勇者ロボと匠の業

 翌朝、俺が起きたときには砦の建設は大分進んでいた。

建設予定地はすっかりきれいに整地され、荒野からかき集めてきたらしき、かなりの量の石材や木材が積み上がっている。


 ガイアースやライナーズのビークルモードが、居住空間の充実という機能拡張をしたように、ビルダーズはそれぞれの装備を増設パーツと交換することで、様々な用途を広くカバーする能力を身に着けていた。


 クレーンビルダーのクレーンは、形状の違う複数のクレーンを入れ替えられることに加え、コンクリートポンプ用のブームや梯子車のブームなどにも換えられるし、ショベルビルダーのショベルは粉砕用のハンマーやドリル、パワーアームにもなり、ホイールビルダーに至ってはアタッチメント次第で何にでも対応してしまう。


 彼らはこの能力を使って、障害物を取り除いて地面を固め、周辺から石材を切り出したり、森から材木を伐採、彼ら自身が作るコンクリートのような謎物質と組み合わせ、膨大な量の建材を造り出したようだ。


『日暮れ頃までには本丸部分が完成しやすぜ、親方』


 リビングのモニタに顔を出したショベルビルダーが、報告しながらサムズアップしている後ろで、ホイールビルダーが石材を積んで石壁を造っていた。

疲れを知らないガイアース達は、睡眠も休憩も無しで作業を続けてのけるだろう。


「おお、大したモンだな。この地が機能する日も近そうだ。引き続き頼む」


『おおう! 頑張りやすぜ!』


 ショベルビルダーが、腕をぶん回しながら作業に戻っていく。


 ガイアース達はそれぞれ人格を持つが、人間と決定的に違う性質が二つある。

一つは、主に俺に対してだが、役に立つ機会はあればあっただけ喜ぶ。

もう一つは、比喩や誇張無しでいくらでも待機していられるところだ。

物理的にも精神的にも疲弊することがない、守護者ならではの特徴と言える。

まあ、だからって待機させておいて必要なときだけ喚び出す、なんて真似をするつもりはないがな。


 それで思い出した、昨夜寝る前に通信の整備を考えてたんだった。


「なあガイアース、皆との通信システムを改造できないかな?」


『ん、どういうことだ?』


 視界をモニタに転送していたガイアースが、画面を切替えて顔を出す。

この顔は、外にいるガイアースの顔を映しているのではなく、ガイアースが自分の外観の映像データを表示している。


「それ! 今ガイアースがやってるそれを、他の皆と通信するときも見れるようにならないか? それと、アデルやヴェリオに通信機を渡したいんだが……」


『なるほど、少し待ってくれ…… これでどうだ?』


『ヨウちゃん、おはようございますだよっ』


『おはよう、ヨウタ』


 ガイアースの顔画像が画面の左に移動し、空いた右半分にハヤテの顔が現れ、続いて二人の顔が左に寄って空きにサクラの顔が映し出された。

その後も挨拶は済ませていたビルダーズを除く全員が次々と声をあげ、その都度画面は分割されて全員の顔が表示されていく。


「皆、おはよう。うん、やっぱり話してる相手の顔が見えた方が話し易いな。ハヤテ、アデルはもう起きてるか?」


『うんっ、ずっと前に起きてたから、朝ごはんは出しておいたよっ』


 ハヤテに話し掛けると、ハヤテを映しているエリアが大きくなった。

これなら複数と話していても、誰が話しているのかすぐ分かる。


「ありがとう、ハヤテ。ガイアース、通信の仕様はこれで大丈夫だ。どのモニタでも使えるようにしておいてくれ」


『分かった。ヨウタのGコネクターでも使えるようにしておこう。アデラインさん達の通信機はどうする?』


「そっちは急がないから、アデル達の意見を聞きながらにしようか」


 いや待てよ、魔法があるんだから、通信の魔法なんてものがあるかもしれない。

アデルとヴェリオは、普通に連絡が取れていてもおかしくないな。

考えてみると「魔動」絡みの話は聞いたが、魔法に関しては手つかずだった。

どんなものなのか、俺でも使えるのか、後でアデルから聞いておく必要があるか。


「おはようございます。ヨータ様はお目覚めですか?」


 噂をすれば何とやら、アデルのことを考えていたら、都合良く本人がランダーを訪れてくれた。


「おはようアデル。ちょっと聞きたいんだが、君はヴェリオと連絡を取る手段を持っているか? 通信用の魔法とか、魔動を使った装置とか、何でも良い」


「え? いえ、申し訳ありません。こんな遠くまで来るとは思っていなかったので、伝令兵の様に徒歩での連絡を考えていました。シルヴェリオ様は、私自身をヨータ様との連絡手段とお考えだったと思います」


 うわ、深読みし過ぎたか? いやしかし、アデルもヴェリオも、ガイアース達がランダー内の俺と会話してても、そんなに驚かなかったよな。


「遠くの者と会話ができる魔法や魔宝具はありますが、魔法は距離に応じて魔力を使いますから、遠すぎると使えませんし、魔宝具は貴重なので主要な都市間の連絡くらいにしか使われません。それ以外は、騎獣や魔獣を使った特殊伝令が使われます」


 俺が知りたいことを察したアデルが、笹の葉型の耳(今度から「笹耳」と呼ぼう)をぴこぴこと上下させながら説明を付け加えてくれる。

美人で愛嬌があって頭が良い上に、おそらく腕も立つなんて、貴重な人材だ。


「なるほど。ところで、「魔宝具」ってのは何だい?」


「はい、魔法の力を封じた宝具です。妖精種の中に作れる者がいる他、リュインやバルレーのように遺跡や迷宮で発見される物もあります。あ、私の背嚢も低位の魔宝具なんですよ。見た目以上にたくさん物が入れられるようになっています」


 何故か持って来ていた背嚢から、やけに穂先の大きな槍を取り出して見せる。

車内なので穂先と柄の一部を出してすぐに戻したが、妙に生物的な穂先だった。


 つまりマジックアイテムみたいなものか、やはりこの世界にもあるんだな。


「収納拡張の魔法はそれなりに広まっているんです。狩猟の成果を持ち帰るのにも便利ですから。でも、遠話の魔法と同じく時間と距離に縛られますから……」


 拠点になる街から狩り場までの距離も、自ずと制限されるというわけだ。

ガイアース達が居てくれなかったら、どれだけ不便な思いをさせられたんだろう。

王城まで運ばれた高校生達には、この世界に負けないような力がもたらされていることを願うよ。 ……俺にも何か無いのかな?


 いや、何も無いにしても、俺自身の体を鍛え直して戦う術を身に着ける。

これからしばらくは、その活動に時間を割くことにしよう。


*  *  *  *  *


 そして、この卓状の台地へ移動してから五日が過ぎた。


 俺が一周約5㎞はある卓状台地の頂部外周を走り込み、切立った岩壁を上り下りして体力造りをしている間もビルダーズの建設作業は進み、本丸だけでなくそこへ至る道の整備まで済ませ、現在は卓状台地の周囲を囲う防壁の建造に着手していた。


 天守は卓状台地の上にさらに盛り土をして建てられた二階建の箱型建築で、石積みの外観は砂漠の民家みたいに見える。

一階にはランダーを格納するガレージと来客用の広間や食堂、二階部分が寝室などの居住空間になっているが、俺はランダー暮らしを続けると思うので、この居住区は主にアデルが使うことになるだろう。


 天守のすぐ横には、50mくらいの高さの四角い塔が建てられている。

これは物見櫓を意識して建てられたようだが、見張りに立つ予定の者はいない。

十数階建てのビルと同じ高さを階段で上らなくてはならないので、体力造りには利用させてもらったが。


 懸案だった通信機は、アデル用にヘッドセット型で音声操作式の物をガイアースに作ってもらい、彼女に渡しておいた。

基本的には俺の体力造りに付き合って走ったり、格闘訓練の相手をしてくれたりしていたアデルだが、手が空いたときはバルキリーズやライナーズとお喋りを楽しんだり、ライナーズの車両を教材に、現代日本の暮らしを教わったりしていたようだ。


 この五日間も、ディフェンダーズは休まず哨戒を続けてくれたが、幸いにして脅威となるとような大型の魔獣や魔人種の襲撃は受けずに済んだ。

また、彼らのおかげで周辺の地形を把握し、地図を作成することができた。


 こうしてこの世界での足場を固めつつある頃、ロビンスの街に諜報メカを残していたサクラから報告が入った。


『冒険者ギルドが、所属の冒険者達にヨウタの捜索を指示したようですね。いくつかのチームが街を出て探索を始めました。そのうちの一組が、戦闘用車両らしきものでこちらへ向かっています。そんなに速度は出てまませんが、運が良ければ日暮れ頃には到着するでしょう』


 ランニング中の俺とアデルに、パトカーモードで並走して話すサクラ。


「そんな! シルヴェリオ様はヨータ様への不干渉を命令されています!」


「まあ、表向きは別な理由で出掛けた冒険者が、たまたま荒野で俺に会ったってことにでもするんだろう。そんなことでヴェリオを疑ったりはしないさ」


 慌てるアデルを宥めながら、冒険者ギルドの思惑について考えてみる。

おそらくは、あの後もヴェリオのところに資源の払い下げを願い出ていたのだろう。

しかしヴァリオは、少なくとも冒険者ギルドが満足する返事をしなかった。

そこでギルドは考える、ヴェリオが得た資源がどうにもならないなら、自分達も供給元に掛け合って資源を調達して来てもらえば良い、と。


「そこに気付くまで五日、この世界の感覚だと半週か…… 少し鈍くないか?」


「シルヴェリオ様の手元の魔石に注意が向いていたのでしょう。領主様は行けばすぐお目にかかれる方ではありませんから、どちらかと言えば早い対応かもしれません」


 落ち着いたアデルが、俺の呟きの意味を察して意見を述べた。

なるほど、メールと電話で話が済む世界じゃないのを見落としていたか。


『どうしますか、ヨウタ?』


「会ってみよう。ここの準備も大分整ったし、ロビンスの住人に知らせる良い機会だろ。案内してやる必要はないけど、無事に辿り着けるよう見ててやってくれ」


 サクラにそう頼んだのが昼下がり、それから予定していたランニングと格闘訓練のメニューをこなし、シャワーを浴び終えた頃に、遠くを走る車両の姿が見え始めた。


「多分、装甲車の類いなんだろうけど…… あの突き出てるの、砲身だよな?」


 八輪式の足回り、曲面を多用したボディ、丸い砲塔から突き出た太く短い砲身。

物見櫓の上で、ガイアースに作ってもらった双眼鏡を覗き、その姿を確認した俺は、日本の有名アニメスタジオが描く戦車を思い出した。


「あれは…… [青玉の剣]のリュイン[ボルトン]ですね。突き出ているのは、魔動筺から力を得て魔法を放つ「魔動砲」です。[青玉の剣]はロビンスのギルドでも上位に入るパーティーですが、交渉相手としては当りですよ」


 俺と同じく双眼鏡を覗いていたアデルが解説してくれた。

話しぶりからすると、あの冒険者相手でも自分で応対するつもりでいるらしい。


「ボルトンは足も速く、[衝撃]の魔動砲も備えている強力なリュインなんです。シルヴェリオ様がお持ちの[カーティス]に次ぐとも言われているんですよ」


 ここに来て、急にミリタリーというかメカニックな話になったような気がする。

こういうの何て言うんだろう、マジックパンクかな?


「そのカーティスも魔動砲を備えているのか?」


「カーティスは、[雷の矢]を三連射できる魔動砲を持っています。ただ、先日のロックバブーン襲撃の際には魔石が無くて起動できませんでした…… [青玉の剣]は隊商の護衛で後方の街へ行っていたと聞いています」


「何か凄そうだな。今度、街に行ったときヴェリオに頼んで見せてもらおうか……」


「そうですね、カーティスはロビンスの民にとっても誇りですので、是非一度ご覧になっていただきたいです」

 

 自慢げな顔でそう言うアデルを見てると、リュインに本格的な興味が湧いてくる。

そのうち時間を作って探しに行ってみようか。


「そういや、リュインって、売っていたりはしないのか?」


「大破した機体を改修したものが売りに出されることはあります。普通は、貴族が買ってしまいますけどね。何かの偶然でリュインを手に入れて、冒険者として成り上がる。というのは、子供が夢見る展開の一番に上げられるくらい、手に入り難くて、入ったら将来が約束されるものなんです」


 もう一度だけ双眼鏡を覗き、ボルトンの姿を確認したアデルは、困ったような笑みを浮かべて塔に設置してあるサーチライトを点けに、中へ戻っていった。

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