第三章5 『被告人ソレイユへの尋問』
ソレイユが証言台の前に立つと、バッと一気に会場に光が灯される。ソレイユの足首には白金の鎖が巻かれている。そして、裁判長の召使の仮面を付けた男が最初の言葉を告げる。
「本法廷におけるルールを一つ追加致します。当法廷において裁判の結果、無罪になった被告人に対して、検察側、弁護側の双方ともいかなる肉体的、精神的な危害を加える事を禁じます。また、検察側、弁護側、双方ともに法廷外での闘争を行うことを禁じます。全ての決着は法廷内にて行うこと。以上」
事務的な連絡事項を仮面のお事が告げれる。そして、その言葉を最後まで聞きとげた後に、裁判長が木槌を叩く。荘厳かつ厳粛なる音が法廷を包む。
「検察側、解釈の魔女プルガトリオ入廷」
「検察側、解釈の魔女プルガトリオ。既に準備は整っている」
「弁護側、人間グレンデル入廷」
「はん。弁護側、私様も当然準備は出来てるぜっ!」
「それでは、これより被告人ソレイユへの尋問を行います。ソレイユさん、証言台の前に立ってください。カグラさんは傍聴席の最前列、セレネさんは被告人席に座り待機。ソレイユさん、それでは……証言台に置かれている宣誓書を、裁判官である私と一緒に声に出して読み上げてください」
「「宣誓、全ての上位者に誓い、何事も隠さず、真実のみを語り、偽りを述べないことを誓います」」
「ふふふ。誓ったなぁ? ソレイユぅ、貴様は真実を告げると誓ったなぁ。それでは、検察側解釈の魔女プルガトリオ。まずは、この裁判の土台を破壊する。このソレイユは、魔法を使って異界に渡った。証拠物品は『異界に通じる門』。つまりだ、奇跡は存在する。解釈の魔女プルガトリオが認めよう」
「おいっ………!? 一体全体どういうことだよ?! ここは『奇跡の実存を問い法廷』だろ。いきなり、検察側が奇跡を認めてその勝負を放棄しようっていうのか? 裁判長ちゃん、検察側が法廷闘争を放棄した。よって、自動的に奇跡の実存が認められたことになる。これ以上は時間の無駄、よって閉廷だ。判決を告げろ」
傍聴席のあまたの世界がざわめく。諦めの悪さの塊のような解釈の魔女プルガトリオが自ら裁判を辞退することなど、あり得ないこと。
「それでは、判決を申し渡します。検察側解釈の魔女プルガトリオが、奇跡の実存を認めました。よって、ソレイユは無……………っ」
「待たれよ、裁判長殿。本日の争点を変えよう。ソレイユの経験したことが、本当に奇跡としての価値があったのか、その経験したことは奇跡と呼ぶのに値するものであったのかを争点に置こうじゃないかぁ? こやつの記憶映像を観させてもらったが、まぁ……………なんともおぞましい、魔女好みの、とてもグロテスクな映像であった。くっくっく」
「良いでしょう。続けない、検察側、解釈の魔女プルガトリオ」
「感謝するぞ。裁判長殿。なおかつ、だ。異界に渡るための魔法は妹のアリシアのものであることは、記憶映像が証明してしまっている。このソレイユは、その異界の門に突き落とされたタダの人間。………つまりだ、奇跡を起こしたのは、この被告人ソレイユではなく、妹のアリシアというわけだ」
「ふざけるなっ! そんな無茶苦茶な主張が法廷で認められるわけないにへっ!」
「ふふふ。何を勘違いしておるソレイユ。奇跡を問う法廷における、有罪、無罪を決めるのは傍聴人達だ。これは傍聴人達が決める裁判員裁判。傍聴人の総意なくして、たとえ裁判長殿の超越者権限を使ったとしても、お前を無罪にする事はできない。裁判長殿、では、今の状況で判決を読み上げられるか?」
「……っ裁判長である私にも、現時点では判決を告げることは不可能」
「ぐう。アイツやりやがった………。あの魔女めっ! 今回の裁判が敗色濃厚と理解した途端、闘うゲームの土台ごと変えやがった。そんなのありかよっ!」
「ふふふ。グレンデル。1万頁のルールブックを暗記したそうだが、まだまだ実務経験は、足りていなかったようだな。貴様が本当に暗記すべきはルールブックではなく、過去の魔女による魔女裁判の判例集だ。まぁ……………そっちの方は、100万頁はあるがなぁ。はーっはっはっは!!」
「ふふふ。今回の争点は、ソレイユが経験した真実は、本当に奇跡と呼ぶに値するものかどうかという点を問う、奇跡は神聖なものである必要がある。よって、邪悪なる者、魔に魅入られた者が行使した超常なる力は、奇跡とは呼ばぬ。この認識はあっているな、裁判長殿?」
「……っ、検察側、主張、有効。奇跡は神聖なる真実である必要があります。いかなる超常なる能力であっても、それが邪悪なる物であるなら、それは奇跡の定義からは外れます」
「ふふふ。だそうだぞ、どうするぅ弁護側グレンデル?」
「はん。だからどうしたっ! ならさっさと貴様の解釈とやらを主張して見せろよ。私様は、それをすべてぶった切ってやるぜぇっ!」
「なら、まず検察側、優雅なる解釈の魔女プルガトリオ、第一の解釈。被告人ソレイユは奴隷の契約者であるあのド腐れ夫婦の共謀者。実の妹であるアリシアを甘言で欺き、毎月病院に連れて行き、成長を止める呪われた注射を打たせた最悪のゲロカス野郎。証拠物品は記憶映像『病院に行くときは姉が必ず付き添った』というアリシアの証言。裁判長殿、この証拠物品は有効かな?」
「検察側、証拠物品、有効」
「はーっはっはっは。何たる、醜悪、何たる邪悪、実の妹であるアリシアを苦しめるお前は腐ったゴミ以下の人間であるぞっ! その卑劣さ、狡猾さはまさに魔女の領域。アリシアとやらより、お前の方がよっぽど魔女らしい魔女だと、この解釈の魔女プルガトリオが太鼓判を与えようぞ。ひゃーっはっはっは」
「大切な妹に対して、そ、そんなことは、ソレイユはしないにへぇ………。なんでそんな事を言うにへぇ。ぜ、絶対にしていないにへぇ」
「ふむ。とのことだが、裁判長殿、現在のソレイユの証言は有効か?」
「………被告人ソレイユの反証。えっ……無効? っ、なんで? 偽証反応0、なのに? これ、一体何が起こっているのっ?」
「おい…。プルーちゃん、いや………呼び方を改めよう。醜悪なる魔女プルガトリオ。これは、一体何の真似だ、お前がしたいのは私刑か? 検察としての矜持を見せろ。弁護側グレンデルはこの証拠物品にて切り返す『毎日妹のために身を粉にして働いていたソレイユ』。ソレイユが、妹を愛していたのは、真実だ」
「…………。被告人ソレイユの証言に真実を検知できず。よって検察側の主張を採用、弁護側の主張は棄却されます、ペナルティー。………でも、どうして?」
ペナルティーにより、弁護側のグレンデルが吐血する。あまりの痛みにか、膝をつきそうになるが、辛うじてそれを免れる。これが、グレンデルの見せる人間としての意地。
「ひゃーっはっはっは。やっぱり奇跡なんてない。少なくともこのゲロカス被告人ソレイユの経験したものは奇跡ではない。妹を売った邪悪なる、卑劣なる、魔女ソレイユぅ………。お前は、確かに魔女だ」
「なんで…………。そんなこと、いうの。……っ……侮辱は、やめて、にへ」
涙と鼻水で顔じゅうに濡らしながら、ソレイユは抗弁の声をあげる………。ソレイユは偽証をしているわけではない、真実を告げているはずなのに、それが認められない。裁判長の言う通り、この法廷はどこかがおかしい………。
「ふふふ。そろそろ終わりをくれてやろうか。検察側、解釈の魔女プルガトリオ。優雅かつ華麗なる第二の解釈を提示、ソレイユとド腐れ夫妻の共犯説。ソレイユは夫婦の暴力に完全に屈していた、だから妹を屋根裏部屋に閉じ込め、毒の注射を打たせる為に病院に連れて行き、実の妹であるアリシアを苦しめた。証拠物品は『地下室の拷問』。……………。証拠映像にノイズが掛かっていて観れなかったが、さぞやおぞましい拷問だったのだろうなぁ? その一点において、ソレイユとやら、そなたに魔女として同情しなくもないのだぞぉ? なぁ、ソレイユぅ?」
「けっ! 反吐がでらぁ。それなら弁護側から反証だ。証拠物品は『屋根裏部屋で姉妹仲良く過ごした日々』だ! 二人の幸せな日々をてめぇの穢れた解釈なんかに侵させはしねぇっ!」
「………ソレイユさん、裁判長として質問です。これは尋問ではありません。よって、あなたは私の回答を拒否する権利も有します。記憶映像を観た、私の個人的な見解では、あなた達の姉妹の絆は本物だったと理解しています。だから、それを言葉にして下さいっ!」
「私達、姉妹は、互いに思いあっていたっ! だから絶対に、絶対に……姉が妹を売るような、そんなことをするはずがないにへぇ!! 信じてっ!」
「なんで………? さっきと同じ偽証反応0。彼女は真実を語っているはずなのに、証言としては不採用? どういうことなの………?」
「ふふふ、さあ裁判長殿。もうこの邪悪なるソレイユを断罪裁判を終わりにしようではないか。判決を申し渡せ」
「……っ……検察側の証拠物品は有効、弁護側の反証は棄却………判決を言い渡します、被告人はっ……………」
ソレイユの足首の白金色の鎖が輝き、ソレイユに脳をも抉る激痛を与える。ソレイユが何らかの超常なる力を使った証拠。ソレイユは全身が白金色の淡い光に包まれる。
「裁判長。お姉ちゃんの体を一時的に借りました。今からはお姉ちゃんに代わり、この私、魔法少女アリシアが証人として証言します。《アリシアと、ソレイユは互いを常に思いあっていた。だから絶対に、絶対に姉が妹を売ることはない》。邪悪なる魔女プルガトリオ………。あなただけは、絶対に許さないっ! 私のお姉ちゃんはどんな人間よりも勇敢で、そしていつだって優しかったっ! 自分のことを犠牲にして私の事を守ってきた! 苦しくて辛くて、きっと本当は泣きたかったはずなのに、私の前ではいつも太陽なような笑顔で居てくれっ! お前は、そんなお姉ちゃんの背中を見たことを見たことがないからデタラメを言えるんだっ! これ以上、アリシアお姉ちゃんを汚すような発言は、神が許しても、悪魔が許しても、私が絶対に許さないッ!」
魔法少女アリシアは高らかに真実の言葉を告げ、勢いよく中指を突き立て、検察側解釈の魔女プルガトリオに堂々たる宣戦布告をしたのであった。
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