第四章9  『猫箱暴きの魔女――デュパン』

 辺り一面、飛空艇からの数百を超える鉄球が激突し、

 地面は抉れ、土煙があたりに漂っていた。


「ひひひ。無駄です。……あなた方では私を倒す事など不可能なのでぇす」


 艦隊の砲撃をまともに食らっても死なない相手に、

 カグラ達が通せる技など存在しない。


(……なんだ? あいつの強さは今までの敵と……異質)


『すまねぇ。カグラ。上空からの管制射撃でもぶち殺せねぇとなるとこちとら打つ手なし。撤退を進言するぜ! 合流ポイントはセレネの嬢ちゃんに従ってくれ』


(せめて、セレネだけでも逃がすだけの時間を稼がなければっ!)


「セレネ。俺が時間を稼いでいる間に逃げろ……俺もすぐに追って逃げる」


「……ですが」


「わりぃな。今、問答している余裕はねぇ。逃げろ! セレネ!」


 カグラの目の前にクラ―マー。

 ゆらり、ゆらり、とゆっくりと近づいてくる。


(腕とか、足とか掴まれたら、オシマイだ……ここは銃に頼るしかない)


 背中に背負ったソードオフガンを抜き、放つ。

 大砲のような強力な一撃が銃口から放たれるっ!


 ――この一撃を、まるでスキップするかのようにかわす。


「無駄でぇす……。ひひひ。そんな礫は私には当たりません」


(……何なんだこいつは!)


「それじゃぁ、一方的に嬲られるのも趣味では無いので、目には目を、歯には歯を


 クラ―マーの大ぶりの大ぶりなフック、速度も

 それほど早くない。だが、何故かカグラはこれを

 避けることができなかった。


 ――神楽流受け身の型、枳殻からたち


 ガードで、受けた一点の衝撃を全身に散らすも、

 衝撃を逃しきれずに、目や耳から血が噴き出す。

 

 もう一撃喰らえば、すなわち――死。

 カグラは、膝を着く。


(俺も……ここまでか……)


 カグラの足元に再び巨大な影、雲!?

 カグラは空を見上げる――。


 (巨大な海賊船……?)


 マルコポーロの船とは形状が明らかに違う。

 帆には猫の意匠が施されている事が分かる。

 そして、堂々たる巨大なる船。


 その船から何かが、高速で落下してくる!


 カグラとクラ―マーの間にまるで隕石の

 ような速度で落下してくる……。


「にゃっははははは!! あたいは猫箱暴きの魔女――デュパンちゃん。てめぇは死ぬんにゃから、べっつにぃ覚えてくれなくてもかまわにゃいけどにぇ!」


 猫耳と尻尾を生やした幼女の獣人。

 瞳は、オッドアイ。


 衣服は少年探偵風といった感じ。

 八重歯が印象的な、少女。

 

 あの高度から、まるで階段を一段とば

 しする位の当然さで降りてきた。


 クラ―マーとの目にも止まらぬ激しい殴り合い。

 さっきまで目の前の化物がいかに遊んでいたのかが分かる。


(……目で追う事すら不可能だ……文字通り次元が違う)


 そのカグラの隣に、転移の魔術式の気配。

 だが、一切の殺気を感じなかったことから、

 その術式が警戒すべきものでないことは理解できた。


「カグラさん、前年ですが、状況が変わりました。猫箱暴きの魔女デュパンがクラ―マーと闘っている間に、魔女ジャンヌダルクを救出の上でここを去りましょう」


 目の前にいるのは、村正と、マルコポーロが

 言っていた幼女女神そのものであった。


(状況が状況だ……込み入った事を聞いてる余裕も無い)


「……了解。ジャンヌダルクなら、あそこの十字架のところだ」


 時間が無いので、幼女風女神をおぶって、

 ジャンヌダルクの元へ駆ける。


 一応は人の形を保ってはいるが十字架に吊るされた、

 肉塊といった方が、客観的な描写としては適切であろう。


(……あまりにむごい。人のする事ではない)


 幼女女神が、両手を組んで何かしらの魔法を唱えると、

 十字架から、ジャンヌダルクと思われる肉塊が落ちてくる。


「……おっと、あぶねぇ」


 カグラは、地面に落ちる直前のその肉塊を両腕で抱えた。

 ……目も、耳も、歯も、髪も、臓器も……いろいろな物が、無い。


「カグラさん、そのままその子を抱えていて下さい」


 幼女女神が、その肉塊に手をかざすと、肉体は

 ジャンヌダルクの元の、容姿端麗な姿に戻った。


「……彼女は、助かったのか……?」


「……だめ。彼女は魂が完全に壊れている……私でも不可能」


「そんな、だって、見た目は完全に治ってるのに」


「器が治っても、そのコアとなる魂が完全に壊されている。彼女を送り込んだのはこの私。つまり、……私の責任だわ。私に出来る事は彼女を送る事くらい」


 彼女はそういうと両手を組み、

 ジャンヌダルクの前にひざまずき……祈る。


 ジャンヌダルクの瞳から、涙が伝い……

 ガラス片のように砕け散って消失した。


 ジャンヌダルクは最後に女神に向かって

 何か言葉を発しようと口を動かしていた。


(……ありがとう、か)


「これは、全て私の責任。私の指示が彼女を殺しました……」


「あんたにも、クラ―マーとやらの存在は想定外だったんだろ……」


「はい……とはいえ……」


 自分自身の判断を悔いる彼女の気持ちを、

 カグラは本心からの物であることができた。


 ――だからカグラは、その事についてはこれ以上は咎めない。


「悔いるのは後にしよう。それよりもあの猫箱暴きの魔女デュパンとやら、ここから見ると、若干不利に見えるぜ。女神さん、あんたは戦えるのか?」


「……多少の心得はあります」


「よし、じゃあ……デュパンとやらの助勢をしよう」


 カグラは、ソードオフを構える。

 神楽流の古武術は無効化されたが、このソードオフガン

 による攻撃では、脇腹を吹きとばす事ができた。


 殺傷力という観点では、零距離から放つ、カグラの拳も、

 ソードオフガンも威力としてはそう変わらないはずである。


(……あいつはセレネの弾幕も、弾くのではなく回避した。もしかして)


 カグラは駆ける。


「そこの少年……邪魔ニャ! 巻き込まれて死んでも自業自得と思うニャ」


「……わかってる。近くまでよるつもりはねーよ」


(……クラ―マーとあのデュパンとやらの殴りあい最早ドラゴンボール。あんな中に入っていけるわけねーっつーの)


 とはいえ、今のカグラの戦闘力も相当なレベルではある。

 ただ、この二人の闘いが異常なだけだ。


 ――ズドン


 チン、カラン。空薬莢が地面を叩く音。

 つまりは、カグラのソードオフガンが火を噴いていた。


 猫箱暴きの魔女のデュパンに気を取られていたせいか、

 ホロ―ポイント弾を装填した、ソードオフの弾丸を


 どてっぱらに食らい、腹部の肉が爆ぜ飛び、背骨も

 破壊され――綺麗にドーナッツ状の円が開いていた。


(やはり効いている? でもなんで)


「えっ……なんで、そんな弾が効くにゃ……? 意識外からの攻撃だから?」


 一旦、膝をついたクラ―マーは屈みながら、

 ゆらぁり、ゆらぁりとタリスマンを左右に振るう。


 ――そうすると、まるで腹部の穴が

 何も無かったかのように消える。


「ひっひひ。本来の目的は、カグラさん達を拷問しながら、この世界の女神をおびき寄せて殺すことだったのですが……どうやら今日は日が悪いようですね」


 幼女女神は、クラ―マーの前に立ち質問をする。


「クラ―マー。あなたは何が目的なのですか? 何故、この世界に干渉するのですか?」


「……当初の目的はプルガトリオの暗殺を邪魔したカグラさん達を苦しめた上で殺すことだけだったのですがぁ……この世界に来たら、ちょっとばかし別の目的が出来てしまいましてねぇ。ひひひっひひひ」


「それは、何ですか、答えなさい。クラ―マー」


「さぁてえ、何でしょうかねぇ。いずれにせよ、あなたとは遠くないうちにまた再び相まみえることになるでしょう。その時にでもゆっくり、ゆっくりと聞かせてあげますよ。その時に、あなたが魔女か女神かの尋問をじっくりしてあげます」


「待つにゃ! たたいとの決着はまだ着いてないにゃっ!!」


 にやにやと、不気味な笑顔を顔に張り付かせて、

 ゆらぁり、ゆらぁりとタリスマンを左右に振るう。

 そして……陽炎のように消えていった。


 これが、カグラと幼女女神と猫箱暴きの魔女との最初の

 出会いであり、クラ―マーの存在はこの世界にとっても、

 完全なる異物である出来事であった。

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