第10話 田舎令嬢と吹っ飛ばされる王子
さて、親父が帰ってくるまではまだ時間もある、それまではマリアに頼んで殿下を見てもらおうか。
本来、貴族の家なら大勢の使用人が使えているのだが、ルーデル家は家の資産のほとんども領地の内政費に回しているため他の貴族の家に比べてかなり慎ましい生活をしている。そのため使用人を雇うことも難しく、数人しか使用人がいない。
父親付きの執事と母親が実家にいたときからの侍女、ケイネストの秘書兼侍女のマリア、この三人だけである。そのため普段の火事は家族が分担してやっている。
正直、貴族ではなく大きな家に住んでいる、少し裕福な平民のような暮らし、それがルーデル家なのである。
「それじゃあマリア、殿下にお茶と何かおかしを用意して頂戴」
「かしこまりました」
「ああ、大丈夫です、こちらから押し掛けたのですからお気遣いなく」
無理に決まってるだろ!あなた王族、私貧乏貴族、お分かり?
「流石に殿下相手に気を使うな、なんてことはできません、父上が戻るまでゆっくりお待ちください、私もこれから用事がありますので…」
この後は師匠との修行なので早くこの場からいなくなりたい、今日は一瞬のうちに九つの急所に拳を叩き込む技を習う予定なのだ、楽しみで仕方ない。
「用事というのは…武芸の稽古ですか?」
なぜそのことを!ってそういえば最初の時にオブライトおじさんから聞いてたって言ってましたね。
「ええ、なので申し訳ありませんがここで私は失礼します」
「私も見学していいですか?興味があります」
やだ!なんて言えないよな…王族だもんな…。
「ししょ…先生にお聞きしてみますね、気難しい方ですから…」
「もちろんです」
師匠は気難しいというより変人だけどね。
「それでは中庭のほうへ行きましょう」
部屋を出て、中庭に向かう、二人の間に気まずい沈黙が流れた。
なに話せばいいんだよ!まだ頭の中混乱状態だよ!でも…話題なんかあるか?「今日畑の面倒見てたら近所の子供が肥溜めに落ちて皆で爆笑しました」なんて話王子様にするわけにもいかないし…。
「そういえば」
「ひゃい!?」
変な声でた。
「話し方、無理していませんか?」
何!俺のなんちゃってお嬢様言葉がばれたか!
「ええまぁ。何度も申し上げたとは思いますが、今まで王族の方々にお目見えする機会はありませんでしたからいささか緊張しております」
ちなみに嘘ではない、めちゃくちゃテンパってます。
「緊張というか、何時もの言葉遣いをどうにかして丁寧な言葉に変えようとしている感じがしましてね」
ビンゴです殿下、名探偵になりますよ。
「押し掛けたのは僕の方ですし、それに偽装とはいえ婚約者なのですから肩ひじ張らずに接してもらっていいんですよ?」
「…本当の話し方は大分乱暴というが、男勝りですので府警にあたるかもしれないのですが」
「構いません、楽になさってください」
そこまで言うなら…。
「わかった、んじゃ楽にさせてもらうぜ、さっさと中庭に行こうや」
「…男の肩のような話し方なのですね」
殿下の綺麗な深い空色の瞳が見開いた。端正な顔立ちが少し崩れて面白い、これは口に出せないけどな。
「昔から男勝りの性格で、近所の子供たちと山とか野原駆け回って育ってきたからな、貴族のご令嬢らしい振る舞いとか言葉づかいからは無縁だったのさ」
母さんはそれでも頑張って礼儀作法を身につけさせようとした。その甲斐あって礼儀作法は身についたが言葉遣いだけはどうしても前世の記憶があるからかなれなかった。
「いやなら話し方もどすけど?」
「いえ、大丈夫です、周りにそういった話し方をするかたがいなかったのですこしおどろいてしまいました」
それ遠回しに「君変人だね」って言ってません?
「それじゃさっさと行くぞ、師匠怒らせたら後が怖い」
「わかりました、行きましょう」
「おう小娘!…と誰だそいつ?見ない顔じゃが…」
「うっス師匠!」
「はじめまして、ファジエルド王国第2王子、ジーク・ファジエルドと申します」
「ほう、王子様か、こんな何もないど田舎にわざわざ来るとは変わったやつじゃの」
「なんにもないど田舎で悪かったな…」
「隠居生活にはもってこいじゃよ」
ふぉっふぉっふぉとご自慢のヒゲを撫でつつ高笑いした。まるで仙人みたいだな。
「それより小娘、貴様そんな格好で修行するのか?」
言われて気づいた、殿下の前で流石にザ・農民☆な格好で行くのはあれだからそこそこ小綺麗な(貴族的にはかなり質素な)ドレスを着ていたのだった。
「あー、忘れてた、すぐ着替えて来る!」
急いで自室まで全力ダッシュ!普通の令嬢と違って着替えも一人で出来るし炊事洗濯なんでもこいなのでマリアも俺を止めない。
殿下と師匠とマリア、この三人だけ残して一体何の話をするのだろう、と着替えながら思った。
中庭に戻ると師匠と殿下が組手をしていた。
…ってちょっと待てぃ!
「師匠!何やってんだよ!この人王子だよ!?怪我させたらどうすんの!」
「いやー、話をしていたらワシの武術に興味があったらしくてな、少し教えたら筋もいいのでの、それで楽しくなって一試合どう?ってなったのじゃ」
そんなちょっとマッ○よってかない?ぐらいのテンションで王子を組手に誘うな!アンタ化け物みたいな強さなんだから!というか結構激しく打ち合ってるのに普通に会話してる、殿下は結構必死なのに。
「というか意外と強いな殿下」
見ている限り師匠は手加減して四割程度で相手しているようだけど殿下が押し気味だ。
この世界の住人はみんな強いのだろうか?
「…暗殺ならなんとかいけますかね…」
「マリア、物騒な発言禁止」
お、いいカウンターが殿下に入った。5メートルぐらい吹っ飛ばされたんじゃない?
「って殿下ぁ!?」
幸いにも怪我はなかったようだが、師匠…俺の家潰す気なのか?
「いやーすまんすまん、なかなかやるもんで熱くなってしもうたわ」
「とはいえ限度があるだろ!怪我はないですか!」
「あ、ああ大丈夫です、もう少しいいところまで行けると思ったのですが、まだまだ鍛錬が足りませんね」
「ふっ、剣士にしてはよくやった方じゃわい、それに身体強化の魔法か?どちらも中々の使い手のようじゃな」
へぇー王子って剣と魔法を使うんだー。
って魔法!?本当!?初めて聞いたよ!?
「うむ、準備運動も終わったことじゃし、小娘!今日は一瞬で相手を葬る〈九影掌〉の伝授を行うぞ!」
「お、押忍!」
魔法について色々聞いてみたいー!あとで色々聞いてみよう!
1時間後、無事九影掌は習得した。その様子を見ていた王子が「人間ってあんな動きできるんですね…」と呆然としていたのはいうまでもない。
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