第三章12 『検察の魔女と弁護人の語らい』

 閉廷後医務室にてグレンデルが、解釈の魔女プルガトリオの面会に来ている。お見舞いとして、箱詰めのクッキーと、コーヒーのセットを持ってきている。どちらも、一級の贈り物である。


「プルガトリオ。本当は、分かっていたのだろう。彼らの、全てを。分かったうえで、あえてそれには触れずに尋問を続けていた。そうだな?」


「ふふふ。面白い解釈だ。グレンデル。何を根拠にそのような事を言うのだ。妾は解釈の魔女として、そなたが、どのような解釈を経て、そのような結論に至ったのか、その過程が知りたいのだ。どうか、そなたの考察を聞かせてはくれまいか」


「それじゃ、まずは結論から話そう。Conclusion Comes Firstという奴だ。プルガトリオ。お前は検察でありながら、本当の意味で被告人の真実を潰そうとしなかったな?」


「ふふ。面白い解釈だな………続きを聞かせよ」


「まず、カグラの裁判の時だ。なぜ『カグラの名前が署名された緑色のプラスチック製カード』を証拠物品として提示しなかった?」


「………………ふっ」


「次にだ、ソレイユの裁判。彼女が唱えた、『真実の魔法』その言葉の意味を何故検察側の証拠物品として提示しなかった?」


「なかなか、人の解釈を聞くというのも興が乗るものだな………続けよ」


「最後に、セレネの裁判。『セレネの父が見せた魔法』、これをお前は証拠物品として提示しなかった」


「なるほどな。…………グレンデル。お前は、真の意味で、彼らの全ての世界構造を理解していた、という事なのだな。…………その上でなお、彼らの中の高潔なる真実を守り通した。心が大切であると考えたから、そうだな?」


「…………そうだ、な。流石は、解釈の魔女プルガトリオ。手加減をする必要が一切ない、法廷外でのその解釈の切れ味は、抜群だな。私様も、弁護人として、お前が心のない尋問をするような人間であれば、無理やりにでもこんな裁判を中止させていたさ。それをしなかったのは、途中から私様はお前を信用に値する人間だと思うようになっていたからだ」


「ふふふ。グレンデル。そなたは、魔女である妾を人間と言うか………。そうだな。裁判などというものは、弁護人、検察、裁判長…………それぞれが互いを信頼する事なくして成り立つものではない。言ってみれば共犯者のようなものだ。グレンデル、貴様も妾にとって信頼のたる人間であった。だからこそ、妾も彼らの心を守り通すことができた。感謝するぞ、グレンデル」


「私様なりの仮説はあるが、その上であえて一つ質問だ。なんでお前はあえて越える事が可能な試練を課す?」


「妾の名前はプルガトリオ。その意味は、煉獄。苦労や努力が報われる可能性すらない世界を妾は嫌う。乗り越えた先に綺麗な景色を見せてあげたいのだ。もしそれが絶対に越えられない試練と言うのであればそれは、地獄だ。それは、という少女の残した、最後の日記に書かれていた通りである」


「次の質問だ。何故、憎まれる役を買って出る? お前に得など一つも無いだろう」


「ふふふ。嫌われ役を買って出る、理由か。それは妾が魔女だから、というのは全てを理解するそなた相手には相応しくない、煙に巻いた回答か。そうだな………時に、憎むべき絶対的な敵がいるということが、人の心の支えになることもある。それが良い事なのかは分からないが、人間が本当の意味で自分と向き合えるようになるまでの間の補助輪替わりくらいにはなれるのではないかな?」


「はは。補助輪ねぇ…………。いや、確かに必要かもな。自分が娘がいるからこんあな事を言うのかもしれねぇが、『子供から嫌われることが、親の仕事』っていう言葉もあらぁな。子供が道を間違えないようにと、勉強しろだの、マナーをしっかりしろだの、あれしろこれしろと、いろいろと口うるさいことを言って、私様も娘から煙たがられたりもしてるぜ。当然感謝なんてされねぇ。きっとその親の想いみてぇのが、理解できた時が本当の意味で心の補助輪が外れた時、と言えるのかもしれねぇな。人によっては50歳くらいだったり、死ぬまで分かんなかったりするわけだから、まあ、親ってのは報われねぇもんだな。ははっ」


「親の愛か。その話は、妾にとってはとても耳の痛い話だな。少しだけ妾の昔話をしよう。それは今より遥か昔、妾がプルガトリオと呼ばれる前、まだ天使と呼ばれる存在であった頃にさかのぼる。妾の無知と思い込みによって、とても大きな間違いを犯した。それは誰にも許すことができない取り返しのつかない罪である。その罪は、誤った解釈に基づき、世界を滅ぼしたという罪だ」


「…………。世界ね、なんともスケールのでかい話だな」


「ふっ。茶化すな。そしてこれは事実である。妾が、見当はずれの思い込みで世界を滅ぼした後、一人の不思議な少女と出会った。そして彼女の導きの元で妾の家で一冊の日記を見つけたのだ。それは、母の記した日記であった」


「日記、か」


「そうだな。そこの日記に書かれていることは、全て妾の身を案ずることばかりであった。当時の妾は、手の範囲にある幸福に気づけず、世界を下らない物と一面的に断じそして…………。大きな過ちを犯したのだ。無知で愚かで傲慢なくせに、思い込みが激しく、そして最悪な事に、世界を滅ぼすだけの力があったのだ」


「チルチルとミチルの物語じゃねーけどよ。幸せってのは近くにあるものだ。いや、近くというよりも、本当はどこにでもあるものなのかも知れねーな。ただ、それに気付けるかどうかという話だ」


「そうだな。幸せというのは心の捉え方の問題だ。それはどこにでもあるのに、それを見ようとしないものには見えないという類の物だ」


「ソレイユの記憶映像の中に、『世界は魔法で出来ている』というような言葉が出てきていた。これも一つの真実として成立するのだろうな。そして、ある者は『世界はエーテルで出来ている』といい、また別の者は『世界は文字で出来ている』と言う。それなら、『世界は幸せで出来ている』という捉え方だってありかも知れない。まあ、ちぃとばかしとてもそうは思えないほどに、現実って奴はなかなか厳しいがな」


「どう、解釈しようが自由なのだ。世界をどのように解釈するか。物事をどう解釈するか。結局はそういうことだと思うのだ。故に、真実は無限にあって構わないのだ。愚かな過去の妾のように、悪意ではなく、愛をもって解釈するのであればという前提は付けさせてもらうがな」


「個々人が解釈したものが真実足りうるということか」


「そうだ。『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』これは、妾の最も好む言葉だ」


「ニーチェか」


「ふふふ。妾は、その言葉が誰が語った言葉なのかは知らぬさ。ただ、とても好きな言葉なのだ。故に、僭越ながらも、妾はその言葉を作った者に敬意を表し、解釈の魔女プルガトリオなどと名乗らせてもらっている」


「事実と、真実と、解釈ね」


「ただ、それで良いと思うのだ。事実を相手の目の前に突きつけて、これが唯一絶対の正解だ、よってお前の解釈した真実は誤りだ、と罪人を告発するようなやり方はな。やや、優雅さに欠けると妾は思うのだ」


「そして、面白味にも欠けるな」


「そうだ。そこに悪意が無いのであれば、個々人の中にある解釈が真実で良いのだ。その神聖性を軽々しく踏みにじることを妾は好まない」


「…………それでも、矛盾するようだが、どこかでその無粋なる事実なる物の一面に気づいて欲しかったのではないか?」


「ふふふ。本当にそなたの解釈は面白いな。そうだ、ただそれは妾のささやかな願い、いや違うな、祈りのような物である。それに気づくのは、いつだって良いのだ。故に、幸せに生きられるのであればそれに気づかなくても全く構わないのだ。ただ…………」


「ただ……?」


「確かに事実なる物は、グレンデル、そなたが作ってくれたこのエスプレッソのように苦い物である。だが、同時にこの苦みの中にも一種の趣きのようなものがあるのも確かな真実なのだ。そして、もしそれに気付くことができたのならば、より芳醇な人生を送れるのではないか。妾は、傲慢にもそのようなことを考えてしまうのだ」


「詩人だな」


「ふふふ。グレンデル、そなたは、世界の理を知る者。そしてその理を理解しながらも、なお日々を一生懸命に真剣に生きる者だ。だから少々興がのって、柄にもなく長話をしてしまった。普段一緒にいる弟子がどーしょーもないポンコツでな。このような話は一切理解してはくれぬのだ」


「おっ、恋人か?」


「いや、妾の弟子であり同性の魔法少女だ。猫箱暴きの魔女などとも呼ばれておる者だ。これが、人の話を一切聞かないとんでもないトンチキでな。常にマイペースで、手間ばかりかかるのだ。目下、妾の最大の頭痛の種よ。ふふふ」


「ははん。魔女のお師匠様も大変だなぁ…………って、猫箱暴きの魔女とやらの船をお前、撃沈させたんじゃねーのかよ?」


「アレはな。殺して死ぬような生易しい者ではないのだ……。そして制業も効かん。あやつが検察などやったらしっちゃかめっちゃかになる。だから普段は、妾の目の届く範囲で弁護人などやらせているのだが、あやつは弁護人を弁護するよりも、暴くことばかりに興味を持つ少々残念な子でな。一応は妾が、アレに対する検事側となることで、一応のバランスをとっておるのだ。今回の裁判において、あやつに弁護人などさせていたらと考えると胃がキリキリするぞ。故に、足止めのために沈没させておいたのだ。最も、脱出してどこかへ遊びに行ったようだがな」


「プルーちゃんも苦労してるんだなぁ。泣けてくらあ」


「そうなのだ苦労しておるのだ、……でだな…っそのせいでな、なかなか、だな、異性との、出会いもなくてだな。妾もだな、一人の乙女としてだな、殿方に関心がない訳ではないのだぞ? でもだな、なかなか、手間のかかる弟子がおるもので、素敵な、出会いがだな、ごほんっ」


 そう言いながら、チラチラとグレンデルを見るプルガトリオ。そして、にやつきながらそれを聞くグレンデル。


「プルーちゃんも。かわいいところあるじゃんか。やっぱ女の子が二人っきりで話すんなら恋バナだよなぁっ! 堅苦しい話はやめようぜっ! んで、プルーちゃんが関心があるのは合コンの件だろ」


「えっと…………そのっ……………である、な」


「なんだよ。プルーちゃん? まさか、合コンしたことないの?」


「妾は、恐れられ、忌み嫌われている魔女なのでな、誘ってくれる者もいないのだ。もちろん、殿方からの直接的なアプローチもないのだ。かといってだな、妾の方から積極的に声を掛ければ、ガッツいている肉食系とも思われかねないないから、いろいろ辛い立場なのだ」


「はは。プルーちゃんも乙女な悩みを抱えているのね。王子様系、イケメン系、コズミックホラー系なんでもござれだ。プルーちゃんはどういうのが理想なんだ」


「あまり、好みは口うるさく言うつもりはない。ただ、魔女仲間の噂では、コズミックホラー系触手男子が意外と評判が良いそうだぞ? 結婚後に家事手伝い、育児に積極的ともっぱらの評判なのだ」


「はん。ちょい、傍点振らせてもらうが、そりゃ結婚を前提とした男を探すうえでは、だ。でも、結婚はは必ずしもハッピーエンドとはいかねぇぜ? そこがゴールじゃねぇからな」


「そ、そうなのか?」


「ああ。断言するぜ。あまり、結婚に期待し過ぎない方がいい。まあ、確かに子供はかわいいし、一度結婚生活とやらを経験してみるっつーのは私様も悪くないと思うぜ。仮に、別々になったとしても、お互いが自分達の子供を想いあう気持ちという一点において、同じ気持ちを持っているのであれば、何も問題はねぇ…………と、個人的には思う。愛の形はいろいろだ」


「むぅ。そうか、そうなのか、いろいろと結婚とやらも難しい物なのだな。それ以前に、まずは妾の場合は出会いが必要だな。いろいろそなたには教えてもらわねばならぬことが多そうだ。例えば、やっぱりこういう喪服系ドレスというのは当世風ではないのではないか? やはり、森ガール的なふわっとした感じのや、清楚系の服が受けが良いのであろうか?」


「はん。一概に、そうとも言えねぇぜ。喪服系ドレス、そういうのが好きな手合いも多いのは事実。いわゆるメンヘラ女子ホイホイ野郎だな。ただ、そういうのはなバンドマン系男子と言ってだな、信頼に足る統計によると地雷率が高いそうだ。浮気されても構わねぇつーなら否定はしねぇが。合コンに参加するときは、あまり奇抜な格好ではなく、かつ、あまり清楚すぎない格好の方が良いと思うぜ」


「ふむ。清楚系は、昨今は駄目なのであるか?」


「ああ……。女子の中にはな、清楚系ビッチなる存在がいてだな。一時期はオタサーの姫的な感じでだな、男どもを乱獲していたそうだ。それを警戒してか、昨今の男子は、あまり清楚系過ぎる女子を警戒する傾向があるそうだ。服装については、私様にまかせておけ。奇をてらわず、かつプルーちゃんに似合いそうなのを見繕ってやるさ」


「助かるぞ。何分、魔女とはいえ結婚適齢期的な物があってだな、本音を言うと多少焦りのようなものがないわけではないのだ。だから、結構真面目な話として、グレンデルにはだな、そのあたり、引き続きお願いしたいのだ」


「ひっひっひ。おう。任せとけ。合コンから離婚まで、私様であれば何でも相談に乗るぜいっ!」


「いや、そなた、揺り籠から墓場まで見たいな例えで言っておるが、可能であれば最後のソレは、妾としては相談したくない事項だな。この話は、真面目に後日そなたとじっくり、そしてがっつりと時間を設けて詰めるとしてだな。その前に、最後に一芝居お願いしたいのだ」


「おうおう、そりゃどんな話だ? 協力できることなら何でもござれだ」


「かくかくしかじか、こういうことなのだ。どうだ? 面白い筋書きだろう」


「ははは。乗ったぜ。プルーちゃんの頼みとありゃ断る理由はねーってもんさな」


「あと、しつこいようだが念を押しておくがな、例の話はだな、あれはネタではなくて本気の話であるぞ? グレンデル、その辺り一切誤解なきように頼むぞ? その代わり妾が出来る範囲でいろいろと便宜を図るからな? 何卒よろしく頼むぞ? これは空気を和ますための冗談とかではないから、頼むぞ?」


「了解っ! プルーちゃんがマジなのは理解してるぜっ! 私様にまかせとけ!」

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