第二章5 『天使と悪魔と外宇宙からの侵略者』
ひとしきり父と抱きしめあっているうちにきっと安心して寝てしまったのだろう。目を覚ましたら、見知らぬ車に乗せられていた。この車の運転手はダンダリオンの眷族だろうか。カグラが何を言ってもまったく反応がない。まるで感情が存在していないようかのように能面のような表情。
カグラの体には一切の魔力を封じ込める身体拘束具が着せられており、左右の腕を自由に動かすこともままならない。悪魔がそれだけ、カグラに警戒している証拠に他ならない。
「おい………ダンダリオン。これは何の真似だ?! お前、俺を一体どこに連れて行くつもりだ? この拘束具を外せぇっ!!!」
「くっくっく。おめでとうございます。もう試練の全過程は修了です。あなたの力は十分に理解できましたのでねぇ………。あなたの危険度の調査は終了です。これからあなたを連れていくのは異能力者を封じ込める牢獄。………簡単には殺さない。神楽は、そこでゆっくりと朽ちて行くのです。くっひっひひひひ」
「悪魔めっ! 人間の社会を甘くみるな。もし俺が数日でも家に帰ってこなかったり、学校に登校しなければすぐに警察が動くぞ。いかにソロモン72柱と言えど、全ての人間を騙しきることなど不可能だっ!!」
「くっくっく。心配無用ですなぁ………だからもう一人で戦うのはやめたのですよ………。きゃははっははっ!」
「まさ、か………ソロモン72柱が1柱。序列57位、人の姿に化けるという……オセ、なのか。お前より格上の悪魔をどうやって召喚した?」
「我の放つ言葉の前では序列などはただの記号。意味を持たぬさぁ。くっくっく。今頃、オセはお前とまったく同じ姿をして、元気に登校しているころだろうなぁ………。愉快だろぉ。だから、お前が失踪したことなどは誰も認識することはできないのだよ。これがソロモン72柱が1柱ダンダリオンの仕事」
「………このっ! 卑怯者。ダンダリオン、俺はお前の課した試練のその全てを踏破した。だからもう、終わりじゃないのか?」
「誰 が い つ そ ん な こ と を 約 束 し た ぁ ?」
「所詮は、悪魔か。クソがあぁぁあ!!!」
「ほら、神楽のだーい好きな悪魔が登場してくるWeb小説にも書かれていただろう。悪魔と約束をする時には、事前にちゃーんっと約束の時の条件を確認しましょうねって。この間抜け。アホ。きゃあっはっはっは!」
甘かったのだ。一瞬でも悪魔にも人間の心が分かると考えたのは、完全なる油断に他ならない。悪魔はこうやって、人の心の隙間に入り込んでくるんだ。
………図書館で見つけたあの魔導書にだってそう書いてあった。それをいまになって思い出しカグラは悔し涙を流す。
「くっくっく。折角の父親との仲直りも無駄に終わったなぁ。安心しろよ神楽ぁ………学校から帰ってきたオセがお前の代わりに、家族仲良く過ごすからなぁ。きゃっはははははっ!」
カグラはせっかく長年の確執を超えて仲直りできた父の側に立つのが、自分ではなく、自分になりかわった序列57位のオセだということを想像すると自然と涙が零れ落ちてくる。母さんの愛情を受けるのもその悪魔だということを意味する。
白いワゴンカーは。ある施設の前で停止する。…………ここが、異能力者を閉じ込め収容する施設。外観こそ、病院に似せているが、異能を持つものには分かる……………ここが、そのような生易しい施設ではないことを。
霊的な能力を持たない人間にはこの施設がただの病院施設に見えるのだろうが、俺には分かる。だって、おかしいじゃないか。病院の窓に鉄格子がついているはずなんて無いのだから。
「だから言っただろう!? ここはお前らのような異能力者を閉じ込める檻なのさぁ…………きゃぁっははははっ!」
「卑怯者っ! 悪魔っ!」
「それはぁ………我にとっては最高の誉め言葉だなぁ。くっくっく」
拘束具を付けたまま俺は独房のような部屋に連れて行かれる。途中ですれ違う人間はみんな同じ服をきて、ここが悪魔儀式的な施設なのだということが一目で理解することができた。
すれ違う人間の瞳には輝きを失い、悪魔に魂を奪われてしまっているということを否応なしに認めざる終えなかった。殺さずに生かし続け、苦痛を与え続ける。なぜなら悪魔にとっては人間の感じる苦痛こそが餌なのだから。つまり、つまり、この施設は悪魔たちの餌を作るための生産工場の機能も果たしているのだ。
この悪魔の牢獄の中で、俺にあてがわれた部屋に備え付けられているのは便器と簡易ベットだけ。窓には鉄格子はついているし、俺を閉じ込めるために内鍵ではなく外鍵だ。
しばらくすると部屋に医者の振りをした悪魔が入ってくる。口は半月状にさけ、いかにも胡散臭い悪魔的な笑みを浮かべている。その悪魔は……………確かこんなことを言っていた。
「大丈夫ですよ。神楽さん。これは****です。状況が改善されれば、一般**に移動できますから、神楽さんのように若い方にはスマホが使え無いのでこの部屋は不自由でしょうが、デイルームにきていただければテレビや、遊具もありますので申し訳ないのですが、しばらくは我慢してください。………ところで、昨日の記憶はありますか?」
「ある。記憶はある。ここから出せっ!!! 悪魔めぇっ!!!」
悪魔を前にして怒りがこみ上げ全力で拘束着を脱ごうとした際に肩の骨が脱臼したようだ。
「い…………いけないっ! 思ったより**の**が深刻です。今すぐ………この**に****を注射して下さい。**状態が**。聞いていた症状よりも****ですっ!」
そして、悪魔はカグラの腕に注射で毒を流し込み。そこでカグラの意識は途絶えた。
*****
しばらくして部屋で目を覚ます。あの毒薬のせいで頭がぼーっとする。きっと異能力者の能力を抑制する薬剤だ。俺の読んだ小説の中にもESP能力者がロボトミー手術のせいでESPが使えなくなる物語があった。異能力やESPや魔法の発現が脳に起因することはもはや疑う余地はない。
「おい! ダンダリオン。姿をあらわせ! この状況を説明しろ」
大声で叫ぶが悪魔は姿を現さない。
「クソっ! いつもは呼んでなくても現れるうっとうしい奴のくせに、俺が必要な時には姿を現さない。やっぱり所詮は悪魔だなっ!」
ダンダリオンの居ない部屋の中はとても静かだ。何の音も聞こえない。起きた時には拘束具は簡易的なものに変えられていた。部屋は外鍵が開錠されていたので、そのデイルームというところに行ってみる。
一言でいうと何だろうか。学校の食堂のような空間だ。8人くらい座れる椅子とテーブルが何ヵ所に点在している。部屋の奥の方にテレビが2台。テレビの一つには延々と公共放送が流れている。もう一方のテレビはゲームやビデオなんかを観る専用のテレビのようだ。
一つ学食と違っているところはここに居る人間は全員目が死んでいるということだ。………きっと悪魔の餌にされていくうちに魂がすり減ったのだろう。そんなことを考えていると天使のような笑顔をした少女がカグラに声をかける。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん………。どなたかな。ごめん、俺は君の事を知らないのだけど?」
「これから、秘密のお話をしたいのだけど。大丈夫?」
「大丈夫だ。いまならダンダリオンも居ないからな…………っ」
言った後にしまったと頭を抱えた。悪魔の名前は秘匿されているはず。迂闊にもその名を口に出すとは。まだ毒薬のせいで頭がぼやけているのだろう。
「ふふふ。ソロモン72柱が1柱。序列第71位。人の心を操る悪魔」
「…………お前。何者だ。なぜ、その名前を………魔導書を知る物にしかその名前は知るずがない。正体を明かせ」
「分かるよ。だって、私、天使だから」
彼女の容姿をみて納得がいった。穢れを知らない真っ白な肌に、ルビーのようにキラキラと煌めく紅いつぶらな瞳。それに、人ならざる者が持つ上位者特有のオーラ。カグラは確信した。彼女は、ソロモン72柱にも対抗できうる可能性を秘めた、上位存在であると。
「…………御遣い様。なぜ、このような悪魔の収容する施設などにいらっしゃるのですか?」
「ふふふ。実はもうこの世界は終わりなの。7日後に外宇宙から千の顔を持つ者がこの世界に降り立つ。だからソロモン72柱の悪魔も、この収容所の悪魔たちも、もう何も関係ないの。全ては終わる世界の泡沫のできごとよ」
「御遣い様ですら、外宇宙の侵略者にあがなうことはできないのでしょうか?」
「無理ね。というよりも、私はもうこの肉の牢獄に飽きたの。だから外宇宙の脅威がこの世界を破壊し尽くそうが、まったく関心ないの。それと、私のことは親しみをこめて、Cちゃんと読んで欲しいわ。あとたった7日で終わる世界。短い間だけど、仲良くしてね。あなたのお名前は?」
「俺の名前はカグラ。えっとカーちゃんとでも呼んでくれ」
「ふふふ。まるでお母さんを呼んでいるみたいね。そうね、私はあなたのことを親しみをこめて、お兄ちゃんと呼ぶことにするわ」
カグラは今まで俺が行っていた魔を討つ者としての仕事の数々や、千年の時を経て覚醒した神楽の血の話を彼女に一生懸命話した。………だが、恐るべきことに彼女は俺しか知らないはずのその全ての秘匿された情報を知っていると言うのだ。
目の前に居る存在が高貴で俺では及ばない次元の存在であることに確信を得た。彼女の前ではソロモン72柱序列1位のバアルでさえひれ伏すであろう。
彼女は俺の知らない外宇宙の脅威や、この世界と他の世界を繋ぐゲートの話、邪馬台国の位置は実は台湾だったという話、人類は猿からではなく外宇宙の存在が造り出した存在であること、人間のうちの2割はすでに人造人間に入れ替っているということ。そのような驚愕するような事実を惜しげもなく教えてくれた。
………その少女の語る全てはがカグラの知らない上位者のみが知りうる情報であった。彼女の知る世界の危機と比べれば、俺がいかに矮小な存在であるかを理解せざる終えなかった。千年の末に覚醒した神楽の血だって宇宙規模の視点で見れば砂粒のようなものである。
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