勇者ロボ、合体する
[青玉の剣]の面々と楽しく騒いだ翌早朝、俺はサクラからの通信で起こされた。
『二組目の冒険者です。[青玉の剣]に遅れてロビンスを出たチームが、野営してから彼女達の痕跡を追いかけて来たようですね』
そう言われてモニタを点けると、土煙を上げて走るリュインの姿が映る。
ボルトンに較べると幅が広く前面に装甲が集中している、戦車の様な車両だった。
足回りは八輪式だが、もともとは履帯があったんじゃなかろうか?
「あれ? 今度は突き出てるの砲身じゃないな」
「あれは魔動槍ですね。一般的なリュイン装備ですよ。魔動砲は貴重なのです」
気を利かせたサクラに呼ばれてランダーに来ていたアデルが、すかさず解説する。
しかし、貴重と言われるリュインも結構走ってるよな。
「ロビンスは諸人族の街の中で、最も荒野に近い街です。冒険者も、高位の人達が集まっていますし、軍備も充実していますよ。シルヴェリオ様だって、ウォーディントン王国最強のリュイン乗りと呼ばれています」
「俺、顔に出てる?」
「他のことはともかく、疑問があるときは左眉が上がるので分かりますよ。しかし、ヨータ様は差し出た真似だと怒りませんね?」
まあ、現場技術者だった俺からすれば、察しの良い話し相手は助かることこそあれ、邪魔になることはなかったからな。
「実際、アデルがいてくれて助かってるからなぁ……」
そう言いながら、画面のリュインに注意を戻すと、車体の後ろに何か箱のようなものを牽引しているのが見えた。
「ん? 何か引っ張ってるぞ?」
「馬車の荷台をリュインで引っ張っているのです。全てのリュインが五人以上乗れるとは限らないので、ああして荷車に人員や資材を乗せて走ることもあるんです。それにしても、ロビンスでは見たことがない型のリュインですね……」
「なるほど、いや、あれはあれで面白いな。まあ、依頼は[青玉の剣]が達成しちまったけど、将来的なことを考えたら、ここを知ってる冒険者は多い方が良いだろうし、来たら会ってみよう。それまでは、腹拵えにしようか」
「あ、朝食でしたら私が……」
ヒカリダイニングのモーニングセットくらいのつもりで言ったら、アデルがいそいそとギャレー(ランダーのキッチン)のフライパンを温め始めた。
もう、ベーコンエッグとバタートーストの作り方をマスターしたらしい。
実はここ五日間、俺とアデルはタイミングが合わなくて朝食は別々だったのだが、その間に作り方をガイアースから聞いて練習していたそうだ。
女の子が朝食作ってくれるとか、学生時代以来で得した気分になっちまうな。
アデルのベーコンエッグはとても美味しかった。
それから、俺が昨日話してた通り、ガイアースと話し合って通信機を用意している間、アデルは代筆でヴェリオとギルド宛の手紙を書いてくれた。
「ここに来る人が増えたら、こうしてお手伝いできることも増えるんでしょうね」
書き上がった手紙を読み上げてから、俺のサインを求めるアデルは楽しそうだ。
「ここに限らず、街に行くときや、狩りにでかけるときも頼りにする予定だよ」
そう答えると、嬉しそうに「是非」と念を押されてしまった。
行動を共にするようになって六日目、アデルの距離が少しだけ近い。
さて、注目のリュインは[青玉の剣]が出発する頃になって現れた。
「あれは…… [強獣]の[熊殺し]っ!?」
ボルトンの上部ハッチから顔を出し、別れの挨拶をしていたエリノアが不快そうに吐き捨てる、どうやら相性の悪い相手らしい。
「よーう、青玉の。奇遇じゃねぇか。そいつが、ギルドの探してる魔動士か? はっ、鼻息でも折れそうな青瓢箪じゃねぇか。こんなヤツにご執心たぁ、ロビンスのギルドもヤキが回ったもんだぜ」
エリノアが[熊殺し]と呼んだリュインの上部ハッチが開き、ひげ面のおっさんが顔を出したかと思ったら、言いたい放題喚き立て始めた。
それを聞いて、俺は頭の血と一緒に興味とか関心とかがスッと下がるのを感じる。
この、「初めてあったヤツはとりあえず挑発する」って態度が、俺は大嫌いだ。
力関係をはっきりさせないと、ろくに会話すらできないヤツとは話したくない。
「興奮してるとこ悪いんだけどさ、ここはアンタみたいなのはお断りなんだ。お行儀良くできないんなら、帰ってくれないか?」
なので言い返そうとしたエリノアより先に、声を上げる。
「あぁん?」
「ここは俺の縄張りで、あんたには用がないから帰ってくれ、と言っている」
俺が再度言うと、おっさんは声を上げて笑い出した。
「どうした青瓢箪、オジサマは怖いから帰って下さいってか? 心配すんな、ギルドがテメェに用があるうちは、子守みてぇに優しく運んでやるぜ」
ゲラゲラと笑い続けるおっさんに、俺は溜息をついてから訊き直した。
「なあ、おっさん。それ、やってて恥ずかしくなんねぇの?」
「なにぃ?」
「今のそれ、やってて恥ずかしくねぇか? って訊いたの。それって、あれだろ? 初めて会うヤツは、とりあえず挑発して喧嘩に持ち込んで、どっちが強いか分からせようって話だろ?」
「へっ、だったら何だってんだ? あぁ?」
おっさんがこっちに向かって唾を吐いたが、5mある堀のあっちとこっちなのでまるで届かない。
「誰かと話すときさ、頭が悪いのバレんのが怖いんだろ? だから、一回力尽くで上に立たないとまともに話すらできないんだよな。いい歳して可哀想に……」
俺がそう続けると、おっさんの顔が真っ赤になったかと思うと、何かが俺に向かって飛んで来た。
「……!」
顔に向かってナイフか何かを投げられたのだろう。
ガイアースが作ってくれたバリア装置があるから、当りはしなかったと思うが、それがバリアに触れるより早く、アデルの槍がそれを弾いていた。
それも俺には見えていなかったが、気にしていないように目も向けずにおく。
「たまぁに居んだよなぁ。少しばかり賢しいからって、自分が人より上だと勘違いするヤツがよぅ。そういうヤツをどうするか知ってるか? 二度と物を考えようなんて気が起きなくなるまで、殴って殴って殴るのさ。そういうヤツに限ってすぐに泣きを入れやがる」
「あんたの意見に興味はねぇよ。ただ、その「出会い頭に腕試し」ってノリ、嫌いなんだ。見ての通り俺は青瓢箪だが、あんたは怖くないし頭が悪いってのも分かる。良いか? あんたの挑発は無意味だって言ってるんだ。それでも続けるってんなら、それは力試しじゃなくて宣戦布告だ。取り返しがつかないとこまでやるぞ?」
「ヨータ殿、[強獣]はロビンスにこそ初めて来るが、別の街では有名な腕利き達なんだ。正直、我らが加勢しても無事に済むか分からない……」
俺が無闇に強気なものだから、逆に不安になったのかエリノアが俺の後ろから声を潜めて教えてくれる。
さっき何かが投げつけられたとき、彼女もボルトンを飛び降りてくれていたらしい。
一方、俺の警告を挑発と受け取ったおっさんが、嬉しそうに上部ハッチから這い出てくる。
「おう、小娘! [ガロテ]を起こせ!」
さらに似たようなおっさん一人と、大柄な女が一人、ハッチから這い出てきたかと思うと、後ろの荷台に向かって大声を張り上げ、その声に応えるように荷台の覆いを除けながら、身の丈3mはありそうな鉄の人形が起き上がってきた。
いや人形と言うより、寝かせた樽から長い手と短い足が生えているように見える。
だめ押しに、ハッチが閉まったリュインの砲塔が動き、槍の穂先をこちらに向け、車体の側面に引っかけてあった大剣やら大斧やらをおっさん達が手に取った。
「堀があるから近付けねぇと思ったか? 随分囀ってくれたが、これ以上挑発したらどうしてくれるって? あぁ!?」
完全な臨戦態勢、どう言ってもあの手合いは力尽くになるのか、それとも俺の言い方が悪いのか。
いや、嫌いな手合いだからって言い方にトゲがありすぎたんだろうな、きっと。
しかしまあ、やると言うなら仕方ない。
言った以上は力比べでは済まさない目に遭わせて……
『ヨウタ、魔獣だ! 地中深くを進んでいる、このままだと街へ行ってしまうぞ!』
「はぁ!?」
呼ぼうと思った矢先に、当のガイアースから入った通信で素っ頓狂な声が出る。
「なんだぁ!? 今更臆病風に……」
『む、浮上するぞ。震動に備えるんだ!』
俺がビビったと思ったおっさんが元気に吼えてるが、その最中に凄まじい地震が起こったかと思うと、俺達からそこそこ離れた荒野の真ん中に、土砂を吹き飛ばしながら巨大な何かが飛び出してきた。
「「ブラストシャーク!?」」
アデルとエリノアの声が重なる。
ぱっと見の姿はサメのようなシルエットだが、全身は棘や鋭角的な鱗に覆われてている巨大な魔獣は、ブラストシャークというらしい。
空中に身を躍らせたブラストシャークは、そのまま地面を砕いて地中に飛び込むと、背びれだけを地上に出して前進を続ける。
『鼻先やヒレの高周波振動で、地中の土を砕いて前進しているようだ』
度肝を抜く光景で、思わずおっさん達のことも忘れて呆然とした俺に、ガイアースがそう説明をしてくれたが、異世界ファンタジーにマジックパンクが混じってきたなって思ったところでとどめに怪獣映画かよっ、という違和感でそれどころではない。
「おう! 野郎ども!」
呆然としている俺の目の前で、おっさん達がリュインに飛び乗ったかと思うと、まだハッチにも辿り着いていないというのにリュインはサメの化物を追いかけて走り始める。
ゆっくり遠のいていくリュインの後ろで、荷台に載った樽人形が箱の縁を掴んで踏ん張り、おっさん達が車体を伝ってハッチに入っていく姿が見えた。
「急ぎロビンスに戻らなくては! 間に合わないだろうが、街の防衛戦には加われるだろう。では、ヨータ殿、我々はこれで失礼する!」
エリノアが急いでボルトンをよじ登ると、上部ハッチから上半身を出した姿でそう言い、ボルトンもサメを追って走り出した。
「いや、あれじゃ間に合わないだろ……」
突然の光景とか、振り上げた拳の下ろし先とかで混乱した俺だったが、慌てて走り出した割りに大したスピードも出ず、サメに置いて行かれている二組のパーティーを見ているうちに、正気が戻ってくる。
「ガイアース!」
俺の横までビークルモードで走ってきたガイアースの運転席に飛び乗ると、助手席にアデルが滑り込んできた。
降りろと言おうかと思ったが、目が合った瞬間に言っても聞かないと気付いたので、そのままアクセルを踏んで走り出す。
「今のロビンスには、カーティスと領軍のリュイン隊がありますが、ブラストシャークとぶつかって無事に済むとは思えません。[青玉の剣]も[強獣]も、それが分かっているから、冒険者の務めを果たそうと……」
助手席でアデルが説明している頃、ガイアースは二台のリュインを一気に追い抜いてサメに迫ろうとしているところだった。
更に速度を上げ、ブラストシャークの遙か先に停車すると、俺はアデルを促してガイアースを降りる。
「よし、行けガイアース!」
『おおう!』
俺達を下ろしたガイアースは、正面からブラストシャークに向かっていき、途中で跳び上がって変形すると、地上に出ている背びれに飛び蹴りを喰らわせた。
慣性の法則に従って仰け反ったブラストシャークの頭が地面から跳ね上がってくる。
「うお、でけぇ……」
間近で見るブラストシャークは、全長30mはありそうな巨体で、それが地面に投げ出された衝撃で、俺達もまともに立っていられない。
一度地面に横たわったブラストシャークが、胸びれで地面を叩いて跳ね上がり、頭から地面に飛び込んだ。
そこからガイアースを突き上げようと、地中から跳び上がるのを間一髪で飛び退き、地面を転がって躱すガイアース。
『ガイアブラスター!!』
上手く受け身を取って銃を抜き、地中へ消えるサメを撃つが、効いているかどうかも分からないままサメは地中へ逃れていく。
跳び上がるサメ、躱して撃つガイアースという攻防が繰り返されるが、サメが移動する度に崩された地面に足を取られ、体勢を崩したガイアースを、ついにサメの鼻先が突き上げた。
『ぐああっ!!』
そのまま数十mの高さに突き上げられ落下するガイアース。
「さすがに大きさが違い過ぎるか……」
ガイアースのダメージは軽いようだが、今のままでは勝てそうにない。
『隊長!』
そこへ、偵察から駆けつけたヘリディフェンダーが降りてくる。
そこで俺は迷った、まだ誰にも話していないガイアース達の合体を使うか、こうして駆けつけてくる援軍を待って手数を増やすことで勝機を掴むか。
『ぐうぅっ!』
突き上げの命中率の悪さに気付いたブラストシャークが、高周波振動する背びれでの斬撃に攻撃を切替えた。
クロスアームでブロックしたガイアースの手から、ガイアブラスターが弾け飛ぶ。
「勿体ぶってる場合じゃない…… なっ!」
俺は、ヘリディフェンダーにアデルの保護を指示すると、ガイアースの方へ向かって走り出した。
舞い上がるヘリディフェンダーから、アデルが何か言っているがローターの回転音にかき消されて分からないので、後ろ手にサムズアップだけして見せておく。
『「グランドランダー!!」』
端末を掲げた俺とガイアースの声が重なると、端末から地平に向けて光が走り、そこから光の帯がこちらに向かって伸びてくる。
その帯の上を、走ってくるグランドランダーが光に包まれ、光が千切れ飛ぶように消えていくにつれ、ランダーの姿が白獅子を模した戦闘用トレーラーに変わっていく。
『「獅子王合体!」』
俺達のかけ声に合わせて、ランダーがブースターを吹かして起き上がる。
獅子の頭になっている運転席が前に倒れ、トレーラー前半分が上に開き、その下から腕がせり出すと同時に、後半分が変形して脚になり、腰から半回転して前を向く。
そして、胸に獅子の顔をあしらった巨大ロボットの胴体、手足の姿になっていく。
『とうぅっ!!』
ビークルモードに変形したガイアースが、ランダーの上半身に空いたスペースに上から飛び込む形で合体すると、ガイアースが埋めた部分が開いて頭部が現れる。
『グラン・ガイアース!!』
最後に、開いたトレーラー前部が背中で翼になり、空中で見得を切って名乗りを上げれば、全高20mの巨大ロボ、グラン・ガイアースへの変形合体が完了する。
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