第4話 田舎令嬢と土下座王子


 あの後、俺は客室に通され朝を迎えた。王城のベッドはとてもふかふかしていてすごく気持ちよく眠れた。昨日の晩餐会のことを思い出す、うんやっぱりあれは夢だ。きっと今頃俺は宿屋に戻ってミハ兄と食べ歩きでもして楽しく王都を満喫していてー。


 考えに耽っていると客室の扉が勢いよく開いた。


「あ、アル!元気だったか!」

「お、ミハ兄おはよう」

「おはようじゃないぜ全く…なにのほほんとしてんだ」

「いやーなんか変な夢見ちゃってさ、王子が俺と婚約するとかなんとか」

「…認めたくないのはわかるが現実だぞ、起きれ」


 べしんと雑に俺の頬を平手打ちする。


「いってえな!なにすんだこの野郎!」

「うし目が覚めたな、ならさっさと準備しろ」

「何の準備だ?というか何するんだ?」

「王子がお前と話がしたいとよ」

「…マジかぁ」

「マジだよ、とりあえずお前はおとなしくしてろ、基本的には俺が王子と話する」

「なんでだよ、これは俺の問題だろ?口挟ませてくれよ」

「どうしてもという時はいいが基本的には俺が話す、お前がぼろ出して王族の方に無礼を働いたら間違いなくうちの領地が危ない…」


 ミハ兄が珍しくまじめな顔で言っていたので今回はおとなしくすることに決めた。



「本ッ……当に申し訳ない!!!!!!!!!!!!!」


 準備を済ませ呼ばれたという部屋にミハ兄と二人で入った瞬間綺麗な土下座の姿勢で待ち構えていたジーク王子が床に頭をこすりつけていた。


「ちょ、おま、やめろって!こんなとこ他の奴らに見られたら家族全員処刑されてもおかしくないって!」


 ミハ兄が大慌てで王子を立たせようとするがびくともしない、結構鍛えられているようだ。


「本当、自分の失態に巻き込んでしまって、申し訳ない、申し訳ない!」

「頼むから頭上げてくれよ!俺らまだ死にたくねえよ!」


 なんだこの地獄絵図…。



「…取り乱してすみませんでした、改めて自己紹介を、この国の第2王子、ジーク・ファジエルドと申します」

「南方の領地、ルーデル領伯爵、ギニアス・ルーデルの次男、ミハエル・ルーデルと申します」

「同じく、ギニアス・ルーデルの長女、アルトリア・ルーデルと申します」


 ここでようやくお互いに自己紹介をする。まさか晩餐会であいさつ出来なかったというのにここにきてすることになるとは。


「早速で申し訳ないのですが、今回の件について説明してもよろしいですか?」

「ぜ、是非とも、自分も妹も事態をよく把握していないものでして…」

「そうですよね、本当すいません、といっても情けない話なのですが…」


 王子の話を要約するとこうだ。

 ・いきなり王から明日からお前王位継承権1位だから諸々の政務とかやるようにと無茶振りされる

 ・しかも婚約者もいないとダメだろと言われ探すことになる。

 ・毎晩毎晩晩餐会、お茶会で付きまとわれていて精神的に参ってきた。

 ・そんな時に聞くに堪えない言い争いがおこる

 ・お酒も入っていたので我慢ならずキレた。


「つまり、ご乱心なされたと…」

「はい…本当申し訳ない…」


 王族も王族で大変なんだなーと俺は他人事のように眺めていた。


「と、ということはうちの妹との婚約はその場のノリだったので無効ということでいいでしょうか…」


 お、ミハ兄やっとそこを聞いてくれた、俺も生まれ変わって長いとはいえ未だに男と結婚とか、あんまり考えられん。


「そのことなのですが…」


 バツが悪そうに王子がこちらを見てきた。


「婚約は暫く継続してもよろしいですか?」

「な、なぜ!?」


 俺も思わず口に運んでいた紅茶を吹き出しそうになった、これで万事解決だと思ったのに。


「実は、今日の朝、いつもならおびただしい量の見合いの手紙と晩餐会やお茶会の誘いがひっきりなしにやってくるのですが、昨日の話が広まったのかぱったり来なくなったんです!いやー久しぶりに平穏な朝でした!」


 すがすがしい笑顔でそう言い放つ王子、王族って思ってたよりなんか人間臭いな。


「つまりお…私と形だけは婚約者になり、隠れ蓑にしたいということですか?」

「身もふたもない言い方をしてしまうとそういうことになってしまいます、厚かましいお願いだとは思います!しかしもうこれ以上は俺の心が持ちません!お願いします!」


 うーん、気持ちはわからんでもないし、俺も周りの眼とか考えると婚約者の一人はいないとおかしい年齢なんだよなー、まあ受けてもいいかな…。


「だだだああ、だ、ダメです!こいつを嫁に出すなんて!」


 かなり慌てた様子でミハ兄が椅子から立ち上がった。顔に脂汗がにじんでいる。おいおい、粗相するなって言ったのはどこのどいつだよ…。


「どうなさったのですかミハエルお兄様?これはあくまで外面上の話で本当に結婚するわけではないのですから大丈夫ですよ?」


 俺の全開猫かぶりお嬢様口調!なんかやっぱり気持ち悪い。

「そういう問題じゃない!というかジーク王子、あなた王子なのですから田舎貴族と娘と婚約なんて家格が合いませんよ!周りが疑います!」


「それは大丈夫です、王妃も北の地方出身ですし誰も不審には思いません」

「ぐッ…、というかそもそもなんでこいつなんですか!王子なら他の貴族の娘さんとかで偽装できたでしょう!」

「…僕の友人だと思っていた女性達は僕が王位継承権を担った時に真っ先にやってきて婚姻届けを無理やり押し付けてきました」


 遠い目をして虚空を見つめる王子、これはほかに何かあったな。


「他に、他に当ては…」

「僕に取り入っていろいろ暗躍しようとしている方なら山ほど」

「ぐぬぬ…」

「アルトリア嬢、この申し出受けてくれませんか?もし他に心に決めた人がいるのであれば素直に辞退しますし、婚約解消の後、代わりのお相手として私の友人も紹介することができます」

「一つ聞いてもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」

「なぜジーク王子はそこまで婚約したくないのですか?」


 どうにもこの生真面目な性格の王子様がただ煩わしいという理由で婚約者を決めないというのは疑問に残る。

 そもそも王族や貴族の婚姻は政略的な意味合いが強い、恋愛結婚も少ないわけではなくうちの両親も双方ともにラブラブの円満恋愛結婚だ。

 王族だからいろいろと考えなければならないこともあるのだろうがそれでも全ての見合いや婚約を断るというのはおかしい。


「…特に深い理由はありません、昔私が心を奪われた女性がいるのです」

「な、ならその人と婚約すればいいじゃないですか!」

「ミハエル兄様、少しお口が過ぎますわよ?」


 何をそんなに怖がっているのかは知らないがちょっとまずいぞミハ兄。


「それはもっともなのですが、その女性は10年ほど前に出会ったきりでして、名前も知りません」


 なんともうぶな恋心だ。いいねー俺もこんな恋をしてみたいものだよ。


「僕はあの時に出会った天使のような女性が忘れられません、しかし僕は王族です、そんなわがままばかり言ってはいられないのも事実です。アルトリア嬢、2年だけ、私が20歳になるまでは私の婚約者ということにしてもらえないでしょうか、2年たってその人を見つけられなかったら、諦めます」


 真剣な目をしてこちらを見つめる、その瞳には確かな思いが秘められているようだった。

 …男にここまで言わせて断るなんて男が廃る!まあ今は女だけど。


「ええ、わかりました、2年間婚約者としてよろしくおねがいしますわ、ジーク王子」

「こちらこそよろしくお願いしますアルトリア嬢」


 そして俺と王子は固く握手をしようとして…。


「あ!まだありました!王子!こいつ猫かぶりまくってるけど毎日武芸の練習を積んでいて素手なら俺でも勝てないぐらいのゴリラ女なんですよ!」


 と空気を読まずにミハ兄が叫んだ。


 ブチッ、と堪忍袋の緒が切れた音がした。


「いい加減にしろよこのアホ兄貴!!!!!!」


 鳩尾に正拳突きを放つ、思ったよりもいいところに入ったのか兄貴は声も上げずにぴくぴくと痙攣しながら床に突っ伏した。


 部屋の中に沈黙が流れる。痙攣するミハ兄、こぶしを握り締めている俺、何とも言えぬ表情でこちらを見てくる王子。


 …すまん母上、やっちまった。


「…クッ」

「え?」

「あははははっはははは!」


 何故か王子が高笑いしだした。気でも違えたのだろうか。


「い、いやすまない、聞いていたよりもとても愉快な方々だったので耐え切れなかった…」

「聞いていたって私たちのことを…?」

「自棄になって婚約者に選んだとはいえ何も知らないというのは失礼にあたると思いまして、隣領のオブライト伯爵にあなたたちのことを尋ねましてね、とても愉快で到底貴族とは思えない方たちだと伺いました」


 オブライト家は昔から仲良くしてもらっていて、俺はおじさんと呼んで良く懐いている。


「おじさんめ…帰ったら覚えてろよ…」


 帰ったらこの前教えてもらった新技の実験台にしてやる…。


「なのであなたたちの性格はある程度はわかっていたのですがむしろこちらのほうが戦々恐々としてましたよ」


 いつ鉄拳が飛んでくるかと思ってね、はにかみながら言ってきた、いったい何吹き込んだんだよおじさん…。


「はっ!川の向こうで父さんと母さんが手を振っていた!あれが三途の川か!」

「いや二人ともピンピンしてるから…」


 ミハ兄が悶絶状態から帰ってきたところで改めて今回の婚約者問題を占めることにした。

 俺は王子と婚約者になり、表向きは結婚を前提に進めているようにしてお互いにあまり関わらない、2年たっても王子の思い人が見つからなかったら婚約解消し諦めてきちんと婚活をする。俺が希望すればいつでもこの関係は終わらせることができ、その間の期間の補填として王子の友人を婚約者候補として紹介してもらう。

 俺としてはまだ気に踏ん切りが持ちつかないから別にいいんだがここは王子の好意として甘えておくことにした。


「それでは改めて、これからよろしくお願い致します、アルトリア嬢」

「こちらこそよろしく、ジーク王子」


 俺たちは握手を交わし、この偽婚約者の関係をしていくことになった。





「死んだ…確実に死んだ…兄貴と父さんになんて言えば…」


 死んだ魚の眼をしながら遠くを見つめ、ミハエルの身にこれから起こるであろう惨劇を想像し、ミハエルは泣いた。

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