幕間 旋律の手紙

 アルが王都に向かってから9日がたった、アルは大丈夫だろうか、悪い男に引っかかっていないだろうか、あの子は見た目もさることながら人を引き付ける魅力がある、心配だ…。


「はいはいケイネスト様、アル様のことが気になるのはわかりますけど拗らせすぎたシスコンはそれぐらいにしてさっさとお仕事しやがってください」

「…君は相変わらず口が悪いね」


 私の秘書兼侍女、マリア・イングラム。彼女は元々スラム街の生まれだったが昔のある事件がきっかけで彼女は我が家に引き取られることになった。その時にもアルが大活躍、というか一波乱を起こしたのだが、それがきっかけで私に対しては雑に、アルに対しては丁寧に扱うようになった。


「スラムの生まれっすからねー、育ちが悪いのは仕方ないっす」

「君が公の場やアルたちの前では完璧な侍女としてふるまっているのは知っているんだ、私に跪けとまでは言わんがもう少し…」

「ケイネスト様はすごいお方っすけど残念臭がするっす、ダメンズってやつっす」

「…さっきから気になっているんだがしすこんとかだめんずとは何だ?」

「アル様に教えてもらったっすけど前者が妹が好きすぎる人のことで後者がダメな男ってことらしいっす」


 後者はむかつくが前者はいい言葉じゃないか、今後公の場で名乗るときシスコンのとでもつけて自己紹介しようか…私の妹に対する愛を大勢に知らしめることもできるしな。


「少なくとも褒め言葉じゃないんでやめたほうがいいっすよ」

「…自然に人の心を読むのやめてくれないかな」

「単純なケイネスト様が悪いっす」


 アホっす、と表情も変えずに言い切る。…何かマリアの気に障ることでもしたのか?いつもよりとげが鋭い気がする。


「さあさあ早く仕事を片付けてください、じゃないと私の至福のごろごろタイムが短くなるっす、ちゃきちゃき働くっす、馬車馬の如く」

「相変わらず適当だな君は!」


 いつも通りのやり取りをしているとノック音が聞こえてきた。


「郵便です、ケイネスト・ルーデル様はいらっしゃいますか?」

「少々お待ちを、ただいま伺います」


 ソファーの上で横になっていたと思っていたらいつの間にか扉の近くに移動している、背筋もピンと伸ばして見た目は立派な侍女だ。…この身代わりの速さも見慣れてきたものだな…。


「これ、伯爵家あての手紙っすね、なんでこっちに届いたんですか?ふつうお屋敷に届きません?」

「ああ、今はまだ家長は父上だが次期後継者としての教育の一環として家に来た手紙も私がチェックして案件を解決することにしているんだ」


 ちなみに今は屋敷の近くの村にある役場にいる、いかんせんうちの領は貧乏なので様々な業務も私が自ら行っている。貧乏暇なしというやつだ。


「ん?これは王家の紋章だな、珍しいな…」


 ルーデル領は王都からかなり離れていて基本的には各地の領主に自治権を全て委任しているため王族から何か連絡が来るのは視察や緊急を要する用事などでしか連絡が来ることはない。


「もしかしてアル様が何かしでかしたんですかね?」

「いくらお転婆のアルでも王都で粗相なんかしないさ」


 ・・・・・・・・・・・・・・・。


「どうしたっすか?おーい、シスコン拗らせ兄貴ー?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・。


「…一体何書いてあったんすか」


 手に持っていた手紙をマリアが取り上げた、すると彼女も固まった。

 そうだろう、私だっていまだ現実に帰ってこれないのだ。


「…アル、様が、婚約?」


 差出人は…王妃殿下、つまりこれは冗談などではなく本当のこと。


「…マリア業務の進捗は?」

「急ぎの案件はなし、治水工事の書類と今季の税率に対しての起案書が残っています」

「その程度ならフィリップに任せよう、あいつなら問題ないさ」


 フィリップはこの役場に勤めている役員だがアルが幼い頃に行き倒れているフィリップを見つけ保護し、それから恩返しと生きていく基盤を固めていくために公務を行ってくれている。


「確か彼は今案件を複数抱えているはずですが」

「一つ二つ増えたところで変わらん、押し付けろ」

「かしこまりました」


 後で休暇を増やしてやろう、それよりこの件を両親に伝えいち早く対応せねば。


「伯爵夫妻は屋敷にいらっしゃるはずです、今日は何もご予定はありませんでした」

「よし、早速帰るぞ、マリア、お前も今回の件は協力するな?」

「もちろんです、可愛いお嬢様を王子なんかに奪われてたまりますか」


 人に散々しすこんだの言っていたがマリアもアルのことを深く愛している。幼い頃に家で保護してから実の姉妹のように過ごしてきたからな、本来ならアルの侍女になりたかったらしいが人手不足と賃金不足で多く使用人を雇えないため私の秘書兼次女として優先されたのだ。


「…父上たちに伺いを立てなければどうするかは決められないが」

「ええ、いざというときは」


「「王子を潰す」」


 お互いの思いを確認しあい、屋敷へと帰路についた。




「今日は久しぶりに定時で上がれると思ったんだけどな…」


 フィリップは自分の執務室で天を仰いだ。

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