第三章11 『新たなる解釈と真なる奇跡』
傍聴席も静まり返っている。まるで時が止まった時のなかで、一人口を動かす者が。検察、解釈の魔女プルガトリオである。
「検察側、介錯の魔女、そして解釈の魔女プルガトリオとしての最後の断罪。スペースコロニー内の”詩編-96”内のアンドロイドによる虐殺事件の真犯人は、セレネの父と解釈した」
「そんなはずはないのデスッ。ワタシのパパは楽園病の撲滅と、人々の幸せを祈っていたのデスッ! その父の尊厳を汚すことは許さないのデス」
「…………検察側の解釈、続ける。セレネの父を名乗る人物は、表でオメガコーポと取引する一方で、裏でαテック及び黙示録教団と裏取引をしていたと解釈。そして、二大企業を手玉に取り弄ぶことによって二重の利益を得ることに成功する。左手にはオメガテック、そして右手にはαコーポ。全ての陰謀は、セレネの父親によるものであった。ふははははははは」
「なんで、そんな解釈になるのデスッ! ワタシの記憶映像にはそんな描写は一切描かれていない。ワタシの知っているパパは、そんなことを絶対にしないと断言できマスッ! なのに、なぜあなたは………パパを断罪できるのですか?」
「お前の質問に答えよう。…………何故なら『お前の父が犯罪を犯していないという証拠が無いから』である。そして、ここの傍聴人たちも薄々思っているだろう。お前の父が、あの事件の真犯人であると。そう、数多ある解釈の内で最も信憑性があるのが、お前の父を真犯人とする説だ」
「なぜデスかっ! なぜそうなるデス?! ワタシの記憶映像の中の描写でそんなところが一箇所でもありまシタかっ? 有ったなら指摘して欲しいデスッ!」
「…………証拠はない。ただ、状況証拠としてお前の父が怪しいという解釈ができてしまうのだ。もっと掘り下げて言うならば、同じくらいに根強い解釈が、オメガコーポの営業部長の犯人説だ」
「…………????? なぜ??? なんでそうなるデス???」
「オメガコーポの営業部長は、自社の中で日陰者であった。一生懸命頑張っても報いられず、昇進することができなかった。また、管理職でありながら、部下がついてこなかった。これらのセレネ、お前の記憶映像の中からの状況証拠を組み立てて、犯人像を組み立てて行くと、二人の犯人像が浮かび上がってくる。それは、お前の父、またはオメガコーポの営業部長だ。傍聴人の中には二人の共犯説を信じる者も居る」
「だから、なぜ、なぜ、そうなるのデスッ? ワタシの記憶映像を見て何故そうなるのデス? 裁判長、私は偽りなき真実を語っています。《パパはいつも優しく、不器用ではあったかもシレマセンガ、善良な人間でシタ。営業部長も、確かに出世コースからハズレていましたが、彼の愛社精神にに一切の偽りはアリマセンデシタッ》」
「虚偽反応0、確かにセレネは全て、真実のみを語っています」
「無駄だ。お前の証言を誰も信じられない。何故ならお前はアンドロイドだから。お前の両親によって作られた機械仕掛けの人形に過ぎないのだから。お前の両親であればいかようにでも記憶の捏造、改竄は可能だ。だから、お前の主観で見た真実を誰も信じない。…………一方でお前の提示した記憶映像には、お前の両親と、営業部長しか存在しないのであるから、その3人の中で犯人を探すしかないという訳だ」
「…………記憶映像に無い犯人Xが正体なのデスッ!」
「明示されていない者が犯人とは通常解釈しないのだ。そして、お前の記憶映像とやらになぜ、謎の正体Xが工場に侵入している映像が含まれている。その場にいなかったお前が、なぜあの時の映像を入手している。…………。そう、セレネ、お前が犯人という解釈もこの法廷の中で、かなりの信憑性が高い説となっている」
「あれは………。事件後にママに頼まれてコロニー内のネットワークを介してハッキングで、工場内の監視カメラの記録映像を奪った記録映像なのデス…………」
「無駄だ。…………お前がどう弁明しようとも、誰もお前の真実などは信じない。容易に改竄できてしまう、お前の真実などは、泡沫の夢のような物なのだ」
「…………なら、ワタシは、どう自分を証明すればいいデスかッ?!」
「………不可能だ。まず解釈の魔女プルガトリオの名において、信憑性を持つ犯人説を順に説明してやろう。第一の主力解釈、狂ったセレネの父の暴走説、何故最有力の説になっているか? ただ単にそれは技術的に実行可能な人物であり、提示されている記憶映像に明示されている人物だからだ。第二の解釈、営業部長犯人説、オメガコーポで日陰者扱いされた積年の恨みを晴らすために意図的に暴走事故を起こした、またはオメガコーポの営業部長は元よりαテックと内通していたという説もあるぞ。第三の解釈…………これは、ふっ、余りに規模が大きすぎて面白いな、お前の父親と営業部長は”詩編-96”のコロニーを支配し、そこを拠点に各コロニーをアンドロイド達を使って、征服するという、セレネの父と営業部長による全詩編コロニー征服説だ、まだまだ100以上の解釈があるぞ、全部聞きたいか?」
「…………聴きたくないのデス…………。どれもこれも嘘なのデス」
「ふふふ。セレネ、ならばやっていないという証拠を出して見せろ」
「はん。懲りずに『悪魔の証明』か。普通なら不可能だ。だが、今の私様には可能だ。そう、貴様が沈没させた猫箱暴きの魔女の沈没船から見つかった、この最後の猫箱でなあっ!! そして、無限の解釈は収束し、一つの事実となる。これでトドメだ、解釈の魔女!!」
4つ目の黄金の箱、つまり最後の箱が開かれる。箱の中からおびただしい光が溢れ出る。そして、オメガコーポ工場内のハッキングの実行犯の顔が映し出される。…………そこに映されているのは。
「一体…………この人は誰デスかッ?」
「…………こいつは………オメガコーポとも、αテックとも、黙示録教団とも一切関係の無い、プログラミング技術に長けた、一般人の愉快犯だ………。犯行目的は、コロニーの混沌と、自分自身の力を誇示するためだけの目的とした愉快犯。のちにαテックが真犯人だと思われるように、監視カメラの映る視野角から、ご丁寧にコード内に『apocalypse 22:3a』なんて書いてやがった。つまり、セレネの主張の通り犯人Xが正体。…………。事実は時に最高につまらない結果をもたらす。そして、無限の解釈が収束して一になる。これが、ただの事実だ。事実は無粋で、つまらない物であるが、時には役に立つこともあるものだな。初めてそう感じたぜ」
「ふふふふふ。実に下らない。グレンデル、お前の言う通り本当に、滑稽で下らないな。黙示録教団とやらの怪しげな宗教団体、企業間のきなくさい抗争、ポストアポカリプスを乗り越えた人間の選民思想、楽園病などのワクワクするような伏線は一体、どこに消えたというのだ。ふふ……。そうだな、結局のところ、事実が解釈を上回ることはない。事実は傲慢で、無粋で、無遠慮で、面白味の欠片もないそれは、路傍の石のような物だ。だが、時としてこのようにして人の助けになることもある。とてもつまらなく、そして、とても愉快だぞ。ふふふ。全く記憶映像に関係に登場してこない犯人Xが正体とはな。これがミステリー小説であればヴァンダインもノックスも卒倒していたぞっ。それにしても、まぁ、よりによって解釈の魔女が、解釈に溺れて死ぬとは何という皮肉であろうか。だが、それもまた魔女の死に方としては一興というものだ。そして、裁判長殿、さあ…………っ最後の判決を読み上げるのだ。それをもって、この演目の閉幕としようぞっ」
「被告人セレネは無罪。奇跡乱用事件は、この判決をもって終了です」
「さあ、裁判長殿、解釈の魔女に介錯をっ!! 妾も、もう、この体を幻影で辛うじて維持する魔力によって保持するのももはや、限界に来ている…………っ。…………さあ、この演目に相応しいフィナーレを! 残念…………っながら、妾にはカーテンコールに応えてやる……っ余裕もないのでな………っ頼む裁判長殿!」
そう解釈の魔女プルガトリオが告げると同時に、空間から突如、巨大かつ荘厳なる神聖な槍が顕現する。神殺しの槍…………グングニル!
「嘘、なんで?! 裁判長の私が命じていないのに、自動起動?! バックドア??? 裁判長権限行使っ! 超越者権限行使っ! 創造者権限行使っ! なら、全権行使っ! お願い止まって! 大法曹界にダイレクトラインで緊急連絡………っ…………緊急停止を乞う…………不可能っ?!…………っ不可能って何よっ! これあなた達が送った物でしょう?!…………えっ………そんなの、全然、知らないっ!??」
解釈の魔女プルガトリオによる幻影も既に解けかけていた。フライクーゲルによって撃たれた7発の魔弾による出血はまったく止血されておらず、彼女の足元がまるで血の池であることがもはや隠し切れなくなっていた。
セイラム魔女裁判で使われたペンデュラムによって引き千切られた左腕も元通りに等は、なってなどおらず、魔法によって生み出された左腕の幻影が解け、背景が透けて見えるほどまで弱まっていた。
紅く輝く靴によって、両足は無惨にも焼け焦げていた………。あんなに絢爛豪華だった喪服のようなドレスも、ボロボロの布切れになっていることが露になる。それでも、まだ立っている。
大法曹界内の先鋭化した過激派がが事前に仕組んだプログラムの起動。異端審問官の末席を汚す者、彼の名はハインリヒ。別名、魔女に鉄槌を下す者。彼の尋問は苛烈を極める。彼の尋問の前では如何なる聖人も魔女に堕する。そして魔女に対する執着は狂気。
大法曹界内でも冤罪疑惑から、閑職に追いやられ、殺害を目論んでいた解釈の魔女プルガトリオに手出しが出せなくなり今回の凶行に及んだのである。皮肉な事にセレネの事件同様明示されていない、謎の人物犯人Xが正体であった。最も彼の場合は、愉快犯等ではなく明確な魔女殺しという目的があったのだが…………。
彼の最優先事項は魔女狩りである。元より、この解釈の魔女を狩り殺すための仕掛け。解釈の魔女プルガトリオが最大限弱まったタイミングで起動するようになっている。仕掛け武器。一度起動したら、止める事は絶対に不可能。
神速の槍が射出される。…………その槍より速く駆ける者が一人いた、それは…………
「はん。誰が殺させるかっつーんだよ! プルーちゃん。こんな槍如き私様なら簡単に受け止めてやるさぁっ!!!」
解釈の魔女プルガトリオの目の前に立ち、グングニルを両腕で受け止める。これは彼女の全力…………。だが、一歩及ばず、徐々に彼女の胸の肉に喰い込んでいく。
「……っ……やめるのだ、グレンデル。これは、私に相応しいフィナーレ。誰かが罪を背負わなければ、終わらない…………このままだとお前も死ぬぞ!!」
「…………はん。約束しただろ?」
「……っ……約束?」
彼女は、そんな約束をした記憶など無い。
「…………合コン。お前のために開いてやるって言っただろ」
「ふふふ。…………そのような戯言、本気で言っていたとは、ははは」
いろいろな感情が込み上げてきて、思わず涙を流しながら笑う。
「おいっ! カグラ、ソレイユ、セレネっ! 手伝え、押し返すぞ!!」
「言われなくても、もう来てるぜぇ!!! 神楽流、真槍白刃取り”
カグラが、グレンデルの前に立ち、更に両手で槍を掴む。確実に減速はしている。だが、槍は止まらない。
「
魔力を持つ攻撃も、反魔力を持つ攻撃も防ぐ協力な結果それを一点に集中させるっ! だがそれでもジリジリと
「…………解析完了しまシタッ! この槍の権限保有者名の特定…………完了っ! 権限保有者…………その名は魔女に鉄槌を下す者……っ異端審問官ハインリヒ・クラーマー…………座標を逆探知ッ…………暗号防壁…………解除っ!…………乱数式防御壁…………突破っ!…………権限保有者……………セレネに上書きっ!…………止まるのデスぅううううう!!!!!!!!!!」
権限も上書きされ、速度も減速…………っだがまだ止まらない。
「…………っ…………っ!!!!!!」
裁判長の召使の仮面の男と、裁判長が槍の前に立ち、槍を両手で掴む。超常なる力が確かに確実に押し返しているはず…………だが…………っ
「はは…………痛ぇぜっ……っ私様の心臓に先端が、当たってるぽいぜ……っ!」
仮面の男の前に、知らない人間達。…………っ! この裁判を傍聴していた無数の傍聴者達。いつの間にか長大な槍の周りには大勢の人が駆けつけていた。
「…………検察側、解釈の魔女の最終解釈。この物語にぃっ! アンハッピーエンドなどは妾が許さぬっ! 絶対にぃ拒絶するっ! 優雅かつ! 華麗にっ! 運命に抗うっ!! 誰一人として死んでなるものかぁああああああああああああああああっ!!!!!」
その解釈の魔女の言葉を、この法廷に居る全員が信じた。それによって、その解釈が真実の力を帯び。槍が白金色に包まれる。
神殺しの槍、ロンギヌス、その逸話を知らない者などいない。故に、その強固な信仰とも言える概念が、この槍の絶対性を約束した。だが、少なくともこの法廷内では、その絶対性は揺らぎ、もはや誰も信じない。
その強烈な絶対性への反信仰が、あまたの信仰に支えられた概念の塊であるこの槍の絶対性にほころびを産んだ。…………っそして、この槍を掴む者たちは、明らかにその絶対性が薄まっている事に気づいた。
そして、それがこの『奇跡を問う法廷』において、新たなる解釈を生みだし、それをこの法廷にいる全員が信じたっ!! それは俺たちであれば、この槍を絶対に止めることが出来るという信仰っ!!
今やこの法廷にいる誰もその槍が、絶対に止めることの出来ない最強の槍などではないと信じた。その概念を拒否する、反信仰が、絶対を詠う神殺しの槍をついに破壊した。
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