人のための雨


「師匠! おはようございます、行ってきます! 」


 ベランダから先生の家族が歩いているのが見えた。そういえば今度遠くの科学館に行くと言っていた。「電車で行こうって提案したんです。大都市の中心部にある科学館だから、駐車場も狭いし」「えらい!」すぐさま答えた。先生と両親と妹、弟。

「すいません、いつもお世話になって、本当にありがとうございます」お母さんが大きめの声をだした。お父さんも頭を下げた。


以前先生のお母さんから

「本当にありがとうございます、前はいじめられることもあったのですが、今は誰とも話せるようになったみたいです」と言われたが、それはこちらもそうだ。

一人暮らしを始め、会社から帰ったら近所付き合いなどもない。仕事と趣味、それはいいが、結局雨具にしたって、自己満足だけではどうして終われないものがある。誰かに見てもらいたいのだ。でも「雨の日だけ派手な人」と一度笑われているのがわかって、大きな道を通らないようにした。

そんな時に会ったのが先生だった。


「すごいじゃない君! 」


褒めたものの、学校での彼の様子が気になった。それでまた大きな道、通学路を通るようになった。朝私と話す、そのことでちょっとでも気がまぎれればと思ったのだ。するとだんだん彼が元気になってきたのがわかって、うれしくなった。流行に敏感な女の子たちも寄ってくるようになって、子供は褒められると、いや誰でもうれしいものだから徐々に言葉を交わすようになった。

下から


「お姉ちゃん! 」また元気よく呼ぶ声がした。晴れた空にはよく響いた。

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