勇者ロボ、解体をする

 グラン・ガイアースの合体が完了すると、胸のライオンヘッドの口が開き、そこから放たれた光で、俺はグラン・ガイアースの中へ転送された。


 そこは真っ暗な空間になっていて、その中央に浮かぶ太陽のような火球の中に俺が出現すると、闇の中にガイアースの視界が映し出される。

この瞬間、グラン・ガイアースのデュアルアイが眩い光を放っているはずだ。


『この力が漲る感覚、久しぶりだな、ヨウタ!』


 ガイアースの視界に大きく開いた右掌が、力強い握り拳になるのが映る。


「ああ、一気に片を付けるぞ、ガイアース!」


『おぉう!』


 ブラストシャークが再び背ビレ攻撃をしようと向かって来るのを横に躱し、背ビレを掴んで引っこ抜くガイアース。

ブラストシャークの巨体が、地中から引きずり出されて宙を舞う。


『グラン・キャノン!!』


 ガイアースの声と共に、背中に立っていた二門の砲身が肩越しに前を向き、球状のエネルギー弾が発射される。

エネルギー弾は、狙い過たずブラストシャークの左右の胸ビレに命中し、根元から胸ビレを引き千切った。


 人で言えば両腕をもがれたような痛みに、ブラストシャークは長く尾を引く咆哮を

上げながら、地表でのたうち回る。

土を砕く鼻先は健在でも、舵取りをする胸ビレが無くては、思うように地中も進めないはずだ。


「よし、今だ!!」


『グラン・ソード!!』


 グラン・ガイアースの左腰パーツが変形して剣の柄になり、それを右手で掴み、左手で鞘を払うような仕草をすると、柄から光が伸びて白銀に輝く刀身が出現する。


『プロミネンス・ブレード!!』


 胸の前にグラン・ソードを掲げると、ライオンヘッドの鬣パーツから太陽のフレアに似た焔が吹き出し、刀身を赤く染め上げていく。


「待ってください! 魔石を! 魔石を疵付けないように斬らないと!」


 しかし、今まさにプロミネンス・ブレードが振り上げられようとしたとき、ヘリディフェンダーを中継して、アデルの声が闇の中に響く。


『む? そうか、プロミネンス斬りでは灼き尽してしまうかもしれない』


 アデルの声を聞いたガイアースが、一旦剣を下ろすと、刀身から焔が退いて白銀に戻ってしまった。


「ガイアース、敵のエネルギーの流れを見るんだ!」


『そうか、エネルギーの流れの中心を外せば…… ガイア・スキャナー!』


 気合いを入れたガイアースの目から、赤い光線が放たれブラストシャークの全身を照らすと、その中を駆け巡るエネルギーが、光の流れとしてガイアースの視界に映し出された。

それが頭の後ろに集中して球体を形作り、そこからまた光の流れが拡散しているのが見える。


「あそこだ、ガイアース!」


『もらった! グラン・ソード、縦・一文字斬りぃっ!』


 真上に剣を振りかぶったガイアースが、剣を振り下ろすと、刀身から迸る光の刃が、地面でのたうつサメを背ビレの手前から輪切りに両断した。


 剣を振り下ろした姿勢のまましばし残心したガイアースが、剣を振り払って刀身を消し、柄を左腰に戻す頃、ブラストシャークから吹き出ていた血も勢いを失い、両断された体も動かなくなった。


*  *  *  *  *


 そして、昼下がりのサナダマル。


「うわー、えぐーい」


 真っ二つになったブラストシャークの死骸が、ヘリディフェンダーに吊られて運ばれてくるのを眺めているのだが、ものが巨大なだけに、輪切りになった断面から血やら内蔵やらがはみ出てすごいことになっている。

下から眺めていた俺も、思わずドン引きして平たい声を出してしまった。


 ちなみに、空輸してるのは魔石が入っている前半分で、後ろ半分は現在、ビルダーズが戦場跡の整地と兼ねて陸送に向かってくれているところだ。


「まさか、ブラストシャークの輪切りを目にする日が来るとは……」


「つうかよう、その死骸を運んでるありゃ、いったい……」


 結局、ガイアースがサメをぶった切る頃、やっと戦場に着いた[青玉の剣]と[強獣]の面々が、呆然としながらヘリディフェンダーの仕事を見上げている。


 感覚としては、オートマ車をアクセル踏まずに走らせるより少しマシ程度の速度しか出ない車で、荒野を走ってるのだから仕方ないといえば仕方ないのだが。


「ん? 被害覚悟なら、ロビンスでも倒せる魔獣なんだろ?」


「いえ、シルヴェリオ様のカーティスや領軍のリュイン、ロビンス所属の冒険者達が総出でも追い返すのがやっとでした。そのときも甚大な被害が出て……」


 地中であんなスイスイ動かれたんじゃ、捕捉するだけでも苦労するだろうからな。


 などとロビンスの苦労を偲んでいると、急に背後でずしゃっという音がした。

振り返ると、でかい図体のおっさん二人と大女一人が平伏している。


「すまねぇっ! 世の中舐め腐ってたなぁ、俺の方だった! あんな舐めた口きいたんだ、俺の首は好きなように持ってってくれ、ただ、他のヤツらは、小娘どもだきゃあ勘弁してやってくれ。頼む! この通りだっ」


「「だめぇ!!」」


 おっさんが地面に額擦りつけてそう言っていると、リュインとその後ろの荷台から、それぞれアングロサクソン系に見える女の子が飛び出してきて、俺とおっさん達の間に両手を広げて割って入った。

ご丁寧に、女の子達の目には涙までこぼれそうになっている。


「え、なにこれ? どういうこと?」


 おっさんが、喧嘩ふっかけてきたことを謝ってるのは分かる。

しかし、何だってこの子達は、こんな悲壮な空気出してんだろう?


「古風な肉食獣系の獣人種の中には、未だに弱肉強食が当たり前という風潮が残っているんです。ブラストシャークより強いヨータ様に喧嘩を売った彼らは、どうされても文句は言えないと、覚悟を決めたのでしょう。ヨータ様も怒ってましたし……」


「獣人……? え、獣人?」


 思わず、おっさん達とレーダを見比べてしまう。


「獣人種の多くは、普段は人間と同じ姿をしていますよ。蜥蜴人系や蛙人系は特徴を併せ持った姿が普通ですが……」


 アデルの的確なフォローは、本当に助かる。

俺はてっきり、獣人って獣耳や尻尾みたいに、分かる外見をしてると思ってた。

考えようによっては、おっさんの獣耳とか見なくて済むから良いのかもしれないが。


 とはいえ、サメ騒動で毒気が抜けちまって、おっさん達のことはどうでも良いとか思ってんだよな。


「ま、これからは辺り構わず喧嘩ふっかけて歩くの禁止な、いつかこういう目に遭うんだから。腕試しがしたいなら、礼儀正しく手合わせを所望しろ」


「え……? そんだけか?」


「もし次やってんの見たら、そのときは手足ぐらい引っこ抜いてやるよ」


「「だ、だめぇ!!」」


 顔を上げたおっさんが呆然と聞いてくるから、軽い気持ちで威かしたら、また女の子達に詰め寄られてしまった。


「つか、この子ら何なんだ?」


「あ、ああ、この小娘どもはアーダとボーナ、人間の双子でな、[熊殺し]の操手と[ガロテ]の魔動士だ。リュインの扱いだきゃぁ、人間種には敵わねぇからな……」


 おっさんが、俺の顔色を伺いながら立ち上がり、女の子二人の頭を乱暴に撫でると、二人は安心したように笑みを浮かべた。  

あんなにチンピラ臭かったくせして、良い親父してんじゃないか。


「それでなぁ、ヨータさんよう。俺達の首まではいらねぇってんなら、せめて俺達を舎弟にしてくれや。そうでもしねぇと、俺ぁ恥ずかしくって外も歩けねぇ」


 一頻り女の子達を撫でてから後ろに下がらせ、おっさん自身は頭を掻きながら前に出てきてそう言った。


 敵わないのが分かったから舎弟になるとか、本当に獣みたいな価値観なんだな。

しかし、冒険者が舎弟になるって意味が分からず、ついアデルの方を向いてしまう。


「冒険者の中には、複数のパーティーで構成するユニオンという制度があり、主力とその他のパーティーを明確に分けているユニオンなどでは、従属側を「舎弟」と呼ぶ場合がありますね。獣人種が自分から従属すると言ったときは、余程のことがない限り序列を守りますよ」


 そこまで言ってから、アデルは少し考え込み、また口を開いた。


「というか、これは渡りに船なのではないでしょうか。失念していましたが、ヨータ様には、腕の良い冒険者の協力者が必要だと思います。主に、解体の都合で……」


 アデルが視線を向けた先では、ブラストシャークの死骸が、陣地の端の方に下ろされようとしている。

そういや、あれがサメベースの生き物だとすると、時間が経てばアンモニア臭であの辺り一帯が、無惨なことになるんじゃないだろうか……


 おっさんに視線を戻すと、いーい笑顔で何度も頷いてやがる。

戦力とはいえ、種族の違う子供達に慕われるくらいだし、根っからのチンピラってわけでもないのだろう。


「俺の名前で、他人様に迷惑かけるような真似すんなよ? 俺は、あんたらのケツ拭いたりはしねぇぞ?」


「おう、もちろんだ! あんたに恥かかすような真似はしねぇよ。喧嘩売って歩くのももう止めだ、約束するぜ」


 どっちにしろ、このサナダマルが正式に稼動するようになれば、冒険者が出入りすることは想定していたし、このおっさんらみたいのが居るのも悪くはないか。


「んじゃ、用があるときは声かけるから、よろしく頼む。とりあえずは、アレの解体ができるか?」


「へへっ、[強獣]のジルドだ。こっちは弟のガイオと嫁のザイラ。全員、熊人族だ。よろしくな。ところで、おっさんはやめてくれねぇか? 俺ぁ、まだ三十だぜ」


 差し出した右手を掴みながら、おっさんがそう名乗った。

三十はおっさんだって言うわけにはいかない、俺も四捨五入すると三十になる。

それにしても、熊の類いじゃないかと思ったが、やっぱり熊だったか。

兄弟揃って、山篭り中のヒュー・ジャックマンみたいな顔しやがって。


「というか、熊人のくせに戦車の名前が[熊殺し]なのかよ……」


「[熊殺し]は熊型の中級魔獣を倒した大物狩りの功績に因んでいるという。ところでヨータ殿、良かったら、我々も解体作業に参加したいのだが……」


 解体現場へ向かう強獣を見送りながら呟くと、近くにいたエリノアがそう教えてくれながらも、そわそわと死骸と強獣に視線を向けている。


「あれほどの大物を解体する機会など、滅多にありませんからね」


 アデルも解体の様子が見たいのか、エリノアと同じく落ち着かなげに死骸を見る。


「それもあるが、我々もヨータ殿の傘下に加えてもらえれば、と思ってな。いや、その話は、我々の解体の腕を見せてからしようと思っていたのだ。どうだろう、解体を手伝わせてはもらえまいか?」


 解体の人手は多い方が良いだろうから、それは願っても無い、と承諾した。

しかし意外なのは、ロビンスでも優良パーティーと評価されているはずの青玉の剣が、わざわざ他所の傘下に入ろうと判断したことだ。


「ガイアース様の巨大化は衝撃でした。あれを見たら、ヨータ様達がこれから台風の目になるのは、すぐ分かることですからね。縁を結ぶなら、今が絶好の機会ですよ」


 と言うアデルは[青玉の剣]の判断に、あまり疑問を感じていないらしく、当然のことと受け止めていた。


 こうして、俺達と2パーティー12名、バルキリーズ3名が参加した巨大ザメの解体作業は、何とか日が暮れる頃に完了することになった。


 一度はロビンスに戻る予定の冒険者達だが、急いで戻る必要もないので、一泊して翌朝出ることになり、これを見越して解体作業中に、ビルダーズが建設しておいてくれた宿舎を、それぞれに宛がっておいた。


 ただ、ブラストシャークの解体で出てきた、魔石の品質や素材の量に興奮していた冒険者達は、仮設の倉庫に集まって、そこに積み上げられた素材を肴に酒盛りを始めてしまった。


 当初は相性が悪そうだったエリノアとジルドも、ジルド達が宗旨替えをするのなら、とエリノアの方が態度を軟化し、ジルドらにも昨夜呑んだ酒を呑ませてやってくれ、と談判してくる有様だ。


 俺も見慣れない素材には興味があったので、なし崩しに飲み会に参加し、素材の利用法談義に花を咲かせ、最後まで連中に付き合うことになる。


 結局、皆して仮設倉庫の床で眠ってしまい、アデルが毛布を掛けて回ったところでオチがついた。

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