第五章10 『ソレイユとアリシア――二人の魔女』

 金色の火柱を打ち破った、白金の光も薄まり、

 今は、異端審問官アンリが目で見える。


「……あんた、マジで何者? あんたの魔法体系のベースとなる魔道書はただのオカルト雑誌、おまけにあんた……ソレイユじゃなくてアリシアじゃない。あんたの頭どうなってんの?! ひゃっははははは!」


「…………」


「あはははは。面白い、本当……あんたって、ほんっと傑作。自分をソレイユだと思い込んでいる精神異常者――アリシア! 素敵なモノを見せてくれてありがとう――シーユーネバーッ! クレイジーサイコ・アリシア!」


 杖を地面に打ち鳴らす。

 トン。一回――。


「……柳刃包丁を召喚……」


 アリシアは小柄な体躯たいくで駆け、

 そして、杖が地面を二度叩く前に斬る。


「……はあっ……?!」


 異変に気づいた時にはもう遅い、

 ――左腕からおびただしい量の出血。


「なあにいこれ、いっ……痛いじゃないっ!」


 包丁は、骨まではたっしていない。

 肉を2センチほど抉っえぐっただけである。


 それなのに、村正に胴体を

 両断された時よりも――痛い。


「これ――包丁。切れ味、とっても悪いの。だから簡単に死ねると思わないでね」


「こんのおっ!! クレイジーサイコぉおおおおおおっ! アリシアぁっ!!」


 金色のつえを二回、地面に打ち鳴らす。

 治癒の魔法が発動するはず。


「無駄。――果物ナイフを召喚。そして――投擲とうてき


 野球のボールを投げるような格好で、

 大きく振りかぶり、力任せに投げつける。


 クルリクルリと空中で回転して、

 右大腿部にブスリと突き刺さる。


 当たり所が悪かったらしく、

 尋常ではない血液があふれ出る。


 治癒不可能な怪我に焦り、

 異端審問官アンリはつえを二回打ち鳴らす。


 アリシアの直下に、術式が発動。

 金色の火柱がまさに、

 アリシアを飲み込まんとしていた。


「|気高き氷の精霊よ全てを硝子がらすに作り変えよ!!《Πνε?μα π?γου Αλλ?ξτε τα π?ντα στο γυαλ?》」


 アリシアの直下でいままさに

 金色の火柱が噴き上がろうと

 していたその地面が、ガラスのような

 氷膜によって、塞がれる。


「……えっ……まさか……?」


「にっひひひ。久しぶり、アリシア。元気にしていたにへ?」


「なんで? ……お姉ちゃんと私は銃に撃たれてあの日死んだ……それが


「細かい説明はあと。まずは目の前の敵を倒すために共闘するにへ」


 異端審問官アンリは、なにが起こっているのか分からない。

 ソレイユだと騙るかたる死者、アリシアと、

 射殺されたはずの姉、ソレイユがここに居る。


 ――だが、どちらも幻覚や魔法等ではなく、実体。


 死者同士のあり得ないはずの邂逅かいこう

 だがこれは幻想では無く――


「あっはははははは。意味分からねぇし、しゃらくさぇ!! ――てめぇら、これ以上動いてみろや。クソガキ共を一匹ずつ――焼き殺すっ! あっはははははは」


「……どこに居るのかなあ、子供?」


「はあああ?! だって、あんなに大勢居たし、あーしが逃げたら殺すって言っていたのに。えっ……なんでいないの?」


「ははは。あなた私にだけ夢中になって、周りが見えていなかったんだね。子供たちは村正が今頃、あんたの魔法の届かない場所に、避難させているよ」


「あんのクソ侍……。スーパークレイジーサイコ・シスターズをぶっ殺したあとに、ガキ共もあのクソ侍もクソガキ共も皆殺しだぁ!!!」


 悪鬼の如き形相で、つえを二回打ち鳴らす。

 すると、つえの先端にあった十字架が、

 アンリの手元まで下り、つばとなり、

 それは金色の剣と形状変化した。


「あっはははははは。あーしの身体能力はあんたよりも遙かに上回っている。そしてぇ、お前のクレイジーシスターの魔法は私の前では無効化される。これで再度、形勢逆転さぁねえ?」


速度加速アクセラレート強化兵装エンチャントウェポン堅牢性向上ハーデンボディ、にっひひひ。お姉ちゃんにもこのくらいの魔法は詠唱できるにへ。だって、アリシアが読む前に教育に悪い内容が含まれてないか、事前に読む必要があったからねっ!」


 アリシアの体が、赤色、黄色、緑色の光に包まれる。

 ――強化魔法の発動。


「お姉ちゃん、えっ……?! だって、文字が読めないって……?」


「ごめんね、あれはうそ。お姉ちゃん、アリシアの作った物語を聞かせてもらうのがとても楽しかったから、うそをついていたにへ。騙しだましていてごめんね」


 ちょっとバツが悪い感じでペロッと舌を出す。


 つまりは、ソレイユの

 独自解釈が含まれるため、微妙に差異はあるものの、

 アリシアの魔法体系を理解しているという事。


 先に動いたのは、異端審問官アンリ。

 横薙ぎよこなぎの斬撃を放つ。


 それを、アリシアはフライパンで防ぐ。

 だが、アンリの攻撃は一撃が重い。

 思わず、後ろずさる。


 強化魔法が無ければ、怪力無双の異端審問官アンリの

 攻撃を受けきる事は出来なかっただろう。


「あっはははははは。付け焼き刃の魔法と剣であーしに勝てるはずないのよっ!!」


 アンリは確かな手応えの感触を得て、

 冷静さを取り戻す。


 そして、目の前の獲物をどう

 調理しようかと考えを巡らせる。


 アンリは、ソレイユの登場に驚いたが、

 それでもアリシアとソレイユは自分が殺せない

 ほどの相手ではないと、再評価した。


「剣に形状変化させたわね。つまり――今のあなたには魔法が使えない」


「そう、そしてボクたち姉妹は二人とも魔法を使えるにへ。詠唱魔法は時間は掛かるけど、触媒を必要としない点はやっぱり便利にへ」


「しまッッ……ッ!」


 アンリが気づいた時にはもう遅い。


姉妹魔法ツイン・マジック――踊れ調理場の百の番人達ワルツ・オブ・キッチン!」


 ――が発動。

 

 事実を理解したのみが可能な、

 実体を伴った――


 そらから、寸胴ずんどう鍋が落ち、

 アンリの頭に覆いかぶさり視界を塞ぐ。

 今や彼女は漆黒の闇の中である。


 そら果物ナイフ、アイスピック、

 数々の包丁が雨のように降り注ぎ、

 アンリの体に突き刺さり、肉を抉り取るえぐりとる


 アンリは視界の見えない、

 暗闇の中で、降りかかる

 鈍い痛みに戦慄せんりつした。


 切れ味の鈍い刃物で、斬りつけられることは、

 彼女が今まで戦ってきた魔剣や、聖剣などに

 斬りつけられる時の痛みとは違う、

 嫌な痛みがあることを理解した。

 

 ――堪えがたい、現実的な痛みと恐怖。


 彼女は、そらから降り注ぐ、

 数々の刃物の痛みで何度か意識を失うが、

 そのたびに降り注ぐ、別の刃物の痛みで目を覚ます。

 

 彼女にとって、無限と思われる時間が流れ、

 そして、100本目の最後の柳刃包丁が、

 腹部に突き刺さり、その時には恐怖と痛みで、

 完全に肉体的、精神的に敗北していた。

 

 仰向けあおむけに地面によこたわる

 彼女の姿はまるでハリネズミのようであった


「お姉ちゃん――この人、まだ生きているかな?」


「にっひひひ。極悪人とはいえ、急所だけはボクが外してやったにへ。だから生きてはいるだろうけど、さすがにこの傷では流石にもう悪事は働けないはずにへ」


 魔法と、現実、両面で致命的な傷を負った、

 異端審問官アンリは、

 ――二度と前線に立つことはできないだろう。



「……お姉ちゃんは、私の……お姉ちゃんなの?」


「そう。ボクはアリシアのたった一人のお姉ちゃん。そして――同時に、今は仲間の魔女たちと共闘して別の世界から襲来する異端審問官たちを倒すとして活躍しているにへ」


「……異端審問官。他の世界にも居るんだ」


「まぁ……でも、ボクが戦っているのは、こんな性格がやべぇやつらじゃないけどね。こういう敵は、アリシアの情操教育じょうそうきょういくに良くないにへ」


「でも、名前が同じなのに、別な存在っていうのも――なんだか不思議」


「ボクが戦っているのは名前が同じだけで、全く別物。魔女の敵という一点だけは同じだけど、ボクのはもっとファンタジーっぽい感じ。それと、名前が同じ別存在というならアリシアだってそうにへ。。ほら、語尾も戻して。あとお姉ちゃんとしては、アリシアには笑って欲しいな」


「……お姉ちゃん……分かったにへ。こんな感じ?」


 は不器用に、笑顔を作る。


「にっひひひ。そうそう、そんな感じ。かわいい」


 姉妹は、お互いの無事を喜び抱きしめあった。

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