勇者ロボ、引っ越し計画

 派手にやった結果として、当然の如くすっ飛んできたヴェリオと、出撃バンクを目の当たりにしたショックから立ち直ったアデルにがっつりと説教された。

まあ、ガイアースに較べても強面のディフェンダーズやビルダーズが背後に控えていてもがっつり説教ができるくらいには、彼らに信用されていると思おう。


 ガイアース達もヴェリオとアデルについては安全だと認識していて、自分達が派手な出撃演出をやったせいだってのに、知らん顔して死骸の運搬をしてたりする。

ついでなので、ビルダーズには崩れた城壁の補修も頼んでおいた。


 彼らをまとめて喚び出したことに後悔はないのだが、それが原因でちょっと面倒なことになった。


「魔獣素材の買取、頒布は冒険者ギルドの管轄です。領主様といえどその領分を侵すことはできません」


「これらの魔獣素材は冒険者ギルドに所属しない個人が、領軍と共闘した結果もたらされたものです。その権利は領軍の主である領主様にあり、共闘した個人の権利については対価を支払済みです。冒険者ギルドが介入べき余地はありませんよ」


 という具合で、冒険者ギルドから来たっていういかにも女史タイプの女性が、城壁の前に積み直した死骸の山の前で頑張っていて、アデルは俺とヴェリオの権利を代弁すべく奮闘中だ。


「その個人についてですが、未登録のバルレーを多数所持しているのを見逃すわけにはいきません。軍用以外のリュインの登録、管理はギルドの管轄です。速やかにギルドへの提出を要請します」


「残念ながら、彼らはバルレーではありませんし、あの車両もリュインではありません。前例はありませんが、個人の特有能力の発現に近いものです。そして、その個人は冒険者ギルドに所属していませんので、提出を要請する権利はありません」


 無理に厳しい表情を作っては強弁し、アデルに突っ込まれて泣きそうな顔になり、また無理に表情を作っては強弁し始める様子を見ると、あの女史も死骸や俺達に対して何の権限もないことは理解しているらしい。

ただ、中級魔獣二十数体分の資源と、それを容易に生み出すガイアース達という大きな利権に対して、ヴェリオに遅れを取った焦りでもあって無茶を言ってるようだ。


「アデライン、貴女も元冒険者ならギルドの状況が分かるでしょう? 上質の魔石が不足しているせいで、動けないパーティーもいるのよ?」


「そもそも、その冒険者ギルドのメンバーが森の魔獣を刺激した結果が、ロックバブーンの暴走でしょう。しかも、主戦力が動けないって迎撃戦にも参加していなかったギルドが、今更出てくるのはおかしいんじゃないですか? ヨータ様達がいなかったら、今頃は城壁の中までロックバブーンに破壊されていたんですよ?」


 アデルが女史に止めを刺しているところを、俺とヴェリオはどこから見ているかというと、ランダーの中からだった。

俺が外に出れば、女史は俺に直接話そうとして余計に厄介なことになるから、とランダーの中に押し止められ、リビングのソファーでモニタを眺めているのだ。

映像と音声は、調査や諜報を得意とするガードバルキリー(パトカー)の諜報メカが拾ってこっちに送ってくれている。


「リーゼロッテも悪い娘ではないんだが、ギルドの立て直しに追われてすっかり余裕がなくなっている。君には迷惑な話だと思うが、悪く思わないでやってほしい」


 コーヒー片手に映像を見ていたヴェリオが、溜息混じりにそう言った。


「ああしてアデルが矢面に立ってくれているから俺は良いんだけど、冒険者ギルドってのも立て直しが必要なのか?」


「ああ、どんなに強くても軍人や冒険者というのは消耗品だ。精鋭の摩耗に後進の育成が追いつかなければ、どこかで破綻する。俺の軍もギルドも、その破綻を避けようとリュインを多用した結果、物資の方が先に底を突いた。正直なところ、君が現われてくれなければ、近いうちにロビンスを放棄し、領都を後方の街に移すことになっていただろう」


 ブラックのコーヒーを一口含んでから、ヴェリオが言葉を続ける。

この世界にコーヒーはなく、アデルはカフェオレでないと飲めなかったが、ヴェリオはブラックの香りが気に入ったようだ。


「冒険者ギルドのマスター、ディルクは武断派で冒険者や依頼者への面倒見は良いんだが、今の状況ではそれが仇になった。ギルドを頼る冒険者のために、一度物資を囲い込んでしまったせいで、ギルドが孤立してしまっている」


 現場叩き上げのベテランが、管理職に上がったときによく起こる問題だな。

現場のことがよく分かっているから、つい現場の都合を優先しようとして他の部署との連携がとれなくなったり、採算が合わなくなったりする。


 しかし困ったな、俺も食っちゃ寝してるつもりもなかったし、勇者として修行してくるであろう学生さん達の手前、俺自身も冒険者っぽいことをしようかと考えてたんだが、その取り纏め組織がそういうことだと安心して働けないぞ。

追々、調整をする必要がありそうだが、当面は予定通り少し距離をとるとしようか。


「俺も子供みたいに、権力者には関わりたくないとか利用されたくないとか言う気はないが、そういう事情ならこの街にべったりってのも問題だよな。だから、俺達はここから森の方へ徒歩で五日くらい行った辺りに、拠点を作ってしばらく腰を落ち着けるよ。それなら、過度に干渉することもないし、この街の風除けにもなるだろう?」


 画面を切替え、ガイアースと見当を付けていた辺りの映像を出して見せる。

今はただ、荒野が広がっているだけの場所だが、すぐにビルダーズが防壁なり砦なりを建ててくれるだろう。


『親方、拠点てのはこんな具合ですかい?』


 というか、ビルダーズのリーダー、クレーンビルダーが画面の映像に仮想の砦と防壁を重ねて表示して見せてくれた。

丸太の防壁とコンクリート造りの砦を組み合わせ、ちょっとした要塞とも言える。


「むぅ、助かるどころの話ではない…… この砦に足を向けては寝られないな」


「借りと思うなら、その分で後から来る同胞達に良くしてやってくれ。アデルが戻ってきたら、すぐに移動を始めるよ。連れて行って良いんだろう?」


「ああ、必ずそうしよう。アデルは最初から君に付添うよう言ってある、遠慮無く扱き使ってやると良い。では、私は仕事に戻るとしよう。素材の運搬と防壁の修理、感謝しているとガイアース殿達に伝えておいてくれ」


 そう言ってヴェリオがランダーを出て行くと、入れ違いでアデルが戻ってきた。

初仕事を労ってココアを淹れてやると、ソファではなく回転椅子の方に座って、両手でマグを持ち、大事そうにちびちびと飲み始めた。


 ちょうど良かったのでそのまま今後の予定を話してみたが、アデル自身もロビンスの勢力圏を出ない限りは、当たり前に同行するつもりでいたようだ。

ランダーの外に置いてある彼女の荷物を、持ち込んでも良いか訊かれたので快諾すると、使い込まれた革の背嚢を申し訳なさそうに抱えて戻ってきた。

冒険者時代から愛用していた野営道具と、最低限の着替えが入っているらしい。


 リーゼロッテ女史はどうなったのかと思ってモニタを見ると、今度は館に戻るヴェリオに喰らいついて資材の払い下げを願い出ていたが、ヴェリオが言っていた囲い込みのこともあり、領軍の備蓄に回すと断られていた。


『親方ぁ、城壁の修理は終わりやしたぜ。けど、あれじゃすぐの他んとこが破られちまいやすぜ? 外側だけでもコーティング吹いときやすか?』


 ディルク氏とリーゼロッテ女史の役割が逆じゃないのか、と画面を見ながら思っていると、ショベルビルダーが画面に顔を出して報告してきた。

ロビンスの城壁は厚さが1mそこそこの一枚壁なので、人力ならともかく大型の魔獣に強く当たられたら危ないだろうが、さっき叱られたばかりなので勝手な真似をするわけにいかない。


「それはヴェリオに言ってからだな。まずは俺達の塒を建てに行こう」


 異世界二日目だってのに、朝から昼に掛けて盛りだくさん過ぎるし、場所を移動して、一旦仕切り直しがしたい。

これ以上の対外案件は足場が固まってから、とばかりに俺達は街を後にした。


 実はビークルモードのガイアース達が、全力で走れば30分とかからない距離だと気付きはしたが、そこまでする必要も感じなかったので当初の予定通り、二時間かけてのんびり走る。


「荒野をこんな速さで走ってるのに、ちっとも揺れを感じないなんて、本当に奇跡みたいな性能ですね。普通のリュインでは考えられません……」


 窓の外を流れる景色を眺めていたアデルが、吐息のような呟きを漏らす。


「アデルは、リュインってのに乗ったことがあるのか?」


「はい、冒険者だったときのパーティーが、小型のリュインを運用していました。私も操手に就いたことがあります。あ、リュインは馬のいない馬車だって良く言われますが、実際は魔動筺で走る鉄の箱みたいなものなんです」


 詳しく聞いてみると、大抵のリュインは装甲車や戦車みたいな扱いらしい。

魔石から魔力を抽出して動力とする[魔動筺]という機関で動き、同じく魔動筺仕掛けの武装を持つモデルもあるというが、平均的な出力は地球の装甲車や戦車ほど高くはなく、アデルの話からガイアースが計算した限りでは、最高時速で30kmくらいだそうだ。

それでも、その防御力や出力は、魔獣相手の戦いに頼もしい切り札となるだろう。


 リュインの話題繋がりでバルレーについても聞いてみたが、こちらはやはりゴーレムのようなもので、リュイン車輌より魔法的な仕組みで動いているようだ。

大雑把に言えば、様々な素材で造られた人形に[魔動核]という部品を内蔵し、[魔動術]という魔法でこの魔動核にアクセスすることで、人形を動かしている。


 人形の素材や魔動核の品質、術者の技量によって性能が変わり、遺物の人形には固有の機能が備わっていたりとばらつきが多く難しい兵器だが、リュインよりは入手し易いので比較的に普及しているという。


「うーん、どっちも興味深いな。一度、現物が見てみたい」


『おや、ヨウタはわたし達だけでは満足できないのですか? 欲張りですね』


『ヨウタも男の子なんだ、オモチャを欲しがったっていいじゃねぇか』


『でも、あんまり危ない遊びはして欲しくないなぁ……』


 機械的な魔法というのに興味があったのだが、ランダーに併走していたバルキリーズに、そうからかわれてしまった。


 女性人格を持つバルキリーズは、初めて会ったときの俺が小学生だったこともあって、俺に対してやたらお姉さん振りたがる。

ガードバルキリーがクーデレの長女、ファイアバルキリーが姉御肌の次女、メディックバルキリーが世話焼きの三女、俺が末っ子ということになっているみたいで、何かというと構われていたっけ。

当時、せがまれてそれぞれ、サクラ、ツバキ、ユリと愛称までつけさせられた。


 ちなみに、同じく女性人格のライナーシスターズは、当時は新幹線のボディだったので、そのままハヤテとヒカリが愛称だった。


「俺もメシの種が必要なお年頃なんだよ。サクラ達の脛ばっかり囓ってたらニートになっちまうだろ」


『ふふ、言うようになりましたね。では、サクラお姉さんがヨウタのオモチャを探しておいてあげましょう』


「わ、ヨータ様、ガードバルキリー様から何かが飛び散っていきましたよ?」


『アデラインさん、わたしのことは「サクラ」で構いません』


 驚きの声をあげたアデルに、すかさずサクラの修正が入る。

サクラめ、本気で諜報メカをばら撒いてリュインかバルレーを探すつもりか。


『隊長、こちらジェットディフェンダー、目的地周辺の安全を確保した。上空からの映像を送る』


 サクラ達がアデルと話始めたタイミングでジェットからの通信が入る。

同時に、リビングの大画面モニターに上空から見た荒野に、テーブル状の丘が横たわる様子が映し出された。

他より小高くなったその丘の上で、周辺に目を光らせる戦車形態のタンクとロボット形態のヘリの姿も見え、ジェットの移動に合わせて、丘の向こうには遠く黒々とした森林が広がっているのが分かった。


「あの森の木々は、いつの間にか増え森が広がっていく…… 森に暮らす妖精族の言葉を借りるなら、あの森も一種の魔獣なのです」

 

 森の映像を見ながらそう語るアデルの白い顔は、血の気を失って青ざめてはいたが、その表情には不屈の意志が示されていた。

だからだろう、普段ならそんな物言いをすることはないんだが、こんな言葉が俺の口をついて出た。


「材木には困らなそうだな……」

 

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