勇者ロボは仲間を呼んだ

『ヨウタ、起きてくれヨウタ』


 ガイアースの声で起こされ、くるまっていたベッドのシーツから這い出すと、自動的に寝室の灯りが点いた。

スーツ姿のまま倒れ込んだのに、今はTシャツとトランクスだけになっている。


「あれ? 俺の服は?」


『寝苦しそうだったので、脱がせて洗っておいた。クローゼットから新しい服を選んで着てくれ。ところで、少し前から客が来ているんだが、私では言葉が分からない。話を聞いた方が良いと判断したので起こさせてもらったが、疲れはもう大丈夫か?』


 ベッド横のクローゼットを漁ってカーキ色のトラウザースを穿き、水色のシャツに袖を通したところで、ガイアースがそんな報告をしてきた。


「ああ、ぐっすり眠れたおかげで、ここ最近感じたことがないくらい頭はすっきりしているよ。客って、昨日ヴェリオが言ってた世話役か? 随分早くから来るんだな」


 洗面台で簡単に髪を梳かし、バリア装置と銃、通信機を身に着けてからランダーの乗降口から出ると、簡素な革鎧を着た若い女性が待っていた。


「おはようございます、ヨータ様。シルヴェリオ様より世話役を命じられました従騎士のアデラインです。どうぞ、アデルと呼んで下さい」


 感じの良い笑みを見せながら、右手を差し出して来たアデルは、淡い金髪に白い肌で彫りが深く目鼻がはっきりした北欧風の顔立ちをしていた。

身長は、ざっと見で160cmくらいだが、昨日見た兵士達の平均に較べればやや高い部類に入るだろう。

ただ、一番目を惹くのは、笹の葉のように長く尖り顔の横に突き出た耳だろう。


「あ、私はディーネ族という妖精種で、この耳は妖精種の特徴です。耳の先が尖っている者は多かれ少なかれ、妖精の血を引いていると思って下さい」


「あ、ああ、ごめん。今まで人間以外の種族を見たことなかったから……」


 つい彼女の耳から目を外せずにいると、そう説明されてしまった。

嫌な顔一つせずに教えてくれたが、言葉の雰囲気からすると、あまり紳士的な行動とは言えないことをしていたようなので、素直に謝っておく。

それにしても、さすが剣と魔法の世界、妖精も普通にいるんだな。


「ヨータ様の事情はシルヴェリオ様から伺っております。何か分からないことがあれば、遠慮無く仰って下さい。人間以外をご覧になったことがないということは、獣人や鬼人のことも御存知ないのでは? この世界では、人間、妖精、獣人、鬼人を合わせて諸人族と呼んでいるのですが……」


 昨日、ヴェリオの話に度々出ていた諸人族って単語は、そう言う意味だったのか。

てっきり、庶民か何かを示す意味だと思っていた。

ヴェリオを含め、騎士や兵士は見たところ全て人間に見えていたしな。


「そうだな、今言われるまで分からなかったよ。まあ、その話も含めて、立ち話も難だし、中で話をしようか。あと、そんな畏まった態度でいられると俺の方が疲れるから、普通の知り合い程度の気持ちで接してくれるとありがたい」


 ランダーに招き入れ、内装に驚いて車内を見回しているアデルにソファを勧めると、遠慮がちに端の方に腰を掛けた。


「俺、朝食がまだなんだけど、君は?」


「まだです。朝一に宿舎を出たので、朝食が間に合いませんでした……」


 ちょっと恥ずかしげにお腹に手を当てるアデル。

おそらく、俺がいつ頃起き出して動き始めるか分からなかったから、できる限り早くと思ってのことだろう。

やや尖った雰囲気の美貌の持ち主だけど、取り澄ましたところがなくて妙に愛嬌を感じる女性だ、なんて思いながら二人分のベーコンエッグとバタートーストを焼き、コーヒーを淹れる。


「あ、普通に二人分作っちまったけど、宗教的、体質的な理由とかで食べられないものがあったら除けてくれて良いから」


「いえ、その、体質の方を合せます」


 ごくりと喉を鳴らしてベーコンエッグを凝視するアデルの姿は、「待て」をされたサルーキ犬を彷彿とさせる。

遠慮無く食べるように勧めると、上品な所作ながら結構な早さでベーコンエッグとバタートーストを平らげ、さらに二枚のトーストを追加で焼く羽目になった。


「すみません、宿舎では食べられない御馳走だったもので……」


 カフェオレの入ったマグカップを、両手で包むように持ちながら肩を窄めて恐縮するアデルを促して本題を話してもらうと、彼女の役割は主に俺と現地の人達の橋渡しや、俺の知識不足を補う秘書的な役割をしてくれるらしい。


「ヨータ様は、否応なくこの地の人々の興味を集めてしまうでしょうから、ヨータ様の手を煩わせることがないよう、私がシルヴェリオ様の名代として間に立ちますね」


 確かに俺とガイアース達は、この世界では異質な存在であるが故に、人の注意を集めてしまうかもしれない。

そういう意味では、一人一人俺が相手をするより、一定のルールに従って捌いてくれる者が居た方が話は早いだろう、ヴェリオも気の利いたことをしてくれる。


「となると、いちいちランダーに招き入れるってのは手狭になるか……」


『ヨウタ、そういうことならビルダーズの出番じゃないか?』


現地人が来ている間、口数が少なくなっているガイアースだが、実は言語データのサンプル収集のため俺と客の会話を全て記録していて、この世界の言葉もかなり理解できるようになっている。


「そうだな…… この際だからビルダーズだけじゃなく、皆に来てもらおうか」


『ああ、その方が皆も喜ぶだろうし、ライナーズがいれば生活に幅ができるだろう』


 地球で戦っていたときは、俺の所にメンバーが揃うと目立ってしまうので、リーダー兼俺のお守り役だったガイアースと一緒にいることが多かった。

しかし、この異世界に来てしまった今なら、皆まとめて行動してても問題ないか。


「うん、それじゃ彼女の話が一段落したら、皆に来てもらおう」


 そう言ってアデルとの会話に戻ろうとすると、彼女が不思議そうな顔をしながらリビングの大画面モニターに映っているガイアースを眺めていた。

映像とガイアースのことについては朝食を作りながらアデルに紹介済みで、ガイアースとも挨拶を交わしていたはずなのだが。


「あ、申し訳ありません。聞き慣れない言葉だったので…… 今のがガイアース様と交信するための言葉なのですか?」


 俺の視線に気付いたアデルは、慌てて俺に向き直ってそう尋ねてきた。

どうも俺の言葉は、この世界の人相手に話しているときはこの世界の言葉に聞こえるが、日本語の通じる相手には日本語に聞こえているらしい。

しかし、日本語の通じる人相手に話しているときは、日本語にしか聞こえないようになっているようだ。


 つまり、ガイアースは俺と現地人の会話を聞いていると日本語と現地語でやり取りしているように聞こえて俺の言っていることだけ分かるが、アデル達は俺がガイアースと話していると全く不明の言語で話していて内容が分からないということになる。


「まあ、そんなところだと思ってくれ。で、話の続きなんだが。アデルの役割については理解したと思う、ありがたく世話になるよ」


 他の人には分からない言語で会話できるのは、利点しかないのでこの件については後でもう少し確認することにして軽く流し、話の続きを促す。


「ありがとうございます。では次に、シルヴェリオ様からお預かりしている魔獣素材の代金をお渡ししますね」


 アデルが傍らに置いていた革鞄から、立派な紋章が焼き印された革袋を取り出しローテーブルに置いた。


「金額が大きいので、大金貨で五十万シルト分と大銀貨で四万シルト、雑多な硬貨で一万シルト分とさせていただきました。大金貨は必要なときに城館で両替して来ますから言ってください」


 お金の話だからなのか、急に畏まったアデルだったが、途中で口調を変えた。

丁寧な態度と言葉遣いは素のようなので、これ以上に気軽な態度はそれなりに親睦が進んでからになりそうだ。


「すごい枚数になってる気がするんだけど、この世界の人はこれをどうやって保管したり管理したりしてるんだ?」


「普通に生活していたら、こんな枚数を持つことはありませんよ。普通は、家に鍵付の戸棚でも置いてそこに入れておけば間に合います。それ以上になると、冒険者ギルドか商工業ギルドに預けて証文にしてもらいますね。主持ちの場合は御主君に預っていただくこともできます」


 自給自足とその日暮らしが当たり前って、江戸の町人みたいだな。

いや、重農主義社会の都市部なんて大小の差こそあれ、江戸の町みたいなものか。


「商人はもちろんですが、冒険者など魔獣狩りに関わる仕事も、獲物を換金したときの収入は大きいですが、装備などに大金が必要になりますから、貨幣の扱いに慣れた者もいます。ヨータ様の収入は、その冒険者達の何人分もの働きに相当するものですから……」


 これは冒険者や商人のおこぼれから、街に貨幣経済が浸透しつつあるところか。

ぼんやりと貨幣の流れをイメージしながら、渡された革袋の中身をアデルと一緒に数えていき、一緒に入っていた羊皮紙の明細書通りなのを確認して、アデルが持って来ていた受領書と魔獣素材の譲渡契約書、ついでにアデルの任官書にサインする。


「後は種族について聞きたいところだけど、その前にやるべきことをやってしまおう。アデルは、その書類をヴェリオに届けなくてはならないだろう?」


「いえ、これは門番に渡せばシルヴェリオ様に届く手はずになっていますので、すぐに済みます。良ければ、ヨータ様のお仕事を手伝いたいのですが?」


 どうやら、アデルはできる限り俺から離れずに済むように準備をしていたようだ。

留守中に街の住人が余計な真似をしないよう、警戒も兼ねているのだろうから、門番に書類を渡して戻って来るまではランダーを出ないと約束して送り出す。


「さて、俺達の住処だけど、あんまり街に近いのも良くないよな。多少距離があっても俺達の方に不便はないだろうし……」


『街の防衛を手伝うなら、街と森の中間点に作ると良いだろう。徒歩で五日くらいの距離だが、私なら一時間もかからない。ランダーでも二時間は要らないだろう。だが、皆を呼ぶならここの方が良いぞ。あの死骸を門の前まで運ぶだけでも、人間では重労働のはずだ』


 ガイアースの視線の先に積み上がった猿の死骸は、何らかの処理がされているのか、淡く光る石杭に囲まれていて腐り始める様子もない。

視界が城壁の門に移ると、書類を受け取った門番に指示された人足らしき人達が、粗末な台車を押しながら死骸へと向かい始めているが、あれでは一体ずつ運ぶのがやっとだろう。


「まあ、どうせ十二人全員人目に晒すと決めたわけだし、何処で呼んでも一緒か」


 我ながら俺もガイアースもお人好しだと思うが、目の前で人が重労働している横で、お茶を飲んでいる気にもなれない。


 門から戻ってきたアデルと合流し、円盤式のエレベーターでランダーの屋上テラスに上がった俺は、トラウザースの尻ポケットから携帯端末を取りだして天に掲げた。


「バルキリーズ! ビルダーズ! ディフェンダーズ! ライナーズ! 総員出動!!」


 腹の底から声を張り上げ一息で連呼すると、端末から閃光が放たれて地平の果てに消えていく、ガイアースを喚んだときと同じ現象だ。

そして待つこと数瞬、光の消えた彼方から大きな土煙が上がり始めた。

何も知らず着いてきたアデルは、驚いて俺のシャツの袖を掴んだまま座り込みそうになっている。


 まずはスポーツカータイプのパトカーを先頭に、大型の消防車、大型の救急車が三角の陣形で現われ、ランダーからかなり手前でジャンプするとそれぞれにロボットに変形する。


『ガードバルキリー!』


『ファイアバルキリー!』


『メディックバルキリー!』


『『『バルキリーズ、現着!!』』』


 女性的なフォルムのロボットに変形した三体は、ランダーの脇に縦列で着地し、俺の方に向けて敬礼の見得を切った。


 その間に、土煙の中からは横一列に並んだ、クレーン車、ショベルカー、ホイールローダーが姿を現し、走りながら立ち上がるようにロボットへ変形を開始する。


『クレーンビルダー!』


『ショベルビルダー!』


『ホイールビルダー!』


『『『うおおおぉぉお!! ビルダーズ推ッ参!!』』』


 そのままバルキリーズの反対側に滑り込んだ黄色いロボット達は、腰に手を当て仁王立ちした揃いのポーズで名乗りを上げる。


 続いて、土煙の中からキュラキュラと履帯が進む音が聞こえ始め、それに覆い被さるようにバラバラという音が響き始めると、巻き上がった旋風に土煙は払われていき、地を這うように進む戦車とその後ろから浮かび上がる大型ヘリコプターが姿を現す。

そして、土煙が完全になくなった頃、遙か上空にソニックブームを響かせながら戦闘機が飛来、空中でロボットに変形しながら落下するのに合わせてヘリコプターと戦車もそれぞれロボットになりながら、戦闘機、ヘリ、戦車の順でビルダーズの横に並んでいく。


『ジェットディフェンダー』


『ヘリディフェンダー』


『タンクディフェンダー』


『ディフェンダーズ、参上』


 バルキリーズやビルダーズと違い、力みはないが良く通る声で、ジェットディフェンダーが代表して名乗りを上げ、彼らだけが装備しているバイザータイプの目をキラリと光らせつつ、揃って敬礼するディフェンダーズ。


 最後に、地平の彼方から二筋の光条がランダーの上空を奔り、それを線路代わりに東西の旧国鉄が誇るクルーズトレインに似た列車達が走ってくる。


『ブライトライナー』


 シャンパンゴールドで洋風近未来なデザインの車両が客車を切り離し、女性的なデザインのロボットに変形して光条から飛び降りる。


『ダスクライナー』


 深緑色でどこか古き良き特急列車の面影がある車両が、同じくロボットに変形して光条から飛び降りてくる。


『『ライナーシスターズ、定刻通りに只今到着です』』


 左右対称でアイドルみたいなポーズをとったロボット二体が、声を揃えて名乗りを終えれば、かつて宇宙の侵略者から地球を守り抜いた、無敵の勇者戦隊勢揃いだ。


 ガイアース同様、バージョンアップを感じさせる機体に変わっているが、その面影は十五年前に分れたときのままだった。


「皆、久しぶり! 今度は長い付き合いになりそうだけど、よろしく頼むぜ!」


 胸の熱さを言葉にすれば、あの頃と変わらない、力強い『応!』の声が異世界の空に重なり響いた。

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