたので顔を出してみたら、新しいバルレーを紹介された。

 

 身長180cmくらいのそれらは、魔獣の外殻を加工して造った鎧のようなボディに、ガイ達が造った魔動核が内蔵されているらしい。


「何か、オーラコンバーターを外したオーラ○トラーみたいなデザインだな。でも、頼もしい感じがしてカッコイイじゃないか」


 ガイと同じくメタリックのコバルトブルーに塗られたボディの各所に、魔獣部位の鼈甲っぽかったり、琥珀っぽかったりするパーツが使われ、昆虫っぽい雰囲気の全身鎧を着た騎士といった風情のバルレーは、きびきびした動作で俺に敬礼する。


「おお、仕草は流石にガイっぽい」


『ガイときたら、自分だけこんなの造ろうとしていたのです。ヨウタのお守りは我らバルキリーズの仕事です。というわけで、こちらはサクラタイプのバルレーです』


『便乗したんだから良いじゃねぇか。へへ、ツバキバルレーだぜ』


『護衛以外にも、看護や救助で使い途もありそうよね。はい、ユリ型バルレー。タイプは自律回路のモデルが誰かで分けてあるの』


 そう言いながらヴァルキリーズの三人が出して見せたのは、やはり雰囲気は昆虫っぽいものの、ガイのそれより一回り小さく、女性的なフォルムをした女騎士型バルレーだった。


「こっちは仮面ラ○ダーの女性ライダーに居そうなデザインだな」


ユリが言うように、看護や救助の邪魔にならないよう、牙や角、爪といった突起パーツを使わず、曲面を多用したシルエットも、尚更女性らしく見える。

色はそれぞれ、パンダカラー、赤と金、白と赤、といった具合にそれぞれのボディカラーを再現していて、どれが誰だかすぐ分かるようになっていた。


 仕上げが残っているというガイ達を開発室に残して外に出ると、すっかり日が暮れていた。

夕食は、ハヤテ達から招待を受けていたので、指定されたヒカリの食堂車に行くと、何故かアデルが待っていたので、そこからは終始笑顔のアデルと食事をし、ラウンジカーで軽く呑みながら、今日はどうだったか話し、異世界最初の休日は穏やかに暮れていった。

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