幕間 第2王子の憂鬱

 私はジーク・ファジエルド、この国ファジエルド王国の第2王子として生を受けた。第2王子とは言え王位は兄上が継ぐことがほぼ決定していたので私は王領の視察や監査という名目でのんびりと趣味である武芸の稽古や東方の国の歴史書を読み漁っていた。将来は何かしらの形で政治にかかわることになるだろうと思っていたので残された少ない自由を満喫していた。しかしその日々はいきなり終わりを告げてしまった。


「兄上が引きこもった!?」


 西の視察から戻ったことを両陛下、私の両親であるイアソン・ファジエルド王とリリーナ・ファジエルド王妃だ。家族仲はかなり良好、というか自分で言うのも気が引けるが溺愛されているといってもいい。いわゆる親馬鹿というものだろう。本人たちは厳しく接しているつもりなんだろうがそれでもかなり甘い。

 そんな両親がかなり暗い面持ちで告げてきたのは衝撃的な一言だった。


 兄であるアインズ・ファジエルド第1王子は身内から見ても天才だと思う。どんな分野も一度教われば習得し、その独特な目線から行う治世は一見夢のような理想とも思えるものだが実際に行ってみると前よりもかなり良くなっていき国民の暮らしもかなりいいものになっていった。特にその最たるものが魔法だ。兄は通常一人1属性が原則となっている魔力属性を全属性所有している。王族には複数の属性を持つものが生まれることもあるが兄は別格だった。更に基本5属性といわれる火、風、水、土、雷の上位精霊すべてと契約を交わしておりまさしく王国一の魔法使いと言われるほどの術師なのだ。それに兄の才能が加わったおかげで幼い頃から最新の魔道具を制作し今では暮らしに欠かせないものとなっている。

 その中にはなぜか汎用性を無視して性能を特化させすぎたものも存在するがそれは置いておこう、しかしこれらのこともあり兄は将来を有望視される期待の王太子だったのだ。


「いったいなぜ…」

「私たちが過剰に期待を押し付けたせいだろう…もともと一人で本を読んだり研究するのが好きな子だった、それを王族の使命といって無理やり王の教育を強いてきた報いが今起こったのだろうな…」


 ますます暗い顔になっていく両親、唯一天才の兄に弱点があるとすればその性格だ。誰にも優しく平等に接する兄の性格は私も尊敬するほど素晴らしいものだがその一方人見知りであがり症なのだ。なんでも自分の心内に抱え込み日々重圧に苦しんでいたのだろう。優しい兄は誰にも心配をかけないように気丈にふるまっていたのだろう。


「それなら私も悪いのです、兄が悩んでいたことを知っていながらも今まで放置していたのですから…」


 天才だからと、優秀だから大丈夫だと軽く考えていた私がとても恥ずかしくなる。私たちは王族という重要な立場にいるがその前に一つの家族なのだ。それを天才の兄に甘えて放置してきたのは何物でもない私たちなのだから。


「…私にできることはあるでしょうか父上、私は家族のためなら身を粉にしても尽くしましょう」

「ごめんなさいねジーク、こんなに情けない親で…」

「泣かないでください母上!家族なのですから皆で乗り越えましょう!」

「…暫くアインズには静養してもらおう、加えて王位継承権から外し好きな研究に没頭してもらう予定だ、それでジークよ…」

「わかっております、私が次の王位の継承者になるのですね」

「…お前にまで苦労を掛けたくはないのだが、すまん」

「問題ありませんよ父上、私だって王族の端くれです、覚悟はできています」


 こうして私は王位継承者となった。




 兄上が継ぐ予定だったとはいえ私がいきなり公務を一から覚えるmということはない。いずれは側近として国に尽くす予定だったので仕事自体は楽勝だった。

 しかし、それ以外の部分が私の精神を削っていた。


 その一番の問題が夜会。通常の夜会なら何度も参加もしているから問題はない。しかし今までの夜会とは雰囲気がまるで違った。夜会に参加していたとはいえ基本的には王都以外での暮らしのほうが多いため回数自体は少なくない、更に皆兄のほうに注目が集まっていたので私はないがしろにされるわけではないにしろそこまで気にかけられることもなかった。


 しかし兄が王位継承を退き私が出てきた。天才である兄の婚約者ではあまりにもハードルが高いと令嬢たちも尻ごみをしていたのだがそこに私だ。

 自分で言うのもなんだが私はそこそこ優秀だ、しかし兄に比べると見劣りする、逆に言えば令嬢方からすると手ごろな物件なのだ。

 夜会を行うたびに増えていく令嬢たちと積極的な押し売り、正直もうあの目が痛くなるようなドレスと鼻につく香水の匂いが嫌で仕方がなかった。更には私の顔見せのための夜会がいつの間にか婚約者を探すためのパーティーと思われていたことを知ったときは頭痛がした。

 それでも王族の義務と割り切り何とかやり過ごしていた。兄のために、国のために、家族のために。


 とはいえ私も人間だ、いつまでも完璧な王子の仮面をかぶり続けることができない。

 そんな時はいつも王宮の中にはにある大きな木の下に行った。




 10年前、私が7歳の時だった。私はその日教育係の勉強漬けの日々に嫌気がさし中庭に隠れていた。その時だった、天使のような、一人の少女が現れたのは。


 木漏れ日に反射する白金の髪、肩にかかるぐらいに切りそろえられた髪に見ていると吸い込まれそうなほど神秘的な紫の瞳、こちらを見て柔らかく微笑むとまるで後光がさしたかのように辺りが輝いて見えた。


 なにを話したのかはもう覚えていないが彼女と私は日が暮れるまで遊び倒したのだ。そして疲れてこの木の下で眠ってしまい、目を覚ますと彼女はどこにもいなかった。

 その後教育係に見つかってこっぴどく怒られたがどこ吹く風だった。

 彼女は誰だったのだろう、本当に天使だったのだろうか、そんなことばかり考えていた。


 後で王宮の護衛をしている騎士たちや侍女たちに話を聞いたがあの日、そのような特徴の少女は見なかったとしか言われなかった。本当に天使なのだろうか。


 その日から私はあの日の天使に心を奪われた。今まで婚約者の一人も作らなかったのがその証拠だ。


「いい加減、子どもの夢だったと割り切らなけらばならないかもしれないな…」


 そう呟くと、私は自分の執務室に戻った。今から王城でまた夜会が行われる、正直気乗りはしないがここにきて少し気持ちが楽になった。私は幼い頃の美しい記憶を胸にしまい中庭を後にした。




 しかし、この夜会で私は大きな失態を犯すことになってしまう。あぁ…穴があったら入りたい…。

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