第三章8  『被告人セレネへの尋問』

 昨日のソレイユの奇跡の法廷での噂を聞き付け、被告人セレネの傍聴券を手に入れるために京を裕に超えるあまたの世界達が列をつくり、この法廷の周囲を埋め尽くしている。それほどの反響があったということだ。


 ………奇跡というのは非実存のもの。概念としてのみ存在するものと考えることが一般的であった。それが、目の前で覆されたという地実は、数多の世界の気を引くこととなった。


 本日、傍聴席に座っている者は、昨日の法廷内において、起こされた、奇跡をいま一度みたいと駆けつけた者達だ。よりによって奇跡を再現したという事実は、あまたの世界達の関心を引き、その光景を目にしたいと思う者がこぞって駆けつけたのである。


 セレネが証言台の前に立つと、バッと一気に会場に光が灯される。セレネの足首には、昨日のソレイユと同様、白金の鎖が巻かれている。


 裁判長の召使の仮面を付けた男が最初の言葉を告げる。昨日と同様に、新たな注意事項があるのであろう。どうせ、解釈の魔女プルガトリオとグレンデル絡みの話に決まっている。そう思って、会場にいる傍聴人達は聴いていた。


「遠路はるばるいらっしゃった各世界の傍聴人の皆々様、本日が『奇跡を問う法廷』の最終公判です。本日は公判の最終日です。新たなルールを2つ追加します。まず一つ目、全ての世界の法を司る大法曹界最高権者、盲目なる天秤のティティア殿より、必ず本日中に決着をつけるようにとの御達しがきております。また、確実に裁判を終焉させるに相応しい秘蔵の神話武器をお預かりしております。本日の弁護側、検察側へのペナルティーについては、この神話武器にて行うこととなっております。今までと同様に検察側、弁護側、死亡した場合は無条件で敗北となりますので十分にご注意下さい」


「はん。神話武器とは、随分と思いきった物を出して気やがったなぁ。戦争でもおっぱじめる気かっつーんだよ。一体何を考えてやがんだ」


「ふふふ。グレンデル。貴様と妾のフィナーレに相応しい舞台装置じゃないか」


 仮面の男は、咳ばらいをすると言葉を繋げる。


「…………もう一つのルールは猫箱の使用許可。先日、検察側、解釈の魔女プルガトリオの艦隊砲撃によって沈没された、猫箱暴きの魔女の沈没船から、4つの猫箱が発見されました。本日の後半においては、弁護側、検察側双方に2つの猫箱が提供されます。これは、被告人セレネの記憶映像では、あまりに考察するための情報が乏しいための特例措置とお考え下さい。この猫箱を利用することによって、記憶映像に明示されていない情報を引き出すことができます。そして、もちろんこの猫箱の使用によって明らかになった真実は、裁判の際の証拠物品として利用することも可能です。連絡事項は以上ですが、検察側、弁護側、双方ともに異存はございませんか?」


「おうよ。弁護側、全く問題ねぇぜ。大法曹界とやらが、何としてでもこの裁判をとっとと終わらせて欲しいっていう意気込みみたいなのは感じたぜ」


「ふふふ。検察側、異存ありません。あの子の沈没船から、まさかそんな素敵な物が見つかるとはね。この猫箱、検察側にとっての切り札足りえるわね。面白い、面白いわあ…………」


 仮面の召使は、事務的な連絡事項を告げると慇懃に一礼をする。そして、その言葉を最後まで聞きとげると裁判長が木槌を叩く。そして、荘厳かつ厳粛なる音が法廷を包む。


「検察側、解釈の魔女プルガトリオ入廷」


「検察側、解釈の魔女プルガトリオ。優雅かつ華麗に健在」


「弁護側、人間グレンデル入廷」


「はん。弁護側、グレンデル。こっちも絶好調だぜ」


「本日が『奇跡乱用事件』の最終公判です。それでは、これより被告人セレネへの尋問を行います。セレネさん、証言台の前に立ってください。カグラさん、セレネさんは傍聴席の最前列にて着席を。セレネさん、それでは……証言台に置かれている宣誓書を、裁判官である私と一緒に声に出して読み上げてください」


「「宣誓、全ての上位者に誓い、何事も隠さず、真実のみを語り、偽りを述べないことを誓います」」


「ふふふ。検察側、解釈の魔女プルガトリオ、セレネの両親の『七つの大罪』を主張するぞ。証拠物品として『記憶映像』を提出。まず第一にセレネの父の傲慢の罪、クオーレを作った理由は、楽園病を撲滅するという純粋な善意だけではなく、他者から認められたいという自己承認欲求から来ていることを自白している」


「弁護側、グレンデル。反証するぜ。下らねぇ………正常な範囲での承認欲求だ。自分の娘が評価されたいと思うのは、親として当然の欲求だ。大罪には当たらねぇぜ。まぁ、独り身のプルガトリオちゃんには分からないかもしれないがな」


「ならば、憤怒。クオーレの母親は、クオーレを馬鹿にされたことに憤慨して過剰に怒っている。このような感情が争いの火種となり、ひいては戦争に繋がるのだ」


「反証。母親として、娘を馬鹿にされたなら怒るのは当然だ。私様だったら怒鳴り込みにいくぜ。こんなもんが通ると思ってるのか? どうした今日のお前さんの刀は随分と切れ味が悪いぜ…………どうした。プルガトリオ」


「嫉妬。セレネの父親は、自分の妻の能力に嫉妬している。自分の妻に嫉妬するとはなんとも情けのない男だろうか。恥知らぬとはこのような男のことを言うのだ」


「反証。セレネの父親はそれを認め、本人に告白している。なおかつ、その嫉妬をエネルギーに変え、人一倍の努力もしている。それに、知能では妻には勝てないかもしれないが、交渉事は得意なようだ。それは後の営業部長との打ち合わせで明らかになっている。…………貴様、この戦いに勝つ気はあるのか…………?」


「怠惰。セレネの母親は、仕事をさぼって雑談にふけっている。楽園病を治すために努力するといってもその程度の熱意ということ。つまりは、結局は彼等にとっては楽園病の撲滅などは所詮はお遊びでしかなかったのだ」


「反証。休憩をはさんだ方が質の高いアウトプットを出すことが出来る。大罪にはあたらねぇなぁ、…………お前、ざけてんのか、そんな主張が通るはずないことは検察のお前が十分知ってんだろうが」


「強欲。セレネの父親は、妻を独占し、娘を評価されたいという承認欲求に満ちている。酷い男だ。妻を束縛し苦しめ、承認欲求を満たすことで、他者よりも優位に立とうとしている…………」


「反証。それだけ思ってもらえる奥さんは幸せだ。娘を評価して欲しいっていうのは正常な範囲の欲求だ。大罪にはあたらねぇ…………まだ続けるか。今日のペナルティーは普段とは違うぞ…………せめて私様と痛み分けでもしないと、死ぬぞ」


「暴食。母親は、生活には不必要に甘味を食していることを告白している。ドーナッツを不必要に食している。己が快楽を満たすがために」


「反証。おやつのドーナッツだ。研究には知能を使う。そして脳を動かす唯一のエネルギーはブドウ糖。燃料の補給と考えれば必要な栄養摂取…………貴様」


「色欲。肉欲に任せて、快楽を貪る醜悪なる夫婦、検察側の主張は以上だ」


「反証。正常な性交渉だ。娘の前でおっぱじめるのはどうかとは思うが、まあ映像記憶の中の性交渉はあくまでノーマルなプレイだった。大罪には当たらねぇ。魔女っていうのはサバトとか楽しんでるものだと思ったけど、随分と乾いた私生活してんだな。お前さんは。合コンでもセットしてやろうか?……おい……プルガトリオ」


「…………裁判長殿。検察側、以上だ…………っ」


「弁護側、証拠物品の提出は?」


「はん。証拠物品の提出『傍聴員の総意』。記憶映像を観た者の多くがそれが七つの大罪に当たるか、一人ではなく、無数の世界の観測者に委ねるのも面白かろうぜ」


「検察側への影響最終確認です。解釈の魔女プルガトリオ、本当にあなたはそれで良いのですね?」


「ああ、妾は本当の奇跡を見た、だから、それでもう十分だ…………裁判長殿、無様な醜態を晒す、この解釈の魔女プルガトリオを、さっさと介錯するが良い」


「分かりました。弁護側の主張有効…………ッ弁護側に、フライクルーゲルによる弾丸を全身に受けてもらいます…………魔女であるあなたには、この弾丸で撃ち抜かれるという、その意味は理解できますね。本当に良いですね?」


「…………検察側、異存はない。さあ、目の前の邪悪を撃ち滅ぼせ」


 フライクーゲル…………太古の昔、魔弾の射手と呼ばれる銃の名手が愛用したといわれる魔の力の籠った銃。発射すれば必ず狙った標的に当たる弾丸。但し、7発のうち6発が射手の意図通りに当たるが、1発は悪魔の意図したところに当たるという曰く付きの弾丸。銃が


 銃口から魔弾が7つ放たれる。左右の手の甲、左右の足の甲、両脇腹、そしてて…………最後の魔弾は、解釈の魔女プルガトリオの心臓を食い破る。

 解釈の魔女プルガトリオの体から、まるで針で穴を開けられた水風船のように噴水のように血が流れ出す。それは、血液が流れるというよりは、命が零れていくという表現の方が妥当と言えるだろう。


「うっ…………ごぼぉ…………。痛い、苦しっ、殺し……っ……てっ」


 あまりに残酷で凄惨な光景に怒り、カグラが叫ぶ


「裁判長! もうこんな残酷な行いをやめろっ! こんなふざけた裁判は中止だっ! 認めねぇっ! こんな…………これじゃああんまりだっ!! これは裁判でもなんでもねぇ…………ただの公開処刑だっ!」


「あり……がとぅ……もぅ…………良いのだ、カグラ………っ…私は、これで、消える。…………後悔など、微塵もない…………。いや、一つ未練があるとするならば…………ごほっ……そなた達と……もう一度………法廷の上で戦い………っ……………たかった………それだ、けが私の、ただ一つの……願い………で…ある……」


 薄っすらと瞳に浮かべる解釈の魔女プルガトリオ。そして、その美しい雫は頬を伝う、その熱いものは美しく輝く石の欠片に代わった。


「死ぬな、プルガトリオっ!! お前はそんなたまじゃねぇだろ?! お前が望むならいつだって何度だって闘ってやるぜっ! 俺は24時間365日いつだってお前との勝負を受け入れるっ! いつでもお前の闘いを迎え撃つ! だから、死ぬなっ!! こんなところで死ぬなっ!!」


「死ぬことなんてないにへ…………っ! ボクもいつだって闘う! だから、しなないで…………っ…………早く、医務室に行くにへ」


 検察側、魔女プルガトリオは嗚咽と、涙を零す。それは優雅を尊しとなす解釈の魔女プルガトリオの流した真実の涙。だから、裁判長も、傍聴人も、被告人も、解釈の魔女プルガトリオの言葉を妨げる者などいなかった。


「…………っ……………ありがあとう…………カグラっ…………カグラ」


「おう! だから、お前は死ぬなっ! 生きるんだ!!」


「……………………ソレイユも…………っありがとう…………っ」


「気にするなにへ。まずは、はっ早く医務室で治療を受けるにへっ!!」


 ソレイユの言葉に、解釈の魔女プルガトリオはゆっくりと首を左右に振る。この法廷で死ぬと言うのが、検察側の解釈の魔女として見せる最後の矜持とでも言いたいかのような誇り高い姿。


「…………裁判長殿…………っ今のカグラ、ソレイユ、二人の言葉を記録、したか…………っごほ…………確かに、記録したか?」


「はいっ! 記録しました。…………そして、あなたは早急に医務室にっ!」


「検察として最終確認だ。裁判長殿、確かに今、カグラ及びソレイユ両人の発言を記録したと証言したな裁判長殿?」


「ええっ………はい、確かに私はそのように申し上げましたが…………?」


 先ほどまで魔弾を7発受け、息も絶え絶えで苦悶の表情を浮かべ涙を流していた解釈の魔女プルガトリオの顔から、一切の表情が消えた。先ほど流していた涙も嘘のように消えている。


 そして、先ほどまで血が噴き出していた箇所をプルガトリオが、右手で撫でると、魔弾によって開けられたすべての穴が塞がり、全身から溢れていた血も止まっている。血まみれのドレスも、元の美しく絢爛豪華な喪服のようなドレスに戻っている。そして、酷薄な笑みを浮かべ、解釈の魔女プルガトリオは告げる。


「ひゃっはははははははっ!!!! 検察側、解釈の魔女プルガトリオぉ…………再審請求ぅを求めるぅううううう!!! ひゃーっはっはっはっはは!! ゲロカスカグラ、ボケナスソレイユには、まだまだ、妾との法廷闘争の意志ありいいいぃっ!! それはぁ、裁判長の記録が証明するぅうううう!! 検察側わぁ…………カグラぁ、ソレイユぅ、両名をを別件犯罪にて告発ぅうううう!!!! カグラは傷害罪、ソレイユは精神的殺人幇助罪!!!! なーにが奇跡だ、ひひひひひっ!!! そんなクソッたっれた甘ちゃんな概念なんて犬にでもくれちまえや。お前らはそれ以前に、法律を破ったただの犯罪者だ、クタバレクソボケがぁ!!!!! そしてぇ…………そしてぇ、今の妾はプルガトリオ、貴様達の罪を断罪する者也っ! これからは、解釈だけじゃねぇ、事実でも貴様らをブチ潰すっ!!! ひゃっははははははは!!!!」

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