勇者ロボのニックネーム

「やあ、ヨウタ。まさか、こんなものまで持っているとは思わなかったよ」


 冒険者達がロビンスへ帰って行った翌日、さっそくヴェリオの通信が入った。

エリノアが無事、通信機を届けてくれたようだ。


「おはようヴェリオ。俺の地元ではありふれたの技術なんだがな。まあ、俺やアデルに用があるときに使ってくれ。こちらも、必要があれば連絡する」


「分かった。ありがたく使わせてもらおう。それと、手紙にあった冒険者ギルドの件は了解した。こちらから一言入れておく」


 ヴェリオには、[青玉の剣]の報告が真実であり、依頼を完了していることを証明するのを頼んでおいたのだ。

捜査依頼の件については不問にするが、依頼の出し方が、連行依頼と誤認しかねない内容だったことは釘を刺しておいてもらう。


 俺としては、冒険者ギルドと敵対するつもりはない。

適切な距離と冷静な対応をとってくれるなら、話し合いには応じる考えでいる。


「それから、また街を守ってくれたそうだな、礼を言う。報いることができなくて、心苦しいが。ブラストシャークの魔石に興味はあるが、残念ながら今の俺には買い取れる予算がない。まあ、バブーンの魔石で今は十分だが、な」


 ブラストシャーク戦についても、エリノアから報告があったようだ。

グラン・ガイアースについて、あれこれ尋ねてこないのは、エリノアの報告が詳細だったか、ヴァリオの気遣いか、あるいは両方だろうか。


「今回は、俺の研究用に使わせてもらうさ。魔石以外の素材については、アデルに在庫管理を任せるから、彼女と直接話をしてくれ。それと、彼女の派遣に対する報酬を払いたいんだが……」


「馬鹿を言うな、ブラストシャークの件だけでもお釣りがくるさ。こちらには何も要らないから、本人に何か贈ってやると良い。では、またな」


 そう締め括って、ヴァリオからの通信は切れてしまった。


『シルヴェリオ殿からか。通信機は、問題無く使えるようだな』


 通信を終えたところで、ガイアースが声を掛けてくる。

仮設倉庫で、ガイアースやバルキリーズと、魔石や魔獣素材について調べている最中の通信だったので、制作者のガイアースは、使い勝手を知りたかったようだ。


「ああ、ノイズも入らないし、相手の声もクリアに聞こえたよ」


『そうか、良かった。では、実験を始めよう』


 俺達が、これからやろうとしているのは、魔獣素材の性能調査だ。

冒険者達から聞いた限りでは、ブラストシャークは魔獣としては大型に分類され、脅威度は上級の下位、戦場を限定し、十分な準備をした複数の上級冒険者パーティーでなら、討伐が可能というレベルらしい。


 実際に戦ったガイアースは、ロックバブーンとは比較にならないと言っていた。

確かに、ロックバブーンの岩鎧程度なら難なく貫通していたガイアブラスターが、ブラストシャークの鱗には、表面を削る程度にしか効いていない。

その防御力の再確認と特性の調査を、これからやってみようというわけである。


『ガイアブラスター!!』


 板に貼り付けてぶら下げた、ブラストシャークの鱗めがけてガイアースが二丁拳銃を連射する。

鱗は、数発の光条には耐えたのだが、最後にはひび割れて砕けた。


『一点を撃ち続ければ、貫けたのか……』


 ガイアブラスターの光条は、熱と衝撃でダメージを与えるエネルギー弾なのだが、それに数発耐えるだけでも大した物だと思う。

動き続ける巨体の一点のみを撃ち続けるのは難しいと思うが、ガイアースの射撃もおそろしく正確なので、数を撃っている間にやってのける可能性はある。


『次はわたしの番ですね。ガードライフル!!』


 サクラのガードライフルは、平たく言えば電撃のビームライフルだ。

長射程のライフルモードと広範囲のショットガンモードで使い分けられる他、鎮圧モードから破壊モードまで、幅広い威力調整が可能になっている。

その電気ビームを鱗に照射しながら、威力を上げていくサクラ。


 やがて、電圧と熱に耐えられなくなった鱗が、赤熱化して焼失する。


『電気への耐性も、そこそこ高いようですね』


『次はあたいだぜ! いっけぇ、チビ竜ども!』


 ツバキの背面ユニットから二機の箱型メカが分離し、それぞれに砲身を伸ばすと熱光線と冷凍光線を的の鱗に浴びせた。

熱線が当たった方は少し耐えて溶融し、冷凍光線が当たった方は凍って砕けていく。


 ツバキはチビ竜と呼んでいるが、正式名称は[ドローンドラゴン]という。

日本のハイパーレスキューが持つ自動走行放水車[ドラゴン]を模した自律ユニットで、自走放水車、砲台の他、ツバキ用のビームガンへの変形も可能になっている。


『最後はわたしだよ、腐食への耐性を調べるわねー』


 ユリがスプレーガンで、鱗に何か薬品を吹きかけて腐食状況を見るが、劣化するまでにしばらく時間がかかった。


「これで、大体の耐性が分かったのかな。凍結にやや弱いところはあるが、全体的に装甲素材として優秀じゃないか」


 ガイアース達の前では脆いように見えるが、ぶっちゃけ、ガイアース達の装備がオーバーキル気味なんであって、普通に考えればかなり優秀な素材だろう。


『うむ、冒険者達の役に立つことだろう。他の部位はどう使う?』


 ブラストシャークの歯を手に取りながら、首を傾げるガイアース。

回収できた素材の中でも、一番多いのが鱗で二番目が歯(牙?)だったのだが、これが口の中で何列にもなっていて大きさの種類も多く、一番大きなものだと大人の肘から指先くらいの長さがあった。


 その他、肉や皮、ヒレ、内臓など、余すところなく解体された魔獣素材が、山と積まれている。


「牙は刃物に加工できそうだな。皮は革材に加工すれば、使える場面も多いだろう。肉は…… 幸いアンモニア臭くはならなかったが、ここで消費する量じゃないよな、ロビンスに全部卸してしまおうか。内臓から摂れた油も、この世界なら燃料として需要があるんじゃないか?」


『そうか、大部分はロビンスの街に譲ることになりそうだが、良いのか?』


「別に、使わない物まで死蔵して、嫌がらせがしたいわけじゃないさ。お互い、誰かの助けになるのが嫌なわけじゃないだろ? 滅私奉公する気はないけどな。それより、問題はこいつだ」


 俺が胸ビレと背ビレの前に立つと、ガイアースが手を伸ばして胸ビレを手に取る。


「こいつが高周波振動するメカニズム、解明できそうか? スキャナーで見たとき、ヒレや鼻先の辺りに、強い魔力光が見えただろ?」


『ああ、見えていた。つまり、ヨウタはこの部位が、魔力によって震動していたと考えているのか?』


「うん、少なくとも、何らかの補助を受けていたんじゃないかな。こっちの車両用魔動兵器があるだろ、あれに魔獣の能力を応用できたら、面白いと思わないか?」


『なるほど、この地の技術で、この地の戦力を底上げしようと考えているのか』


 別に、この世界の文明を汚染しちゃいけない、なんてことは考えていないんだが、魔力と魔動の方向性が、この地の人々に馴染む分、手っ取り早いと思うんだよな。


「まあ、技術として全く未知だから、興味半分でもあるけどな。とにかく色々と研究してみようぜ。使い物にならければ、フカヒレに加工しても良いんだし」


『フカヒレにする方が、難しく感じるが……』


 鱗が変形してブレード状になった、ヒレの外縁部の刃筋を見ながら言うと、ガイアースが苦笑する声が聞こえた。


* * * * *


「おいリーゼロッテ、このヨウタって魔動士は、冒険者ギルドを舐めてんのか?」


 ランダーのリビング、大画面モニタに映る映像の中で、髭面の大男が手紙を握り潰している。

この映像は、サクラが街に残してきた諜報メカが、録画していたものだ。

手紙が届いた後の、ギルドの様子が知りたくてサクラに映像が無いか尋ねたら、きちんと録画を用意してくれていたため、就寝前の晩酌ついでに観ている。


「私も手紙の内容を確認しましたが、間違ったことは書いてありませんでした。ギルドマスターの出した依頼には、ギルドへ来る日時を指定していませんでしたし、用事のある側が足を運ぶのは、普通のことではありませんか?」


 淡々と答えているのは、リーゼロッテ女史だった。


「いや、そりゃ普通はそうだろうがよ、それを言ったら普通、魔動士が冒険者ギルドの呼び出しを蔑ろにするか? 他のヤツならともかく、魔動士だぞ?」


「ロックバブーン襲撃の際、守備に駆り出された低位の冒険者達の話によれば、彼は魔動砲を装備した大型のバルレーを操る魔動士だったそうです。それに、巨大なリュインも所持しているとのこと。にも関わらず、ロックバブーンの死体を魔石ごと全て、領主様に売っています。つまり、他に魔石の調達手段があるのでしょう」


 俺と話す前に、俺についての情報を仕入れておいたらしい。

彼女の持つ知識の範囲内での推測だが、悪くない線を行っている。


「魔動砲装備の大型バルレー、前代未聞の巨大リュイン、ギルドを通さない魔石調達、どれか一つ隠し持ってるだけでも、重大な規約違反だ」


「冒険者であれば、そうでしょう。しかし、彼は冒険者ではないそうです。確認しましたが、確かにヨータという冒険者は登録されていません」


「なら、顔を出したときにどうやってでも、冒険者登録をさせろ。それでギルドの管理下に入る。後付けでも規約を通せるだろう。それに、どこか有力なユニオンの下につければ、狩りの成果だって……」


 ギルドマスターのディルク氏は、あくまでギルド主導の関係がお望みらしい。

これはロビンスの冒険者ギルドとは、距離をおいた方が良いかもしれないな。


「私は反対です。彼が今まで冒険者登録をしていないのは、登録の必要が無かったからでしょう。それをギルドの都合だけで登録を強要しても応じないでしょう」

 

「俺は、どうやってでも、と言ったぞ。そんなヤツに好き勝手させとくなんて、ギルドとしても沽券に関わるんだからな」


 ディルク氏がそう言うと、リーゼロッテ女史は溜息をついて首を振った。


「無理をすれば、領主様との関係改善まで遠のきますよ。ヨータ殿については、こちらから訪問してみるつもりです。何とか協力関係を築きたいと思いますので、この件は私に預けてください」


 少し考え込んだディルク氏だったが、消極的賛成だと言わんばかりに小さく頷き、手を振ってリーゼロッテ女史を部屋から追い出した。

やはり実務担当者の方が現実的な考え方をするよな、ディルク氏はともかくリーゼロッテ女史とは、話をしてみても良いだろう。


「この様子だと、二、三日中にはリーゼロッテ女史が訪ねて来そうだな」


『おそらく、エリノア達やジルド達が戻って来るときに付いて来るだろう』


 サナダマルの拡充は、ビルダーズの手によって順調に進んでいるが、来客用の施設や、給排水についても準備しておく必要がありそうだ。


「いっそのこと、ここにもギルドの出張所を作ってもらって、リーゼロッテ女史にギルドマスターをやってもらうのも良いかもしれないな。冒険者向けの窓口対応は、そっちに丸投げできるようになるし……」


『良い考えだと思うが、それは本人と話し合って決めることではないか?』


 ちょっとアイディアが暴走気味だったのを、ガイアースに突っ込まれてしまった。


『ところでヨウタ、少し考えて欲しいことがあるのだが……』


「ん? どうした?」


『うむ、ここに人が来るようになれば、我々も人と接する機会が増える。それに、ヨウタと過ごす時間も増えるだろう。そこで、私やビルダーズ、ディフェンダーズにも、バルキリーズやライナーズのような名前を考えてもらいたいのだ』


 なるほど、前の時は性格的な理由でバルキリーズとライナーズのように女性人格を持つチームだけが愛称を欲しがったが、今後のことを考えると全員に呼びやすい名前があった方が良いか。


「ああ、分かった。何か考えるよ。ガイアースは、そのまま「ガイ」で良いだろ?」


『ふむ、ガイ、か。そうだな、呼び易く分かり易い』


 モニタのガイアース改めガイが、少し考え込んでから納得したように頷いた。


「ディフェンダーズは、そうだな…… ジェットがスコット、ヘリがバージル、タンクがゴードンでどうだ?」


 某国際救助隊の五人兄弟から、三人分の名前を拝借する。

それぞれ、超音速ロケット機、輸送機、潜水艇のパイロットだし、丁度良いだろう。

タンクがゴードンなのはこじつけっぽいが、音は似合っていると思うしな。


『キャプテンが考えてくれた名前なら、異存はありません。以後、コールサインをスコット、バージル、ゴードンと呼称します』


『親方! 俺達はどうなんですかい?』


 ディフェンダーズのリーダー、ジェット改めスコットの了解に被せるように、ビルダーズが自分達の分を、と急かしてくる。

とっさにサジ、マジ、バーツって名前が思い浮かんだが、さすがにこれは拙いよな。


「うーん、クレーンがテツ、ショベルがタツ、ホイールがリキ、でどうだ?」


『おお、良うござんすね。なあ、タツの字、リキの字』


 何となく大工っぽい名前を捻り出してみたが、気に入ってくれたようだ。

普段はデータ通信で用が済むから互いに呼び合う必要もないのに、名前を呼んで合いの手を入れながら作業を再開する。


「まあ…… 気に入ってくれたなら良いか」


 ちょっと適当だったかとも思ったが、皆が満足そうなので良かったことにして、俺はベッドに潜り込んだ。

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