勇者ロボ、リアルモンハンする

「あー、そうか。侵略メカと違って、倒したら爆発して消えるってわけじゃないんだよなぁ……」


 グランドランダーの窓から戦いの後を眺め、溜息混じりに呟いてしまう。

改めて良く見ると、単純に大小では分けられない大きさの類人猿の死体で、まさに累々といった有様なのだ。


「ガイアース、大きな死体だけでもまとめて集めておいてくれないか?」


『分かった。壁から離れたところに積み上げておこう』


 ガイアースが巨大猿の死体を担いで歩き始めると、遠巻きに見ていた騎士や兵士達が身構えてざわめき出したが、死体を集めているだけだと分かると、自分達も戦死者の遺体を回収し始めた。


『この世界は、地球よりかなり危険なところのようだ』


 そう言いながら、ガイアースが見ている映像を運転席にある大画面モニタに転送して映す。

 

 巨大猿と呼んでいた猿型モンスターは、まるで岩で出来たプロテクターを着たゴリラのようだった。

肩から肩胛骨の辺りにかけての岩が特に厚く、そこから飛礫を射出していたように見えたのだが、射出口のようなものはなかった。


 小型のヤツは、それでも大柄な人間くらいの大きさがあり、全体的に小柄に見える兵士達からすれば、かなりの脅威だろう。

こちらはチンパンジーに近く、プロテクターの部位も大型のヤツより少ない。


『こんな大きな野生動物が人を襲う一方で、人間も武装するのが当たり前らしい』


「こいつらが特別って可能性もあるが、周辺の様子からすると、この世界の住人達はサファリパークの中に街を作って住んでいるのかもな……」


『どういうことだ?』


「人類の縄張りはあまり大きくないのかもしれない。地球なら、町と町の間が荒野だった時代でも、襲ってくるのは野盗か狼の類いで済んだだろうけど、ここではそれどころじゃないのかも、ってことさ」


 モニタに映った岩猿の山を指さして肩をすくめる。


『大丈夫だ。ヨウタに私達がついている』


 力強い言葉と共に、ガイアースの目がランダーの方に向けられたので、今まで眺めていたモニターに自分が乗っているランダーが映った。

すると、数人の騎士を引き連れ、他より立派な鎧にマントまで着た男が、ランダーの周りを歩き回っているのが分かった。

乗降口を見つけられなかったのか、ランダーの前まで大股で歩いて行って仁王立ちになると、両腕を広げて大声でこちらに呼掛け始めた。


「バルレーの主よ、リュインから出てきてはもらえまいか? 俺はこのロビンスの領主、シルヴェリオ。我が名にかけて危害を加えるようなことはしない!」


 ランダーの窓は偏光フィルタで外から中が見えないようになっている。

シルヴェリオと名乗った領主は、俺が車内のもっと奥の方にいると思って車にできるだけ近づき大声を上げているので、フロントグラス越しに顔がよく見えた。


 歳は三十前くらい、俺と同じくらいだろうか、連れている騎士より体格が良く、金色の髪を短く刈り込んだ逞しい顔立ちの白人の男性だ。

文脈からすると、バルレーというのがガイアース、リュインはグランドランダー、ロビンスが城壁の向こうに見える街のことかな。


『しまった、彼らの言葉は地球の言語との共通点がない。何を言っているか分からないぞ』


「何だって? 俺には分かるぞ。というか、日本語で話しているように聞こえる」


『……そうか。君がこちらへ連れて来られたことで、何か影響があったのかも知れないな。それで、彼らは何と言っている?』


 俺とシルヴェリオ達の間では同時通訳みたいなことが起こっているが、ガイアースには影響がないらしい。

拉致と通訳がセットになっていて、便乗している形のガイアースは除外されたのか、あるいは通訳をする何かの影響を、ガイアースが寄せ付けていない可能性もある。


「出てこいってさ。害意はないと言ってる」


 ところで、ガイアースはランダー内の俺とは無線通信のように会話しているので、ランダーの外では俺達が話していると分からない。

しかし、普通に会話している感覚のガイアースは、死骸の片付けが終わったこともあって、当たり前にシルヴェリオ達の方へ視線を向けた。


「待て! 本当に危害は加えない。ただ、礼と話がしたいだけだ! その証拠に武器を置く。そちらもバルレーを動かさないでくれ!」


 視線を向けられたシルヴェリオが広げていた両手を上に挙げ、周囲の騎士達に武装を解除させた。


「あ、そうか。普通はガイアースが誰かに操作されているって考えるよな……」


 シルヴェリオの慌て振りは、俺からすれば交渉を持ちかけたら銃口を向けられたような感覚なのかもしれない。


「ガイアース、俺、ちょっと外に出て彼らと話をしてみる。で、彼ら、君が意志持つ存在だなんて思いも寄らないだろうから、合図するまでは停止したフリをしててくれないか?」


『分かった。指示があるまで待機していよう。運転席に耳栓型の通信機がある。外に出る前に装備しておいてくれ』


 ガイアースが片膝を着いた待機姿勢になるのを待ってランダーを降りると、シルヴェリオは安堵したように両手を下ろして笑みを見せたが、後ろに控える騎士達は警戒で身を固くした。


「おお、出てきてくれたか…… おや、一人か? 他の者はどうした?」


「中にいたのは俺一人だ。他には誰もいない」


 乗降口から出てきた俺に、無警戒に歩み寄ったシルヴェリオが、俺一人なのを見て

まだ開いている乗降口の奥を覗き込もうとする。

ランダーの構造上、乗降口の外から覗き込んでも中は見えないので、俺が一人であることを告げると、警戒している騎士達がざわめき、緊張感が増した。


「それはおかしいな。君がそこの扉から魔法を使ってうちの兵達を援護してくれたことは報告で分かっている。少なくとも、君以外にバルレーを操っていた魔動士がいるだろう?」


「それについては説明するが、こちらも尋ねたいことが多い。そちらが良ければ中に招待するから、少し落着いて話ができないか?」


 訝しげに首を傾げるシルヴェリオに、ランダーの乗降口を親指で指しながら提案してみた。


「ほう! 初対面の俺をリュインの中に入れてくれるというのか? 幸運にして稼動するリュインを手に入れた冒険者でも、中に入れるのを嫌がるものだぞ?」


「まあ、それも説明したいことに関係するんだが、中に入れても俺からすれば差し障りがないんだ。心配なら、護衛を二、三人連れて入っても良いし、先頭に立たせて中を調べさせても良い」


 すでにリビングモードに戻してあるランダー内は、豪華な居住スペースでしかないし、運転席を含め内装もバリアの保護下にあり、さっきの戦闘で見せられた彼らの戦闘力では瑕一つ付けられないのは分かっている。

仮に付けられたとしても、ガイアースの自己修復能力で元に戻ると確認済みだ。


「……良かろう。招待を受けようじゃないか」


 数瞬、俺の目を覗き込んでいたシルヴェリオが、不敵に笑ってそう答えた。

一歩横に移動して道を空けると、顎をしゃくって後ろの騎士二人を先行させ、もう一度俺の目を覗き込んでから乗降口を上がっていく。


『入口を通るときにスキャンしてみたが、彼らと地球人の違いはごく僅かだ。君と同じものが食べられるし、同じ病気にかかる。性別が違えば、子供を作ることもできるだろう』


 シルヴェリオとその部下が車内を調べているのを、乗降口を上がったところで待っていると、通信機越しにガイアースがそう教えてくれた。

思わず片眉が上がるくらいには驚いたが、考えてみれば、わざわざ呼び寄せようというくらいだ、この世界の住人と地球人の間になんらかの繋がりがあってもおかしくはないし、俺達が最初の拉致とも思えない。


「君が一人だというのは本当らしいな。確かに中には誰もいない。しかし、どういうことだ?」


「まずはそれについて説明する。こっちも質問しながらになるが、突飛な質問でも、とにかく答えてくれた方が話が進めやすい。ああ、俺はヨウタだ、よろしく」


 興奮気味に戻ってきたシルヴェリオ達にソファを勧めて握手を交わしてから、自分はソファの向かいにあるデスクセットの回転椅子に腰掛ける。

体をソファの方に向けると、ソファの真ん中にシルヴェリオが座り、騎士二人が左右に立っていた。


「最初に確認したい。バルレーとリュインってのは何だ?」


「何を言って…… いや、バルレーというのは、魔動で動く人形だ。石や鉄でできていて、人間大くらいのものが多いが、中には人の倍から十倍くらいの大きさのものがある。バルレーを持ち、操れる者を魔動士と呼ぶ。リュインは、ごく希に遺跡から見つかる魔動機械だ。厳密に言えば、バルレーもリュインの一種だが、普通はリュインと言ったら馬のない馬車の姿をしている物を指す。それくらい、今も稼動するリュインの中でも馬車型の物が多いんだ」


 幸運にも、このシルヴェリオという領主は理性的な人物のようだ。

一瞬、気色ばみかけた配下を素早く止めて無駄に騒がせず、俺が必要としているだろう情報を与えてくれた。


「ありがとう。では訂正する。この車はリュインではない。ついでに俺はさっき一人だと言ったが、正確には俺とあのガイアースの二人だ。つまり、彼はバルレーではないし、誰かが操っているわけでもない。もう良いぞ、ガイアース!」


 俺が背にしている窓の向こうに見えていたガイアースが、待機姿勢を止めて立ち上がってランダーの傍まで来ると、茶目っ気を出して窓から車内を覗き込んだ。


「彼の名はガイアース。見ての通り、自律した人格を持つ俺の友人で、誰が操っているわけでもない。彼は、自分で見て考えて判断し、行動する」


「……バルレーの姿をした人間、いや、種族というべきか……」


 窓から覗き込むガイアースに二人の騎士が怯む中、シルヴェリオは冷や汗を滲ませながらも正鵠を得た呟きを漏らす。


『ヨウタ、私も彼らに挨拶がしたい。よろしくと伝えてもらえるか』


 ガイアースは、自身の口と車内のスピーカーの両方から声を発したので、中にいたシルヴェリオ達も外の騎士達も驚いて周囲を見回す。


「驚かないでくれ。今のはガイアースが喋った。あなた方によろしくと言っている。彼はこの中の会話が聞こえるし、言葉を届けることもできるんだが、残念ながら貴方らの言葉が話せない」


「そ、そうか。我々も会えて嬉しく思うと、伝えてくれ。それにしてもこのリュイン、失礼、他の呼び方を知らないのでな、リュインといいガイアース殿といい、こんな凄い物があれば俺のところにも聞こえて来そうなものなのだがな。ヨウタ殿は、今まで何処にいたのだ?」


「俺は、こことは違う世界にいたんだが、この世界の誰かが俺の世界に干渉して俺をこの世界に連れてきた。だが、その作業に手違いがあり、俺はその誰かのいるところではなく、ここから少し行った荒野の真ん中に、ついさっき放り出されたんだ」


 遠いところか来たとか、記憶喪失だとか言って誤魔化すことも考えたが、俺はストレートに自分の現状を伝える方を選んだ。


「おいおい、その話に心当たりがあるぞ。王都の方で、魔族との戦いに備えて異界の戦士を召喚する計画が進められていると聞いた…… では、ヨウタ殿はここがどういう場所なのかも分からんのだな?」


 シルヴェリオが眉間に皺を寄せて考え込んだかと思うと、身を乗り出して俺の顔を真正面から見据えた。


「分からない。ただ見ての通り、分からなければ分からないなりに、生きていけるとは思う」


「待て待て、別に脅そうというんじゃない。そういうことなら、この世界について少し説明しようじゃないか。君は運が良い、俺はこの辺りでは最も世事に詳しい人間だ。何しろ、この辺境の領主であり、辺境軍の指揮官なんだからな。だが、そうだな、長い話になりそうだ。先に、後始末の指示を出してきても良いかな?」


 興奮気味のシルヴェリオは、少し大げさな身振りを交えながらそう言って立ち上がった。

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