小学生の雨
マンションを出て傘をさした。骨が多く広めのもので、アイボリー色。今は雨足は弱いけれど帰るころには強くなるという。ハット、最近数がほんとに増えたポンチョ(今日は茶系の格子柄)を着てその下にレインウエアのオレンジのズボンと深緑の長靴をはいているが、今は少し大げさかもしれない。しばらく歩いた。近くに小学校があるから道には子供たちもいっぱいだ。するとシャンシャンガシャンシャン、とリズムよく音がする。ちらっと見るふりだけすると
「師匠! おはようございます! 」
と男の子がもう自分の目の前で頭を下げている。
「さすが師匠、これから雨が強くなるから中度の完全防備ですね」
会ったころは四年生、今六年生だ、言うこともしゃれてきた。
「そうね、でも先生的にはどうなの?」
「先生はやめてくださいって、自分はまだまだです。でもどうかなあ、随分雨を降ら
せて上がってきた前線ですから、局地的には気を付けた方がいいかと思います」
そう、彼は今風に言うと気象オタク、とにかくその知識は私が到底及ぶものではない。そういう子供が最近多方面で増えている。見ようと思えばネットで映像を見、調べようと思ったら良い本もたくさん出ている。一度一緒に図書館に行ったこともあるが、その図書館は寄贈者がその関係なのか、素晴らしく気象の本がたくさんあった。彼はその本を熱心に読み込んでいるのだ、数年前から。
だから友達とは合わないのか、一人で雲の写真をとっているのを見かけて、何度目かで声をかけてみた。それ以来の仲だ。すると
「おはようございます、わあ、カワイイカッパ、ズボンの色がきれい」との女の子たちがやってきた。
「おはよう、ありがとう、みんなも可愛い傘さしてるわね」
「師匠を見習ってねよねー」顔を見合わせて女の子たちは頷いた。
「でも、ちょっとその柄大人っぽすぎると思うよ」先生の言葉に
「そうかなあ」と気にしているクラスメートの女の子。
「私新しい傘なの!」
いつ来たかと思うほど小さな子が誇らしげに言った。傘の先はみんな大きめの丸いプラスチック、それが色とりどりだった。子供が減っているとはいえ、最近の子供用傘はカラフルで、デザインもおしゃれだ、自分の頃とは比べ物にならない。それに子どもしか似合わないというものが確かにある。それを見るのも楽しみで勉強にもなる。
ふと道の反対側から視線を感じた。そこには幼かった頃の自分を見るような女の子がいた。傘も、長靴も古びていた。学校はそちら側なので、横断歩道をみんなで渡りその子の所に自分は近づいた。彼女が道に落ちている缶を拾って、捨てているのを何度となく見た。
「よかった、会えて」
私はポンチョを上げてバックからシールを取り出した。
「長靴に貼っていい?」とその子に聞いた、どこがいいかも。驚いたようにとても小さく首を縦に振った。長靴をティッシュで何度も拭いた後、足の甲の所に、小さい花のシールを張った。
「防水のシールですね、師匠」
「そうよ」
「いいなあーもらえて」
「良いことを誰も見なくてもやっているからよ、みんな知っているでしょう? 」
「うん」子供は素直だ。
これは何か月かに一回やる私の恒例行事、だが不定期。数年前、子供用のカワイイ防水シールが格安だったから買っては見たものの、使うことがない。そんなとき、ちょっと、いやかなり太めの小学生の男の子が一人で歩いていた。ぼーっと道にある空き缶の前で考えこんでいた。しばらくして拾って捨てた。その光景は
「先生に町をきれいにって言われた、どうせ大人が捨てたのに、ごみ箱すぐそこなのに、なんで僕が、もう」
そういう心の声が聞こえてくるようでおかしかった。雨の日に見かけたからシールを「いいことをしたから」とあげた。でもどうしていいかわからなそうだったので、勝手に長靴にシールを張ることにした。周りで見ている子にその子が何をしたか説明しながら。
すると後ろから
「ほらほら、学校学校、通行止めになってるぞ」
七十年配の交通指導員から注意されて、みんな雨の中ランドセルを濡らして走っていった。
「すみません」
「ははは、そう言っただけだよ、あんたいいことしてるね、ありがとうな。自分たちが特別扱いは出来んから。でもなぁ、最近の女の子はませとると言うかなんぁ」
「何か言ってますか? 」
「あのお姉ちゃんは雨の日だけおしゃれだと思ってたど、最近晴れた日もおしゃれになったって」
「ハハハ、晴雨兼用でかっこいいものが増えているんですよ、コートとか。それを普段に使ってるだけなんです、この帽子もそうです」
「そんなことかね、わしもこれをやっとるからね、雨の日は濡れたら疲れる」
「本当に、ご苦労様です」
少しずつ関係が広がる、私はそんなゆっくりとしたものが好き、これも雨のお陰だ。
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