第五章7  『銀の十字架を担ぐ異端審問官アンリ②』

 異端審問官アンリは銀の十字架もろともに、

 胴体を一文字に切り裂かれ、

 アンリの顔は地面に付いている。

 

 ――初めて知った土の味。


 異端審問官アンリの足元には、

 血の池ができており、

 明らかに彼女が死んでいることが分かる。


 地に伏す異端審問官アンリは、今際の際いまわのきわに何か

 言い残す言葉でもあるのか、モゴモゴと口を動かす。


 村正は、せめて苦しませないように

 と介錯かいしゃくのために近づく。


 その村正に対して、アンリはまるで

 子供のように、べーっと舌を出す。


「ひきき……残念でしたぁ……」


 ベロの上には、500円玉硬貨のような円形の物体。

 ――信仰の象徴たるタリスマン。


 いざという時のために口に含んでいたのだった。


「……メシアは一度死にぃ、復活してこそぉ――メシアなりぃっ!」


 地面に這いつくばるはいつくばる彼女の肉体が、

 金色の火柱によって燃え上がる。


 そして、金色の炎が消えると、

 そこから、何も無かったかのように、

 異端審問官アンリが現れる。


 ――その光景はまるで手品のようであった。


 前の姿と違うところは、手に持つ獲物。

 今は先端に十字架の意匠を施した、

 金色のつえの形状に変化している。


「――何度蘇ろよみがえろうと無駄だ。その度に切れ伏せるのみ」


 村正の一閃いっせんは魔法をも切り裂く。

 事実――彼は過去にソレイユの火球を両断している。

 だから、未だいまだ勝機は彼にある


「あはははは。あんたは堅物そうだしねぇ、あーしもそーいうと思ってたのよぉ。だからあーしは、以後一切、あんたと戦ってあげない。まずはデモンストレーションに、あんたがあーしに手を出そうとしたらどうするか教えてあげちゃうわぁ」


 異端審問官アンリは、金色のつえをトントンと

 二回地面に打ち付ける。


 そうすると、遠方の方で見ていた幼子たち

 直下から金色の炎柱が噴き上がり飲み込んだ。


「……な……なに?! 貴様……何を?!!」


「あはははは。いい表情……ねぇ? つまり、こういうこと。わかった? 村正くん。もしあーしに以後、手を出そうとしたら、ほかのクソガキ共から先にぶっ殺すから。こうやって杖をトントンって着けたら殺せるから」


 別の地点で、金色の火柱が噴き上がる。

 何の罪の無い子供が意味もなく3人焼け殺された。


「そしてぇ。クソガキ共も、その場から逃げ出したらパパやママと同じように焼き殺すから覚悟していてね?」


「貴様――仮初めとはいえ、神に仕えるものとしての矜持きょうじは無いのか。この子供たちは、貴様の歪んゆがんだ基準からみても明らかに断罪の対象には該当しない。いかなる所以ゆえんがあっての殺戮か」


矜持きょうじぃ? はぁ?! 魔女になる可能性がある奴らに対して容赦なんてするはずないじゃん。まだクソガキ共は、肉欲を知らないだけで、将来はどうなるか分からない。だからまぁ、青田刈りみたいなもんすよぉ」


「貴様――元より、わかりあえぬと思っていたが、ここまでか……ここまで」


 奥歯をギリギリと音を立て、鳴らす。

 だが、彼女の言うとおり、村正にはもはや何もできない。

 つまり、人質を使った脅迫は抑止力として有効だということ。


 村をこのアンリとともに、襲撃していた他の手下を

 打ち倒し……いま正に、村正と合流を果たす。

 そして、意思疎通テレパスの魔法で村正との交信を行う。

 

《村正、ありがとう。異端審問官相手に、任せきりですまなかったにへ。ここはボクに任せるにへ。そんでボクが時間稼ぎをしているうちに、気づかれないように子供たちを可能な限り遠くに避難させるにへ》


《……ソレイユ殿、おぬしの魔法は一切聞かないぞ……それを知っての言葉か?》


《はは……もちもち。ま、可能な限り時間稼ぐにへ。時間が無い、村正。子供たちの後ことは任せたっ!》


 その言葉を意思疎通テレパスで村正に

 伝えたあとに、ソレイユはアンリを睨みつける。


「異端審問官アンリ。おまえの相手は村正じゃなくてボクにへ。漆黒の業火よ汝の敵を滅せよΑς καταστρέψουμε τον εχθρό, μια τζετ μαύρη φωτιά.


 漆黒の火球が、ソレイユから放たれる。

 その火球は、アンリに近づくに比例して縮小し。


 まるでマッチの火のように、衝突する前にかき消えた。

 ソレイユの放った魔法を見て、アンリは吹き出す。


「あっはははははは。なあにい? それぇ? 真面目にやってるつもりぃ? あーしにぶつけるつもりあるんすかぁ?」


 元より、神秘を解さない異端審問官にとって、

 異なる信仰により生み出される魔法は無効。

 だから――届かない。


「なら――これなら、どう! 気高き氷の精霊よ全てを硝子に作り変えよΠνεύμα πάγου Αλλάξτε τα πάντα στο γυαλί


 異端審問官アンリには直接ぶつけずに、

 魔法を彼女を取り囲む周囲にのみ展開する。


 物理的な現象として、彼女の周りの地面は

 氷つかせ、間接的にダメージを与える作戦


「あーっはははは! へそで茶を沸かしそう。なあにい? その玩具おもちゃのような魔法は、本当の魔法には――詠唱なんて必要ないのぉ……」


 再び、金色のつえを二回地面に打ち鳴らす。

 そうすると、ソレイユが仕掛けた氷の地面から金色の

 マグマが噴き上がり氷を溶かしていく。


 ――その光景は、まるで溶鉱炉から溢れるあふれる金。


 再び、二度地面を打ち付けると、

 まるでさっきまでの光景が

 うそだったかのように、

 金色のマグマが消え去る。


「どうかしらぁ? これっが本当の魔法、あーしの魔法はそもそもからしてあんたの魔法体系とは全く異なるもの……そもそもあんたの魔法の原典は何かしらぁ?」


「ボクの魔法は……真なる魔法。全ての……魔法体系を理解した魔法使いが行使することが可能な、真実の魔法……それが一体、何だっていうにへ?」


 アンリは胸元から、深紅の革張りの

 カバーに覆われた一冊の本を取り出す。


 彼女はその本のぺーじをめくり、

 ソレイユの魔法体系の起源を探る。


 しばらく、捲っめくっている

 うちにその原典を見つける。

 それを見てニヤニヤとうれしそうに

 ソレイユを見つめる。


 その表情は、格下の者を見つめる表情。

 よほどその内容がおかしいのか口が半月状に割れている。


「一体、ボクの魔法、なにが、おかしいにへ……?」


「いやいやぁ。全然おかしくなんてありませぇんよおソレイユ大先生! あなた様は、真実の魔法を使う大魔法使いのソレイユ様。いや、賢者? これでは、まだ足りない……大賢者? もう一つ……真実の大賢者っソレイユさまぁっ! ひゃーっはははは。あーたぁ抜けた顔してなぁかなかの策士ねぇ。あーしをこうやって笑い死にさせようって魂胆かしらぁ? ひけけけけけけ」


 明らかに、そんな事欠片かけらも思っていない

 事が顔の表情を見れば分かるだろう。

 歯をむき出しにして、嘲り嗤うわらう


 もはや異端審問官アンリにとって、ここは戦場

 ではなくただの滑稽な喜劇の舞台へと変わっていた。

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