勇者ロボと冒険者

 冒険者パーティー[青玉の剣]が俺達の拠点に辿り着いたのは、サクラが予測した通り太陽も沈みかけた頃だった。


 卓状台地の登り口周辺を掘り返して空堀にしたのだが、ボルトンはそこに渡された丸太橋の前で停車している。

というのも、丸太橋の真ん中に立って彼らを待っている者が居たからだ。


 間近で見るボルトンは全長5mくらいの装甲車で、後から追加したものらしい継ぎ接ぎの装甲板が車体の大半を覆っている。

その上部ハッチが開き、そこから細身の甲冑が頭を出した。


「[青玉の剣]の皆様、ようこそサナダマルへ」


アデルは丸太橋に真ん中に立ち、甲冑が頭を出したのを見て優雅にお辞儀する。

サナダマルというのは、この場所に名前を付けないと恰好がつかないというアデルに乞われて、とっさに付けた名前だ。


 俺は彼らが本丸に招き入れられてから顔を出すという段取りで、まだランダーの中からモニタ越しに彼らを見ているだけである。


「我々を知っているのか、ならば話が早い。訊きたいことはいろいろとあるが…… 君は確か、領主様の従騎士のアデライン殿だったか。ということは、ヨータという魔動士がここにいるはずだが?」


 甲冑から聞こえてきた声は、意外にも若そうな女性の声だった。


「ここはヨータ様の砦ですから、もちろんいらっしゃいますとも。それで、本日はどういったご用件でしょうか?」


「まずはその者に、冒険者ギルドから捜索依頼が出されている。ロビンスの街までご同行願いたい。道中の安全は我々[青玉の剣]が保証する」


 話ながら礼儀を思い出したのか、兜を脱いだ甲冑さんはアッシュブロンドのショートヘアと青い瞳の持ち主、少々キツい顔立ちをした少女だった。


「ヨータ様、彼女らはこのように申しておりますが、いかがいたしますか?」


 アデルが、ヘッドセット型の通信機を着けた左耳に手を当てて訊いてきたので、予定通り堀の内へ通すように頼む。


「ヨータ様がお会いになるそうです。どうぞリュインのままで結構ですので、私についていらしてください」


 そう言うとアデルは、後方に待機していたヴィークルモードのサクラに乗り、装甲車を先導して橋を渡って本丸に向かって移動を始めた。

サクラのライトで、日も暮れて暗くなった荒野でも装甲車から地面を均しただけの道路が見分けられるだろう。


「前の遠征のとき、この辺りにこんな場所はなかったと記憶しているが?」


 道幅を広くとっていたので、装甲車はサクラに並び、ハッチから上半身を出したままの少女がそう運転席のアデルに問う。


「前の遠征というと、二週前のことですね。ヨータ様がこの地にサナダマルをお作りになったのは、五日前のことですから、その頃には無くても仕方ありません」


「五日!? 五日でこんな城紛いのものを建てたというのか? どこからそんな人員を連れてきたんだ? それに、先ほど誰もいないのに会話をしていたが、そんな魔宝具があるのか? ヨータというのは、どこかの貴族なのか?」


「ヨータ様は貴族ではありません。しかし、シルヴェリオ辺境伯が同等の友人として遇するようお命じになった方です。そして、私達にとっては不思議な力をお持ちの方でもあります。くれぐれも失礼のないよう、お気を付けください」


 そんな話をしながら進むと、やがて砦の前に辿り着き、そこにはロボット形態のガイアースが片膝立ちの姿勢で待機していた。

とりあえず、向こうが無茶をしない限りは、こちらも大人しい対応をしようということで、ガイアースも動かないし、他の皆も砦の地下に作った大格納庫で待機中だ。


「お、大きい…… これがヨータ、殿の操るバルレーか。ロックバブーン以上の大きさじゃないか…… それにこんなに人に近い姿をしているなんて……」


「こちらがリュインの待機場になっております。どうぞ降りて中へお進みください」


 少女の驚きを気にした風もなく、アデルが淡々と案内を続ける。

ガイアースが待機している前庭の一部をアスファルト風の何かで舗装し、線を引いて駐車場みたいにしておいたのだ。


「疑うわけではないが、操手をリュインで待機させておきたいのだが……?」


「構いません。ヨータ様にお会いしたい方のみ、ご案内しましょう」


 砦の周辺と建物の中は、アデルが持っているライトと同じような灯りで照らされ昼間のような明るさになっている。

それが逆に落ち着かないのか、少女はあちこちに視線を走らせながら、緊張した面持ちで警戒態勢でいることの許可をアデルに求めていた。


 アデルが気にせず許可を出すと、軽く安堵したような顔をした少女がハッチの中に引っ込み、少し経つと装甲車の後部が開いて甲冑の少女と三人の人影が出てくる。


 まずは身長が2m以上、厚みも横幅も1mくらいあり、盛り上がった肩と前に突き出された首のせいで、全体的に四角く見える大男だった。

四角く発達した下顎から太い牙が突き出ていて、縛った蓬髪の下から小さな角が見えている。

全身を覆う鉄と毛皮の鎧と盾を大きく広げ、下車時の不意打ちに備えているらしい。


 それに続いて、細長いシルエットのトカゲ人間がクロスボウを構えてゆっくりと車を出、紫色した鱗をライトの光に晒した。


 それから、茶色い革鎧の上にローブを羽織った長髪の青年が、先端に宝石らしきものが嵌まった杖をトカゲ人間のクロスボウとは反対の方に向けながら出てくる。


 最後に、甲冑姿にマントを羽織った少女が、小脇に兜を抱えて降りてきて周囲を確認し、少し待ってから装甲車の後部ハッチを閉めた。


 普通、冒険者は五人一組でパーティーを組むとアデルから聞いているので、運転手が一人で車に残っているのは分かるが、ああして装甲車から出てくるのを見ていると冒険者のパーティーというより、特攻野郎Aチームみたいに見えてしまうな。


「よろしいですか? では、武器をリュインにお戻しください。さすがに、武装したままの皆様をご案内するわけにはいきません」


 アデルも彼女らの行動が冒険者としては当たり前の警戒と分かっているのか、彼らの気が済むまで傍で待機していたのだが、姿勢を崩すこともなく表情を変えることもない、そして武装解除も忘れない、なかなかの名執事振りだ。


 泳がされたと気付いた[青玉の剣]の面々は、一瞬微妙な表情を浮かべたが、大人しく装甲車の後部ハッチを開け直し、それぞれの武装を放り込んだ。


「やあ、はじめまして。俺がヨウタです。ようこそ、我がサナダマルへ」


 アデルが冒険者達を応接室に案内し、彼女らが一息ついた頃を見計らって俺も応接室に入り、友好的に挨拶の言葉を吐くと、ハヤテのラウンジから外して持って来たソファに、浅く腰掛けていた甲冑の少女達が戸惑いながら立ち上がって俺を見た。


 ちゃんとスーツを着ておいたのだが、彼女達には異様な軽装に見えるのだろう。

上から下まで俺の恰好を確認する目線は、奇矯な人に会ったときのそれだ。


「お初にお目にかかる。冒険者パーティー[青玉の剣]リーダーのエリノアだ。それとこちらのリザードマンが射手のレーダ、その隣がエルフの魔法使いクリフトン、後ろにいるのがオグルの戦士アヒムだ。他に人間の操手がリュインに待機している」


 そう丁寧に自己紹介をしてくれた彼女らに、席を勧めて座り直してもらう。

それに合せて、アデルが皆の前にランダーで淹れた紅茶を並べてくれた。

毒が入っていないことを証明するために、敢えて適当なカップを選んで口を付けると、紅茶の良い香りが口から鼻に抜けていく。

こと紅茶に関しては、アデルは五日で俺の腕を凌駕してしまったいた。


「さて、まずは公の用件を片付けてしまおうか。ロビンスまで同行を願っているということだったが、これについては一旦お断りする」


「なにっ? いや、しかし……」


「まあ、最後まで聞いてくれ。そもそも、冒険者ギルドに所属していない俺が、ギルドの都合に付き合わせられる謂れはない。だが、俺が自分の用でロビンスに行ったついでに、ギルドに顔を出すのは構わないと思っている。いつかは分からないが、それは約束するし貴女方が依頼達成できるよう、その旨を書面にして渡しても良い」


 俺がそう言うと、エリノア嬢は仲間達と顔を見合わせてから考え込んだ。


「いつか行くのなら、それを前倒ししてもらうわけにはいかないだろうか?」


「まだ先にやっておきたいことがたくさんあるんだ。どうしても急ぎの用だと言うなら、俺はしばらくここを動かないから、ギルドの方から来てもらってもかまわない」


 ロビンスの街に、まったく用が無いわけでもないから行っても良いんだけど、いつでも呼びつけられる相手だと思われたくもないので、そう言うと[青玉の剣]の面々は、後ろで立っているアヒムを含めて皆でポカンとした顔をして俺を見た。


「ギルドの方から来いって……」


「用がある方が足を運ぶのは、普通のことじゃないか?」


「しかし、リュインやバルレーを使う以上、ギルドに喧嘩を売って魔石の供給を絶たれたり、依頼を回してもらえなくなったりしたら、身動きがとれなくなるだろう?」


「ギルドに所属していないから、気にしたことがないな。ああ、ではこうしよう。俺から君達に依頼を出す。ある品をロビンスの領主に届けてもらいたい。それが領主の手に届けば、彼からギルドに言って貴女方の任務が達成されたことになるよう、手配してもらえると思う」


 ヴァリオに通信機を届けてもらえば、彼を通してギルドに伝言を頼めるだろう。


「……すっかり納得できたわけではないが、そういうことなら引受けよう」


「よし、ではこの話はこれで終わりだ。荷物と代金は明日の朝までに用意しよう。ところで、もう暗いし今夜はここに泊っていってくれ。サナダマル最初の客として歓迎させてもらいたい」


 面倒な話はここまで、と手を打って話を変えようとしたのだが、アデルは顔を覆ってふるふると震えているし、エリノア嬢は目を丸くして動きが止まっている。


「お嬢、コイツやばいよ。ギルドのこと、まるで何とも思っちゃいないようだ」


 レーダと紹介されたリザードマンが、ひそひそとエリノア嬢に耳打ちしている。

がさがさした声で分かりづらいが、名前や仕草からするとどうも女性らしい。


「実は、リュインというのを俺は見たことがなくてね、ボルトンにとても興味がある。無論、貴女方にもね。良かったら、いろいろ話を聞かせてくれ。……当然、俺の方も質問は受け付けるよ。言えないことについては勘弁してもらうけどね」


 そう本音を明かしたのだが、彼女らの警戒は解けず、結局、彼女らの警戒心が好奇心に負けるまで、胡散臭そうな目で見られることになった。


 それでも、ハヤテとヒカリのダイニングから持ち出した料理で食事をし、ラウンジから持ち出したワインとブランデーの栓が開けられることには、お互い打ち解けることができ、ボルトンで待機中だった赤毛の黒人女性、ネリーを紹介してもらえた。


 おかげで俺は、彼女らのボルトンに招待され、内装や機関部を見せてもらったり、アヒムの魔動式ハンマーやレーダの大型クロスボウ、クリフトンの[溶岩投射]魔法の実演を見学することができた。


 彼女達はもともと、エリノア嬢の父親が集めた冒険者パーティーで、[青玉の剣]というのはエリノア嬢の青い瞳に捧げられた剣という意味なのだという。


 エリノア嬢にパーティーとボルトンを遺し亡くなったお父上は、「冒険者は魔獣の脅威から人々を守ることが仕事」という建前を守っていた数少ない冒険者だったらしく、アヒムやレーダ達は上品とは言えなくとも、筋の通った人物だった。


 冒険者ギルドが依頼を出したときも、城壁の前から居なくなったなら後方の都市に行っただろうと安易に考えず、それだけの戦力を領主が簡単に見送ったのは理由があると考えてこちら側に来るくらい、知恵の働くパーティーだった。


 俺の方も、何処からどうやって来たかは話せないと断った上で、ランダーのリビングに招待してガイアース達を紹介し、彼らがただのバルレーではなく、意志を持つ存在であることは打ち明けておいた。

ついでに、俺自身が本当に世間知らずだということも知られて呆れられたが。


 そして、ハヤテの車両から取り外して客間に設置しておいた、スプリングコイル式ベッドに驚いたのを最後に、エリノア嬢達[青玉の剣]は眠りに就いた。

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