勇者ロボ、救助を開始する

 冒険者ギルドの看板受付であるリーゼロッテ女史の影響力は強く、バージルに怯えていた避難所の冒険者達も、その呼掛けに応じて避難所の扉を開けてくれた。


 この避難所は、ロビンスの冒険者達が長い時間をかけて、森の木を伐り、積み上げて造ったもので、森に入る冒険者はこの避難所の周りにテントを張って野営し、手に負えない魔獣に襲われたときは、避難所の中へ逃げ込んでやり過ごすのだという。


 一本伐り倒すだけでも、すさまじい労力が要るという丸太で組んだ防壁は、森の浅いところを彷徨くような魔獣相手なら、ビクともしないほど頑丈だそうだ。

それでも、車両を入れるスペースは作れなかったようで、避難所の横には、車輪が外れ装甲が拉げたリュインが二台と、手足や頭が無いバルレーが数体転がっていた。


 中へ入ると、5m四方程度の歪な四角形をした枠の中に、三十人くらいの冒険者が身を寄せ合っていて、中にはひどい怪我をしている者も何人かいる。

皆、怯え、疲れている上、腹も空かせているようで、見慣れないスーツ姿の俺に警戒心を隠しもしないが、顔が売れているリーゼロッテ女史やアデルと一緒にいるので、それ以上何か言ってくる様子はない。


「まず、負傷者を収容しないとな。そういや、治癒魔法とか回復魔法って……」


「それはとても稀少な魔法です。怪我を治すリュインや魔宝具もありますが、それもまた大変稀少なので、冒険者にとっては、錬金薬師が造る魔法薬が頼りです。それも安い品ではないのですが……」


 およそ重体と呼ぶしかない怪我人の様子を、悲痛な表情で見ていたアデルだが、自らの役割を放棄することなく、そう教えてくれた。


 なるほど、回復魔法はないが、ヒールポーションはあるのか。

そうでもないと、死亡や怪我による引退で、魔獣の狩り手なんてすぐにいなくなってしまうだろうからな。


 俺とアデルがそんな会話をしている間に、ユリが寄越してくれた自動担架が、避難所の入口から次々と入ってきた。

救急車に付き物の、車輪付ベッドがキャタピラ式になったようなヤツで、少々の悪路や障害でもベッドの水平を保ったまま乗り越える上、勝手に患者の近くまで行くと患者が寝ているのと同じ高さになってくれる優れものだ。


 担架と一緒に避難所に入ってきたジルドのパーティーが、次々と怪我人を担架に乗せ、送り出していく。

おそらく、こういう事態に一番慣れているジルド達は、こっちの内情にも理解があり、見慣ぬ装備や装置にも驚かない分重宝する、希有な人材を得たかもしれない。


「お、おい、キャロルをどうする気だ? どこに連れてくんだ!?」


「うるせぇ! てめぇは歩けんだろ! 黙ってついてこい!」


「このベッドは、動けない怪我人を治療施設に運んでくれます。安心して、ベッドに怪我人を乗せて下さい。怪我をしていて歩ける人は、ベッドについて行って下さい」


 問答無用で搬送を始めるジルド達の行動は、結果的に一刻を争う患者の生存率を高め、リーゼロッテ女史のフォローが残された冒険者の不安を緩和していた。


 避難所の外には、ビークルモードのツバキことファイアーバルキリー、ユリことメディックバルキリーが待機を完了していて、どちらも10mを越える大型ユニットと合体して特殊車両モードとでも呼べるような姿になっている。


『ファイアバルキリー、補給車モードだぜ!』


『メディックバルキリー、特殊救急車モードよ』


 という二人の名乗り通り、赤いツバキの後部ユニットが展開して大規模な調理システムと配付用のカウンターが現れ、白いユリの後部ユニットは左右に広がって数人の患者を収容できる病室になる。

バルキリーズは、それぞれ警察系、消防系、救急系の特殊車両機能を、後部大型ユニットで再現する機能を増設してきていた。


 ユリの指揮下にある自動担架は、後部のスロープから車両内に戻ると、そのまま病室のベッドとして所定の位置に着き、防疫カーテンがその区画を覆うことで臨時の手術室になると、ロボットアームによる診察と治療が行われていく。


「ち、治療用のリュイン、だと…… そんなものが存在するのか……」


 徒歩でベッドに付いて来た冒険者が、呆然としながらも、エリノア達の誘導に従って診察ブースに入り、傷の手当てを受けて出てくる。


 一方、ツバキの方は自動調理システムとロボットアームで、何か汁物を作っており、動ける冒険者達をそこまで案内したアデルが、それを皆に振舞っていた。


『はんぺん汁だよ。サメのすり身で作ったはんぺんと、サメ節でとった出汁しか使ってないけど、腹の足しにはなんだろう』


 ツバキに言われて覗いて見れば、確かにすまし汁に数種のはんぺんが入った、はんぺんだけ具沢山のはんぺん汁だった。

ハヤテとヒカリが、サメ肉を加工するとは言っていたが、大量のサメ肉をこういう風に加工していたのか。


「主原料がサメなのは良いけど、つなぎなんかはどうしたんだ?」


『それもサメ肉の蛋白を原料に、卵白とか山芋の成分に似た物質を合成したのさ。そりゃ、他の物も合成しようと思えばできたけど、なるべく元の材料のまま使えるに越したことはねぇから、はんぺんに落ち着いたってわけよ』


 SF小説みたいに、全部「合成○○」みたいな物にならなくて良かった思えば良いのか、やればできるということに警戒するべきなのか。


『あ、ヨウタに食わせてるモンは、ちゃんと作った天然素材だから安心しろよ』


 「ちゃんと作った天然素材」というのもアレな言葉だが、結局のところマザー・アースとの接続が維持なり再開なりできたと思って良いのかな。


 練り物なら消化にも良いだろうし、こういう場合にはちょうど良いんだが、ラノベなんかで読んだ展開に較べると、何て言うか…… 地味だな。

だが、冒険者達の評判はすこぶる良く、皆、喜んではんぺん汁を掻き込んでいる。


 最初は、無人ではんぺん汁を配膳している赤いリュインを警戒して、誰も近寄らなかったらしいが、アデルが気を利かせて一食食べて見せた後に手渡しで配ることで、安心して食べ始めたそうだ。


「貴方が即断してくれたおかげで、皆が救われました。こんな状況にもかかわらず、死者を出さずに済むなんて、これがどれほど奇跡的なことか……」


 どうやら、ユリの治療は全員間に合ったらしく、避難所の冒険者達全ての無事を確認したリーゼロッテ女史が、深々と頭を下げて言う。

死んでなければ、どうにかすると豪語していたが、救急車ロボの面目躍如だな。


『でも何人かは、このまましばらく絶対安静が必要ね。病室ユニットを畳めないから、あたしはここに置いて行ってちょうだい』


 そう言いながら、ヘッドランプをちかちか光らせるユリ。

怪我人がいた場合はそうなるだろうと予測していたので、彼女をここに残すのは想定内のことだ。

俺達が捜索から戻って来るまで、ここにいる連中も帰れないだろうから、ツバキも一緒に残ってもらえば、食事のことも任せられるだろう。


『ヨウタ、森の密度だが、途中からビークルモードでの移動は難しくなるかもしれない。シフトフォームすれば、歩いて移動することはできるだろう』


 スコット達が蹴散らした、ワニ型魔獣の回収を頼んでいたガイが、ついでで確認してきたことを報告してくれた。

ロックバブーン大の魔獣が普通に生息するくらいだから、全長7m程度のガイ達なら行動に支障はないだろう。


 しかし、冒険者達は森の中で戦闘車両を転がしてるんだから、ガイのビークルモードなら、そこそこ奥まで行けるかもしれないし、ビルダーズがいるから、邪魔な木を撤去しながら進むという手も使える。


「よし、ここから先は俺達で行こう。サクラは諜報メカによる捜索、バージルは引き続き上空からの捜索支援を、ビルダーズにはルート開拓を任せる。ここは、ツバキとユリ、そしてゴードンに守ってもらう」


「おぉっとアニキ、俺達[強獣]も一緒に行くぜ。そのための舎弟だからな」


「うん、我々[青玉の剣]もヨータ殿の麾下として同行させてもらおう」


 すでに準備も済ませたジルド達が、意気揚々と名乗りを上げてくる。


「いや、皆にはガイが集めて来た、魔獣の解体を頼むつもりだったんだが……」


「んなもん、ここに居て動けるヤツらに任せりゃ良いだろ。俺達にも、熟練冒険者の仕事ってヤツをあんたに見せる機会をくれよ」


「ヨータ様、人手や知恵が必要になる場合もあります。ここは皆さんにも同行してもらうことをお薦めします」


 つい、[勇者戦隊]ベースでものを考えてしまうが、アデルが言う通り捜索の主体は冒険者達だった方が後々の体裁が良いし、ジルドが言うように冒険者の動きを見ておけば、俺自身が戦うときの参考になると考え、二隊の同行を受け入れた。


 そして、俺達が森に入ろうとすると、リーゼロッテ女史と三十代半ばくらいで隻眼の女冒険者が見送りに来てくれた。


「最悪の場合、行方不明の者達は諦めますので、皆さんの無事を優先して下さい。報酬も決めていない依頼なのですから、皆さんまで犠牲にはできません」


 生真面目な女史はそう言うが、その表情は僅かな希望にも縋りたいと言っている。


「残ったパーティーじゃ筆頭の[赤狼]リーダー、ルシンダだよ。あんたらには、怪我人から飯の世話まですっかり借りを作っちまったね。利子にもなりゃしないが、置いてった魔獣はきちんと解体しとくから、[鉄甲団]の連中をよろしく頼むよ」


 パーティー名と関係あるのか、短く刈った赤い髪を掻きながら、ルシンダと名乗った女冒険者は、人懐っこい笑顔でそう言った。

初めて聞くが、[鉄甲団]というのは、行方不明になったユニオンの名前なのか。


「ああ、できる限りのことをすると約束するから、吉報を待っていてくれ」


 ビークルモードのガイに乗り、二人にそう告げると、俺達は森の探索に出発した。


 先頭は、本人達の希望もあって[青玉の剣]が担当、ボルトンの上部ハッチから上半身を出したエリノアが全周を警戒し、左右に随伴するレーダとアヒムがエリノアの死角を埋めるようにして歩き、魔法使いクリフトンは、ボルトンの前部銃眼から杖を突き出して待機している。


 次がヒューマノイドモードのサクラ、ビークルモードのガイと続く。


 殿の[強獣]は起動した[ガロテ]を先頭にジルドとガイオが三角陣形で歩き、その後ろをザイラを砲手として魔動槍を後ろに向けた[熊殺し]が進む。

[ガロテ]を操るボーナは車両前方の覗き窓から外を見て操作をしているようだ。


 ビルダーズが別働隊として、退路を整備しながら後を付いて来ているし、種を明かせないので黙っているが、サクラの諜報メカが周囲を索敵ついでに、経路探索もやってくれているので、バックアップ体制は完璧だったりする。


「なあジルド、[熊殺し]の魔動槍って、どう使うんだ?」


「あぁ? ああ、砲身の槍が敵に向かってスゲェ勢いで伸びんだよ。[ガロテ]で押え付けて、魔動槍でズドン、てのが俺らの必勝パターンさ」


 そんな訳で少し気が抜けている俺は、ガイアースのサンルーフから上半身を出し、後ろを歩くジルドに訊いてみた。

つまり、魔動槍ってのはパイルバンカーのことなんだな。

バルレーで押さえ込んでのパイルバンカーなんて、浪漫戦法だが有効そうだ。


「そういや、そのバルレーだが、魔動士って冒険者でも扱いが低いのか?」


「おう、バルレーを動かしてる間は無防備んなるしな。[ガロテ]並のバルレーなんてなかなか手に入んねぇし、魔石を食うんで金も掛からぁ。その割りにゃ、期待したほどバルレーの使い勝手も良くねぇとなりゃ、肩身も狭ぇだろうよ」


 言われて[ガロテ]に目を向けるが、ゴリラみたいなナックルウォークで歩く姿に、何となく違和感を感じる。


 横にした樽に仮面を貼って、足腰と腕を付けたようなフォルムだが、樽と腰の接続にかなり自由度を持たせているし、短い足にもダンパーが仕込んである。

それに、肩の関節部分ががっしりしていながらも、かなり広範囲に動くような仕組みに見える。


「あの[ガロテ]は、武器を使ったり、敵に飛び掛かったりできるのか?」


「バカ言え。素人は皆、バルレーを自在に動かせると思ってやがるがな、例えば手前ぇ自身が飛んだり跳ねたりするとき、どこをどう動かしてるかなんて考えて動くか?バルレーを動かすってなそういうことなんだ、一度にできる動きなんざ、多寡が知れんだよ。うちのボーナは天才だから、魔獣を押さえ込めんだぞ」


 親馬鹿かよ。

しかし妙だな…… それなら、関節部分をあんな精巧に造る必要はないはずだ。

バルレーってのは本来、発掘兵器なんだよな、古代の使用者はもっとバルレーの扱いに習熟していたのか、それとも今とは別の使い方をしていたのか……


『ヨウタ、趣味のお人形については後になさい。お客さんが来ます』


 おっと、サクラの諜報メカは俺の近くにもいるらしい。

警告を受けて、後部座席からビームライフルを取り出すと、前を行くエリノアが素早く警戒旗を掲げるのが見えた。


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