第二章9  『真なる魔法と本当の奇跡』

 間の悪いことに、男の後ろに立っていたお姉ちゃんが、豚男の血を浴びてしまったようで、まるでお姉ちゃんが刺されたみたいに、血まみれのようになっている。


 …………っまったく、柳葉包丁くんめ。はしゃぎすぎだよ。今度説教をしなければいかないなとアリシアは考えた。


「お姉ちゃんどうしたの? 私の魔法を見て驚いた? お姉ちゃんが買ってくれた魔導書を屋根裏部屋で読んでひそかに魔法を使うための特訓をしていたんだよっ!」


「アリシア。あなた………っ…。うん、そうだね、こんなつまらない街抜け出して楽しい冒険に旅立とう! さあ、行くにへっ!」


 そう言って地下室を抜け二人は手を繋いで地上に抜け出る。頭に寸胴鍋を被った血まみれめった刺しの女の姿に、ソレイユは驚く。繋いだ手越しにお姉ちゃんの汗と恐怖が伝ってくる。だから、せめてお姉ちゃんを励ますためにと、私はお姉ちゃんの手を強く握り返す。


「お姉ちゃん。もう大丈夫………。もうお姉ちゃんを苦しめるあの悪い夫婦もいない。そして、私はついに魔法少女になれた。お姉ちゃんが働いて買ってくれた本のおかげだよ。私は、魔法の真理を理解できた。だから、今の私には怖いものなんて何一つないんだよ」


「にへへ。ボクの自慢の妹は、魔法少女になったにへ」


「いままでお姉ちゃんにばかり負担をかけてごめんねっ。いままでお姉ちゃんから守ってもらった分。これからは、私がお姉ちゃんを守ってあげるのっ! もうお姉ちゃんを悲しませたり、苦しませたりしねい! ううん。違うね。世界がお姉ちゃんを苦しめるのなら、私がそんな世界を魔法でぶっ壊してあげるから! だから大丈夫。お姉ちゃんにはいつものように太陽な笑顔でいて欲しいのっ!」


「こらっ! アリシア。その気持ちは嬉しいけど、まだまだお姉ちゃんは、ずーっとあなたのお姉ちゃんのつもりだよ。だから、魔法少女になった今でも、まだ私にお姉ちゃんをさせて欲しいにへ!」


「うん! そうだね、お姉ちゃん」


 アリシアは自然と頬を伝う熱いものを感じた。魔法を理解した今も………今でもお姉ちゃんに甘えてしまっている自分が恥ずかしい。本当に自慢のお姉ちゃんだ。二人は手を繋いで、夜の街を走って駆ける。


 屋根裏部屋の外はこんなに広い。こんなに綺麗。これからお姉ちゃんと二人で一緒に冒険の旅に出るんだ。きっと怖いモンスターとかもいるし、意地悪な魔法使いも居る、でも、もしかしたら素敵な王子様にも会えるかもしれない。


 だから、何も怖い事なんてないんだ。…………だって、どんなに辛い旅だとしても隣にはお姉ちゃんがいるんだから、絶対に楽しい。そんな世界を夜の街を掛けながら思い描いた。


 二人で手を繋いで街を駆けていると、目の前に奴隷管理官の制服を着た男が3人、私達の目の前に立ちう塞がる。この奴隷のバングルのせいで居場所を特定されたか………。奴隷管理官たちは全員がマシン・ピストルを所持。


 捕獲を目的としているなら明らかに、過剰武装。この場で私達に殺処分を執行としている。マシン・ピストル。それは、魔女を殺す悪意の鉛の弾を連続で射出する殺戮兵器。魔法を使うものにとっては非常に危険な武器。


「止まれ! 管理番号1281及び1282。貴様達は奴隷契約条項第一条第一項に違反している。その罪により、我々は管理番号1281及び1282をこの場で殺処分する許可が正式に降りている。管理番号1281及び1282、最後に言い残す言葉はあるか。せめてその言葉くらいは、生きた証として我々の書面に残しておいてやろう」


「Σας ευχαριστώ πολύπαλαιότερη αδελφή μέχρι την τελευταία στιγμή !」


 管理官たちには少女が放った最後の言葉が魔法であることを理解できなかった。魔導を理解せぬ人の子の限界。愚かにも、魔法少女に最後まで究極魔術の詠唱をする時間の猶予を与えてしまった!! だから、もう……全てが遅いっ!!! 


 管理官の指が引き金を引いた、その刹那………とっさにソレイユがアリシアを抱きしめ、自分を肉の盾にするためにアリシアに覆いかぶさる。自分の命よりも妹を優先する。まるでその犠牲的な行為が当り前のように自然に行う。それは……………魔法よりもずっと尊い。


「お姉ちゃん………最後まで……っ……自分のことよりも私のこと。そんなお姉ちゃんが幸せになれないこの世界は絶対に絶対に間違っているっ! だからっ!! 私はこの世界のコトワリを否定するっ!!!」 


 この世界のコトワリを拒絶する究極の魔導の発現。アリシアの体が白金色に包まれる。すべての魔法、いや、現実すらも凌ぐ魔法。それが真実の魔法。この魔法の影響下に置いては、反魔法物質する無効化する究極の魔法! 


 無粋なマシン・ピストルによって放たれた鉛弾は、まるで見えない壁に阻まれたかのように中空で静止する。まるでその鉛弾の時間だけが静止したように、ソレイユの前で止まっている。


 指を引き金にかけ撃ち続けている奴隷管理官には当然、目の前の現象を理解できるはずがない……。ただ、なにかが起こっているとしか知覚することができない。これが魔導を理解するものと、人間との差………。


「…………さあ、人間に遣えし鉛弾達よ、元ある場所にお帰りなさい」


 鉛弾が白金色に包まれ、魔法に対する抵抗力を失っていく。鉛の持つ反魔法的な力を凌駕するのが真なる魔法。魔術師はその魔術理論に囚われ、鉛弾や、反信仰などの弱点を持つ。だが、真の魔導を理解したものにはそんな理論は一切の関係がない。


 なぜなら真の魔導を理解した者には、この世を構成する全ての物質が魔法であるということを理解しているのだから!……つまりは、反魔法の象徴である鉛弾ですら、その構成する物質は魔法。現に今や鉛弾にすら魔力が宿り、今やその魔導の支配下にあるっ! つまりっ!!!


 まるで時が止まったように空中で静止した鉛玉がまるで思い出したように動き出す。ただし……………進行方向は逆側だっ!!!!


 3人の奴隷管理官たちは自分たちが放った弾丸によって全身蜂の巣になり、盛大に血を吹き出しながら絶命した。彼らは最後まで何が起こったか理解できなかっただろう。


「お姉ちゃん。もう終わったよ」


「えっ………本当ににへ。アリシアあなたがやったにへ?」


「うん。だけど、さっき大魔法を使ったせいで、異端審問官どもに私が真の魔法使いであることがバレちゃったの。これからこの世界は、魔女と異界から渡ってきた異端審問官どもとの戦場になるの。だから、せめてお姉ちゃんだけでも、幸せな人生を送って欲しい! だから、この異界に通じる門をくぐってっ! この門は私でも10秒しか維持できないのっ! 残念だけどそれが今の私の限界っ! だから、せめてお姉ちゃんだけでも、異世界で幸せになって、ね!」


「駄目! アリシアを置いて一人でなんて………行けないよっ! 一緒に行こう! ヘンゼルとグレーテルみたいに一緒に行くって約束してたよ!」


 アリシアはソレイユを抱きしめる。お姉ちゃんの涙が、私の肩を濡らす。その姉をドンッと強く突き放す。触れた時、私は自身の持つ魔法力の半分をソレイユに与えた。だから、お姉ちゃんはどんな異界でも大丈夫。魔法があればどこだって。


 ソレイユが突き飛ばされて後ろずさったその先にあるものは異界に通じる門。一人だけしか通さない、一方通行の異世界への門。そこに吸い込まれる。


「頑張ってお姉ちゃん! わたしもこの世界で頑張るからっ!」


 アリシアは、ソレイユが異世界に無事にたどり着いたことを見送り。別れの言葉を告げた。それがアリシアの最後の言葉であった。

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