勇者ロボ、魔人に遭遇する

 前衛と経路探索をサクラに任せ、殿をビルダーズに守ってもらいながら、俺達は最大戦速で森を走った。

途中、何度か魔獣に襲われる場面もあったが、大半がサクラの撒いた諜報メカに見つかり、姿を現す前にサクラやビルダーズの攻撃で追い払われた。


 警戒と慎重を積み上げ、できる限りの危険を回避し、敵を選び、戦場を選びながら進む、冒険者の流儀を真っ向から蹴散らす勢いで突き進んできたので、特に斥候も担当するレーダから、夜営の時に絡まれたりもしたが、そういうのはまた今度やろうと躱しておいた。


「おお、まさに異世界……」


 石造りの街が、苔むして森に飲込まれている様子は、微かな木漏れ日の装飾と相俟って、地球ではお目にかかれない幻想的な光景だった。


「数百年前は、ここまで諸人族の勢力圏だったのですね……」


 ハンドルに身を預けてフロントグラスに広がる光景に目を奪われていると、助手席のアデルもほうっと溜息をついた。

この世界の住人である彼女にとっては、リアルな歴史の証拠なのだ、その感慨も感動も、俺の比ではないだろう。


 それぞれの車両から降りてきた冒険者達も、自然と廃墟の前に集まると、寄り添うように街を見上げている。


「ヨータの旦那がいなけりゃ、こんな奥まで来れなかったろうぜ……」


「[鉄甲団]は来たんだろう。帰れなくなったようだけどさ」


 ジルドの妻ザイラが珍しく口を開き、レーダがそれに混ぜっ返しながら、街の外壁前で大破している車両を指さした。

それが目的を思い出すきっかけになり、エリノアがレーダとアヒムを伴って車両を調べに向かい、ジルド兄弟とザイラは街の様子を確かめるべく、外壁を登り始める。


『ここまで樹木と建物が詰ってると、何も壊さず中に入るのは難しいな』


 ガイが言うように、彼らの巨体では街の中を移動するのは無理そうだ。

それでもなんとか入ろうと思えば、木を伐り、建物を壊す必要があるだろう。


「まあ、ぶっちゃけ廃墟なんだから、って気もするけどアデル達のさっきの表情を見ると、気軽に壊すってのもなぁ…… とりあえず、諜報メカを頼む。生命反応はどこから出てるんだ?」


 この世界に来てから大活躍の諜報メカだが、実物は直径10cmほどの円盤で、光学迷彩標準装備、カメラやマイクを始めとした各種センサを搭載、かなり高度なクラッキングも可能だった、らしい。

諜報メカって名前が野暮ったいのは、15年前のネーミングなので仕方ない。


『もうやっているわ。奥にある館に複数の生命反応があるわね。やっぱり、わたし達が行くのは難しそうだわ』


「まあ、できる限り街は壊さない方向で行きたいし、とりあえずは歩いて行くか。どうにもダメなときは仕方ないんで、呼ぶから来てくれよ」


『諜報メカをつけてはおくけど、気を付けるのよ?』


「くぉん」


 サクラが心配そうに言うと、ガイの後部座席からするりと下りてきたマウラが、自分に任せておけとばかりに、尻尾を俺の足に絡めて鳴いた。

頭を撫でてやると目を閉じるが、嬉しそうというより偉そうだ。


「どうやら、大破前に乗り捨てたようだ。荷物も持ち出されたようで、車内もきれいなものだった。魔石も魔動筺も持ち出されている」


 車両を調べていたエリノアが、そう言いながら戻って来たので、もう一度、大破した車両の方に目を向けた。

車輪や装甲は破壊されているが、主武装は無事に残っているように見える。

あれを回収して[熊殺し]に装備できないかな、武装変更に託けて名前も変えてやれたら良いんだが…… いや、持ち主を救助したら、返す必要があるか。


「街ん中を荷物引きずって逃げたみてぇだな。所々に重てぇもん引きずった跡が残ってやがるぜ。けど、なんだって無事に逃げおおせたんだか……」


 外壁を降りてきたジルドの言葉で気付き、大破した車両を見直してみる。

装甲を凹ませている足跡も、引き裂いている爪痕もかなり大きい。

少なくとも、ロックバブーン以上の大きさがある爬虫類のようだ。


 それに加えて、まるで少しでも早く廃墟を飲込もうとしたかのように、外壁の内側は外側に較べても樹木の密度が高い。


「魔獣も、木が邪魔で街に入れなかったんだろう。その後、街に入れそうな魔獣が来なかったのは、運が良かったのか悪かったのか……」


 もしかすると、この廃墟はまだ、[鉄甲団]をここに追い詰めた魔獣の縄張りなのかもしれない。


「ここで思案していても仕方あるまい。ジルド殿が見つけた跡を辿ってみよう。ヨータ殿とガイアース殿達はどうする?」


「ガイ達はここで待機だな。俺は一緒に行くから、頼りにさせてもらうよ」


 エリノアの提案に同意すると、アデルとマウラがすかさず左右を固めてくれた。

アデルは任務なので分かるが、マウラが俺に絡もうとするのは何故なのか、今ひとつ分からない。


「群の実力者が誰なのか、誰が自分の働きを評価するのかを分かるのでしょう」


 その境遇はどうあれ、新しい仕事仲間だと認めたアデルが、マウラの背を撫でながら笑った。


 そして廃墟の探索が始まった。

[青玉の剣]の操手ネリーと[強獣]の操手アーダ、魔動士ボーナは、車両やガイ達と一緒に廃墟の外で待機となり、俺達を一隊と数えて三隊九人と一匹での行動だ。


 先頭は森から引き続き、役割分担の明確な[青玉の剣]が担当なので、やっと斥候らしい仕事ができるとレーダが張切っている。


 アーダとボーナを除く全員が、何でもこなすレンジャータイプの[強獣]三人組は、脇を固めるため二番手に就き、三番手の俺達が後方警戒の役割を振られた。


 無秩序に生える樹木を避けながら、地面に残った痕跡を辿って歩くのだが、優秀な同伴者に恵まれ、諜報メカでインチキまでしている俺は意外に暇で、木々に侵蝕された街並みを見ながら考え事をする余裕まである。


 それで気付いたのだが、この街はかつて人類の勢力圏が、この地まで広がっていたことを示すなら、それは即ち、ロビンスの役割を担っていたと言うことでもある。

ならば、相応の武装がまだ眠っているのではないか、と端末からメールでサクラに提案すると、可能性のありそうな場所に諜報メカを回すと返事が来た。


「それにしても、糞やら食べカスやらぁ落ちてんのに、魔獣の姿がねぇな」


「兄貴、見ろ。石ころ混じりの毛玉があちこちに落ちてる。ここにいたのは、ストーンエイプだったんじゃないか?」


 ジルド兄弟が話しているが、おそらくガイオの言ってることが正解だろう。

それが、[鉄甲団]を狙ってきた何かに追われるように、暴走現象を起こし、ロビンスの前でガイに一掃され、ここが空になっていると思われる。


 兄弟よく似ているようで、無鉄砲な兄のフォローに追われてそうなガイオの方が、冷静に物を見ているのかもしれない、顔立ちも兄より落ち着いている印象がある。


 結局、魔獣に遭遇することなく、領主館と思われる建物の前まで辿り着いた。


『おかしいわね、外まで何者かが接近しているのに、中の生命反応が動く気配がないわ。どういうことかしら?』


 諜報メカを中に入れられないサクラが、センサの反応を見ながら疑義を呈する。

しかし、どれだけ食料を持っていたのか分からないが、三十人の人間が一月以上を無補給で過ごしているんだ、どれだけ切り詰めてたとしても、この中の冒険者達から餓死者が出ていたっておかしくはない。


「ねぇ、中で誰かが動いてる様子がまるでないけど、本当にこの中にいるの? そりゃあ、荷物を引き摺った跡は、ここで途切れてるけどさぁ……」


 扉や壁に耳を当てて様子を窺っていたレーダが戻ってきて、小声で言う。


「バカ、窓ん下に行ってみろ、垂れ流した糞尿の臭いがすんぜ。中のヤツら、相当参ってんじゃねぇか」


 この世界にガラス窓なんて洒落た物はなく、ジルドの指摘によれば、木戸の開いた窓から中の臭いが漂ってくるらしいが、臭気が有害な気体の扱いなのか、バリアに遮断されて、俺にはさっぱり分からない。


「行方不明から時間が経ち過ぎている。早く中を確認するんだ」


 エリノアの指示でレーダが正面扉を開き、俺達は玄関ホールへ雪崩れ込んだ。


「な…… 何だ、こりゃあ……」


 中へ入ると、吹き抜けになった玄関ホールに、ジェル状の繭が幾つもぶら下がっていて、その中に冒険者らしき装備の人々が身体を丸めて包まれていた。


「あれは! [鉄甲団]のリーダー、リカードだ!」


 繭の一つに包まれている、全身鎧の男に気付いたエリノアが声を上げた。

どうも、外の脅威から逃れるためにこの館に入った[鉄甲団]は、別の危険に囚われる羽目になったらしい。


「生きてるのか?」


『生命反応は健在だわ。全部で二十一、足りないわね…… もう一つ、未知の生命反応を検知、上層階よ』


 誰に訊いても分からないことを呟いたのに、サクラがしっかり答えてくれた。

と同時に、二階に続く正面階段から、ゆっくり降りてくる人影があった。


「騒がしいと思ったら、新しいお客人か。良いだろう、検体は多いほど助かる。まあ、何を言っているかは分からないだろうがね」


 階段の中程で足を止めたその人物は、そこで俺達を見回して言った。

アデル達はその言葉が理解できなかったのか、顔を見合わせたり戸惑った表情を浮かべたりしていたが、俺がライトを点けて人影を照らすと、一様に黙り込んだ。

その中で、マウラだけがその人物に牙を剥いて呻り声をあげている。


 ライトに照らされて浮かんだのは、青白いを通り越して薄青く見える肌に黄色っぽい金髪の長髪、赤い瞳と笹耳を持つ、黒い全身タイツのような服を着た青年だった。


「ま、魔人種……」


 生唾を飲みながらアデルが呟き、ジリジリと俺の前に立とうとするし、マウラは今にも飛び掛かっていきそうだ。


 俺は相手を刺激しないように、ゆっくりとライトをビームライフルの銃身に取り付け、両手でライフルを保持する。


「では、捕獲させてもらおう。[ジェル・ジェイル]」


 [ゼリーの檻]って、まんまじゃねぇか、と思いつつアデルを押しのけて前に出ると、ゼリー状の物質が俺に覆い被さろうとしてバリアに受け流され、中に何も入っていない繭として天井からぶら下がり、期せずして、[鉄甲団]に何が起こったのかを教えてくれた。


 こちらも攻撃をしかけてきた相手と、悠長に会話するほどお人好しでもないので、二発目の準備をしている魔人とやらにビームライフルをぶっ放すと、ビームは一瞬だけ敵の手前で撓んだかと思うと、そのまま突き進み、発生しつつあったゼリー状物質ごと相手の左腕を灼き千切った。


「ぐぅ、まさか私の[障壁]が貫かれるとは、変わった攻撃手段だな。しかも躊躇無く撃った。これは早々に切り札を切るべきか」


 左腕を失いながらも、魔人が階段を飛び降り、柱の陰に隠れて何か言ったかと思うと、玄関ホールの床が崩れ、巨大な縦穴が足元に現れた。

最前に立っていたレーダやエリノア、アヒムが崩れ出した床に巻き込まれて、崩れた斜面を滑り落ちかけている。


「この技術を本国に伝える前に、蛮族相手に使うことになるとは……」


 いつの間にか柱の陰から出てきた魔人が、穴の底を覗き込み、しみじみと言う。


 縦穴にライトを向けると、その先には地下空洞ができあがっており、その中に甲冑を身に鎧ったように堅牢な蜘蛛の化物がこちらに複眼を向けている。

半球状の胴と腹だけで直径10mにはなるであろう巨体を長大な八本足で支え、ゆっくりと縦穴を昇ってくる。


「くそっ、あんな化物見たことねぇぞ!」


「早く上がってこい! 追いつかれる!」


 ジルドが穴の反対側にいる魔人を意識しながらも、蜘蛛型魔獣から目が離せない。

ガイオがエリノア達に向けてロープを投げ下ろし叫び、ザイラはレーダが落としたクロスボウを拾って蜘蛛を撃つ。

マウラは、火球を生み出しては蜘蛛に叩きつけ、アデルも槍を魔法の杖代わりに、光の矢を放って攻撃しているが、どれも効いている様子は無い。


 俺もビームライフルで目を撃とうとしたが、蜘蛛が盾のような殻が付いた足を駆使してビームを防ぐ、盾を削ることはできるんだが、足止めの効果が上がらない。


「ほう、あの装甲を削るか。恐るべき威力だな。切り札を切って正解だった」


 穴の縁に立つ魔人は、冷静にビームライフルの威力を観察しているような言葉を吐いているが、いつの間にか怪しげな仮面を被っている。


「ダメだ! 全然効きゃしない。このまんまじゃ、皆殺しにされちまうよ!」


 じわじわと穴を昇ってくる蜘蛛の姿に、ザイラが悲痛な悲鳴を上げる。

マウラは諦めずに火球を撃ち続けているが、劣勢を示すように後退り始めていた。


「蛮族にしては有能な者達だったが、実に残念だ。大人しく捕まってくれれば、生き残ることもできただろうにな」


 左肩から青い血を流したまま、淡々と語る魔人だが、次の瞬間は流石に沈黙した。


『『『ビルダーズ、見参!!』』』


 敵が地下から現れたことが分かった瞬間から、リキことホイールビルダーのオプションパーツ、ドリルユニットで地下を掘り進んできたビルダーズが、蜘蛛の土手っ腹に体当たりをして地下に逆戻りさせながら登場したのだ。

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