第三章10 『検察の魔女と弁護人の矜持』
解釈の魔女プルガトリオはまるで、先ほどのカグラの告発などはなかったかのように、次の獲物である、被告人ソレイユを睨みつける。まるでその顔は、どうやって獲物を喰らってやろうかという、肉食獣の表情だ。
「ボクは、同じ魔女として、あなたのような存在を認めない。矜持をなくした魔女などは、ただの悪魔だ。そんな奴、ボクが倒してやるにへっ!」
「ふふふ。何とも元気が良いなぁ、新人の魔女よ。では、先輩魔女として、魔女という存在の恐ろしさをお前に教えてやろうぞ。それでは、検察側、介錯の魔女プルガトリオ、第二の断罪を開始するぅ」
「来るならこいっ! ボクは裁きを受ける覚悟はできているっ!!」
「ふふふ。どれで裁こうかなぁ…………、あれも良いし、これも良い。…………そうさなぁ、一番お前が嫌がりそうな物で告発しよう。ほら、人の世での『人の嫌がる事を率先してしなさい』っていう言葉があるだろぉ?! それを妾が実戦してやっているだけさぁ。それでは、場面は、姉妹の会話。アリシアのソレイユに対してのドクサレ夫婦殺人計画告白。ソレイユを精神的殺人幇助罪で告発するっ!! さあ開け……………猫箱っ!! そして真実を示すのだ」
猫箱と呼ばれる、明示されていない事象をも暴く黄金の宝石箱の封印が開かれる。その箱から発せられた黄金の光が法廷全体を包み込む。
そして、傍聴人を含む、法廷内の全員に猫箱が開示する記録映像が網膜に投影される。強制的な追体験。…………猫箱がの記録映像は、アリシアとソレイユの屋根裏部屋での日常会話を映し出す。
【【【《屋根裏での会話》
「あの最低なクソ夫婦いつかぶっ殺す!」
「気持ちは分かるにへ。あいつら………本当酷い奴らにへ」
「ふふふ。アイツらのお腹を掻っ捌いたら腸はきっと真っ黒よ」
「にひひひ。間違いないにへ」
「お姉ちゃんは、きっといつか私が守るの」
「さあ、もう夜も遅くなったから寝るにへ」
「お姉ちゃん、おやすみ」
「明日もお姉ちゃんに楽しい物語を聞かせて欲しいにへ」】】】
「くっくっく。貴様らにも見えたかっ! ソレイユは、妹のアリシアのドクサレ夫婦の殺害計画を耳にしていながら、それを隠匿し、あまつさえ、アリシアの引き起こす殺人計画に対して消極的な同意の意さえ示しているではないかぁ?! そして、魔法による殺人事件が現に発生する。このことからも、法に照らして解釈すると、殺人の精神的幇助罪にあたるわけだ。つまり、ソレイユは有罪っ!!!」
「弁護側、グレンデルが反証する。確かに、既に提示されているソレイユの記憶映像では、検察側が提示する証拠に対して反証が不可能であるのは事実だぜ。よって、検察側が提示したその『屋根裏部屋の姉妹の会話』の内容と反する証拠を、猫箱の使用によって証明する。開示の内容は、ソレイユの残した最後の日記。裁判長、弁護側の猫箱の使用許可をもらえるか?」
「裁判長の権限において、許可します。弁護人グレンデル、猫箱の使用によるソレイユの記した最後の日記の開示を許可。真実を示しなさい」
「ちょっ…………ちょっと…………待つにへ…………。ボク、そんな日記を書いた記憶は…………ないにへ。……っそれに……文字を読んだり…………書いたり、ボクニハデキナイ。だからそんな証拠は存在しなっ…………」
ソレイユが最後まで言葉を言い切ろうとすると、弁護側グレンデルが言葉を遮る。そして、彼女に告げる。
「いいんだ。ソレイユ。今は……それで、良い。っ…………弁護側、猫箱を開示っ! 記録映像、ソレイユの記した日記っ!! ここに記されていることは全て事実。そして、ソレイユが記したこの日記の翌日に、記録映像の事件が起こる。つまり、これがソレイユの記した最後の日記。…………こんな事になってすまねぇな、ソレイユ」
全ての事象の隠された出来事をも暴く黄金の宝石箱の封印が開かれる。その箱から発せられた黄金の光が法廷全体を包み込む。そしてこの法廷にいる全ての者の網膜に映し出されるのは、ソレイユの記した最後の日記。
【【【《ソレイユの日記》
アリシアの精神が限界にきている。当然だ。こんな狭い部屋で一人寂しく過ごさないといけないのだから。屋根裏部屋から出る事すら許されず、天窓から差してくる光だけで本を読む生活、どんなに寂しく辛いだろうか。
だけど、妹のアリシアに、私のような穢れた仕事をさせる事を絶対に認めることはできない。それが、あの所有権者である夫妻から私が奪い取った唯一の権利。
私は思うのだ。世の中には知らない方が良い事はある。例えば、知らない方が良いことの一つが、私がお金を稼ぐためにしている、汚らわしい仕事もその一つだ。妹には、こんなことは知って欲しくないし、ましてや経験して欲しくないのだ。
確かに人は、知識や経験を得ることで賢くなるだろう。ただ、それはその知識や経験が良質なものである時に限られる。もしそれが悪しき物である場合は、それは時に魂を侵し、その存在を歪めることもあるのだ。そのような物は知る必要等ない。私の胸の内に死ぬまで抱えて行くものだ。
若い時の苦労は進んでしろ。確かにこの言葉は正しい。私も異存はない。苦しい経験や、若いころの努力がその人間の人格を作りあげるのだろう。きっとそれは煉獄と呼ばれるものだ。苦しい冬の時代を過ごしたら、必ず春が迎えてくれるなら、辛い経験も意味があるのだ。
だが、この世界の在りようは違う。この世界で課される苦しい経験は、肉体も魂も汚し、その生き方も、心も変えてしまう悪辣なる物だ。だから、ここは地獄。そう、さながら地獄の底で穴を堀り、努力する毎に、更なる深い地獄に堕ちて行く行為に等しい。
それは、そのような努力は、自分自身の墓穴を掘る作業に等しい、そんな経験が素晴らしい人格を作るはずもないだろう。アリシアには、苦労や、努力が、認められる可能性のある世界を見せてあげたいのだ。これは私の我儘だろうか?
アリシアには信じて欲しいのだ、この世には、優しい人々、美しい景色、心躍るような素敵な出会い、ドキドキワクワクするような冒険の旅、人を笑顔にさせる愉快な魔法、そういった素晴らしい愛に包まれた世界が有ると。だから、過保護かもしれないが、私はアリシアの魂を守りたいと思うのだ。
ただ私はアリシアに、一人の女の子として人並みの幸せを感じ生きていって欲しい。だから、妹の魂を汚させるような事は、絶対にさせない。その為なら、進んで私の体でも魂でも神にでも悪魔にでも喜んで捧げよう。
だから明日、私が契約者であるあの夫婦と決着をつける】】】
「弁護側グレンデル、以上だ。裁判長、この日記に傍点を付す必要は有るか」
「いえ、この神聖なる真実の日記を、傍点で汚す事は許されません」
「ありがとう。そうだったな。裁判長というのは、ただ司法を守るものにあらず、心と尊厳を守る者でもあったのだったな。なら、弁護側からはこれ以上何も付言することはねぇ」
「検察側、証拠物品は棄却。弁護側の主張が認められます。そして、これは裁判長としてではなく、一人の個人としてグレンデルに言います。一人の人間の高潔なる心を守ってくれてありがとう」
「…………検察側、解釈の魔女プルガトリオ。裁判長殿、沙汰を下せ」
「紅く輝く靴の刑、それでも続けるのですね、プルガトリオ」
「裁判長殿、異存はない、継続だ。妾に靴を寄越せ」
地獄の業火で熱せられた、鉄製のハイヒール…………。過去にその靴を履かされた者は、熱さと痛みに耐えかねて踊り出さずにはいられない拷問道具。かつて、一国の王妃を踊り狂わせたと言われる曰く付きの靴。そして…………あまたの魔女疑惑を掛けた者達が履かせられた、邪悪なる拷問道具。
元々は漆黒の鉄の靴、だが、地獄の業火で熱せられることによって紅く輝きだす。それをプルガトリオは履く。…………苦悶の表情が見えた気がしたが、それはきっと気のせいだ。彼女のプライドが、ソレを許さない。
足から肉の焦げるにおいと、脂の爆ぜる音がする。それが、豚や牛の肉と同じように、人間の体組織も、他の動物と同様にタンパク質や脂質でできていることを否が応にも思い出させる。…………だが、その紅き靴を履き、優雅にその場で華麗なステップとダンスを披露する。
当然、足は燃え、その業火はすでにふくらはぎの肉まで燃やしているだが、なおも踊る。…………その姿があまりにも優雅であったため見ていた傍聴人達は、これは彼女に課された拷問であることを忘れ、息を飲む。
「…………検察側、プルガトリオよく耐えました。指定の時間は過ぎました靴は消えます」
解釈の魔女プルガトリオは、漆黒のドレスのスカートの両端を掴み、まるでダンスを終えた後のように、深々と一礼をする。
そして、右腕の指をパチンッと一回直すと、焼け爛れた両足とふくらはぎは、元通りに戻り。何事もなかったかのように復元される。
「検察側、解釈の魔女プルガトリオ。裁判の続行を、希望する」
解釈の魔女プルガトリオが発した、その冷たくも、高貴なる意志を感じる言葉に対して、横やりを挟む者は、この法廷の中の誰一人としていなかった。
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