第二章12 『その名はクオーレ。真の名は……』
*オメガコーポ工場内:組み込みシステム導入作業室*
「おいっ! そこのお前、誰だ…………っ!」
「……………」
「貴様、こんなことをして…………ただで済むとっ………!」
チン、カラン。空薬莢が地面に落ちる音が暗闇に木霊する。
カタカタカタカタカタ…………
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System Override…………Administorator Name………Messiah
…………Deny…………******………Override Completion……
Reboot…………………Code;apocalypse 22:3a……………Psyche
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*****
「おめでとうございます。営業部長殿。あなたのおかげで、この子の兄弟達が皆のもとに渡ります。全て、あなたの頑張りです」
「ありがとうございます。実はあのあと役職外されて課長に降格されちゃいました。社内政治は本当に……本当に難しい。ははは。私にはむいていませんよ。でも良かった、これでオメガコーポも返り咲きます」
「………そんな。あんなに一生懸命頑張ったのに、酷いです」
「オメガコーポを再び復活させるという私の夢は叶いました。あなた達お二人のおかげです。それにどうやら私は管理職に向いていないらしい。早期退職プログラムを使って、学生の頃に憧れていた物書きにでも再挑戦してみようと思っていますよ。今日、お伺いしたのは会社員としてあなた達にお会いができるのが最後の日だったからです。いままで本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。部長殿とメイドの良さに語り合うことができなくなるなんて、寂しすぎます。退職後も気軽に遊びに来てください……いや、こちらから押しかけましよ」
「本当にお世話になりました。社内調整のためにいろいろ無理していただきありがとうございました。ほら、クオーレちゃんもこのおじさんにお礼を言ってっ」
「ブチョウ殿………その……兄弟達ヲ作ってくれて…アリガトウございますデス」
「はい。お嬢ちゃん、ありがとうね。よく言えました」
そういって、元部長はクオーレの頭を撫でる。まるでクオーレを人のように扱う。確かに彼の心が優しいというのが一番の理由であろう。だけどそれだけではない、元部長はクオーレのパパとママを信頼している。
だから、その子であるクオーレにもえこひいきしてくれるのだ。…………人と人との心の交流。それを思い出してもらうための兄弟たち。兄弟達がきっとみんなを笑顔を取り戻す。
*****
クオーレの兄弟達が、楽園病の患者を初めとした、多くの人の手元に渡ってから数年の歳月が経ったとある日の夕刻。懐かしい友人からの電話。彼は急いでその電話を取る。
「…………今すぐ……その研究所を……離れて下さい…………いま…………同時多発的にアンドロイドの暴走事件が発生しています…………楽園病から寛解した人が………最優先に…………殺されています! あとは、きっと…………反黙示録的な思想を持つ者…………その範囲は拡大中…………今は無差別に殺人を行っています」
「………状況は理解しました。あなたもその場を逃げてください!!!」
「私は…………もう駄目です。いままで………ありがとう。あなたのおかげで最後にいい夢を見させてもらいっ…………」
パカンッ。通話音声は間の抜けた発砲音を最後に途絶えた。
「逃げるぞ! いますぐにここから! 研究所のデータは全削除!」
「…………今やっているわ………。Code: Purgatorium all delete」
人々の手に渡ったセクサロイドX-01、セクサロイドY-01は楽園病という不治の病を寛解させ、人の心に活力をもたらした………だが、そのプログラムは既に先鋭的黙示録狂信者の手によって、製造プロセスの段階で改竄されており、いつでも暴走させられるように仕向けられていた。
彼らにとっては『楽園病』の実在こそが、黙示録に説得力を持たせるものであった。彼らの教義に則って解釈するのであれば永遠の天国に至った者たちの精神が肉の檻たる、人間の体に戻ってくることなど絶対にあってはならないことなのだ。
教義の破綻は、黙示録教団の破滅をもたらし、αテックの壊滅にも繋がる…………だから、彼らは人為的な『最後の審判』を実行した。しかも………それを、よりによってオメガコーポの製品を使ってである。
アンドロイドが人間たちを殺す地獄絵図。…………そして更に疑心暗鬼になった人間が人間を殺す…………狂騒。穏やかだったコロニー『詩編-96』は、互いが互いを憎しみ殺しあう、地獄の牢獄となってしまった。
研究所の扉を叩く音。反応が無いせいか、鈍器のような物で叩きだしている。機密性保持の観点から非常に堅牢な特殊な扉を採用しているが、とはいえ暴徒がここに侵入してくるまで間もない。
「いいかい、クオーレ。よく聞くんだ。これは、悪い夢だ」
「でも、パパ。………人が死んでマス」
「…………クオーレは、魔法を信じるかい?」
「信じマセン。何故なら……物語の中にシカ……存在しないからデス」
「いままで、君に機械論的唯物論しか教えてこなかったことを詫びるよ。研究者の悪い癖だ。クオーレにも異なる世界や概念がある事を教えてあげるべきだった。でもね、魔法は存在するんだ。その証拠に、パパとママは実は魔法使いなんだ」
「うっ、嘘なのデス………」
パパはにやりと笑って、いままでに見たことがない奇妙な動きで左右の手を振り回す。まるでそのパパの姿は指揮棒を振るうコンサートマスターそのものだった。そして…………力強く握りしめていた右手を開くと…………そこには…………っ!
「うっ嘘なのデス……そんな事………絶対ッ……ありえないのデスッ………」
「でもね、あるんだよ。クオーレも今は信じられなくて良い。今起こっていることは、悪い魔女達が見せている悪夢なんだ。だからクオーレは目を覚ましたらこんな悪夢は消えているんだ。だけど………その前に、パパとママはこれから悪い夢を見せる魔女達を倒さなければならない。…………だからその前にクオーレ。おまえを………異世界に送るよ」
「異世界…………?」
「………こことは違う世界よ。クオーレちゃんもデータや、絵本でしかしらない世界。本物の緑が生い茂り、生き物が息づき、わくわくする冒険ができる世界なの」
「デモ……お本の世界の冒険の物語にはドラゴンとか、巨人とか怖いのもいたデス………」
「これは。パパとママだけの秘密にしていたことなんだ。いままで、隠し事をしていてごめんね。実はクオーレは凄く強いんだ! 本当のクオーレは局地殲滅型の最強アンドロイドっ。どんなドラゴンや、アンデッドや、宇宙人や、幽霊が出てきたって、クオーレなら倒せるんだよ。クオーレは最強なんだ! パパとママの子が弱いはずが無いんだっ! だから信じてっ!」
「最強ノ…………局地殲滅型………セクサロイドッ!」
「うん。そうね。だから、あなたは異世界であなたが好きになった人と恋をすることだってできるのよ。それだけじゃない、その世界ではクオーレ君は新たな名と人生を持つの。あの窓の外からみえるあの綺麗な丸いお星様の名前を呼んでごらん」
「………セレネ」
「そう。そして…………異世界に通じるための合言葉。…………そしてクオーレちゃん。あなたが異世界で過ごす時の名前よ」
「きっと、新しい世界は楽しいことでいっぱいだ。怖い事なんて何一つないんだ。かわいい服に、素敵なお友達、美味しいご飯に、優しい人々、そしてきっと白馬に乗った王子様にだって会える!…………だからパパとママを信じて!」
「………うん」
扉の外で激しい機械音。扉をこじ開けるために何らかの機械を持ち出してきたようだ。パパとママはそれをみて焦っているようにも感じる。
「クオーレ。そこに横になって。そして目を瞑るんだ。そして、これからパパとママがある言葉を言う。そしてその言葉を全て聞きとげたら、最後にさっき僕が教えた合言葉を一回だけ言うんだ。良いね?」
「………うん。パパ、ママ」
そしてクオーレはベットの上に横たわり胸の前で祈るように手を組み、かたく目を瞑る。最後のパパとママの顔は、幸せそうな顔で笑っていた。
「私たちのかわいい愛娘」
「その名はクオーレ。そしてその真の名は」
「セレネ」
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System Override…………Administrator Name……………Selene
Override Completion……Reboot…………Mode;Princess Aurora
Code;Magic…………Fantasy………Hope……Love…My Daughter
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クオーレはしっかりと目を瞑っていたはずなのに目の前に眩いばかりの光を見た。これが異世界に渡る感覚なのだと確信した。つまり、パパとママの魔法により異世界への転生は成功。目の前に広がる広大な大地、自然、動物、そしてそここにはきっと胸躍る楽しい冒険が待っている…………。
そして、セレネはそこで意識が途絶えた。
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