勇者ロボのおもてなし

 俺達が目的地に着いたのは、地球で言えば午後も半ばという頃だ。

とりあえず丘の真ん中に停めたランダーから降り、荒野の乾いた空気を思い切り吸い込んでみると、他者の目を気にすることが、案外煩わしく感じていたと気付いた。


『ヨウタ、今はこの丘と周辺が君の領地だ。まずはここで思うように過ごすことから始めてみたら良いんじゃないか?』


 伸びをする俺の後ろで、ロボット形態になったガイアースが語りかけてくる。

見渡す丘はかなり広く高く、砦どころか要塞でも建てられそうだ。


「そうだな……」


 ガイアースの言葉が何となく擽ったくて、意味も無く丘の端から端を見回してしまったが、俺だって男だ、これだけの土地を好きにできるなら悪い気はしない。


 いつの間にか周囲に集まっていた他の皆が、そんな俺の様子を窺っている。


「そうだな。好きなようにやらせてもらおう」


 そう言ったとき俺の頭にあったのは、この土地に別荘代わりの砦を建て、気が向いたときにガイアース達と、荒野へ、山へ、森へ、狩りや探検に出掛ける生活だった。


『よっしゃ、それじゃ早速、親方の家から取り掛かるとするか!』


『『応さ!』』


 俺の言葉を合図に、疲れを知らないビルダーズが、建機モードのまま台地の中央へ向かっていき、手が空いているバルキリーズもそれを手伝いについて行く。

ディフェンダーズは哨戒に戻ったのか、それぞれ変形して空と陸に散開した。


「では、私は野営の準備をさせてもらいますね」


 アデルが、そう言いながら背嚢から毛布を出して一枚を地面に敷くと、薪や保存食らしきものを次々とその上に並べ始めた。


「いや、早くない? というか、外で寝る気だったのか?」


「もう日も傾き始めてますから、早く用意をしないとすぐ暗くなってしまいますよ。流石に、ヨータ様と同じ車内で寝泊まりするわけにはいきませんし……」


 ランダーのソファセットは広げてベッドになるので、リビングがゲストルームとして使えるのだが、アデルが遠慮しているのか警戒しているのかで話が違ってくる。


『そういうことならっ!』


『ヒカリ達の出番……』


 どうしたものかと思っていると、移動中に話ができなかったので、俺の傍を離れないでいたライナーシスターズが声をあげた。


「そうか、今度のライナーズは……」


『うん、クルーズトレインなんだよっ』


 ハヤテの元気な声を合図に、ライナーズがひらりと跳ねるような仕草でトレインモードに変形すると、その後ろに客車が現われ連結される。


『さあ、ハヤテ達の新しい車両を探検してっ。晩御飯も食べていってねっ』


『……探検』


 二列に並んだ列車それぞれの扉が、あのプシュッっという音と共に開かれた。


「遺跡の中でとても細長いリュインを発見したが、操縦席も魔動筺もなく動かせなかった。という噂を聞いたことがありました。まさか……」


「ああ、こういう列車の客車部分だったのかも知れないな。ほら、こうして先頭の車に動力があって、その後ろの車は引っ張られてるだけなんだ」


 ハヤテ自身でもある先頭車両の展望フロアを抜け運転席に案内すると、俺の話をイメージできたアデルは、しきりに感心して運転席を見回していた。


 それから俺達は、日が暮れるまで二つの列車内を歩き回ってあちこちを覗いたり、設備をいじってみたりして過ごした。


 ハヤテことブライトライナーは、全体的に窓が多くて車内の色遣いと合わせて華やいだ雰囲気になっている。

二人部屋三室の車両が五両と、スイートツインと特別スイートツインの二部屋だけの車両を一両備えていて、意外だったのは、車内の造りは洋風だが、客室のインテリアは和風なデザインになっていたことだ。


 一方、ヒカリことダスクライナーは、窓は多いものの落着いた色遣いでシックな雰囲気を醸し出している。

こちらは、二人部屋三室の車両が四両、二人部屋一つと一人部屋二つを備えた車両が一両、そしてスイート一部屋の車両が一両で、客室内は外と逆に近代的で明るい感じにデザインされている。


 ラウンジとダイニングが一両ずつなのは双方同じなのだが、明るく近代的なデザインのハヤテと重厚で落着いた空間を演出しているヒカリという風に対照的だった。

来客があったときは、気分や相手に応じて使い分けるのも良いかもしれない。


 客室を覗いて歩くと、電灯、陶磁器、ガラス食器、水道、檜風呂、シャワー、水洗トイレ、電気ポット、冷蔵庫、エアコン、スプリングコイル式ベッドと、文明の利器に一つ一つ驚愕し、自国と較べてしょんぼりするアデルに、途中から申し訳ない気分になってくる。


「まあ、あれだ。人間、平和な時代が続くとこういうことを思いつくようになるんだよ。戦があればあったで、また別なことを考えつくんだけどさ……」


 こんなことしか言えなかったが、アデルはアデルでその言葉に何か思い当たる事でもあったのか、それなりに希望を見出してくれたようだ。


 そのアデルだが、自身の寝室としてヒカリの方にあった一人部屋に飛びついたが、他に誰が使うわけでもないのに一番小さな部屋はないだろう、とハヤテ側のスイートに放り込むことにする。

始めは、もったいないとか畏れ多いとか抵抗していたが、ダイニングに行って、牛のフィレステーキセットを食べる頃には大人しくなっていた。


「私は今、この役目に就けて下さったシルヴェリオ様に心から感謝しております!」


 見様見真似でナイフとフォークを使い、せっせと肉を口に運んでいる。


 ハヤテとしては、元になった列車自慢のフレンチコースを振舞うと張切ってくれていたんだが、本人談によれば茹でた根菜と焼いた肉、後は塩スープでふやかしたパンで腹を満たす食生活だったアデルに、そんな複雑なものを出しても混乱するだけなので、追々慣らしていってからと言って止めてもらったのだ。


「ああ、そうだ。最初に会ったとき話していた、種族の話を聞かせてくれないか?」


 落着いて話ができるようになったので、後回しになっていた話題を振ってみると、アデルは世話役の仕事だとばかりに姿勢を正して咳払いまでした。


「今朝も言いましたが、この世界では妖精種、獣人種、鬼人種、人間種の四種族を諸人族と呼び、話の通じる相手として扱ってきました。各種族は、さらに細かい民族に分れ……」


 という言葉から始まったアデルの種族説明は、かなり長くて詳細だったが、この世界の種族と抱えている問題がよく分かった。


 ざっくり言ってしまうと、俺達がよく知るエルフやドワーフ、ノーム、フェアリーの様な種族の集まりが妖精種、狼男やリザードマンのように獣と人の特徴を併せ持つ集まりが獣人種、ゴブリンやオーガのようにモンスターに分類されてしまいそうな種族の集まりが鬼人種に分類される。


 この世界は元々、魔力に恵まれた妖精種、身体能力に優れた獣人種、生命力が強い鬼人種が、それぞれ森林、平野、山地と棲み分けて暮らしており、人間は各種族の補完種として、妖精の友、獣人の家畜、鬼人の従者という立場で暮らしていたらしい。


 ところが、魔人種の出現で事情が変わった。

魔人種がばら撒く何か(この地の人々は瘴気と呼んでいる)を浴びると、妖精は中毒症状で病に罹り、獣人は理性を失って獣と化し、鬼人は知能が低下して白痴となるのに対し、人間は無作為に何れかの症状が現れるものの、どの症状に対しても耐性が高く、発症しても症状の進行する速度が遅いらしい。


 この瘴気と魔獣を武器とした魔人種の侵攻に、勢力圏を奪われた各種族は、自分達の国に暮らしていた人間達を、魔人種と勢力圏を接する地域へ派遣した。

 

 ここで、人間の隠れていた本領が発揮される。そこそこの魔力、そこそこの身体能力、そこそこの強靱さに隠れた才能である突出した応用力を発揮した人間は、各種族から持ち寄った知恵を撚り合わせ、独自の文化、独自の戦術を開花させる。


 さらには、使える物は何でも使えとばかりに遺跡を掘り返した遺物を駆使し、魔人種が放って大陸中に広がった魔獣から武器を作り、ときには魔獣そのものすら従えて武力に変えると、魔人種を一時的に撃退し、荒れ果てた平原に自分達の国家を打ち立ててしまった。


 それから百余年、そのまま一枚岩の人間国家が魔人種に対峙し続ければ良かったのだが、この世界の人間にも俺達同様の悪い癖があり、地方による脅威の差や宗教問題、他種族への態度の差などの問題により、精強だった人間国家は分裂し、互いに争ってその勢力を失い、さらに数百年を経る間に魔人種と戦う力を残すのは、ヴェリオが所属するウォーディントン王国を残すのみという有様だそうだ。


 現状は、大陸にある各種族の国々がウォーディントン王国を矢面に立たせて支援しつつ、なんとか現状打破を願っているというところらしい。


 魔人種そのものの脅威には晒されなくても、すでに世界の各地で魔獣達が繁殖してしまっているため、どの種族も気が休まる暇はないそうだ。


「私達ディーネ族は、別名「戦妖精」と言われるほど戦いに長けた民族でして、瘴気への耐性も妖精種の中では、群を抜いて高いのですよ」


 最後に、自分の同胞のことをそう紹介し、アデルは話を締め括った。

長話に加えて軽く酒も入ったせいか、話し終わる頃には眠そうにしていたので、そこで解散することにした。


 各種族の代表的な民族やバリエーションについても聞いたが、あまりに種類が多すぎてとても憶えていられなかった。

これは、必要に応じてガイアースにでも聞き直すことにしよう。


「何か結局、ここに移って来てからも疲れたような気がするなぁ……」


 解散後、ヒカリ側のラウンジに移動してバーカウンターに腰掛けた俺は、今日を振り返ってついそんな言葉を漏らしてしまった。


『ヨウちゃん、車両探検、疲れた……?』


 ロボットアームでウィスキーのロックを作ってくれながら、ヒカリが尋ねてくる。

ハヤテとヒカリは、小五だった俺と友達感覚で付き合っていたが、それもあの頃のままだった。


「いや、楽しかったよ。二人とも、すげぇ豪華な車両になってたし、それぞれで特色を違えてくるとは思ってなかったからな」


『ヒカリたちも、ずっとヨウちゃん見てた、から……』


 ああ、そういえば仕事がしんどかった時期に、終わったら旅がしたいってパンフ取り寄せたことがあったな。


『グランドランダーはお家…… ヒカリ達は、おでかけ担当……』


「本当に皆が総出で、俺が異世界で不便しないように準備してくれたんだなぁ」


『ヨウちゃんと、おでかけだから頑張った……』


 そのお陰で俺は、異世界二日目にして未だにこの世界の食い物を口にせず、この世界の衣類に袖も通さず、この世界の寝床に横にならずに済んでいるんだよな。


「ありがとう、ヒカリ。これからもよろしくな」


 そう言ってラウンジを後にし、ほろ酔いでランダーに戻ってベッドに潜り込む。


『ライナーズの二人は、それぞれ最上位の部屋を君専用に空けていると言っていたが、泊らなくて良かったのか?』


 ガイアースがそう言いながら、天井から伸びたロボットアームでサイドボードに水差しとコップを置いてくれた。


「俺があっちに泊ったら、彼女をここに泊めるのと同じになるだろ。で、その彼女はどうしてる、ハヤテ?」


『一回眠ったんだけど、起きちゃったねっ。せっかくだからお風呂に入ってもらってるよっ。お部屋の使い方はばっちり教えているから大丈夫っ』


「そうか。じゃあ、明日の朝起きてくるまで、世話を頼むよ」


 ライナーズの車両内は彼女達の管理下にあるし、ガイアースがやっているようにロボットアームで作業もできるので、アデルのことはハヤテに任せて良いだろう。


「ええと、他には何か聞いておかなきゃいけない話はあるかな?」


 直接、姿が見えているわけではないので、ガイアース達に話し掛けるときは、ついランダーの天井に向かって声をかけてしまう。

後で何か対策を考えた方が良いかもしれないな、皆との画像通話みたいなシステムがあれば便利だろうか。

画像通話で思い出したが、ヴェリオのところに通信機を置いてくればよかった。


 砦建築と周辺哨戒について、ビルダーズやディフェンダーズが問題なしの報告をしてくれたが、それ以外に急ぎの話はなかったので、そのまま皆と思い出話みたいな雑談を交わしながら、俺は眠りに落ちていった。

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