第9話  田舎令嬢と来てしまった王子

 あの「王子抹殺計画事件」から2週間、すっかり日常に戻った。

 母さんも帰ってきて事情を説明しなんとか落ち着いた。

 ちなみに母さんは「亡骸を隠すのにピッタリの場所を紹介してもらったわ~」と笑顔で言っていた。一番物騒なのは母さんなのかもしれない。


 とはいえ偽装婚約のことも家族に説明したので余計な誤解もなく俺は今日も修行とガキどもとの遊びにいそしんでいる。

 ちなみに今日はいつもうちに野菜をくれる爺さんが腰を悪くしてしまったとのことなので畑の面倒を見ている。今日は雲一つない快晴だからとても気持ちがいい、野菜もすくすくと育ってほしいものだ。


「おーい嬢ちゃんや、そろそろ休憩せんかー?昼飯もあるぞー!」

「わかったー!今行くー!」


 抜き終わった雑草を隅に寄せ、爺さんが用意してくれたおにぎりと大根の甘辛煮を食べる。うーん相変わらず絶品!


 ちなみに米はもともとこの世界にはあったものなのだがこの国ではあまり知られていない。東の海の向こうにある国の名産物なんだそうだ。多分日本っぽい国なのだろう。

 どうしても米が食いたかった俺は村に滞在していた商人に頼み込んで取り寄せてもらった。そしておにぎりなどを作った。それを食った親父達がどはまりし、苗を取り寄せて領全体に普及させた。

 そのおかげで毎日米を食えるようになったのだ!まあ白米はいいお金になるので基本的には麦と混ぜて麦飯にするがこれもうまい、牛タンとか食いたくなるよね。

 まだ手に入ってはいないが醤油や味噌もほしい、焼きおにぎりをたべたいのだ。


「すまんね嬢ちゃん、若い女の子にこんなことさせちまって…」

「いいって!いつもじいちゃんにはおいしい野菜を分けてもらってるし、何より畑いじり好きだから!」


 この爺さんはこの辺では珍しい俺を女の子扱いする人だ。まあ前世が男とはいえ一応女の自覚はある(自称)。慣れてるし否定もしないけどたまには相応の扱いをしてもらいたい時もある。


 素手で成人男性5人を瞬殺できる女がいるか!by最近ぼこぼこにされた次男。


「あとは何すればいい?」

「収穫も水やりも雑草抜きしてくれたから後は大丈夫だよ、よかったら好きなの持っていきな、晩飯の足しにはなるじゃろうて」

「本当!ありがとう!足しどころか余裕でメインになるって!」

「ほっほっほ、それはうれしいのぉ」


 なに持って帰るかなー、かぼちゃもいいけどこの真っ赤になった甘いトマトもいいし、でもさっき食った大根もうまかったから大根もいいよなー。


 今夜の晩飯に思いをはせていると誰かが走ってきた。あのシックなメイド服は…マリアか。


「あ、アル様…は、早くお屋敷にお戻りください…」

「どうしたんだよマリア、血相変えて、ほら爺ちゃんの薬茶飲め」

「ありがとうございます…」


 お茶を飲んで落ち着いたのか息も落ち着きいつも通りのマリアになった。


「アル様、落ち着いて聞いてください」

「どうした?親父がまた脱走したか?それともミハ兄が何かやらかした?」

「…ジーク殿下がお屋敷にお見えになっております」


「…ふぁ?」


 思っていたより間抜けな声が出た。





「連絡もなしに突然押しかけてしまって申し訳ない!」


 急いで帰って、着替えを終え応接間に行くと殿下がまた土下座をしいていた。この人これが癖なのか?


「というか殿下!やめてください!前も言いましたがこんなとこ人に見られたらやばいですって!」

「これが一番謝罪の気持ちが伝わると思って…」

「そもそも王族が軽々しく謝っちゃダメなんですって!」


 今日はたまたまこの時間家族全員出かけていたからよかったけれど…。

 ようやく頭を上げた殿下と対面し、ソファーに腰を掛ける。改めてみるとこの人もすごいイケメンだな、まあケイ兄たちには負けるけど。


「それで?何故いきなりこちらまで?気が向いたからといって気軽に来れる距離でもないはずですが?」

「婚約の件で少し、いやかなり面倒なことになってしまって…」

「いったいどうしたんですか?」

「…父上と母上にこの婚約が偽装だと言えなかった」


 …おいおいおい。


「何故ですか?あれから2週間たっていますよ?」

「あの後すぐに王国直轄領でいざこざが起きてね、暫く王都を離れていたんだが帰ってみると…」


『あらジークちゃん!見て見て!イアンと二人で考えたの!』

『…母上、これは?』

『もちろんジークちゃんとアルトリアちゃんのために作ったお屋敷よ!』

『屋敷ではなく、これはむしろちょっとした城なんですが…』

『二人であれもこれもと考えたらいつの間にかここまで大きくなってしまってな、安心しろこれは国の予算ではなく私たちの資金で建てたから』

『そういうことではなくてですね!』

『あ!あとアルトリアちゃんに似合いそうなドレスとアクセサリーも買ったわ!』

『こ、これは北の鉱山からごくわずかしか取れないロイヤルルビーじゃないですか!それにこのドレスの素材って諸外国の王族にしか献上されない最高級の!』

『天使みたいな子だからねー、こういうのが似合うと思って』

『ようやくできたジークの婚約者だからな、出し惜しみはしないさ』

『安心してね、他のものも全部私たちの個人資産から出てるから』

『まだあるんですか!』



「…と、このような感じで、ここで偽装の婚約なんて知ったらあとの揺り返しが怖くて言い出せなかった…」

「うわぁ…」


 これは無理だ。怖くて想像もしたくない。というか陛下たちの個人資産ってどれだけあるんだ!?


「そして婚約者同士仲良くしなきゃだめだといわれ強引に馬車に乗せられてここに来たんだ…」

「なんというか…ご愁傷さまです」

「しかも僕が抱えていた公務のほとんどは終わらせられていて、1カ月はこっちで過ごせといわれてきたんだ、申し訳ないが滞在を許してくれないだろうか…」


 捨てられた子犬のような目で見られたら断れない…そもそもうちなんかが王族のお願いを断れるはずもないんだけどね。


「構いませんよ、ゆっくりなさってください」

「本当に済まない」


 あ、でもこの前までうちは王子抹殺計画を遂行しようとしていたんだった、殿下大丈夫かな?





「この日のために調合した一滴で全身から血を噴出して死ぬ毒の出番っす!」

「やめんか!」


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