昔の雨


 雨が先か雨具が先か。正直この点は、どちらが先かは覚えていない。ただ幼いころ、とてもなくうれしいことがあった。私には父も母も兄弟もいたけれど、いろいろな事情が重なり、幼いころは決して裕福ではなかった。みんなが持っているゲーム機が買ってもらえなかったり、ほとんどのものが手作りだったり。家では言えなかったがちょっと恥ずかしい思いもした。

そんな時、たまたま商店街のショーウインドウに飾ってあった長靴が、私を虜にした。派手さのない薄いオレンジ色で、その中に白い中くらいの花がチョンチョンと、足の甲の上や長靴の上の方でちょっと切れたようについていた。左右対称ではなかったのにも驚いた。アクセントのように花の茎は茶色で、よく見るとちょっとだけ全体にラメが入っている。母は


「お前も大きくなったのね、そんな大人っぽいデザインのものがいいの? 」といった。

町にいくたびその長靴を眺めた。大人用だったが、はいても足が抜けるような大きさではない。でも、その真横にある小さな値札は、ため息とともにどうしても目に入り、ちょうど梅雨前だったので、案の定、本番を迎える頃にそこからなくなってしまった。

 その年の梅雨は、なんだかそれを履いているような気がして雨がうれしかった。私の長靴はいとこのおさがりでボロボロだったけれど。そんなある日、家に帰った私に母が

「どうしたの、ふくらはぎのところ、ケガしたの? 」見ると血が出ていて、そういえば長靴のその部分が当たって痛いなとは思っていた。

手当をしてもらったその夜、寝ていると何かの音がカサリとした。見ると枕元に大きな大きな包み、開けてみると、そう、あの長靴だった。


「ありがとう! お父さん! お母さん! 」私の誕生日はクリスマスの後、本当はサンタクロースのプレゼントになるはずだったと後から聞いた。それから次第に我が家の経済事情も良くはなって、高校、大学、就職と時はたち、今は30前、早いな、と思う。  

 さてさて、レインハットは色がカーキーだからな。深緑の長靴とレインウエア、そんなにひどくないなら、上だけでよさそうかな、いやいやポンチョ型、考えながら眠りにつく。おやすみなさい。


 

「よし! 」


 最近の天気予報は当たりすぎて面白くないという人もいるけれど、やっぱり当たった方がいい。傘はその朝決める。コレクションは数十本、いろいろな歴史がある。

最初は自分が楽しくなるような好きな絵柄だけで決めていたが、日陰でちゃんと乾かしてしまったはずなのに、錆が生地について以来、質と値段のバランスを考えるようになった。私は「使う派」なのだ。

それと私の仕事のためもある。私の会社はいろいろなものに刻印する機械を製造販売する会社で、実際に刻印もしている。傘の柄は実験台に最適なのだ。大きく名前を入れる、字体を変える、大きさを極小にして模様のようにしたりということもできる。つまりその部分の素材も考えなければならないのだ。でもそれはある種、私でさえ気の遠くなるほどの量の傘から選ぶ際の、わかりやすい指標にもなる。

朝食も終えて、雨はちょうどいいくらいのシトシト降り。ゆっくり歩けばそんなに濡れない。


「行ってきます、留守番よろしく」


 玄関にはあの思い出の長靴に、片方は犬のぬいぐるみを、片方は生花の時もあるし造花の時もあるし、その時気に入ったものを入れる。人を呼ぶと「おしゃれね」と言ってくれる。

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