再会の雨


 会社まで徒歩と電車だが、幸運なことに大きな人の流れとは逆走することになっている。ホームでポンチョを脱ぐ十分なスペースもあって、急いで乗ってもギュウギュウ詰めでないので安心、今住んでいるところが自分には最高なのだ。そうして職場につく。

「今日のコーデのテーマは何? 森の中? 」

「素早さです、物を出すのに」

「どういうこと? 」朝のことは昼休みの話題になった。


 先生の予報は当たっていた。雨はそれほど強くはならず、まるで朝の出勤をそのまま巻き戻しているような感じだった。でも仕事帰りは圧倒的に中学生が多い、そうなると私の楽しみは半減する。安くて便利なビニール傘、男子女子かまわずだ。そういえば自分も中学生の頃は何かと忙しかった。部活、待っている高校受験、本人も親も、雨の日に気が回らなくなるのかもしれない、成長の通過点だ。

 まあ人のことはさておき、今度の夏のボーナスでゴアテックスの靴を買うかどうかを、私はずっと悩んでいる。先日同僚の登山好きの男性と靴屋に行き


「いいだろう、これだったら普段履きができるよ、突然の雨でもしばらくはいける」「お店の中なので、濡れてみないと」

「さすが雨好きは出てくる言葉が違うね」


 私たちの会話を店員さんも笑っていたが、とにかく靴そのものが最高級のシューズだから履き心地が違う。長靴も良いものはもちろんそうだ。足がすれそうなところにはちゃんとガードが付いていて、幼いころの私のようなことにはならない。

手軽に折りたためるような長靴も持っていて、これはフィールド用。もし雨を完全に防ぎたいのなら長靴がいいに決まっている。でもゴアテックスは確かにいい。今日の帽子でもわかった、蒸れた感がほとんどない。人間足元が濡れるのは嫌は嫌だ、蒸れるのも。

「でもこの帽子買ったばっかりで、どうしよう」と、グルグル回る遊具のようなこの時間が楽しいのだ。


 すると前から誰かがとてもゆっくり歩いて来たのが分かった。うつむき加減の自分はそれが中学生の女子の制服だとわかりはしたものの、顔も上げなかった。でも一人でいるその子が、あまりにも自分の横をゆっくり歩いているのがおかしいなと、過ぎ去った真後ろを見た。


するとそこには、今まで見たことのない傘が美しく広がっていた。


マスキングテープの色、色で言ったら自分と同じアイボリーになるが、素材は半透明、テープをそのまま貼ったような周りの模様もすべて中間色、そう、少しうっすらとして小学生のように強烈ではなく(車に注意を喚起するものだから、それは必要だとも思う)上品、でもいい意味で上品すぎない。多分値段もさほど高価ではではないだろう、中高生の女の子向きに最高の傘だと思った。


「カワイイ! カワイイ傘」


前はそんなことを口に出さなかった。でもそういわれて嫌な気になる人はいないと気付いてから、声に出すようにした。すると彼女も振り返って嬉しそうに会釈した。おとなしめの、礼儀も正しくしつけられてる子だ。制服がまだきれいだから一、二年生、もしかしたら私のことを知っていたのかもしれない。


先生が

「新しい傘を師匠に見てもらいたいって女の子はたくさんいるんです、方向が違うから残念がってますよ」声まで聞こえてくるようだった。

その子はにっこりともう一度深々と頭を下げて行った。私は買い物もそこそこに、家に帰って傘のことを調べたが、大きなメーカーから出ているものでないのか、まったく見つからなかった。

「可愛かった、ぜひコレクションに加えたいな」

日本も広い、自分もまだまだだなと感じさせられた。


 


 梅雨前線の停滞は、帰り道にあの傘と彼女の微笑みを見る機会を増やしてくれた。


 友達といるときは声をかけなかったが、ある日ちょうど一人だったので、コンビニでコーヒーを飲もうと誘った。案の定先生の言う通りで


「小学生の頃あなたに会う機会がなくって、わざとその時間をうろうろしたこともあったんです。この傘は叔母からプレゼントされたもので、私も大好きなんです、みんなも可愛いって言ってくれて」

しかしよく見るとちょっとカビが生えているところもある。

「漂白剤を薄めてね、まずは見えないところで試して、それから云々」とアドバイスした。その傘が気に入っているためだろう、熱心に聞いてくれ、メモまで取って彼女は帰っていった。

「雨の日を楽しむためにも手入れをしなきゃ。そのためにはカラット晴れた日がやっぱり最高」いいことは続くものだ、翌日は休日で、久々全国的な晴天になった。

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