勇者ロボは過保護な放任主義

 シルヴェリオ達が出て行き、一人になった俺は回転椅子の背もたれに寄りかかって溜息をついた。


『ヨウタ、疲れたのか?』


 椅子を回して窓の方を向くと、ガイアースが心配そうに覗き込んでいる。

どういうわけかガイアース達には昔から口があり、デュアルアイの目も光り加減で微妙な表情を見せるせいで、喜怒哀楽が顔に出るのだ。


「ああ、疲れたな。というか、勢いに任せてここまで話を転がしたけどさ……」


 外の様子を映し出す大画面モニターに目を向けると、戦死した騎士や兵士達を運んでいる姿が目に入る。

十五年前の戦いでも多くの人が亡くなったし、多分、普通の日本人よりは遙かに多くの死や死体を目にしていると思うが、だからって慣れるものでもない。


 それに、とっさのことで人間らしい姿の方に味方したけど、もしかしたら猿の方に言い分とか正当性があった可能性もあるし、今の交渉にしてももっと下手に出たり、立場を隠したりした方が良かったのかもしれない。


「いざってときに、直感と勢いで押し切ろうとするのは、あの頃から変わってないのかもな……」


『君の判断がいつも正解だったわけではなかったが、最後にはギルレイダーを倒すことができただろう?』


「それはガイアース達がいてくれたから…… まあ、今もそうか」


『うむ、君は一人ではない。間違っていると思ったときは言うし、失敗があっても挽回すれば良いじゃないか。我々は協力を惜しんだりはしないぞ?』


「そうだよなぁ。地球の守護者同伴なんて、異世界漂流にしちゃあ、破格の境遇だ」


 ガイアースの言葉で、胸に詰っていたものが軽くなったような気がした。

俺だってもう二十六だっていうのに、相変わらず兄貴みたいなヤツだ。


 気が楽になると今度は腹が減ってきたので、ソファセット同様に豪華なシステムキッチンを漁ってみる。

戸棚にはパンやフレークの他に米や小麦、根菜類が、冷蔵庫にはハムやチーズだけじゃなく、冷凍食品まで入っていた。


「これって、どうやって補充するんだ?」


 目に付いた箱を手に取ってみると、冷凍のカツサンドだったので電子レンジに放り込みながら訊いてみた。


『我々は、地球そのものの分身だぞ。ごく限られたものではあるが、エネルギーを消費して地球の生産物を生成することができる。以前は必要なかったが、今度は地球から離れることになるから、そういう機能を追加しておいたんだ』


 そうだった、ガイアース達は一見、機械めいた仕組みで動いているように見えるけど、七割方は謎のテクノロジーで動いている。

鋼に見えるボディだって、実は鉱物資源かどうかすら怪しい謎マテリアルなのだ。

見ようによっては、魔法生物に近いのかもしれない。


 タイマー設定すらしていないのに、適温に温められたカツサンドを頬張りながら、俺のこの待遇がどれほどのアドバンテージなのかと考えてしまった。


 ちょうど、一箱四切れのカツサンドが食べ終わる頃、指示を出し終えたシルヴェリオが、単身でランダーに乗り込んできた。


「ああ、頭が固いのを連れてくると色々面倒だ。それに部下とは言え聞かせるわけにはいかない話もあるのさ。それより、長い話になるんだ、飲まず食わずというのは勘弁して欲しいな」


 護衛はどうしたと尋ねる前に、そう言いながら乗降口の階段を上りきると、勧めるまでもなくソファに座り込む。

仕方がないので、ワインセラーからラベルのない赤ワインを出し、生ハムとチーズとクラッカーで軽いつまみを作ってローテーブルに並べてやると、これまた勝手にワインのコルクを開けてグラスに注ぎ、香りを楽しみ始めた。


 そういえば、さっきも護衛の一人は終始不満そうな顔をしていたし、話の邪魔になると思って置いてきたのだろう。

それでも、横から口を挟ませないよう指示が徹底しているところなど、このシルヴェリオという人物には好感が持てる。


 互いの立ち位置も決まってないってのに、自分の主や上司への敬意が足りないとか無礼であるとか口を挟む部下ってのはラノベやゲームでよく登場するけど、仕事で別部署の人と話すときなどに現実でも目にすることがあった。

あれって、放置してる上役の方が品性とか常識を疑われるんだけどな。


「上等なワインを持っているじゃないか。異世界人もワインを飲むのかと思うと、親しみが湧くというものだな」


 毒味もさせずにワインとつまみに手を付けたシルヴェリオは、俺が座るのを待って本題に入った。


「まず、この地についてだが、ここはウォーディントン王国に所属するレイクス辺境伯領の領都ロビンスという。この世界の諸人族の国々は、いつもいくつかの危険に晒されているんだが、我がウォーディントン王国は、魔人族に対する最前線を担っている。魔人族については?」


「いや、俺の故郷は人間しかいないんだ。それに、魔法も巨大な猿も想像上の産物で、世間一般に存在はしていない」


「このリュインや彼は?」


 シルヴァリオがリビングのモニターに映ったガイアースを指しながら訊いてくる。


「俺や彼には、極めて例外的な事情があるんだ。俺の世界から他の誰かが連れて来られたとしても、同じような連れはいないはずだよ」


 厳密に言えば一人だけ、十五年前の戦いのときに月が生み出した勇者三体を率いて援軍に駆けつけてくれた少女がいた。

しかし、俺だってガイアース達を引き連れて歩いているところを拉致されたわけじゃなく、マザー・ガイアが機転を利かせてくれなければ身一つでこの世界に来ることになっていたのを考えると、俺の拉致犯が彼女を狙うとは思えない。


「そうか。それは残念、いや安心すべきなのか…… 魔人種というのは、人の形をした悪魔だ。我々では使えない強力な魔法を使い、恐るべき魔獣を使役する。あの山脈の向こうにヤツらの帝国があり、裾野に広がる森の奥にある迷宮を通ってこちら側に攻め込んでくると言われている」


 渋い顔のシルヴァリオが、窓から見える森とその向こうの山々を指した。


「魔獣は魔力の影響を受け魔法じみた能力を持った獣だ。君と友人が蹴散らしてくれたヤツらも中級に分類される魔獣で、ロックバブーンやグラヴェルエイプと呼ばれている。あの森と山々はあらゆる魔獣を抱える危険地帯で、俺の街はその魔獣と魔人達の動きを見張り、王国を護る砦なのさ。もっとも、今は主力の冒険者達が出払ってたせいで、岩猿どもに好き放題やられそうになるほど人手も戦力も不足しているがな」


「その、冒険者という人達なら魔獣や魔人にも太刀打ちできるのか?」


「冒険者も様々だ。上級者ともなれば熟練の技術と強力な武器で、上位の魔獣とも戦えるし、高性能なリュインやバルレーを持つパーティーもいる。ただ、リュインもバルレーも動かすのに魔獣から採れる魔石が必要になるから、無制限に戦えるわけでもないがな」


「魔石?」


「魔獣が魔力を溜め込んで使うための臓器だが、死骸から回収すると宝石のようになるので魔石と呼ばれている。強い魔獣ほど大きく純度の高い魔石が採れ、高性能のリュインほど高級な魔石を必要とする」

 

 魔法で動く機械のバッテリーみたいなものか。


「で、相談なんだがな、このリュインや君の友人は魔石で動いているんじゃないのか? 違うのなら、君達が狩った猿どもの死骸を俺に売って欲しい」


「俺達には今のところ必要ないから、売るのは構わないが、やはり魔獣の死骸は資源になるのか?」


「ああ、魔石以外にも爪や牙、毛皮、鱗、骨などは素材になるし、肉や内臓は食料や錬金薬の材料として使えるんだが、原則として冒険者が狩った魔獣の素材は冒険者ギルドが買い取って市場に卸す決まりになっている。冒険者以外が狩った場合は狩った者の所有だが、君達以外でそんなことができるのは貴族の軍隊ぐらいだな」


 話をしながら、お互い、城壁から少し離れた場所で山になっている猿の死骸に目を向ける。


「この世界のカネの価値が分からないんだけど、あの量の魔獣だと、どれくらいの価値になるんだ?」


「基本的な通貨はシルト硬貨だ。妖精種達が使う貨幣でな、十シルトで大人一人が一日食う分のパンが買える。一般兵の給料が一日百シルトだ」


 シルヴェリオは、鎧の脇から懐に手を突っ込んで小さな革袋を取り出すと、二種類の銀貨をローテーブルに並べて見せた。

一枚は、十円玉くらいの大きさの丸い銀貨で、もう一枚は五百円玉より一回り大きく八角形をしていた。


「銅貨もあるが、これは補助貨幣だな。で、ロックバブーンだが、一体で二万シルトくらいになる。グラヴェルエイプが一体で五百シルトとして、ざっと五十万シルトってとこかと俺は見てる。それに援軍の謝礼を合せて、五十五万シルトを支払おう」


「兵士の五千五百日分の給料か。そういえば、暦はどうなっているんだ? ああ、死骸の買取額については、そちらに任せる」


「ありがたい。暦は十日で一週、三週で一月、十二月で一年になる。五千五百日は十五年あまりになるな。まあ、それだけ勤め上げれば給金はもっと増えるが……」


 取引が成立したって意味なのか、シルヴェリオがワインを掲げて笑みを浮かべた。


「では、話を戻そう。我が国の状況は理解してもらえたと思う。慢性的な戦力不足は、かなり危険なところまで来ているのだ。このレイクス領からも、もう何度も増援の要請を出しているのだが、国にも冒険者ギルドにも空いている戦力がない。そして神殿から打開策として提案されたのが、異世界の戦士を召喚することだった。その為のリュインが王都の宝物庫に秘蔵してあったそうだ。召喚に成功した場合、俺のところへ真っ先に派遣してくれるって条件でもうしばらく増援を我慢しろと、何故か王国ではなく神殿の使者が言いに来た」


 シルヴェリオ自身は、その異界の戦士云々という話に納得していないのか、語気荒く一息に話すと、乱暴にワイングラスを煽る。


「戦士達は神の御加護を受けて王都の神殿に現われると言っていたから、おそらく君は召喚の際に何か問題があってここに現われてしまったのだろう。結果として我々は助かったが、まさか召喚される側の同意を得ていないとは考えていなかった……」


 結局、ネット小説などで見かける勇者召喚とクラス召喚の典型だったんだな。

なら、俺はサラリーマン枠かおっさん枠ででも巻き込まれたのか。

ガイアース達がいることを考えると、他の高校生達と一緒にされなかったのはむしろ幸運だったのかもしれない。


「それで、君に迷惑をかけている側に属する俺が言うことではないんだが、君はこれからどうするか考えがあるか?」


 それが問題だ。

正直、拉致、というか召喚なんて真似をした王国中央と神殿には良い印象がない。

話によれば、あの学生さん達もこっちへ連れて来られるみたいだし、召喚の事情も分かったから、無理に聞きに行く必要もなくなった。


「いっそ、この近くを拠点にして様子を見てた方が良いんじゃないか……?」


「おお、そういうことなら歓迎するぞ。君ほどの戦力が近くに居てくれるのは心強いしな。魔獣どものせいで使い物にならない土地が腐るほど余っているから、好きに使ってくれ。無論、ロビンスへの出入りも制限しない」


『人口の少ない辺境に拠点があれば、ヨウタを守り易い。それに、仲間達の出撃準備も優先できそうだ』


 考えの一端が呟きとして漏れてしまったところ、ガイアースもシルヴェリオも歓迎してくれているようなので、当面は住処を調えることにしようか。


「よし、まずはしばらくここに腰を据えて、街の様子を眺めてみるか。ガイアースにもシルヴェリオにも世話になるな」


「うむ、繰り返すが歓迎しよう。街に触れを出すから、歩き回るなら三日後くらいからにしてくれ。それと、君の世話役を手配する。明日にでも魔獣の代金を持って来させるから、そのまま傍に置いてやってくれ。部下達には俺と同格の者として接するよう命じておこう。俺のことはヴェリオと呼べ、俺も君をヨウタと呼ぶ」


 俺がどう動くのか確かめる意図もあったのか、友好的だと判断したヴェリオは立ち上がって握手を求め、最後に必要なことを伝えると、あっさり帰って行った。


『最初に知り合った人間が友好的でよかったな、ヨウタ。我々としても、人間より怪獣相手の方が戦いやすい』


「あの猿みたいなのは、魔獣というんだそうだ。そこの森から向こうには、多種多様な魔獣がいて襲いかかってくるらしい。戦うことが多くなりそうだが、よろしく頼むよ、ガイアース」


『うむ、任せておけ。そういうことなら、仲間達も喚んでおいた方が良いだろうが、今日はもう眠ってしまうと良い。後のことは任せておけ』


 転移初日で戦闘や面談をして疲れ切っていた俺は、ガイアースの言葉に従ってベッドルームへ向かう。

シャワーや着替えなんてことが頭を過ぎりはしたが、でかいベッドの縁に辿り着いたところで面倒臭くなって倒れ込み、そのまま意識を手放した。

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