第8話 田舎令嬢と師匠

 結局あの後数発親父達をしばいて何とか話ができるところまで正気に戻し、王都で起きたことと殿下と交わした婚約(というか契約?)について説明、そこまで話してようやくおかしなテンションが落ち着いたようだ。


「よかった…私はてっきりアルの美しさに殿下が一目ぼれしてしまったのかと…」


 確かに俺の今生の見た目は美少女だといっていい、母さんに似た腰まで伸びた艶やかな白金の髪、目元は親父に似て少し釣り上がっているが深い紫の瞳が神秘的な印象を与える。スタイルも、まあ胸は控えめだがしなやかな筋肉がうっすらとついており健康的な肢体だ。

 とはいえ両親も二人の兄も(性格はともかく)まるで漫画の世界のイケメンを実際に再現してみましたと言わんばかりの超絶美形、正直俺なんかとても霞む。

 しかもこの世界の人物はほとんどが漏れなく美形ぞろいなので前世では間違いなく美少女の容姿でもここではよくて中の上、それが俺の自分の外見に対する評価だった。


「とはいえあの変わり者のイアンの息子だからなぁ…何が起こるかわからん…」


 親父が言えたことかよ!


「念のため半身マヒぐらいにしておきます?」


 マリアはまだあきらめてなかった!?というか物騒すぎること言うなよ!


「と、とにかく婚約の件については人には言いふらさないように、今頃殿下も両陛下に説明しているはずだから問題なし!」

「…あのバカ夫婦がそんな話聞くとは思えないけどな」


 親父が何やら不安になる人ことを言った気がするが空耳だろう。


「それより長旅で体が鈍ったから師匠の所で体動かしてくる!」

「じゃあ俺も…」


 ここまで空気になりきっていたミハ兄が俺に続いて部屋を出ようとしたが怖いぐらいさわやかな笑みを浮かべたケイ兄に肩をつかまれた。


「ミハエル、君には聞きたいことがあるから残ってくれないか?」

「い、いやー長旅で体がバキバキだー早くほぐさないと剣の腕が鈍っちゃうなー」


 顔面を真っ青にしながら視線を泳がせて部屋を出ようとする。

 がピクリとも動かない、ケイ兄も結構力が強いのだ。


「そんなに心配なら父が久しぶりに稽古を付けてやろう、それでは不満かな?ミハエル・ルーデル?」

「あ、あははは、それは光栄です…」

「そういうことだからアル、君はカイエン殿のところに行きなさい、ああマリア、君もついて行ってあげなさい、飲み物着替えが必要になるだろうからね」

「かしこまりました、ケイネスト様」

「よし!じゃあ行こうかマリア!」


 部屋から出て扉が閉まる瞬間、ミハ兄が助けてほしそうにこちらにこちらを見つめているように見えたが気のせいだろう。

 いいなーミハ兄、親父と手合わせできるなんて、俺なんかしばらくしてもらってないのに…。

 何はともあれ、師匠が鍛錬しているであろう中庭に向かった。




「…さてミハエル」

「いろいろと、話をしよう」


 氷の微笑みを浮かべる二人を見て、ミハエルは乾いた笑いをこぼした。


 翌日、ボロボロになったミハエルが門前に放置されているのを誰も見て見ぬふりをしていた。




 中庭に出ると、野草園の近くで体を動かしているロマンスグレーの髪色をした男性がいた。

 リョウマ・カイエン、俺の武術の師匠で親父の古い知り合いだそうだ。


「師匠ー!」

「ん、おお!小娘!帰ってきていたのか!」


 こちらを見ると両手を上にあげて走ってきた。俺も同じように手を挙げて走る。

 普通ならこのまま抱きしめあったりするのだろう。


 お互いが間合いに入った瞬間俺は右のハイキックを繰り出す、わずかなステップでかわされ体勢を崩す。そこに拘束の左掌底がやってくるが顔を傾け躱し、その腕を掴み背負い投げの要領で5メートルほど投げ飛ばす。しかし地に臥すことはなく軽やかに着地した。着地隙を狙い突進、最速で拳を振るう、しかしそこには師匠の姿はなく、いつの間にか後ろに回られ首筋に手刀を振り下ろされる直前で止められる。


「…思ったよりは鈍ってはないようだな」

「道中で騎士さんたちと手合わせしたからな、でも師匠なら本気が出せるから楽しいや!」

「はっ!せめてワシから一本取ってからいうんだな小娘!」

「そんなこと言ってると痛い目見る、ぞっと!」


 左足を軸に高速回し蹴りを放つもよけられる。本当素早いおっさんだ。


「貴様はスピードと技術はいいのだがもう少しキレと緩急が足らん!修行不足じゃな!」 


 がっはっはと高笑いをされた、くっそー!悔しい!


「このレベルで足りないとかお嬢様をどうするつもり何すか…」


 マリアが思わずといった風につぶやいた。ちなみにこの一連の攻防は王立騎士団でも見きれるものは少ない、それほど高速でハイレベルのやり取りだったのだ。

 マリアは(なぜか)毒物や暗殺が得意だが純粋な白兵戦は一般人より少しできる程度のレベルなのでこの攻防を全ては理解できてはない。ちなみに常人では反応できないフェイントなどもあの中に組み込んでいる、本当にこの人は貴族の令嬢なのだろうか?


「今度はぶちのめす…師匠!早く修行しようぜ!」

「よいじゃろう!今日は貴様のその非力を補うため体内で力を練りこみ内部から破壊する技を伝授しよう!」

「なにそれかっこいい!早く教えてくれよ!」


 こうしてアルトリアは加速度的に強くなっていく、これがこの家での日常の一つだった。

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