勇者ロボ、森に入る

 森の木々を盾にしながら、前方から素早くこちらに近寄るいくつもの影。


「インパクトウルフ!? 防御を!」


 エリノアが叫ぶより早く、ボルトンの前に立ったアヒムが、肩に担いでいた大盾を前面に押し出すと、そこに何かがぶつかっているような、甲高い音が何度か響き、アヒムが体勢を崩して踏鞴を踏む。


「なんだ、ありゃ!?」


『衝撃弾だ。前方にいる狼型魔獣の群が、直径10mm程度に圧縮した衝撃波を口から撃ち出している』


「なるほど、衝撃インパクトウルフね。俺の翻訳機能ってどうなんだ?」


『初手は様子を見るように頼まれていましたが…… 彼女達、大丈夫でしょうか?』


 アヒムの陰に隠れた蜥蜴女のレーダが、一抱えもある大きさのクロスボウを木々の隙間に通すように放ち、二呼吸後に「ギャン!」という声が聞こえた。

その間に、クロスボウの台座に収められた魔石が青く光り、弦がキリキリと巻き上げられていく。


「ありゃもう、バリスタだな。攻城兵器だろ……」


「リュインに取り付けて使うこともできる、大型弩ですね。リュインを持つパーティーは、大型の武器を持ち歩ける強みもあるんです」


 徒歩で移動するなら、あんな大荷物、邪魔にしかならないもんな。

なんて考えている間に、ボルトンの短い砲身から「バム!」という破裂音が鳴り、前方でもう一度、更に大きな「バム!」という音が響いた。


「ボルトンの主砲、衝撃魔動砲です」


『原理はさっきの衝撃弾と一緒だ。衝撃波を砲弾として発射しているが、着弾地点で破裂してもう一度、衝撃波を撒き散らすようだ』


『魔獣達は、ほとんど避けたみたいですが?』


「いや、アヒムが体勢を立て直すまでの牽制だろう」


 ボルトンの前方銃眼から突き出た杖が、短い間隔を開けながら散発的に小さな火の玉を木々の中に撃ち込んでいく。


『索敵と照準が苦手な様ですね。数をばら撒いて少しずつ削る作戦ですか?』


「インパクトウルフは、体こそ大きくありませんが、中位魔獣の中でも危険度の高い魔獣です。このままだと、長期戦になるかもしれません……」


 助手席から、フロントグラスと森の木々越しに、見えない魔獣をアデルが睨む。


「くっ、距離を詰めて接近戦に持ち込む!」


 ボルトンの車長席から飛び降りたエリノアが、剣を抜いてアヒムの盾に隠れる。


「私も行ってきます!」


 助手席を飛び出したアデルは、背嚢から槍を取り出してエリノアを追って走り、続いて、大斧と大槌を構えたジルド兄弟がガイアースの横を走り抜けて行った。


 アデルの槍は全長が2m程で、穂先と柄が2:3くらいの大剣とも長巻ともつかないような変わった槍なのだが、それを巧みに操って斬る突く自在の攻撃を繰り出す。


 再び響いた衝撃魔動砲の発射音を合図に、アヒムを先頭とした白兵部隊は森の中へ斬り込んでいく。


『うむ、良い連携だ。熟練を名乗るだけのことはある』


 ガイが言う通り、流れるような連携で森から出てきた狼と渡り合うアデル達だが、狼達も連携が上手くて致命打に繋がらず、森の中にもまだ狼が残っている。


「どうもガイ達がいるおかげで、敵の脅威度を認識し辛いが……」


 衝撃魔動砲での牽制を上手く使ってなんとか形勢を保っているが、アデル達が優勢というわけではなさそうだし、こちらからも援護射撃をしよう。


『ヨウタ、私と視界を共有するゴーグルだ。これなら森の奥も見えるだろう』


 ダッシュボードが開いてレトロなバイク用ゴーグルが出てきたので、それを掛けてサンルーフから身を乗り出すと、森の奥で機会を伺う狼達の姿が見えた。

持っていたビームライフルを構えると、自動的に視界に照準が表示される。


 ジルド兄弟がそれぞれの斧と鎚で狼の群を払って距離を取らせ、アヒムの盾と剣、アデルの槍が一匹を誘導して孤立したところを、エリノアの剣が貫いた。


「……っ!」


 狼の毛皮を貫くのに、相当の勢いが必要だったらしく、体勢を崩したエリノアに向けて、別な個体が衝撃弾を放とうとしている。

とっさにビームライフルを向けて引き金を引くと、銃口から迸った閃光が狼の頭を灼き尽して通り抜け、たまたまその向こうにいた個体の脇腹も抉り取った。


 狼の衝撃弾は溜めが長ければ長いほど威力が増すらしく、距離をとった狼は動きを止めて溜めに入るので、銃で撃つには好都合だ。


 ハッとした表情で振り向いたエリノアにサムズアップで応え、ハンドサインで集中を呼掛ける。

すぐに集中を取り戻したエリノアが、素早く狼から剣を抜き戦線復帰した。


「さて、これであっちは大丈夫そうか。しかし、どういう仕組みで衝撃弾を撃つんだろうな。サクラ、五体満足なサンプルを一体手に入れられるか?」


『ええ、任せなさい。ガードライフル!』


 様子を見ていたサクラが、少し離れていた個体を狙ってライフルを放つと、雷球の直撃を受けた個体はその場がその場で頽れる。


「死んだのか?」


『生命反応なし、ショック死です。バージルにでも預けておきましょう。あら、何か来ますね』


 そう言ってサクラが顔を向けたのは、木々を避けて迂回するため、もう少し進んだら曲がる予定だった方角だった。


「え? ……なにっ!?」


 音も無く現れたそれは、俺の目では追えない速さで木々のすき間を縫うように走り抜け、ガイアースの屋根まで駆け上がって俺の背に回ると、狼達に火球を放った。


「紅い…… き、つね……」


 振り向けば、そこには体長2mはありそうなほど大きな狐が、尻尾を揺らしながら俺の顔を眺めている。 


「何だ? 仲間割れか?」


 言った途端、狐の尻尾が俺の横っ面を叩いた。

バリアのおかげでダメージは無かったが、攻撃にしては軽い一撃だった。


「くおぉん!」


 二、三度、俺の顔を尻尾が往復したが、届かないと諦めたのか、狐は一声鳴くと、額の前に小さな火球を生み出して、それを狼に向けて放つ。


 どういう理由か分からないが、助太刀してくれるようなので、狐と並んで援護射撃に回り、それを受けたエリノア達も上手く敵を分断して一体ずつ倒していく。

それから、十七体の狼が全て片付くまで、それほど時間は掛からなかった。


* * * * *


「やはり…… 彼女は獣化した獣人種です。でも……」


 ジルド達がインパクトウルフを解体している間に紅い狐を調べていたアデルが、溜息と共にそう結論付けた。

狐の方も、目を覗き込んだり口を開けられたりしても、大人しくされるままでいて、時折、俺やサクラの方に不思議そうな目を向けるくらいだ。


「……! しばらく前、森で消息を絶ったパーティーに、狐の獣人と火妖の混血魔法士がいたな……?」


 一緒に狐を調べていたエリノアが、少し考え込んで、低く呟いた。


「ええ、かなり高位の冒険者で…… 確か、[篝火]のマウラさん、だったと……」


「くぉん?」


「……マウラさん?」


「くぉん」


 アデルがその名を口にすれば、狐が応えて鳴く、これは、この狐がマウラという冒険者だと確定したようなものだな。


「つまり、彼女はどうなっているんだ?」


「……彼女は、瘴気の影響で理性を失い、獣になってしまった獣人なのです」


「治る見込みは? さっき、魔法らしきものを使ってたよな?」


 アデルの首が、哀しげに振られる。


「妖精種の血が入っているので、僅かな知性と魔法は残ったのでしょうが、瘴気で理性を失った獣人種が回復した前例は、ありません……」


 妖精属性を持つ獣になった、ということか。

魔法の力を使う獣、という意味では魔獣に似た存在になったとも言える。


 それより問題なのは、この森のどこかに瘴気があるということだな。

もし[鉄甲団]もその瘴気や瘴気を生む存在に遭遇していたとすると、生存も怪しくなってくるし、俺達が遭遇してしまっても、人間以外が多くて危ない。


「サクラ、バージル、探索の輪を広げてくれ。何か引っ掛かるものはないか?」


 ちょっと冒険者の腕試しをしながら進められる状況でもなくなり、俺はガイの運転席に戻って皆には聞こえないように指示を出した。

どちらにしろ、解体にはもう少し時間が掛かるようだし、この場で一旦休憩としても問題はないはずだ。


 マウラは腹を空かせているようで、ジルド達が解体した狼の肉に鼻を近付け、臭いを嗅いでから躊躇う様子を見せる。

肉食獣の肉は不味いというから、野生ならともかく、元諸人族としてはあまり食べたくないのかもしれない。


「腹が減ってるなら、はんぺん食うか?」


 ツバキのところから持ってきたはんぺんがガイのトランクにあったので、野営の火で軽く炙って差し出してみると、少し臭いを嗅いでからすぐに喰らいついた。


 ほぼ野生の狐、しかし元は知性のある諸人族という組合せの結果、マウラは簡単な言葉は理解するし、ときどき妙に人間臭い仕草や表情を見せるものの、その行動自体は本能まま動く獣のそれ、という微妙な状態になっているようだ。

普通なら、こんな簡単に人間の手から食べ物を食べたりはしないだろう。


 数枚のはんぺんを平らげたマウラは、開けっ放しだったガイのサンルーフから車内に潜り込み、後部座席の足元という狭くて寝心地の良さそうな場所を見つけて落ち着いてしまった。


「まあ、森に置いて帰るわけにもいきませんから……」


 窓からその様子を覗き込んだアデルは和んだ表情でそう言うが、森で野生の暮らしをしてきた狐が潜り込んだので、ガイのシートは足跡や泥汚れまみれだ。

ガイの汚れは勝手に落ちるとはいえ、帰ったら絶対にマウラを洗うべきだな。


『こちらバージル、キャプテンの現在位置からはかなり距離がありますが、戦闘車両の交戦跡を発見。大破した戦闘車両一台と、破壊された装置らしきものが見えます』


 バージルからの通信を受けて、運転席のモニタを見ると森の中に広場の様な場所があり、倒れた鉄塔とそこに突っ込んで大破している装甲車が映っている。

鉄塔の頭には何かの装置が設置されていたようだが、それも塔が倒れたときに砕けてしまったようだ。

その他にも抉れた地面や、装甲車の装甲に穴が開いていたり、めくれている部分があることから、何かと戦いながら鉄塔の破壊を試みたことが窺える。


『破壊された装置付近から、微弱ながら未知のエネルギーが検出されました。ガイの車内に居る個体からも同様のエネルギーを検知できる点から、これが瘴気かと思われます』


「いつの間にそんな検査をしたんだ?」


『バリアがあるとはいえ、ヨウタが乗る車内に入るものは、必ず一通りの検査をするようにしている。サンルーフから車内に入るときにスキャンを済ませた。瘴気と思われるエネルギーはその狐が出しているのではなく、体表に残留しているようだが、ヨウタに影響のあるものではなかった』


 そう言われて、座席越しに振り返り、後部座席の下で長くなって横たわる紅い狐を見下ろしてみる。

無造作に放置しているように見えて、その実、細かいチェックを潜らせてるわけか。


「よし、可能ならその車両を回収して避難所の近くに運んでくれ。マウラのパーティーと関係あるかどうか、リーゼロッテ女史に確認してもらいたい。鉄塔は回収後、避難所から離れた場所に置いておこう」


『了解、直ちに回収作業に入ります』


『こちらスコット、ロックバブーンの暴走経路の特定が完了しました。バージルが見つけた交戦跡は、想定コースから外れています』


『サクラです。諜報メカが、スコットの想定コース上で、森に侵蝕された街の遺跡を見つけました。乗り捨てた車両が数台と生命反応があるので、こっちが当りのようですね。ここからだと、今のペースで四日くらいの距離です』


 張切ってるエリノア達には悪いんだが、探索行って高速飛行と無線通信で、大抵の問題が解決しちまうんだよなぁ。

さて、四日かけて遺跡へ行くか、俺達だけでショートカットするか……


「えー、さっき先行した仲間から連絡が入り、[鉄甲団]がいるであろう場所が判明した。そこで、こっから先の警戒と迎撃はうちの仲間に任せて、全力で先を急ごうと思う。[熊殺し]は何人乗りだ?」


「お、おう、今回は荷台も繋げてねぇし、最大4人だ」


「ボルトンに乗員数の空きは?」


「二、三人なら、余裕を持って乗れるな」


「よし、ならガイオはボルトンに乗せてもらってくれ。ボーナは[ガロテ]を[熊殺し]にしがみ付かせておくんだ。これで誰も歩かずに移動できるな?」


 休憩終わりにそう方針を示したら、皆が呆然としているが、俺は気にしない。


 どうせ俺達だけで先行するなんて言っても聞きはしないだろうし、ここで別行動は変なフラグにしかならない、ならば選ぶべきは全員で全力移動だ。

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