第16話 向日葵の気持ち
文化祭から一週間が過ぎた頃、私はいつも通りのルーティンを終えて学校に行くために外に出ると、雨が降っていた。
なぜか私は、この雨で嫌な予感を感じていた。この後に何かが、あるのかはわからないけれど。
「行ってきまーす」
私は傘をさして小走りで家を出ていく。
百合さんのメイド姿を想像しながら。
文化祭以来私は、百合さんのメイド姿を忘れられないのだ。
だってだってあんな可愛い、姿忘れられるわけないじゃん!
そんなことを考えながら、私は分かれ道までは向かっていく。
分かれ道に着くとそこには、やはりいつも通り向日葵は待っていてくれた。
傘をさして、この寒い中私を待っていてくれていた。
そんな向日葵に私は挨拶する。
「向日葵ーおはよー」
「うん! おはよ」
向日葵はいつも通り私に、元気に挨拶を返してくれる。
「今日も百合さんのメイド姿考えながら、来ちゃったよ」
微笑みながら私がそう言うと、向日葵も笑顔で返してくれる。
私はここ一週間、毎日登校中に向日葵に百合さんの話をしているので、向日葵はまたー? と言ったかんじではあった。
「もう文化祭から一週間だよ? そろそろ別の話しようよー、部屋にもいっぱい写真あるんでしょ? お姉ちゃんの」
私は駄々をこねるように、返事をする。
「写真はいっぱいあるけどー、百合さんのこと話せるの向日葵ぐらいだし、もうちょっとだけいい?」
すると向日葵の表情は、いつもとは何か違う笑顔になっていた。
例えるなら百合さんに家で初めて会った日の帰り道での、向日葵の表情のようなそんな感じだった。
「お姉ちゃんより。葵の方が可愛かったよ、うん──ホントに凄く。可愛かった。」
「そう? ありがとう⋯⋯でも百合さんのほうが」
私のそんな向日葵の気持ちを全く考えていないその言葉が、向日葵の一言そして涙で遮られた。
「葵はいつもそうやって、お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんってお姉ちゃんじゃなくて、私を見てよ!」
向日葵が持っていた傘は、その時向日葵の手から離れた。
何も動かない私を向日葵は、壁に勢いよく押し当てる。感情に任せるかのように。
壁についていていた水滴が、私達に降りかかる。
人が、喜怒哀楽全てが混ざり合った表情をするなら、今の向日葵の表情になるのだろうそう感じた。
なぜなら向日葵は涙を流していて、笑っていて、手は震えていて、その手には力が入っていた。
私は何も言えない。
「今日学校終わったら私の部屋来て」
向日葵はそう言い終わると、落ちていた傘を持ち上げ、走って学校に行ってしまった。
私はしばらくこの場所を動くことができなかった。
何も考えたくなかった。向日葵の気持ちを考えられない自分に腹が立っていたし、悲しんでもいた。
本当は向日葵が考えていることはわかっていたのかもしれない。
初めて会った日。初めて家で百合さんと会った日。プールに行った日。向日葵の家に止まった日。文化祭の日。そして今日も私は向日葵の気持ちから目をそらしていた。
向日葵の気持ちを断ることが私にはできないと思い込んで、私は逃げていた。
向日葵の気持ちから。
逃げていた。
今思えば大河の気持ちを煽ったのも、大河と向日葵が付き合えば、私は向日葵のことを考えなくてもすむ。
とかそんな気持ちが、無意識下にはあったのかもしれない。
私は嫌な奴だ。嫌な女だ。最低な女だ。そんな私を好きになっていてくれた向日葵は、最高な女だと思う。
そんな考えをしながら、私は学校に向かって歩きだした。
私は学校では、誰とも会話をせずに一日を終えた。(もちろん向日葵とも)
学校が終わると私はゆっくりと、向日葵の家に向かった。
急いで行く気にはなれなかった。
向日葵の家の前に着いた私は、呼び鈴を鳴らした。
何も考えず。
すると呼び鈴に付いているスピーカーから声が、聞こえてきた。
「入って」
その一言のみだったが、私はドアを開いて家の中に入って行く。
玄関にあった靴は、一足のみだったので向日葵以外は家の中には、いないようだった。
私は、靴を脱ぎ家の中に上がり、そのまま階段を登り始める。
一段そしてまた一段と、ゆっくりと登る、いつものならもっと早く登る階段を噛みしめるようにゆっくりと登る。
部屋の前に着いた私は、トントンとノックをする。
部屋の中からは一言だけ返事が返ってきた。
「入って」
と。
私は部屋のドアを開ける。
部屋の中では、向日葵が座っていた。
悲しそうというか、今にも泣きだしそうというか、私にはとても説明ができない表情そして感情をしていた。
「座って」
向日葵はそう言うと立ち上がり、私に近づいてくる。
私はそんな向日葵を避けながら、今まで向日葵が座っていた場所とは、対になるように腰を下ろした。
するとそのタイミングで、ガチャっとドアの鍵を閉める音が聞こえた。
立ち上がった向日葵が、鍵を閉めていた。
「来てくれてありがとう──葵」
そう言ってくれた向日葵に私は、返事を返すことはできなかった。
「葵は、もうお姉ちゃんしか見えてないんだもんね。私と会話なんてしたくないよね。ごめん」
ごめん。そう口に出したかった。だけど出なかった。声が出なかった。
なんで出ないの! 声が声が声が声が声が声が声がなんで出ないの!
私は自分に怒っていた。
向日葵は何も悪くないのに、私が全部悪いのになんで、向日葵がこんなに困らなきゃいけないのか。
「葵ごめんね」
向日葵はそう口に出しながら私の元に走ってくる。
私はその向日葵の姿に恐怖を感じてしまった。
向日葵は私の元にたどり着くと謝りだした。怖いぐらいに何度も何度も。
「葵ごめん、葵ごめん、葵ごめん葵ごめん葵ごめん葵ごめん葵ごめん。私の勝手な気持ちに振り回してホントにごめん」
すると向日葵は、私の上半身の制服に手をかけて無理矢理脱がしていく。
抵抗しようと思えばできた。できたけど私にはできなかった。向日葵の動きを止めることはできなかった。
向日葵は私の制服を脱がしながらも、喋り続けていた。
「なんで葵は私を見てくれないの! なんで葵はお姉ちゃんにしか目を向けないの! 私を見てよ葵! 私を見て! お願いだから見て! 私は葵が好きなの。どうしようもなく愛おしくて、私だけのものにしたいのだから。お願い私を見てよ葵」
向日葵が喋り終わる頃には、私の上半身は下着だけになっていたが、私はそんなことは気にせず向日葵に抱きつく。
号泣している向日葵に強く強く抱きつき、喋りだす。
ここで声帯が壊れてもいいとそんな気持ちで、声を捻り出した。
「ありがとうホントにありがとう。向日葵が私のことをそんな風に思っていてくれるのは、ホントに嬉しい。けど。嬉しいけど。ごめん私は、向日葵の気持ちには答えられない。私は百合さんが好き。この前の文化祭でよりそう思った。だからここからはただの私のわがまま。向日葵応援して。前とは違うホントの意味で応援して」
私はとんでもなくわがままで、身勝手なことを向日葵に言ってしまった。
だけどこれが、私の本心。向日葵の気持ちには答えられないけど、私の恋は応援していてほしい。これが私のわがままで身勝手な本心。
「そうだよね。葵はお姉ちゃんが好きなんだもんね。でもありがとう、はっきりと言ってくれて。これで私も諦められる。」
そう言い終わると向日葵は私の体、から向日葵の体を離していく。
向日葵の表情は笑顔だった。満面の笑みだった。
しかしその目には涙を浮かべている。
私はもう一度向日葵に抱きつき、頭を摩る。
「ごめんね。ホントにごめんね」
そう言いながら。
帰りの玄関で私はバイバイの他に一言だけ付け足した。
「明日絶対あの分かれ道来てね」
私は笑顔をそう言って家に帰っていった。
家に帰った私は、大河の言葉を無視してすぐに自分の部屋のベッドに横たわってしまった。
「ごめんね」
そう呟いて眠りについた。
次の日の朝、私はいつも通りのルーティンを終えて外に出ると、雨が上がった後の青空が広がっていた。
「いって来まーす」
私は家族にそう挨拶をして、小走りに分かれ道に向かっていく。
分かれ道に着くとそこには、向日葵の姿があった。
私は嬉しくなり、いつもの何倍もの元気さで挨拶をした。
「向日葵おはよー!」
向日葵も挨拶を返してくれる。
「うん、おはよ」
そんないつもの朝、そんないつもの挨拶。
私達は、いつもの調子で挨拶をした。
だけど私達の間には確かに壁が、作られてしまった。
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