第五章4  『猫箱の開封――あの日の事実《カグラ》』

 腹部を、ベルナール・ギーの繰り出す魔法、

 魔女狩りのひじり針に貫かれ、

 地面に標本のように貼り付けられたカグラ。


 その、カグラのポケットに白金色に光るモノ。

 カグラは、そのポケットの中の白金色のソレを

 取り出し、開封する。


「開け……猫箱おぉ……そして示せあの日のを!!!!」


 世界が白金色に覆われ、バラバラに引きちぎられた、

 現実の欠片フラグメンツが流れ込む。



 *****

 閉鎖病棟のカグラの部屋


 普段は、就寝時間に医師が訪れることなどはない。

 だが、その日はカグラの部屋に一人の医師が訪れる。

 外科医の先生である。


 彼がカグラのいるこの閉鎖病棟の区画

 にやってきったのは、カグラにほんの

 ささやかなお願いをするためであった。


「お休み中に申し訳ございません。本日は、神楽さんに折り入ってのお願いがあります。あなたがこの病棟内で親しくしてくれている詩唯しいさんへ、応援のメッセージを書いて欲しいのです」


(……詩唯しいちゃんへの応援のメッセージ? 一体……何の?)


詩唯しいさんの執刀医である、

外科医は言葉を続ける。


詩唯しいさんは、ちょうど今日から6日後に非常に難しい手術を行うことになっております。現代の医学では根治が難しい末期の免疫性膵臓すいぞうがん、血液も詩唯しいさんは特殊なRH-Oで、輸血のための血液も調達が難しいのです……」


(……RH-O……俺と同じ、輸血が困難な珍しい血液型……)


 カグラは自分の血液であれば使えると、この外科医に告げ、

 手術の際に必要とされる血液の提供をしたいと強く申し出るも、

 手術に必要な量が献血上限の500 mlじゃ全然足りないと

 断られてしまった。


 彼女は子供の頃から病に伏しがちで、

 家に籠もっていたそうだ。


 難病と、死への恐怖が彼女を苛みさいなみ、カグラと

 出会うまでは、廃人のような状態になっていたそうだ。


 そのような経緯もあり、カグラと同じ大病院の

 一区画にある閉鎖病棟に入院させられている。


 また、この病院であれば、病気が急変しても

 外科的な手術が可能ということも、この病院で

 入院させられた理由の一つとなっている。


「医師として、彼女の主治医として、無力である私は……とても悔しいです……もし彼女の臓器のドナーが見つかっていたのなら……彼女がここまで病状が悪化する前に治療ができていた」


(……臓器と……RH-Oの大量の血液が……必要)


「神楽さんが詩唯しいさんに会えるのももしかしたら、そう長くないかもしれません。今回の手術に耐えられるかは詩唯しいさんの精神状態次第。長時間の手術に耐えられるためには生きたいという気力が重要になってきます」


 一筋の涙が、カグラのほおを伝った。


詩唯しいさんは元からとても体が弱く、免疫も弱い。だから神楽さん、せめて、あなたが彼女の心の支えになってあげてください」



 *****


(……臓器の提供、か)


 カグラは閉鎖病棟内にある公衆電話機の隣に、

 臓器提供意思表示カードが置いてあったことを思い出した。


 (……はは。……なんとも安っぽい緑色のプラスチック製カードだな)


 カグラはその緑色のプラスチック製のカードに、

 自分の名前を署名する。


 自分自身の名前を書くことで心停止、脳死後に

 自分自身の臓器を他者に提供することが

 認められるという他者を救うための命のカード。


 カグラはこのカードに署名した後に、

 A4の紙で5枚自分の意思を記した

 外科医に向けたメモを書き殴る。

 このメモには、カグラの自筆の署名が書かれている。

 

 5枚に渡る自筆のメモには、『死後に臓器は詩唯しいさんに必ず提供して下さい』といった内容が書き記されていた。


 そして翌日の朝に、

 緑色のプラスチック製カードと

 A4のメモを医師に渡した。


 カグラの唐突な申し出に、当初医師は驚いていた。

 だが、カグラの態度から、なみなみならぬ

 強い意志を感じ取り、受け取るに至ったのである。


 そして、そのメモとカードは、

 その日の午後に詩唯しいさんの

 執刀医の先生の手元に渡る事となる。



 *****

 閉鎖病棟内のカグラの部屋


 カグラがこの世界で生きる、最後の日。


 提供する臓器は新鮮である必要がある。

 時間が経てたてば腐敗して使い物にならなくならだ。


 だから……カグラは、詩唯しいさんの話していた、

 自殺の計画に騙さだまされたふりをしてのっかった。


 詩唯しいさんは、自分の人生の全てに絶望し、

 手術を受ける前に自らの意思を断とうと考えていた。

 そのための相談をカグラによくしていたのだ。


 そして彼女は、カグラに自殺のための道具を

 集める事に協力して欲しいと言っていた。


 ――それは、脚立と、荒縄。


 院の外にある桜の木で首をくくろうという、

 ささやかな計画である。


 彼女自身は、死ぬのではない、

 異世界に旅立つの儀式だと断言していた。


 きっと、そう自分自身で信じ込もうとしていたのだろう。

 だが、彼女が自分自身を騙しだましきれて

 いないことは明らかであった。


 何故ならなぜなら

 この計画をカグラに話す時に、

 いつも肩が震えていたから……。


 ここは閉鎖病棟、部屋には内鍵がなく、

 消灯時間になれば外鍵が閉められ、

 外出は不可能。


 だが、カグラはWeb小説サイトで読んだ『密室殺人小説』

 のトリックで使われていた陳腐な仕掛けで、

 外鍵が閉められた。後も部屋を抜け出す方法を理解していた。


 この方法を彼女に教える事で、

 消灯時間後に外出ができるようにしたのだ。


 閉鎖病棟とはいえ、大病院の中の閉鎖病棟区画。

 部屋さえ抜け出せば、あとは外に出るのは

 そんなに困難では無かった。


 カグラは、彼女の手をつないで院外に走り出る。

 そして、桜の木を見上げる彼女の手を取り、

 その両手首を優しく縄で縛り、拘束する。


 元より、カグラには彼女に自殺させる

 つもりなどはなかった。


 カグラは、新鮮な臓器を彼女に提供するために、

 死後に、必ず誰かに発見される必要があった。


 唯一その相談が可能だったのが詩唯しいさん

 であったというだけである。


 カグラは彼女が罪悪感を抱くことの無いようにうそを吐く。


『最初に俺が異世界に旅立つ。そして、数日後に来る外宇宙の侵略者と戦えるだけの仲間を連れて帰って来る。そして、この世界を危機から救う!』


 そう宣言した。自分自身でもその言葉の滑稽さを

 理解しながらも、そう彼女に強く宣言した。


 彼女は、いままでカグラに聞かせた全て嘘っぱちうそっぱち

 であることを主張したが、カグラは聞く耳を持たない。


 きっと彼女は自分が死んだあとに、罪悪感を抱くに違いない、

 だからせめて『異世界を信じた狂人が死んだ』と思って欲しかったのだ。


 カグラは、部屋の中で何度もシミュレーションした通りに、

 桜の木の前に脚立を置き、荒縄で首吊りくびつり自殺するための

 準備を淡々と整える。


 後ろから詩唯しいさんの叫び声と泣き声が聞こえる。


 ――いや、いまのカグラの耳に聞こえるのは、

 ソロモン72柱序列71位ダンダリオンの声のみ。

 カグラが生み出した、幻の友達。


 カグラは、夜空が快晴の空に代わり、

 脚立がガラスの階段に、彼の隣には

 ダンダリオンが居る、そんな気がした。

 ――だから決して、寂しくはないのだと。


 そして、カグラは首吊りくびつり縄に自分の首を通し、

 ……目を瞑りつぶり、脚立を蹴り倒した。


 自重に任せて26秒後にカグラは意識が途絶え

 ……そして、詩唯しいさんが呼んだ院内の

 医師の救助も間に合わず、10分後には心停止で死亡した。



 ******



 白金の光が薄れていき、徐々に

 この世界の現実世界が露わにあらわになってくる。


 カグラは、異端審問官ベルナール・ギーの

 黄金の魔法の槍により、虫の標本のように

 地面にはりつけにされたままであった。



「これが……あの日の……か。そうか、やっぱり、俺、死んでいたのか……。はは、なら、俺がこうやって本当の意味で異世界に渡って来れたっていうのは奇跡ってやつなのかな。……でも、まあ……この世界で死ぬ前に、良い観させみさせてもらった、ぜ。ありがとうな、そして、ごめん……セレネ、ソレイユ」



 そして……カグラは、今際の際いまわのきわ

 ひときわ大きい嗤いわらい声を聞いた気がした。

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