第五章6  『銀の十字架を担ぐ異端審問官アンリ①』

 ソレイユは、異端審問官との相性の悪さから、

 村正とツーマンセルで組むこととなった。


 ソレイユが、数の多い手下どもを魔法で倒し、

 村正が、異端審問官と戦うという作戦だ。


 村正自体は、妖刀の類いを手にしなければ、

 超常的な力を行使しない現実側の存在であり、

 対異端審問官に攻撃を通すことができる存在でもある。


 そして、ソレイユと村正が対する相手は、

 異端審問官アンリ。


 異端審問官アンリは、若い女性の異端審問官である。


 アンリは、ある村を襲い、性行為の経験の

 ある男女を魔女と断罪し……全て、

 十字架に磔にし火にくべ殺していた。


 彼女は、性を司るつかさどる断罪者。

 彼女が人を殺めてきた数は、異端審問官の中でも随一。


 彼女の記した『魔女論』の中に記された一文が

 彼女のその悪辣なる性質を理解するのにもっとも

 ふさわしいであろう。


『どんな地方にも、幾千、幾万もの魔女が庭虫のように地上にはびこりこっているのです。……私は全ての魔女をひと束に集めて、ただ一つの火で一度に全部を焼き殺せたらと思うのです』


 彼女が、魔女を焼く火刑柱を立てるのに忙しい。

 彼女が通った後の地をたどれば、魔女を縛り

 付ける刑架を幾万という数見ることになるだろう。


 魔女とは、性別のことを指すのではない。

 男女隔てなく、異端審問官アンリが

 断罪するものは、等しく魔女である。


 特に、性を司るつかさどる異端審問官アンリが

 殺す男女の比率はほぼ半々である。


 今、ソレイユと村正が訪れている村も、

 肉の焼け焦げるにおいが充満している。


 生かされているのは、幼い男女のみ。


「あはははははっ! サバトを行った魔女は皆殺しでぇす! その疑いがある者ももれなく火刑にしょしまぁす!!」


酷いむごいことを……貴様たちの目的は一体何なんだ。この虐殺の末に何を求める……仮にも神の名を語る聖職者なのだろ。貴様は」


「くっだらねぇ事を聞きやがるですねぇ。ただの街のお掃除ですよ。あなただって、道にゴミが捨ててあったらゴミ箱に捨てるでしょう? それと同じでぇす!」


「話に成らぬ。貴様が行っている行為は――一ただの虐殺だ」


「はぁん。あなたぁ、割れ窓理論ってしってますかぁ? 割れた窓を放っておくとお……治安が悪くなるんですよねぇ。ほら、現にこの街では絶対に犯罪が起きないほどに安全になっているでしょう?」


 にこにこと笑いながら楽しそうに語る。

 異端審問官アンリ。


「貴様は――物心つかぬ小童こわっぱしかいないこの村を、安全と騙るかたるか。それが本当に神に仕える物の行動と言えるのか」


「イエス・ザッツライトでぇすっ!! あはははははっ! 自分の快楽のために、性欲を貪る豚を人間とは呼ばないですねぇ。そういう穢れたけがれたやつらは早めに除菌しないと増殖してうざいじゃないっすか」


「お前も、両親から生まれた子だろ――アンリ」


「ちげぇっす。私の神聖なる――母は処女処女。つまり処女懐胎しょじょかいたいっす。汚らわしい獣の交わりで生まれたそこらのクソガキと、あーしを一緒にしないで欲しいですねぇ」


 異端審問官の、二重思考ダブルシンク


 非科学的な思考と、科学的な現実思考。

 矛盾した思考を併存させる異形なる思考。


 彼女の解釈では、アンリの一族は

 全員処女懐胎しょじょかいたいで生まれており、

 父親は存在しないことになっている。


 厳密に言うならば、彼女が父親は

 既に魔女として殺している。


「解せぬ――もはや、貴様と我との間に一切の問答は不要。なれば、この村正――貴様を滅する一振りの刀を振るう、悪鬼とならん」


 村正は刀の柄を掴みつかみいつでも

 抜刀可能な構えをとる。

 ――その構えには一切の遊びがない。


 異端審問官アンリは異形なる巨大な銀の十字架を掲げ、

 攻防の双方の機能を構えた武器として用いる。


 異端審問官アンリ、そんな物を物理的に持ち上げる

 ことが不可能な小柄な体躯たいくをしている。


 その小柄な少女が、自分の背丈よりもはるかに

 巨大な銀の十字架を担ぐ姿は明らかに常軌を逸していた。


 村正は、悪鬼の形相で異端審問官アンリの元に近寄り、抜刀する。

 異形なる十字架が、この強烈な一撃を受け止める。


 ――鉄と鉄がぶつかり合う音。


「無駄だって。そーんな鉄の棒きれで、このあーしの神聖なる十字架ちゃんをぶった切れるわけはねーんですよ。無駄無駄、無駄なんですよ無駄」


 村正は――語らない。


 相手を殺す事を目的とした戦いを――楽しまない。

 ただ、一歩前に進み、剣を上段から振るう。


 ――ガギィンッ!


 攻撃と防御の両方の機能を兼ね備える、金色の巨大な十字架。

 だが……異端審問官アンリは先ほどから受ける一方だ。


 そして、村正は更に横薙ぎよこなぎ一閃いっせんを振るう。


 村正が振るう刀剣により大気は震え、その殺気は、

 相手を物理的に殺すほどの鋭利な物となっている。


 ――ガァン!


 異端審問官アンリは、反動の大きさから思わず

 ノックバックしてしまう。


 普段の村正なら、その無様な様子を見て

 相手を愚弄する言葉の一つも吐いたかもしれない。


 だが――今日の村正は能面のような表情で、

 ただただ、刀を振るう鬼と化している。


「なに……こいつ、ただの巨漢の男のくせに……」


 異端審問官アンリも、目の前の男に対しては、

 物理攻撃ではなく、タリスマンを用いた、

 魔術攻撃に切り替えなければ、まずいことは理解していた。


 ――だが、村正はその隙を一切作らせないのだ。


「――ヒビだな」


「……えっ?」


 異端審問官アンリはこの男が何を言っているのか分からず、

 素っ頓狂な声をあげてしまう。

 だって、そんなことがあり得るはずがないのだから。


 ――そして、村正もそれ以上は言葉を続けない。


 村正は、刀をさやに戻す。

 最速の剣戟けんげきを放つ、

 村正の持つ最速にして――最強の一撃。


「神の代行者たる異端審問官アンリの名において、貴様を断罪する物なりっ!! 死ねぇ村正ぁあああああ!!!」


 上段から振り下ろされる、銀の十字架。


 この直撃を食らえば、プレスマシンに

 潰される車のように人間であれば、

 圧殺されるであろう重量の一撃。


 その振り下ろされる瞬間は、村正は確認した後に、

 さやから抜刀する。


 つまりは、村正の攻撃は……圧倒的不利な

 後出しの一撃。


 村正のあまりの速度にさやの中で

 バチバチと火花が散らせ、さやから

 抜きだされた刃渡り2メートルの長大な業物が、

 銀の十字架とぶつかり合う。


 ――ザンッ


「……はれぇっ……?」


 鉄のぶつかりあう音はしない。


 彼女の信仰する銀の十字架は真っ二つに

 両断され、地面に落ちる。


 ――そして、村正は残心ざんしんしたまま動かず――語らず


 少し遅れて、異端審問官アンリの腹部から

 うっすらと血がにじみ出てくる。


「……へは……掠っかすっただけじゃん……びびらせやがって」


 その言葉の後に、腹部から激しい

 鮮血が文字通り噴き上がる。

 

 アンリは自信の視界が徐々に

 ずれていることを理解した。


 ずるりずるりと音をたて、両断された胴体は、

 前屈みまえかがみに地面にグチャリと音を立てて落ちた。


 アンリは生まれて初めて土の味を知るのであった。

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