第三章2  『被告人カグラへの尋問』

 先程までは、舞台上の裁判席、検察席、弁護席、そして被告人のみに照らされていた明かりが一気に灯る。


 この空間が演劇の舞台上ではなく、法廷の中であるということが分かる。………あまりに広大で、荘厳で、そして演劇の舞台のような奇妙な法廷。


 裁判長の荘厳なる木槌が叩かれる。


「ご静粛にっ! ここは神聖なる法廷。真実を決める場です。それでは、新たなる弁護人グレンデル。………まずは本件の『奇跡乱用事件』の争点を、明瞭完結に伝えなさい」


「はん。裁判官ちゃんのお願いというのだから、私様が答えてよるぜっ! ここは奇跡の実存を問う法廷だ。検事側は、解釈の魔女プルガトリオが被告人が経験した奇跡の虚偽を証明し、そして弁護側である私様は奇跡の実在を証明する、ここまでの説明は間違ってねえな、裁判長ちゃん?」


「弁護側の説明に依存はない、説明を続けなさい」


「じゃあ続けるぜっ! そして、奇跡の実存を決定するのは、そこの傍聴席でポップコーンを食いながら観劇している傍聴者。まぁざっくり言えば擬人化された世界達、か。そして、この裁判における、有罪、無罪、真偽については傍聴人共が決める。ありていに言えば、超大人数の傍聴人が判決を決める、裁判員裁判。こんなところだろっ!」


「代打ちの弁護人グレンデル。あなたが、当法廷の特殊性と、『奇跡乱用事件』について熟知していることは理解しました。代打ちの弁護人ということで、多少の心配はありましたが、その心配は不要ということですね。以後、代理弁護人という理由で手心は加えませんので、その点、覚悟下さい」


「はん。裁判長ちゃん。私様にはそんな忖度なんて必要ねぇぜっ! 私様はここまでのくるまでの間、カグラ、ソレイユ、セレネの三人の過去の記録映像を10回も観てるし、この魔女による魔女裁判のいかれっぷりも十分に理解しているつもりだぜ。ルールブックだって丸暗記しているぜっ!」


「ふむ。あの一万頁にも及ぶ本を暗記するとは驚きました………。弁護人グレンデル、宜しいでしょう。本裁判は『奇跡の実存を問う法廷』は通常の裁判とは異なり、証人はいません。………つまり、証人尋問は行わず、尋問は被疑者カグラ、ソレイユ、セレネの3人に直接行います」


「裁判長ちゃんに確認だ。当然、何らかの魔法や、物理的な攻撃、または裏取引により、被告人に自白を強要するのは、無効か?」


「はい。そのような不正が発覚した場合、裁判長権限でその存在を永劫の輪廻から消去します。そして、この裁判において提示することが許される物証は、既に提示されている三人の記録映像からのみ。被疑者三人の記録映像を元に、本当に奇跡が存在したか否か、その真偽を問います。…………なお、この法廷での特殊性から人間世界でいうところの『状況証拠』を、『物証』、『証拠物品』として扱います」


「ふふふ。裁判長殿、妾はそのルールでも異存ない。解釈の魔女には元より物的な証拠などは一切不要。いかなる世界であれ、いかなる物語であれ、いかなる世界の人物であれ、我が解釈によって完膚なきまでに、穴という穴を突き犯し尽くす。それが妾が解釈と言われる所以っ!」


「はん。上等だぜ、解釈の魔女とやら、なかなか大見栄を切るじゃねぇか。私様はてめぇの提示する、その解釈とやらをまとめてナマスにしてやらぁっ!」


 法廷に荘厳なる木槌の音が木霊する。


「………それでは、これより被告人カグラ、セレネ、ソレイユへの尋問を行います。この裁判は一人づつ行われます。まずはカグラさん、証言台の前に立ってください。セレネさん、ソレイユさんは、被告人席に座り尋問までの間待機を。カグラさん、それでは……証言台に置かれている宣誓書を、裁判官である私と一緒に声に出して読み上げてください」


 カグラは証言台に向かって歩みを進める。足元に違和感………カグラの足首には白金色の鎖。………これはまで判決の決まっていない被告人に対する対応ではない………。まるで罪人に対する扱いだ。この『魔女による魔女裁判』の異常性を否応なしに、文字通り身をもってカグラに理解させる。


「「宣誓、全ての上位者に誓い、何事も隠さず、真実のみを語り、偽りを述べないことを誓います」」


「被告人カグラ、今の宣誓書の朗読によりあなたは当法廷において、虚偽を述べることができなくなりました。つまり、検察側の求めるいかなる尋問に対しても、被告人は偽りなく、あなたの真実のみしか語れないという制約を課しました。この法廷においていかなる虚偽もあなたを苛みます。それではカグラさん宜しいですね」


「おう。というよりも、拒否する権利なんて元よりないんだろっ!?」


「では検察側、解釈の魔女プルガトリオ。カグラの記録映像をもとに貴方が読み解いたその解釈を述べなさい。なお、解釈を述べるときは必ず物証も提示すること」


「ふふふ。裁判長殿、妾のことは以後、親しみを込めプルーと呼ぶことを許します。………被告人カグラの映像記録を拝見しました。ぷくくくくっ。いやはや……驚きました……。千年の眠りから覚醒した神楽の血、妾ですら謁見の許されないソロモン72柱が1柱ダンダリオン、果ては外宇宙からの侵略者、そして妾する知らない超高位の天使の存在………。ぷっくくくく。このような歪な物語、妾の解釈により、手足を引き千切り、腸を見事引きずりだし……………っ傍聴席の各世界の皆々様に、この馬鹿げた物語の真実を晒してやりましょうぞっ!」


「検察側、解釈の魔女プルガトリオ。ここは真偽を問う場。神聖なる法廷。………あなたの私見を述べる場ではありません。このような態度を取り続けるようであれば、法廷侮辱罪になります」


「ふふふ。裁判長殿、魔女裁判と言うのはこのようなものだ。裁判官殿も少しはこちらの流儀にあわせて欲しいものだがな? ほれ、傍聴席のあまたの世界は妾のパフォーマンスに大いに沸いておるではないか、ぷくくくく。法廷侮辱罪面白いじゃないか、先ほど同族の魔女を殺したばかりだ、景気よく罪を重ねてみるというのも面白いだろう」


「はん。癪だけど、その意見については弁護側も、検察側プルーちゃんに同意だぜ。法廷侮辱罪、面白い。………そんなつまらない罪を恐れて、一児の母やってられっかっーてーんだ!」


「べ……弁護側グレンデル。あなたも、検察側に対して不必要な挑発行為を行わないように。し……神聖なる法廷の……」


 裁判長の動揺を隠せずにいると、仮面をつけた召使が真っ白なハンカチーフで裁判長の額から流れる汗を拭きとる。………その所作はとても自然で鮮やか。ただものでは無い、一流の召使であることが理解できた。……裁判長は冷静さを取り戻す。


「そでは検察側、解釈の魔女プルガトリオ。第一の解釈を述べなさい」


「うむ、よいぞ。サクッと終わらせることもできるが、それではいささか優雅さに欠けるというものだろう。それは……解釈の魔女の流儀ではない」


「はん。それじゃあ、てめーの流儀とやらを聴かせてもらおうじゃねぇか」


「妾の流儀は……そうさな、人に例えるならば、足の先から徐々に刻んでいき、最後に心臓を潰し、腸を引きずりだす。それが魔女のやり方であるぞ。それでは、まずは私の第一の解釈を示そう。………カグラは虐め、家族間の問題により極度に精神が病んでいた。だからこの記録映像そのものが全て虚構、虚偽、妄想、空想。ぷっくくくくっ! おっと、妾としたことがうっかり間違えて心臓から握りつぶしてしまったかなぁ?」


「はん。なんだそれ? それが解釈とやらか。ヘソで茶が湧かせらあ。私様はこの記録映像は何十回と観させてもらったが、カグラが精神疾患を患っている描写は一つもなかったぜ。とんでもねーでまかせだな。検察側プルーちゃん、とっとと物証を出しやがれっ!」


「ぷっくくくく。妾は解釈の魔女。解釈の魔女には明示されている物語に隠された物語を解釈により生みだすことが可能。つまりだ、仮説を構築し映像に描かれていない真実を紡ぐことも出来るという訳だ。…………被告人カグラ、貴様に問う。貴様は何らかの精神疾患を患っていた、そうだろぉ?」


「被告人、カグラ。……検察側の尋問には、噓偽りなく答えなさい。………あなたの真実を告げるのです」


「ふん。……くっだらねぇ。所詮は魔女。ああ証言してやるぜ。俺は正常だった。映像記録の通りだ。俺がどこかの病院に通ったり、薬を飲んでいてという証拠はねぇ。もう一度映像を観なおしやがれ………解釈の魔女さん、お前明日から妄想の魔女って名乗り直した方がいいんじゃねぇか?」


「………偽証反応0、つまり被告人カグラの証言は全て真実。………裁判長権限により、被告人の証言の真実を証明します。検察側、物証の提示を願います」


「貴様、上位者である妾によくもそんな戯言を………。ならば、第一の解釈。カグラの精神疾患の物証を提示しよう。………これで、この演目もおしまい。サラバだカグラ。解釈の魔女として、精神疾患の症状を証明するための証拠物品を二点を提出っ! 『眩暈』、『耳鳴』」


「検察側、解釈の魔女プルガトリオの物証、有効」


「はん。それじゃ、弁護側から反証だ。物証は『神楽の血の覚醒』。記録映像をしっかりと見ていたら見逃さないハズだぜ、魔女っ子プルーちゃん。……特殊な血を引く者が覚醒する前には、なんらかの症状が出るそうじゃねぇか」


「ぐぬぬぅ。貴様ぁ……………っそれ以上は言うなっ!」


「そうだなぁ、例えば有名どころをあげるなら『聖痕』。そうだなあ、魔女で言うならば、『魔女の印』、突如現れるアザやホクロなんかも…………そうだよなぁ? これに反証できるかい、プルーちゃん?」


 傍聴席がどよめく。


「裁判長権限、弁護側グレンデルの反証及び、提出した証拠物品を認めます…………。検察側の証拠物品は、証拠不十分として棄却。ペナルティー!」


 裁判長が告げると同時に、解釈の魔女の左肩から、黒い鮮血が噴き上がる…………が、鮮血は空気に触れると途端に白いバラの花びらにかわった。これがペナルティーっ! 被告人だけではなく、弁護側、検察側ともに痛みを伴う、魔女による魔女裁判の開幕であった。

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