第三章3  『悪魔の証明』

 解釈の魔女プルガトリオの左肩から黒い鮮血が吹き上がり、その鮮血は白いバラの花びらに変わった。この裁判における弁護側、検察側が被るペナルティー。


「ふふふ。面白いぞ、なかなかの、斬れ味ではないか………久しく忘れていた感覚よ。1億年ぶりくらいかな、これだから、魔女はやめられないのだ」


「はーん。どうせ無限の時間をのんびりお抹茶でも飲みながら過ごしていたんだろーよ。そんなんじゃ私様の相手にならないぜ。もっと本気を出して見ろよプルーちゃん」


「ふふふ。いいでしょう。それでは、解釈の魔女として、第二の解釈を提示。………検察側は被告人カグラの誤認を主張。杉浦少年の『黒い花』、『黒いヘドロ状の粘液』。人間は、黒い花を咲かせない。口から黒い粘液を吐き出すことはない。検察側は、なんらかの原因としたカグラ少年の誤認を主張するっ!」


「検察側の証拠物品、有効」


「はん。なら私様はこう切り返すぜっ! 弁護側、物証提示っ! さっき、てめーが斬られた時に噴き出した『黒い鮮血』、『白いバラの花びら』。つまり、杉浦少年は魔に取り入られ、人間とは異なる状態にいたと主張するぜ。切り返せるものなら切り返して見ろ、プルーちゃんっ!」


「裁判長権限………っこれは千日手っ! 検察側の物証、弁護側の物証……ともに有効と判断。故に……双方の主張共に棄却。弁護側、検察側ともにペナルティー!」


 解釈の魔女プロガトリオの背中から黒い鮮血、先ほどと同じように飛び散った鮮血は白いバラの花びらに変わる。涼しい顔を維持しているが、頬を汗が伝っている。一方で、弁護側グレンデルは右肩から鮮血、人の身であるグレンデルはその傷跡を包帯を巻くことによって、応急処置を行う。


「はぁはぁ……っ。良くぞ切り返した、人の子よ。第三の解釈、カグラの幻聴、及び妄想、物的証拠は『足刀により潰されたカグラの父の喉仏』を提出。………人間は喉仏を破壊されて、言葉を話すことなど不可能……………よって、これ以後の映像はカグラの幻聴と、妄想。…………被告人の奇跡の土台を破壊するっ!」


「はん。カグラの親父も、神楽流とやらの師範だったんだろ? ならば、声帯以外から声を発する方法だって身に着けていたはずだぜ。弁護側は『鼻腔共鳴による会話』を主張するぜっ! 声帯が潰されたくらいで、喋れなくなるほど武術家っていうのはあまくねぇぜっ!」


「弁護側、その方法を証明できますか?」


「さっき、私様が喋っていたのが鼻腔共鳴による声だ。なんなら、けつでも会話できるがそんなに聞きてぇか?」


「弁護人、法廷の神聖性を貶める行為はやめるように…………。弁護側の反証は有効。よって、検察側にペナルティー」


 腹部から黒い鮮血、そして白いバラの花びら。………解釈の魔女プルガトリオは痛みのせいか、顔が歪み始めている。


「ぐぐぐ…………っ検察側、第四の解釈を提示っ!…………そしてこれで終わりっ!……………検察側は次の証拠物品を提出。友人の居ない寂しいドクサレカグラの脳内の妄想のお友達…………『ソロモン72柱』!……………ソロモン72柱が、何のゆかりもない辺境の世界に降り立つはずがない。……………よって、これは完全なる妄想、死ねぇ!!……………ひゃーっはっはっははっははっ!」


「……弁護側、検察側に対して反論は?」


「………クソッ……厄介だ。……………よりにもよって悪魔の証明。ソロモン72柱を証拠物品として提示だとぉっ…………? 私様なら高位の悪魔程度なら召喚されることで証明は可能。だが、よりによってソロモン72柱だとぉ?!………くっ……切り返せねえ。…………禁じ手、悪魔の証明、私様でも、これは切り返せねぇ………くっ………何か考えねぇと………………負けだ」


 ソロモン72柱の名前を聞いた傍聴席はざわめく。そんな大悪魔が…………辺境の世界に顕現することなどあるのだろうか。彼等がざわつくのも当然である。


「弁護側、反論無しということで宜しいですね………では検察側の提示した解釈を真実として採用…………っ」


「裁判長、ちょーおっと待ったあっ!! そんなにソロモン72柱が見たいなら見せてやるぜっ! 来いっ……………ソロモン72柱が1柱、序列71位ダンダリオンッ!」


「がんばるデス。………っカグラ。……っカグラの見た奇跡を汚させナイデッ!」


「カグラなら絶対やれるにへっ! ソロモン72柱召喚するにへぇ!」


 カグラの足元の白金の鎖がカグラに激痛を与える。その痛みは脳まで犯す。その痛みがカグラの召喚の邪魔をする。………………だが残酷にも答える者は居ない。


「……………………」


「……はは……っはははは………っ驚かせやがって。ほうらぁ、やっぱりいないじゃない? ソロモン72柱なんて、呼べるわけないのよ…………」


『………くっくっく。お久しぶりですねぇ、神楽。そして、お初にお目にかかります、解釈の魔女プルガトリオ殿。それにしても、よりによって一介の辺境の魔女風情が、この私、不肖序列71位、ダンダリオンの存在を、たかが人間の脳内妄想扱いにするとは………なんともはや救いが無い……っあなた、傲慢の罪、知ってます?』


「ひっ……………っひぃ! 裁判長殿っ!! こっ、……っこれは……………っ法廷侮辱罪……………っソロモン72柱はっ、この法廷のっ神聖性を、侵害……していますっ…………裁判長、殿……………っその悪魔を……………っ超越者権限で、法廷から今すぐ退廷をっ!!」


『くっくっく。おやおや、何とも騒がしいお嬢様で。解釈の魔女プロガトリオ殿。………魔女を名乗るのであれば、いかなる時も優雅さを忘れてはいけませんよ』


「裁判長の名において命じます。ソロモン72柱が1柱ダンダリオン殿。この法廷は真偽を問う神聖な場です。いかなる者であれ、無許可での来訪は許されません。裁判長である私は、あなたを超越者権限により強制退廷させることができますっ!」


『くっくっく………。慌ただしいですね。私は神楽から召喚されたから、それに応じたまでのこと。それでは神楽、またどこかでお会いしましょう。次に会う時はどこぞの地獄でしょうかねえ。その時は、練りに練った楽しい試練を再びあなたに与えて差し上げましょうか。血の池地獄で寒中水泳、針の山でピクニック、釜茹で風呂で我慢大会、獄卒達との百人組手、なんてのも面白そうですね。またお会いできることを楽しみに待っていますよ、神楽。ぷっくっく』


 そう言い終ると、ソロモン72柱が1柱序列71位ダンダリオンは、慇懃に一礼をして、消えていった。まるで、その姿は舞台上の演劇役者のソレであった。


「検察側…………あなたの証拠物品は…………『悪魔の証明』が証明されたことにより、棄却されます」


 本来であれば、裁判長は検察側にペナルティーを与えるべきはずだが、状況が状況と判断したのか、裁判長は検察側に対し何のペナルティーも与えない。


 傍聴席は、荒れに荒れた。臆病な世界の中には、傍聴席から逃げ出したものまでいる有様。あちこちで阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえる。


「どうだ。解釈の魔女プルガトリオ。どっちが妄想か理解したか」


 カグラの足首の白金の鎖は、足首の肉までめり込み、そこからは血が滴っている。これがこの奇跡を問う法廷にソロモン72柱を召喚する代償。


「認めないっ!! たかが悪魔が居た程度で………神楽の血の覚醒があったところで、その程度では奇跡とは呼ばない。それを奇跡と認めないっ!…………そうよ、次があなたのハラワタ。……………クタバレっ! あなたの奇跡は全て、捏造、妄想、幻聴、虚構、空想、ゲロカス……………最終解釈、カグラが旅立った先は異世界ではなく、地獄。その証拠物品として三点を提出『荒縄』、『脚立』、『桜の木』! これでお前はジ・エンドだぁああああああああっ!!!」


「はん。弁護側から助言だ、プルーちゃんさあ、証拠物品として『天使』は呼ばなくてもいいのか? それとも、もしかしてソロモン72柱の序列1位にも勝てちゃうほどの存在を呼び出すことに、びびっちゃったぁ? かわいいところあるじゃん。プルーちゃん。ぷぷぷ」


「……………ぐぬうグレンデルぅううう…………人間風情がああっ!」


「被告人カグラ、これがあなたへの検察側の最終尋問。あなたが奇跡を起こし、異世界に旅立ったという真実を証明できますか?…………偽証はあなあたを苛みます。あなたの見た真実を語りなさい」


「はい。宣誓書に従い偽りのない真実をこれから話します。私は天使の魔法により異世界に渡りました。証拠物品は俺の記憶映像。そして、これから俺が話すこの法廷での証言が、その真実を証明するでしょう。《天使の魔法により、満天の夜空は美しい快晴の青空に変わった。そして、枯れ木の桜は満開の花を咲かせ、脚立だったソレは、美しいガラスの螺旋階段に変化した。そして俺はその光景のあまりの美しさに涙した。その真実はソロモン72柱が1柱ダンダリオンも証言するだろう。そして、階段を昇りつめたその先に、異世界に渡るためのゲートを見つけた。そして、俺はそのゲートを潜り、異世界に渡った》。以上が、俺の真実だ」


「ば………か…………な。奇跡などっ……………起こらないから奇跡……………億兆京垓の可能性のなかにも見出せぬ、本当は、実在しないもの、非存在の証明、それが奇跡、それが、本当にあったというのか……………そんな、馬鹿なっ」


「プルーちゃんが驚くのも無理はねぇさ。私様ですら、奇跡なんてものを目にしたことはねぇんだ。だけどよ、あるんだよ。それをさっき、カグラ自身がが証言しちまった。つまり、カグラは無罪。ちぇっ、今回は悪魔の登場のせいで私様の見せ場が少なくなっちまったぜっ! それじゃ、裁判長ちゃん、最後に判決を頼むぜ」


「それでは判決を申し渡します。奇跡は、存在しました。よって、被告人カグラは無罪。これにて、第一日目『奇跡乱用事件』は閉廷とさせていただきます」


 仮面をつけた傍聴席の世界達から惜しみない拍手と喝采。…………検察側の解釈の魔女は歯軋りをし、元被告人のカグラを睨みつけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る