第二章4 『千年を経て覚醒する神楽の血』
「おい! カスラぁ、おめーのせいで、文化祭の評価最悪だったじゃねぇかっ! どんだけ協調性がねぇんだよ。せっかく、俺たちがお前を成長させるために、文化祭実行委員会の委員長なんていう大役を任せてやったのに、この体たらく。なーにが、朗読劇だ。てめぇが一人で壇上にたって、朗読して盛り上がるわけねぇだろこの間抜け、カス、クズ、****」
「「「「「きゃっはっはっは」」」」」」
カグラも最初はクラスのみんなを巻き込んだ演劇や、合唱などを提案したのだ。だが協力してくれる人は誰一人いなかった。結果として、『文化祭実行委員会委員長』が独りでもやれる朗読劇を強いられたのだ。…………。そうでなければ誰が、壇上で一人で朗読などするものか。
「神楽さん、あなた真面目に杉浦さんのお話を聞いていますか? 教師として、杉浦さんの言い方にも少し問題があることは認めますが、それもこれも全ては神楽さんを想ってのことです。逆恨みなどやめて下さいね。あなたのせいで私達のクラス全員に迷惑がかかりました。私達のクラスが職員室で何と呼ばれているか知ってますか? あなたのような繧ッ繧コ縺ァ繧エ繝溘逕溘″縺ヲ縺?k萓。蛟、縺ョ辟。縺?函蠕偵′縺?k縺九i………反省の気持ちがあるならば、文化祭の時のように壇上の前でその反省文を朗読してください」
「………私、神楽は文化祭実行委員会委員長という大任をいただきながら、私の力が足りないがために、皆様にご迷惑をお掛けしました。申し訳……ございません。私の力不足によりクラスの皆様にご迷惑をおかけしました………。担任の品川先生にも恥をかかせてしまいました。それはすべて、私の責任で……………」
その時………いつもよりも激しい眩暈と、耳鳴。いや違う………これはいつものとは違うっ………ナンラカの能力の発現。元より神楽の血脈は魔を討つ者の血脈。………その血が今まさに千年の時を経て開花しようとしている。
今の神楽には見えている。教師の背後、生徒の背後で彼らを操る邪悪なる悪の花を。…………奴らの目的はただ一つ。この俺をあらゆる方法で殺す方法。肉の体を持たない者は他者の身体を借りて邪悪を成す…………そこで、カグラの意識は途絶え、ばたりと倒れた。
*****
いつからだろうか。カグラの瞳に人に憑りつく邪悪の存在が完全に見えるようになっていたには。最初は薄っすらとしか見えなかったその姿が今では完全に見える。
正確に言えば悪魔に取り憑かれた人間から生える悪の花が見えるようになったのだ。悪の花は悪意を吸いあげ醜悪な花を咲かせる。その咲いた悪意の花は花粉を飛ばし新たな花を咲かす。
クラスの自分を除く31名は全て魔の軍勢によって支配された。大人ですらそうなのだ。カグラのような異能力を持つ存在を卑劣な悪魔たちは人間を操りあらゆる方法で攻撃をしてくる。
その対策のためにカグラは自室にて魔導書を読み漁る。悪魔は狡猾でその正しい名前を呼ばない限りは人の前に姿を現すことはない。通常の悪魔ですらそうなのだ……………ましてや
「隠れていても無駄だ。そこに居るのだろう………ソロモン72柱が1柱…………ダンタリオン」
「くっくっくっく…………。ほう、貴様にはこの私の姿が視えるか。下等な人の身にありながら、まさかこの私の名前まで当てるとは。くっくっく。だから面白いのだ。貴様は我の名をどこで知った。我の名前は秘匿されている………愚かな人の身では知りうる術など無いはずなのだガナァ………」
ソロモン72柱が一つ序列71番ダンダリオンが姿を現す。右手に魔導書を抱え、紳士然としてふるまうその姿は、プライドが高いこの悪魔らしい仕草である。
「学内の図書館だ。驚いたよ。俺のこんな身近に貴様のことを記した魔導書があるなんてな。……………この魔導書にはお前の特性も弱点も全て書かれていた。お前はソロモン72柱の中では非常に脆弱な存在だ。自分の体では何もできない。だから人の思考を操ることによって、人の命を狩る。狡猾で卑怯な狩りを好む悪魔だ
「くっくっく。面白いっ! やはり面白過ぎるぉ神楽ぁっ! やはり千年前に神楽の血を絶やしておくべきだったということだな。…………だが気づくのが遅かったな。お前の周りに居る人間全てに我の『悪意の種』を植え込んだ。だからお前には何もできんさ」
「ふん。やはりは所詮は序列71番、神楽の力を甘く見過ぎている。俺の流派は千の昔より魔を祓うために祭祀に使われていた祭法。お前のような……………悪魔を退けるために、作られた流派だ」
「くっくっく。本当に愉快だ。まず第一の試練を与えよう。お前に我が忠実なる眷族を送る。さぁ…………人の身で倒せるかな。くっくっく。あっはっは。楽しみだ。ほ ん と お に 楽 し み だ」
悪魔の嘲笑と同時のタイミングでカグラのスマホが点滅する。LINEだ。教室で粘着的に俺につきまとう杉浦。そいつから、今すぐに公園に今から財布をもって来いと連絡があった。
…………分かっている。あのダンダリオンの差し金であるということを。だけど、恐怖で足が震える。………違う、これは武者震い。何故なら、俺は悪を祓う一族の末裔なのだから。
ジャージに着替え運動靴を履き、指定の公園に向かう。本来、魔を祓うためには正装が必要なのだが。そうも言っている時間はない。これはダンダリオンが俺に課した第一の試練。………絶対に負ける訳にはいかない!
「おうカスラぁ。財布持ってきたか? これから友達と親睦を深めに行くから金が必要なんだよ。はよ、よこせよこの愚図野郎っ!」
杉浦の背後には悪意の種から咲き誇るどす黒い花が咲き誇っていた。これがダンダリオンの仕掛けた悪意の種。…………今まで殺したいほどに憎んでいた。杉浦の存在が今はもうただの哀れな被害者にしか見えない。
彼も苦しかったのだ、悪魔に心を奪われ、悪に手を染めた。…………この負の円環を俺が断ち切らなければいけない。それが、魔を祓う一族の使命なのだから。いままで、君のことを誤解していてすまなかった。杉浦君、君も犠牲者だったんだ。
「杉浦君。いま君を…………解放する」
「はぁ? 何ほざいてるんだ……お前っ? ついに頭が狂ったか?」
足刀。………杉浦の頬を掠める。掠めただけで髪が千切れた。その威力はもはや凶器。そして、遅れて杉浦の頬からコールタール状の液体が流れ落ち、その傷口から悪意の種の根が這い出して来る。
「……………っめえ! 何してくれてんだぁ。ブチ殺されてぇかぁ!!!」
杉浦はポケットにしまっていたバタフライナイフを取り出し、振りおろす。魔を祓う血脈であるカグラにとっては止まっているのも同じっ!
最小限の動きでこのバタフライナイフをかわし、左手に神聖なる気を練る。神聖な気を体内に送ることによって邪悪なるモノを討ち祓う掌底。
「…………神楽流が祭法が一つ
腹部に水仙が炸裂。神聖な力を帯びた掌底を受け、杉浦は苦しそうにのたうちまわる。しばらくすると、杉浦は口からごぽりと黒いヘドロ状の粘液を吐き出した。これが悪意の正体。咲き誇っていた悪意の花も花びらを散らし。消え去った。
「第一の試練はこれで終わりか…………ダンダリオン。随分と簡単な試験だった」
この果たしあいを暗闇から観劇していたソロモン72柱が1柱ダンダリオンは姿を現す。もとより、彼の名前を知らない者には認知ができない、不可視の存在。よってこの姿に顕現したところで異能なる力を持たない一般人に、あの悪魔を認識することなど叶わない。霊能力が少しある程度では彼の姿を捉えることは不可能。
「くっくっく。まずは第一の試練。合格おめでとうございます。ですが、あくまでもこれはあなたの力を測るための実験に過ぎませんでした。これで、あなたの力のほどは理解できましたよ。くっくっく。せいぜい第二の試練を楽しみにしているがよい愚かなる人の子よ」
「ふん。いつでも来やがれ。俺は…………この街を貴様たち悪魔から守るっ!」
*****
それからは、カグラとダンダリオンの死闘は続いた。ダンダリオンは瘴気の強い夜に気紛れに試練を出して来て、カグラを試す。カグラはリュックに魔を討ち祓う。
狐の面を被り、夜な夜な街に繰り出し、悪意の花を次々と散らしていく。それは魔を討ち払う神楽の宿命でもあり、ダンダリオンの課す試練でもある。
ダンダリオンの試練は次々と苛烈な物になっていった。最初は子供からカツアゲをする青年。次は女子に暴行を振るおうとする少年たち。………一番危険だったのは銃を持つ相手だった。
銃自体は今のカグラに取っては恐れるに足るものではない。だが、鉛の弾丸の持つ魔素を喰らえば、カグラの身を包む神聖なる結界は打ち破られ、死を免れることはできない。銀の弾丸が邪悪な物を浄化し殺すように、鉛の弾は神聖なる物を汚し殺す。いかなる魔力的な結界も邪悪なる鉛を防ぐことは叶わない。
「はっはっはっ。神聖なる結界を打ち砕く銃を持つ相手に勝利しましたか。第百の試練も合格とは、恐れ入るよ。我も少し、貴様を過小評価していたと認めざる終えまいよ。人の身でありながらもはやそなたは神の域に至らんとしている。こちらもそろそろ本気を出さなければならないなぁ。なんなら、我が軍勢に入らないか? なんならソロモン72柱の一つにしてやってもいいぞ。なに他の有象無象の悪魔の席など我が消し去ってやるよ」
「ふん。ソロモン72柱とは言え序列71番目のお前ごときにそんなことは不可能だろう。それに…………俺は神の血を引く末裔。悪魔に与することないと知れっ!」
「おい、神楽。ブツブツと誰と喋ってんだ。夜中にうるせーぞ。今日も特訓だ。正装に着替えて道場に来やがれっ」
「くっくっく。第百一番目の試練は………あの男です。私が最初に悪意の種を植えたのは彼。神聖なる血を栄養として咲いた花はこれ程にも美しくなるものですか。くっくっく。………あの男が倒せるでしょうかね。今のあなたに。楽しみですよっ」
「あの男を………狂わせたのは、やはりお前だったのかダンダリオン。卑怯で狡猾な貴様らしい方法だな」
「お褒めの言葉光栄です。さあ、試練の始まりです」
神力が最も高まる神楽流の正装に着替え、狐の面を被り道場へ向かう。今日は一方的に殴られるのではなく。……………あの男ではなく、あの男を操っているこのダンダリオンを討ち倒す。
「神楽。貴様、ついに頭が狂ったか。そんな珍妙な狐の面を被って強くなったつもりか。思しれえじゃねぇか。今日はフルコンタクトの実戦だ。おめぇも骨の一本や二本は覚悟しろ」
悪魔は、男の姿を借りてカグラに告げる。全ては戯言。まったく聞くに値しない戯言だ。……………集中しろ。袈裟懸けの蹴りがカグラを襲うっ。あまりに速い………避けることはできない。
最早これは試合ではなくて殺し合い。カグラの水月を狙って鋭い足刀が襲うっ………50cm…………30cm…………20cm…………このタイミングであり得ない奇跡っ。新たなる異能の発現。それは、攻勢防御結界。自分に危害を加える相手にその報いを還元する異能。それがこのタイミングでっ! カグラの体は光に包まれ、力の奔流が体を駆け巡る。これが…………真なる奇跡っ!!
「
中段の白檀があの男の繰り出す前蹴りをいなし、茉莉花が右脇腹の肋骨を粉砕し、夕影草が喉仏の軟骨をすり潰す。これが完成された、演舞でしか使われない神楽流の真骨頂。…………神聖なる力を帯びたその全ての技を目の前の男は全身に喰らう。
「馬鹿な………人間風情が……………このダンダリオンの課す………百一番目の試練を乗り越えるだと?! あり得ないっ!!!!」
ダンダリオンは足を震え怯えている。カグラは目の前の悪魔を一瞥する。悪魔でも恐怖することはあるのかと妙におかしくて思わず笑ってします。
目の前の男………俺の父さんから生えていた凶悪な花は枯れ花びらが散っていった。散って言った花弁は、淡い光を放つ美しい白い花びらに変わり消えていった。
「終に………私を超えたか。我が息子よ。今までお前を鍛えるために苦しい鍛錬を強いたことを詫びる。これはその目の前の悪魔の仕業ではない。私はあの悪魔に操られたふりをして神楽。お前に、この神楽の流派の奥義の深淵に辿りついて欲しかったのだ。神楽の流派は、単なる体術の強さを極めるものではない。その深淵に至るためには、心を真剣のように研ぎ澄ます必要があったのだ。だからといって私がお前に行ってきた行いが赦されるとは思わない。お前から母を奪い、自由を奪い、苦役を強いた。すまない。本当にすまない……………」
「父さん。父さん。父さんっ!!! 俺は知っていたよ。俺の方こそ父さんの苦しみを理解してあげられずにごめん。ずっと、言いたくても言えなかったんだね。それなのに俺は父さんの痛みを理解してあげることができなかった」
「良いのだ。神楽の家というのはこのような苦役を強いる流派。…………お前の言う通り汚れた流派なのかもしれない。理解して欲しいとは言わない。だが、この世界は悪魔の軍勢に支配されている。それを討ち祓うものが必要なのだ。だから、お前に苦痛を…………」
カグラの父は感極まって嗚咽する。その父の姿を見て、カグラも胸を打つものがあったのだろう。父親を抱きしめ、お互いにずっと抱き合いながら泣きあった。こうやって、父親と抱き合うのはいつぶりだろうと考えた。
でも、もう過去のことなんてどうでも良い事だ。これからはいつだって、父とこうやって心を開いて話しあうことができるのだから。
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