第五章5  『ソロモン72柱が課す百二番目の試練』

「くっくっく。カグラ……奇跡の法廷とやらぶりですかねぇ。ほらほら、あなたの脳内のお友達が参りましたよ。それにしても、随分とまぁ……出会ってそうそうカグラらしい、なんともまあ無様な姿で……くっくっく」



(…………?)



「……貴様……一体、何者だ」


 大きな嗤いわらい声とともに現れた、

 明らかに邪悪なる存在。


 異端審問官である彼は、

 その存在が発する邪気に圧倒される。


「ぷっくっく。まずは、名を名乗るなら自分からですよ。異端審問官ベルナール・ギー殿。それではまずは自己紹介を、私はソロモン72柱の末席を汚す者――序列71位のダンダリオンと申します。以後お見知りおきを。ぷっくっく」


「……ソロモン72柱だと? ……異教徒の造り出した捏造ねつぞうのインチキ悪魔。そんな存在が、なぜこの場にいる?」


「ぷっくっく。あらあら、あなたの解釈ではそうなんですねぇ。……最新の解釈では、私の存在はカグラの脳内の妄想のお友達という設定になっているようですがねぇ?」


「貴様が如何なるいかなる存在かは知らない……だが、問答は結構だ――ソロモンの悪魔ダンダリオン。我は、破邪を司るつかさどる異端審問官ベルナール・ギー。そして、悪魔などと言う虚構の存在を滅す存在」


 異端審問官ベルナール・ギーは、

 人間を魔女や悪魔と称し断罪し、


 また、事実、悪魔を称する多様な世界の

 異形なる存在を討ち滅ぼしてきた。


 ――だが男の目の前の悪魔は、そのどれとも

 違う気配なのだ。魔法的な解釈を必要としない、

 実存する存在としての――悪魔。


 だが、それは矛盾している。

 ……生物として実存する悪魔?

 そんな物は存在しないし、

 絶対に認めるわけにはいかない。


「お前は……悪魔……なのに……なぜ実在している?」


「……はあ。やはり、あなたも求めちゃいます? 悪魔の証明」


 異端審問官ベルナール・ギーは、ダンダリオンの放つ、

 大気が震えるほどの殺気に、思わずごくりと唾を飲む。

 目の前で、あり得ない現象が起きている。


 だが、数々の修羅場拷問と虐殺をくぐり抜けた

 ベルナール・ギーは悪魔の証明を、拒絶する。


 罪のない人間を悪魔や、魔女だと断罪し、

 一方で、魔女や、悪魔の実存を認めない……。

 ――二重思考ダブルシンク


「貴様がどのような存在であれ、神聖なる異端審問官とは相性が最悪だと知れ。我は神の名の元に断罪する者――ベルナール・ギー。滅べ……破邪の聖槍せいそう――魔女狩りの針」


 金色の光につつまれた聖槍せいそうが、

 ソロモン72柱序列71位ダンダリオンに向かって

 一直線に投擲とうてきされる。


 ダンダリオンは、人差し指だけスッと出し、

 目の前のやりを右手の指一本で食い止める。


 そして、左手には荘厳なる白き本。

 それを、捲りめくり、そのぺーじを朗読する。


「ぷっくっく。魔女狩りの針。その依り代よりしろはなんてことのない、ただのバネ仕掛けの仕掛け針。異端審問官が罪のない人間を魔女に貶めるおとしめるために用いた、玩具おもちゃの一つ。そんなものを聖槍せいそうなどとよんでいるとは、可哀想なかわいそうな人ですね。あなたも」


 金色の光に包まれた聖槍せいそうは光を失い、

 ……やがて鈍色にびいろの光に変色し、

 元の姿を思い出したかのように、

 元の仕掛け針の姿に変異し地面に落ちた。


「……馬鹿な。そんな……ありえない……反信仰を司るつかさどる魔女狩りの針を悪魔風情が否定するなど……絶対にありえないのだぁっ!!!」


「おやおや……突然大声で叫び出すとは随分と五月蠅いうるさい人ですねぇ。カグラ、あなたもいつまで仰向けあおむけになって休んでいるのですか? 本当にあなたはすぐにサボる駄目な人ですねぇ」


(……俺は、あの黄金の魔女狩りの針に貫かれて……地面に……?)


 そして、カグラは自分の腹部を見て気づく。

 先ほどまで極大のやりが刺さっていた

 部分には何も無くなり、代わりに、


 鈍色にびいろの光を放つバネ仕掛けの

 鉄の仕掛け針があるだけだという事に。


「ソロモンの悪魔がこの低劣なる存在を滅したとあれば、仲間達の嘲笑の種です。この私、ソロモン72柱序列71位のダンダリオンが命じます。カグラの試練は続行――。カグラ、あの異端審問官ベルナール・ギーを倒しなさい」



(……コイツ何者だ? ……だって、ソロモン72柱序列71位のダンダリオンは寂しい俺が生み出した脳内のお友達……つまりは単なる妄想だろ??)



「……カグラ。二度は言いません。早く、この下劣な異端審問官を滅しなさい。私はあなたのように暇な存在ではないのです。早くしないと、試練放棄とみなして私があなたを滅ぼして差し上げますよ?」


 この悪魔の言っていることは冗談ではなく、

 本気の殺気を感じ、カグラは黙りこむ。


 ――いままでのダンダリオンとは明らかに異なる存在。

 何故なら、この存在はカグラの意志と異なる

 言動を発しているのだから。


 この悪魔は、謎の存在だ。

 何者かまったく理解できないが、

 そんな事を考える余裕など無いことを理解する。


「……わかった。だが……あいつには俺の神楽流は通用しねぇぞ?」


「ぷっくっく。カグラ、一つだけ、ヒントです。あの異端審問官ベルナール・ギーとやらの存在は魔法と現実の境が壊れた不完全な存在――。つまり、現実を理解したあなたの神楽流も異能もあの存在に届くでしょう」


「よく分からねぇけど、やってみんぜ!」


 ――神楽流、『起』の型――蛙草ぎゃるぐさ!……地面を蹴り、跳躍。

 一気にベルナール・ギーを目の前に捕らえる。


 ベルナール・ギーはタリスマンを掲げ、

 自身の前に魔法の盾を造り出す。


 ――弓兵の狙撃を防ぐための

 2メートルを超える巨大な金色の大盾。


 神楽流、蛙草ぎゃるぐさ派生――白檀びゃくだん


 目の前の大盾を、前蹴りにて蹴りつける。

 壊せるはずなどっ……!


 金色の盾はガラス細工のように砕け散り、

 貫いた足刀が、目の前の男の腹部を抉るえぐる


「……ごぼぁ……っ」


 異端審問官は吐瀉物としゃぶつをまき散らしながら、悶絶もんぜつ

 だが、まだこの男は諦めない。


 タリスマンを、金色の聖剣に変形させ

 カグラを両断せんと振りかざす。

 異端審問官ベルナール・ギーのもつ奥義。


 金色の聖剣がカグラを両断するまで、

 あと……30 cm


 ――カグラの目の前に攻勢防御結界が展開。

 ……それはいつもの淡い光ではなく、

 ……白金色の強い意志を感じる光……!


「神楽流、真剣白刃取りの型――”|虎杖いたどり《いたどり》”」


 千子村正の長大かつ研ぎ澄まされた鋭利な剣閃けんせん

 と比べたら、この程度の素人が振るう金色の聖剣など

 まるで止まっているような物であった。


 カグラは、落ち着き払い、まるで神楽流の演舞で

 見せる一連の型を披露するかの如き所作で

 金色の聖剣の刃を両手で受け止める。


「何っ?!……我の金色の聖剣を……馬鹿なっ!!!」


 異端審問官ベルナール・ギーは今までに見せたことの

 無いような驚愕きょうがくの表情を浮かべ、目の前の事実に衝撃を受ける。


 ――戦闘の最中にそのような事を考えている辺り

 この男は、所詮は一方的な拷問と虐殺ばかりで、

 自分の命を賭した戦闘経験があまりに不足しているという事。


「神楽流――虎杖いたどり《いたどり》派生、連携技――|茴香ういきょう《ういきょう》っ!」


 真剣白刃取りで掴んつかんだ金色の聖剣を、両手で掴みつかみベルナール・ギーごと持ち上げ、地面にまるで、ハンマーを打ち付けるかのように力任せに振り降ろす。ベルナール・ギーの体は地面に衝突し、不気味な音を立てて潰れる。


 真剣白刃取――虎杖いたどり茴香ういきょうの連携技っ!

 ――命を賭ける攻勢防御結界の真骨頂。


 異端審問官ベルナール・ギーの全身の骨は、

 意味、意味、

 両方の意味で粉々に砕けている。


 車に引かれたかのようにあちこちから骨が

 飛び出ているし、腕や足にいたっては

 あらぬ方向にへし折れている。

 ……だが、まだ辛うじて息はある。


 ――彼にとってそれが幸いなのかどうかは不明だ。


 この現実に傷つけられた傷はタリスマンで

 魔法的に治療をする事は不可能……。


 つまりは、彼は再起不能な状態に陥らされたという事だ。

 少なくとも、もう異端審問官の名を冠した仕事を

 する事は未来永劫みらいえいごうに不可能となった。


 ――だが、彼は感謝すべきであろう。


 そう、このベルナール・ギーは自分の戦う

 地面が土だった事に感謝すべきだ。


 もし……土で無かったなら、彼は200メートルの

 高層ビルから落下した死体の如く、

 あるいは電車に引かれた轢死体れきしたいのように

 バラバラになっていたのだろうから。


 異端審問官ハインリヒ・クラ―マーが遣わした、

 最初の刺客である、異端審問官ベルナール・ギー

 との決着はこれにてカグラの勝利に終わった。

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