勇者ロボに科学的考察は通用しない

 気付けば、俺は夕暮れの荒野に佇んでいた。

遠くに山の影が見え、振り返れば地平の端に城壁のようなものが見える。


 地球から拉致られてきたのだから、ここが地球ではなさそうなのは分かる。

しかし、誘拐犯の姿も見えないというのはどういうことだろう、何処かに隠れて俺の様子を窺っているのだろうか。


『マザーの呼掛けの影響で、出現位置がずれたな。ヨウタを運んでいたエネルギーは、もっと遠い座標を目指していたようだが、急にそれが途切れたせいで、ここに止まってしまったのだろう』


 俺の肩の辺りに飛んで来たガイアースの光球が、点滅しながらそう教えてくれた。


「誘拐犯のところに辿りつく前に、向こうが息切れしたってのか?」


『いや、目的を達したと思ったのだろう。ヨウタの他にもこの地に運ばれてきた者達がいたようだが、そちらは終点まで運ばれている』


 俺の他に連れて来られたって、同じ場所にいたなら工場見学に来てた高校生達か。


『それから、ここが地球でないことは分かっているだろうが、天体の位置から見て地球から観測できる範囲にある星ではないようだ』


 全くの異世界ってわけか、1クラス分の学生達やしがないサラリーマンが異世界に召喚される、そんな話がコミックスやアニメにあったな。

 まあ、十五年前の俺をモデルに、小学生がロボット軍団と協力して悪の侵略者と戦うなんて話もずいぶん作られてたけど。


 余談だが、俺の正体はガイアースが用意してくれた撹乱システムのおかげで、極一部の人を除けば小学生だってこと以外は知られることなく、謎の少年指揮官としか認識されていない。

おかげで、戦いが終わった後は普通に大学まで進学して、それなりに大手メーカーの技師見習いになるまで、平凡な人生を送ることができた。


「とにかく、俺達を拉致った連中の目的が分からないことには、今後の方針も立てられないな」


『ヨウタの他に連れて来られた者達が運ばれた方角は確認している。その方角へ進めば、何か手掛かりが得られるのではないか?』


「んじゃ、そっちへ行ってみるか。とりあえず、今日の寝床も考えないとな。そういえば、ガイアース達の体はどうなったんだ?」


 ガイアース達は、それぞれ地球の乗り物の姿を借りた機体を持っていたが、最後の戦いのあと、ぼろぼろになった機体を抜け出してマザー・ガイアの下に還っていた。


 残された機体は、ギルレイダー襲来時に発足した地球連邦が回収し、研究していたけど、ある意味非科学的な力で動いていた仕組みを解明できず、外装だけ修復した後、決戦の地だった日本に建てられた勇者戦隊博物館に展示されている。


『新しい機体データがGコネクターに用意されている。あとはヨウタが呼んでくれれば、いつでも出撃可能だ』


「てことは、前みたいにアレをやらなきゃいけないのか?」


『もちろんだ。ヨウタが呼び出してくれるのを皆楽しみにしている』


 「Gコネクター」ってのは、マザーが消えるとき俺の手の中に現われたスマホみたいな端末のことだ。

十五年前は腕時計型の無線機みたいな形をしていたんだが、バージョンアップしてくれたらしい。


 ガイアース達を呼ぶとき、これを空に掲げて呼び出す守護者の名前を大声で叫んでいたんだが、二十六になった俺がやるのはちょっとキツいものがある。


『ヨウタ、新しくなった私の機体には、君の生命維持を目的としたシェルター機能が備わっている。何が起こるか分からない今、我々の出撃準備を優先すべきだ』


 Gコネクターを眺めて躊躇する俺を、以前同様に親身な口調のガイアースが諭す。


「それもそうか。んじゃ、いくぜっ! ガイ・アース!!」


『おおおおぉ!』


 俺のかけ声と共に、空に掲げた端末から光の帯が地平の彼方へ奔ると、渋いバリトンボイスを響かせながら、コバルトブルーの光球がその帯を駆け抜けて消える。

次の瞬間、光の帯が大きく広がり、光の消えた先から力強いエンジン音と共にコバルトブルーのSUV車が大きなトレーラーを牽引しながら帯の上を走ってくる。


『シフトフォーム!』


 そして俺の前を通り過ぎる辺りで、車体の各所にメカメカしい追加パーツが現われたかと思うと、光帯がジャンプ台みたいに上を向き、トレーラーを切り離した車がそこから勢いよくジャンプして閃光と共に全長7mくらいの人型に変形した。


『ガイ・アース!!』


 空中で名乗りと共に見得を切ったガイアースが、軽い地響きを立てて着地する。

かつてはセダンタイプの大衆車から変形していたガイアースだが、今度はハイクラスSUVがベースになっているせいか、以前よりも重厚で力強い雰囲気になっている。


「全身一新ってところか。今度のボディはパワーアップもしてそうだな」


『うむ、力が漲っている。グランドランダ―も新しくなっているぞ。さあ、乗ってみてくれ』


 そう促され、ガイアースが牽引してきていたトレーラー内に足を踏み入れる。


「お、こっちに運転席ができたのか」


『うむ、ヨウタが自分で操縦することもあるだろうと、運転席を用意した。その場合は、正面の装甲が開く』


 ガイアースが牽引していたトレーラー「グランドランダ―」は、ガイアース用のパワーアップユニットで、ガイアースと変形合体し「グラン・ガイアース」となるのだが、その他にも、前線で俺が寝泊まりしたり、他のメンバーに指示を出す基地の代りにもなることもあった。


 新グランドランダーは、トレーラーではなくバスのように独立走行が可能らしい。

さらに、奥へ足を踏み入れると、雑誌で見たような高級キャンピングカーのような内装がされている。

広々としたリビング、オーブンレンジからワインセラーまで完備したシステムキッチン、キングサイズのベッドに、バス、トイレは別で小さなウォークインクローゼットまで備えてあった。

考えるまでもなく、俺が地球で住んでた1LDKのアパートより豪華な居住スペースである。


『長期間、ヨウタの生活拠点にできるよう、地球でも最も快適そうな車を参考にしたのだ。気に入ってもらえただろうか?』


 半ば呆然と頷きながら、冷蔵庫や戸棚を開けてみると、食料品なども普通に入っているし、蛇口を捻れば水も出る。


『衣類や食料品は私のエネルギーが続く限り、定期的に補充されるようになっているから安心してくれ』


 まさに至れり尽せりで、さらにリビングや運転席のスイッチから居住モードから作戦司令室モード、戦闘モードにと内部が切り替わる機能までついていた。

内部について説明してくれたガイアースの声は、天井のスピーカーから聞こえていたが、彼の方でグランドランダー内の様子はモニタしており、こうして会話もできる。


「なんか、ガイアースが全体的に贅沢仕様になってるよな。他の皆もそうなのか?」


『うむ、今回の我らの使命は、この異世界でヨウタを守ることだ。そのため、なるべく君に不便がないよう備えている。まあ、どうなっているかは呼び出した時を楽しみにしていてくれ』


 そんな会話をしながら、リビングまで戻って来ると、サイドボードの天板が開き、中からベルトとホルスターに入った銃のようなものがせり上がってきた。


『ヨウタ、君の護身用のバリア装置とビームガンだ。普段から身に着けるようにしておいてくれ』


 そう言われたのでスーツのベルトを交換し、ホルスターを腰の後ろに着ける。


『そのバリア装置は、フィールド型の防護服だと思ってくれ。衝撃や熱以外に、空気中の有害物質も遮断する。私のガイアブラスターくらいの威力なら防ぐことができるだろう。ビームガンのロックはヨウタがグリップを握ったときに解除されるようになっている』


 試しにビームガンを抜こうとすると、ホルスターのロックが解除され、小型拳銃サイズの銃身がスムーズに引き出せた。


『む! ヨウタ、遠方に見える城壁の近くで戦闘が発生しているようだ』


 シンプルなオートマチック拳銃みたいな外見の銃を、裏返して眺めてみたり、軽く構えて照準を合わせてみたりしていると、ガイアースが警告と共にリビングの大画面テレビに城壁近辺をズームした映像を映し出した。


 そこには大きな類人猿らしきモンスターの群に襲われる城壁と、それを防ごうと戦う騎馬の戦士達の姿が映っている。


「って、剣と槍かよ。鐙すら使ってないじゃないか……」


 背中の瘤から岩の飛礫をばら撒き、滅茶苦茶に暴れ回る巨大猿と、好き放題に跳ね回る人間大の猿を相手に、中世さながらの騎士達が立ち向かい、城壁の上からはいくつもの矢に混じって火の玉が降り注いでいるが、効果が上がっている様子がない。

巨大猿相手に文字通り馬力が必要なのだろうが、小型猿相手には小回りが利かず翻弄されるばかり、肝心の馬力にしても騎士が踏ん張れずに十分に活かせずにいる。


「本当に剣と魔法の異世界かよ…… ガイアース、助けられるか?」


『ああ、もちろんだ!』


 俺が運転席に滑り込んだときには、自動車形態に変形したガイアースが戦場に向かって飛び出していた。


『とうっ!!』


 車として加速した勢いのままブースターで跳び上がり、空中で変形したガイアースが巨大猿の一匹に飛び蹴りを食らわせて、その上半身を引き千切る。


『ガイアブラスター!!』


 蹴りの反動でとんぼを切り着地したガイアースの両足に格納されているホルスターから、二丁の拳銃型ビームガンが弾き出され、それを両手に取ったガイアースは次々に巨大猿を撃ち抜いていく。


 一方の俺は、突然の乱入者に混乱している騎士達をクラクションで掻き分けながら進み、既に巨大猿の拳で一部が崩されている城壁の傍まで辿り着いていた。

城壁の破れ目から侵入しようと群がる小型猿と、城壁の内側から必死に抵抗する粗末な装備の兵士達の姿が見える。


 進路上に人間らしき存在がいないのを確かめた俺は、アクセルを踏み込み加速させたグランドランダーで小型猿を轢きながら、城壁に車体を横着けして城壁の破れ目を塞いだ。


「グランドランダー、戦闘モード!」


 まだ詳しい操作方法を聞いてはいなかったが、元々子供だった俺でも操作できるように、ガイアース達の追加ユニットは簡単な音声指示で動くようになっている。

俺の命令に応え、グランドランダーの屋根や側面に武装が展開されていき、フロントグラスや運転席のサブモニターなどに武装の位置や名称、機能などが表示される。


「グランキャノン、グランレーザー、精密狙撃モードで自動援護!」


 そう命令すると屋根の上のビームキャノンと側面のレーザー砲から、ピンポイントで放たれた光条がガイアースの動きを補うよう、小型猿を中心に貫いていく。


 俺は俺で、城壁の方に向かって乗降口を開き、城壁の内側に入ってしまった小型猿に向かってビームガンを撃っていた。

途中、何度か小型猿が放った飛礫がこちらに飛んできたが、乗降口の陰に隠れたのと、ガイアースが用意してくれたバリア装置のおかげで無傷で済んだ。

自分でやっておいて言うことじゃないが、無茶もいいところだな。


 俺とガイアースが戦い始めてしばらくすると、俺達を援軍と理解したらしい騎士達は、まだ無事な城壁を護ることに専念し始めてくれ、巻き添えの危険がなくなったガイアースのブランクを感じさせない無双状態によって、類人猿による城壁内への攻撃は防がれることになった。

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