第二章6 『振り向くな、振り向くな、後ろには何もない』
「おい。ダンダリオン。おまえなぁ、今まで一体どこに行っていた?」
「くっくっく。神楽から我を呼ぶとは珍しい。明日は雹でも降るのでしょうか?」
「雹どころか、7日後には外宇宙の侵略者が降ってきて人間も悪魔も天使も全滅だよ。それよりもおまえはどこに行っていたんだよ?」
「くっくっく。悪魔が行儀よく『いってきます』などと言って、出かけるとでも思っていましたか? ソロモン72柱の全員で朝までドンチャン騒ぎですよ。二日酔いで頭が痛いくらいです。くっくっく」
「ふん。そんなことだろうと思ったぜ。所詮は悪魔だ。日本の神様でも同じような話を聞いたことがあるぜ。神無月には八百万の神様がお伊勢様で朝までどんちゃん騒ぎするらしいし、天照大神様が引きこもった天岩戸の前でどんちゃん騒ぎして、天照大神様を、引っ張り出したなんて話も聞いたことがある。神様も悪魔もやることは変わんねぇなぁ」
「くっくっく。日本の神というのは面白いですね。一度、八百万の神々とソロモン72柱で祝宴を開いてみたいものですよ。新たな神話の一頁が描かれるくらいに、それはそれは、さぞや見ものでしょうな。それにしても外宇宙の侵略者。緊急事態じゃないですか。まあ人間も、悪魔も、天使ももろともに死ぬというのであれば、不肖序列71位のダンダリオン。これほど愉快なことはありませんがねぇ」
「…………俺は、死ぬつもりはない。どうやら、他の世界に渡る方法とやらがあるらしいから明日Cちゃんにその話を聞きに行く。ダンダリオンお前も死にたくないのであれば、序列1位のバアルあたりと相談してろ。悪魔も天使もこの世界が滅びたら全部おしまいだ」
「くっくっく。まあ検討しておきますよ」
その日の夜はダンダリオンとの会話を、それを最後に終わった。姿を消したところを見ると今頃、他のソロモン72柱の悪魔と作戦会議でもしているのかもしれないな。そんなことを考えながら横になると自然と、眠りの世界についていた。
目を覚ますと看護師に偽装した悪魔が今日もまた、朝食をもって部屋にやってくる。もうその程度では驚かない。だって、もう既に全人類の2割がすでに人造人間に入れ替っているというのだから、いまさらちょっとくらい悪魔が人間に化けてることで驚くのも馬鹿馬鹿しい。誤差の範囲だ。
性懲りもなく『お薬』とか嘘ついて、怪しげな色の錠剤を持ってきて飲ませようとしてくる。あの異能力を無効化する毒薬だ。他世界に渡る前に、逆らって殺されるのも癪だ。
黙って従ったふりをする。便器に入れて長そうとするとぷかーっとカプセルが浮いてくることを発見したので、トイレットペーパーで『お薬』をグルグル巻きにしたうえで、部屋のトイレに流しこんだ。
「おはようCちゃん。昨日の話の続きだけどさ。俺やっぱりまだ生きたいと思っているんだ。まず他世界に逃れて、そこで力をつけて、外宇宙の侵略者を倒せばみんな助かるんだろ? なら、やる価値はあると思うんだ」
「ふふふ。お兄ちゃんならそう言うと思った。だけど異世界に渡るためには私の魔力をもってしても、一定の儀式のための道具が必要なの…………。そのための儀式の道具をお兄ちゃんに用意して欲しいんだけど、それはできる?」
「ああ、もちろんさ。街どころか、世界。いや、宇宙の危機に奮い立たない男はいねぇよ。絶対に世界を救うさ!」
「ガッツあるね。そういうところ好きよお兄ちゃん」
今日もいろいろな話を聞いた。アポロ21号は実は月面に着陸していないし、日本で頻発する地震は全て気象兵器HAARPのせいだということ、ウィルスは宇宙人が人類を滅ぼすために作った兵器であることあとは彼女も俺と同じRH-Oという非常に稀な血液型であること。この血液型を受け継ぐ者は神のDNAを色濃く受け継いでいることなどを教えてもらった。
数えきれないくらいの自分の知らない衝撃の事実を聞き、頭がパンクしそうになった。だけど、楽しかった。街を守る魔を討つ者の仕事も、神楽の血脈も、ソロモン72柱もCちゃんの話の前ではちっぽけな話に感じて少し寂しくも感じたりもした。
デイルームが使えるのは、夕食時間までなので、ぜんぜん話足りないけど俺は部屋に戻った。部屋に戻っていつものようにダンダリオンにCちゃんの話を報告していると医者のふりをした悪魔が部屋にやってきた。いったい何の用だろうか?
「こんばんは。神楽さん。あなたは**さんと仲が良いですよね?」
一部がうまく、聴き取れなかったが頷く。
「お休み中に申し訳ございません。神楽さんに、折り入ってのお願いなのですが、この式紙に**さんへの応援のメッセージを書いて欲しいのです。**さんは、ちょうど今日から6日後に非常に難しい**を行うことになっております。現代の医学では難しい免疫性***、血液も**さんは特殊なRH-………医師として、無力である私は………とても悔しいです………もし彼女の臓*のドナーが見つかっていたのなら…も残念…す…***、神楽さんが**さんに会えるのももしかしたらそう…くないかもしれません。手術は**さんの精神状態、手術に耐えられるだけの気力が重要になってきます。**さんは元からとても体が弱く、免疫も弱い。だから神楽さん、せめてあなたが心の支えになってあげてください。だから、この色紙に元気のでる言葉を書いて下さい。これは医師としてではなく、一人の人間として、神楽さん、何卒、お願いします」
目の前の悪魔も心なしか目が潤んでいるような気がした…………。ははは、悪魔の目にも涙か。あと6日後に世界が滅びるんだ。外宇宙の侵略者によって。だから、だから、そんな色紙関係ない。関係ないのに…………。
何故だか分からないが、涙が溢れて止まらない。騙されるな………目の前の男は、人の心をもてあそぶ悪魔なのだ。悪魔は色とりどりのペン、式紙、のり、色紙を部屋に置いて、部屋を去って行った。
「おい。ダンダリオン。見ているのだろう。……俺はこの式紙をどうすれば良い」
「くっくっく。そうですね、神楽のお好きなようになされば良いでしょう。定命の者の考えなど悪魔の預かり知るところではありませんからね。でも、どうせ6日後に世界は終わるのですから………っ書いても、良いんじゃないですか、その式紙にあなたが彼女に伝えたい言葉を。無駄、無為というのは悪魔の愉悦の一つでもあります。くっくっく」
「そうか、もな……。ありがとう。ダンダリオン」
ダンダリオンは慇懃に一礼をして視界から消え去った。カグラは、悪魔から渡されたサインペンと色紙を使って、色紙一杯に言葉を敷き詰めた。
ハサミが使えないからいびつな形になったけど、星の形に千切った色紙も張り付けた。……………そしてカグラは、そのまま眠りの世界に誘われた。
翌日いつものように朝食を配膳しにくる悪魔に、俺が想いのたけを書きなぐった少しゆがんだ式紙と、カグラの名前が署名された緑色のプラスチック製カードと、A4サイズ一枚の手書きのメモを添え、それを悪魔に渡した。
それを受け取った悪魔は、複雑な顔を浮かべた後に、少し微笑んで去って行った。所詮は悪魔。何を考えているのか、人間である俺には分からない。
いつものように、デイルームでCちゃんと会話をする。今日はいつものように世界規模の話ではなくて小さな小さな話だった。Cちゃんは大好きな恋愛漫画の最終回が読みたいと言っていた。漫画のキャラの誰と誰がくっつくのか気になるとか、そんなことを話していた。
Cちゃんほどの魔力の持ち主なら漫画の造物くらい簡単なのではと聞いたら、物質の造物は簡単でも、物語の創造は非常に難しいというようなことを言っていた。それに何でもかんでも魔法で解決しようというのは、非常に浅はかな考えであると叱責されてしまった。魔法と言うのは奥が深いようだ。
とりとめのない小さな会話をした後に、今日の異世界へ渡る方法についての作戦会議を行った。途中で、Cちゃんが不安そうな顔をしていた。天使にとっても難易度の高い魔法なのだろう。
「出てこい! ダンダリオン。異世界に渡る儀式の確認だ。俺は、Cちゃんより先に異世界に渡ることに決めた。………それが………を救う可能性に繋がるのなら。だから、儀式のために必要となる儀式の道具を列挙しろ」
「くっくっく。貴方も悪魔遣いが荒いお人だ。まずは
「次の儀式の道具を説明しろ」
「くっくっく。私が魔法を使い清掃用具室から盗んできた、天へのの階段、こと脚立。天使である彼女なら、この3段しかない階段も異界へ通じる無限の階段へ変換することが可能でしょうな。くっくっく」
「次っ!」
「桜の木………最も霊的な力が強い木です。なおかつこの日本という土地においてはその魔力が最大限に発揮されることでしょう。本来であれば、満開のタイミングが最善なのでしょうが、天使の魔力があれば全く関係ありませんかね。くっくっく」
「それじゃあ、Cちゃんを迎えに行くぞ。ダンダリオン」
「くっくっく。どこへなりご随意に、神楽」
外鍵による施錠はある物を挟むことで無効化している。これもダンダリオンの悪魔の悪知恵の一つだ。時に悪魔のその狡猾さと知識には驚かされる。Cちゃんにも、外鍵による施錠を無効化するその方法を教えていたので、Cちゃんの部屋の前でノックをしたら中から出てきてくれた。
カグラは、脚立と荒縄を持って、急ぎ施設を出る。………異世界に渡ろうとしていることをこの収容所の悪魔どもに知られたら、きっと止められるに違いない。最も、怠惰なこのダンダリオンにはそんなことはお構いなしのようだが。
「はぁはぁっ………。Cちゃん、この桜の木で大丈夫かな?」
「おっ…………お兄ちゃん。もうやめよ。こんな………駄目だよ」
「あと5日で世界は滅びる。俺はそれを救うんだ」
「私の……………話を聞いてくれてありがとう………そしてごめん……………私は世界なんて、どうでもいい……………だから、お兄ちゃん。やめてっ」
「奇遇だな。俺だって世界なんてどうでも良いさっ!さあ魔力を解放してくれ」
「……お……ちゃ………めてっ!」
カグラは驚愕した。先ほどまでは、満月が覗く漆黒の暗闇がまるで嘘だったかのように晴れ渡った雲一つない快晴の空に変わったのである。太陽の光があまりに眩しすぎて、涙が零れてきた。
そして、さきほどまで枯れ木だった桜の花が一斉に咲き誇った。こんなに見事な桜の木は見たことがない………。カグラの頬を桜の花びらが撫でる。これが、天使の使う…………真なる魔法。
「ダンダリオン………見えているか?! これが本当の魔法だ!!」
「えぇ……あまりの桜の木の神々しさに、不肖、序列第71位ダンダリオン。焼き殺されてしまいそうですよ。くっくっく」
そして、ただの脚立だったソレは、真なる魔法の力によって、無限に続く螺旋のガラスの階段へと変わる。その階段を一歩一歩カグラは昇る。どれほど歩いたかもわからないくらいに歩いた。
頬を汗が伝う、無限に続く階段を昇る。きっとこれは天国への階段。無限と思われる距離を歩くと目の前に現世と、異世界を隔てるゲートが見えてきた。ゲートの先に異なる世界がぼやけて見える。………何故だか、景色がはっきりと見えない。この状態でゲートに入れば、どこにたどり着くか分かったものじゃない。
「くそっ! 目がかすれてゲートが見えない。ダンダリオン門をこじ開けろっ!」
「神楽…………。残念ながら、悪魔にそのような力はありません。できるとしたらこのハンカチーフで、貴方の瞳をぬぐってあげることくらいでしょうか」
ダンダリオンが指先をパチンッと鳴らすと、空からふわりとハンカチが落ちてきた。その魔法のハンカチーフでダンダリオンは優雅に俺の瞳をぬぐう。カグラは、憧れていた異世界が目の前に、こんなに近くに広がっているから嬉しくて、いつの間にか、泣いてていたようだ。だって仕方ない。奇跡がこんな近くに………目の前にあるのだから。………だから、これは嬉し涙だ。自分が誰かの役に立てるかもしれない、可能性なのだから。だからこれは、希望に満ちた旅立ちなのだ。
「………ダンダリオン。……いままで、ありがとう。……そして、ごめん」
「いえ。悪魔である私にとっても、貴方と過ごす時間は、とてもかけがえのないものでした。こちらこそ、神楽、あなたに惜しみない謝意を」
「じゃあ、行ってくる」
「願わくば、神楽。あなたの旅路が良きものとなりますように」
そしてカグラは5日後に崩壊する世界を救うため………いや、本当はそんなことはどうでも良い。一人の少女の命を救うため、カグラは、ゲートをくぐり異なる世界へ旅立っていったのだった。
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